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ほの★まら  作者: 三相南
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第3話:事情(1)

京都の西京極運動公園陸上競技場のトラックは、色とりどりのユニフォームで賑わっていた。その中に苦悶の表情を浮かべて、俯く1人のランナーが居た。水色のランパン、ランシャツを着て、紺色の襷を掛けた彼の姿は、遠めに見ると、スタート前の精神統一をしているようにも見えた。


小林幸治18歳。神奈川県の代表校で1区を任された彼は、寒気に身体を震わせ、発熱から来る頭痛に襲われていた。何かを食べれば吐き気に見舞われる為、食欲もなく、立っているだけでも辛い状態だった。異変を感じたのは、前日の入浴後だった。喉にヒリヒリとした違和感を感じ、軽いめまいに見舞われたが、まだこのときは、事の重大さに気づいてはいなかった。翌朝、目が覚めると、天井が回っているような錯覚にとらわれ、身体の節々が痛くなってきた。


中学時代をサッカー部で過ごした幸治は、高校に入って陸上競技部に入部した。当時活躍していた瀬古利彦に憧れ、将来のオリンピック選手を夢見ていた。幸治の入部した陸上部は駅伝の名門チームで、7年連続で県の代表校に選ばれている。高校で優秀な成績を残して、大学に推薦入学して、箱根駅伝を走り、マラソンでオリンピックを目指す。そんな夢を思い描いていた。


1年生の時はあと少しというところで、駅伝メンバーに届かず、2年生の時