ももいろ黒魔術部
黒田先輩は勝負弱い。
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のスピンオフ作品です。
「もう怒ったわ!あの女殺してやる!」
部長はいつものように勢いよく黒魔術部の部室のドアを開ける。
「部長、どうされたんですか?」
私は骸骨の標本が置いてある窓際の椅子に腰をかけてスマホをいじっていた。
「黒田めぇ、また私の邪魔をしよってからに!!」
またか。
「今日は黒田先輩にどんな負け方をしたんですか?」
「ちょっと山中!私がアイツに負けた前提で聞くのやめなさい!」
部長は入って来たドアを勢いよく締めた。
「じゃあ勝ったんですか?」
「負けたけど!」
またか。
この黒魔術部の部長「新垣 渚」には、今年入って来た1年生に好みの男子がいたらしい。
もちろん新垣部長が黒魔術部への入部を熱心に勧誘した。
しかし新垣部長の天敵、黒田先輩の所属する「勝部」へ入部をするからという理由で断られたそうだ。
実際にはもっと前から因縁があったらしいが
部長が黒田先輩に対して明らかに敵意をむき出しにするようになったのはその一件があってからだ。
完全に逆恨みのような気もするけど。
それからこの人はあらゆる勝負を黒田先輩に挑むようになった。
新垣部長が勝ったら新入部員の男の子を黒魔術部に引き入れられる。
新垣部長が負けたら相手のいうことを何でも聞く、といったハイリスクハイリターンなものだ。
結果、新垣部長は未だに勝てていない。
そして負けるたびにエグい罰ゲームを受けている。
おとといはウサギ跳びで校庭10週。
昨日はワオキツネザルの真似をしながら校内1週。
ワオキツネザルが何なのかよく分かっていない部長が「ワオ!ワオ!」と言いながらぴょんぴょん跳ねる姿はとてもおもしろ、いや可哀そうだった。
そして今日は……。
「今まではなんとか我慢出来たけどもう限界だわ!」
部長は片方だけになった眉を吊り上げて怒っている。
今日の罰ゲームは「片眉を剃る」だったようだ。
空手バカ一代かな?
「もうやめたらどうですか?そのうち命取られますよ?」
「嫌よ!絶対に勝つまで止めないわ!」
「じゃあ復讐でもしてみたらどうですか?黒魔術部らしく」
私はカバンから飲みかけのジュースを取り出しながら言った。
「例えば?」
「その辺のチンピラに金を渡してレイプさせるとか、裸の写真を撮ってネットに黒田先輩の住所つきで拡散するとか」
「怖!発想怖!あんた悪魔なんじゃないの!?」
「人はみな心に悪魔を飼っているのですよ」
ジュースをひとくち口に含んだところで、ふと思いつく。
「そうだ。要するにあの男子が手に入れば良いわけですよね」
「そ、それは!……確かに樋口くんが入部してくれれば嬉しいけど……」
急にモジモジし始める部長。
今更どうしたワオキツネザル。
「媚薬を作りましょう。そしてその樋口とやらにぶち込めば部長のいうこと何でも聞くんじゃないですか?ぶち込みましょうよ」
「私あんたの提案がことごとく無感情で怖いんだけど」
「じゃあ早速作りましょう」
私は本棚にあった黒魔術辞典をめくる。
あった。媚薬の作り方。
用意するものは
ニンニク、オレンジ、カラスの心臓、アルコール、そして術者の体液だ。
「ふむふむ、カラスの心臓以外はすぐ準備できそうね。ニンニクとアルコールは備品として部室にあったハズだし、オレンジジュースはちょうどあんたが飲んでるし」
部長は私の後ろから覗き込むように黒魔術辞典を見ながら言った。
「あ、カラスの心臓もすぐ用意できますよ」
私は窓の外をクイっと指差す。
「用意するってあんた。どうすんのよ」
それは無理だろうと言わんばかりに笑っている部長を尻目に私は窓を開け放つ。
そしてカバンから猟銃を取り出し
中庭の木にとまっているカラスに狙いを定める。
「あら、何それモデルガン?」
私はそれに答えず猟銃の引き金を引いた。
けたたましい銃声が中庭にこだまする。
「命中」
部長は耳を塞いで大口を開けていたが
ハウリングが収まってきたところで口を開く。
「あ、あんた何考えてんのよ!」
「心配いりません。心臓は外しました」
「マシーンかあんたは!っていうか何で銃なんか持ってんのよ!?」
「知りたいですか?」
私は満面の笑みを作って部長を見つめる。
「あっ、やっぱ知りたくないです」
部長はあからさまに目をそらした。
***
「さて、媚薬できましたね部長。早速男に投与しましょう」
部長は頭を抱えたまま椅子に座って動かない。
「どうしたんですか部長。早くしないと私帰りますよ」
部長の方に寄ろうとすると、あからさまに怯えた表情になる。
「ねえ山中、あんた何でこの黒魔術部に入部したの……?」
「嫌いな奴をグチャグチャにできると思ったからです」
「ひぃ!」
「冗談ですよ」
言いながら私は注射器に媚薬を流し込む。
「あんた、それで樋口君に注射するつもりなの……?」
「銃でぶち込んだ方が確実ですかね?」
「違う!全く違う!もっと穏便なやり方があるでしょ!飲ませるとか!」
「大量に睡眠薬を飲ませたあと浴槽にはった水の中に入れて溺死に見せかけると、なるほど」
「媚薬どこ行ったのよ!」
「そうは言っても部長。あの男はいつも黒田先輩と一緒にいるじゃないですか。そんなところに黒魔術部が液体を渡そうとしても怪しまれるだけだと思いますが」
私はペン回しのように媚薬の入った注射器をクルクル回しながら言った。
「そ、それは……」
迷っている先輩に畳みかける。
「それならいっそ、油断しているところに無理矢理注射した方が確実だと思いますよ。私スタンガン持ってますし、抵抗されても大丈夫ですよ」
「あんたその目標達成のために全ての良心を捨て切るスタンスやめなさいよ!怖いのよ!心から!」
その時部室のドアが開いた。
「おっはよー!みんな元気—?」
元気よく入ってきたのは部長と同じ2年生の古野先輩だ。
「古野さん今放課後ですよ」
「おっそいわよ古野。何してたの!」
古野さんを見てか、私と二人きりじゃなくなってホッとしたのかは分からないが部長は元気を取り戻す。
「アッハッハッハ!渚、どうしたのその眉!片方ないじゃん!どこに落としてきたのっハッハッハ!!」
古野さんは部長の顔を見た途端笑い転げた。
「わ、笑うな!ちょっとした事故よ!」
「あっはっは、あー笑った。いやいや、遅れた理由はさ。さっき凄い銃声がしたじゃん?だからどっかに銃弾でもめり込んでないかと思って探してたんだー」
明らかに部長の顔が引きつっている。
「そ、そんな事よりこれから大切な予定があるの。一旦みんなで部室を出るわよ」
「えー、ちょっと休憩させてよー」
古野さんはニコニコ笑いながら私の隣に腰かけた。
そして机の上のコップに目をやる。
「あ!何これ美味しそうな匂いがする!」
それは私が注射器に移すために一旦コップに入れた媚薬だった。
「それは――」
止めようとしたが遅かった。
古野さんはコップになみなみ入った媚薬を一気に飲み干してしまった。
まあこれはこれで面白いか。
「あ、あんた何飲んでんのよ!」
叫ぶ部長。
「あーおいしかった……あれ……?」
急に古野さんの目がトロンと虚ろになる。
「古野さん、大丈夫ですか?保健室行きます?」
「そ、そうよ古野。山中に連れて行ってもらいなさい」
古野さんは私たちの声に一切反応せず
首をゆっくり動かし、視線を部長に向ける。
「好き」
呟く古野さんの目は完全に壊れていた。
椅子を蹴散らして立ち上がる。
そして足裏で地面を蹴り部長に向かって飛びかかった。
まるでキツネの狩のようだ。
悲鳴をあげる部長。
奇声をあげる古野さん。
そして傍観者。
古野さんは小柄だが、中学まで柔道をしていたため力が強い。
部長はあっという間に押し倒され、そのまま抑え込まれてしまった。
「渚かわいいよ渚」
完全にイッている古野さんは部長の顔を舐め回している。
これが犬なら微笑ましかったんだけどね。
さらに古野さんの手は部長の胸元に迫る。
いいところだが長くなりそうなので私は席を立つことにした。
「ちょ、ちょっと山中!この状況でまさか帰るつもりじゃないでしょうね!」
「帰ります」
「待って!せめて古野をどかしてからにして!」
「部長」
「何よ!」
私は微笑んで親指を立てた。
「お幸せに」
「ちょ、待ちなさいこの、待って!助けてえ!」
私は机の上にポケットティシュを置いて部室を出た。
「おつかれさまでしたー」
廊下を歩く私の後ろからは部長の、桃色の悲鳴が聞こえるのだった。
終わり
読んで頂きありがとうございました。
主人公の山中ちゃんは今度ホラーを書くとき再登場させようかと思っています。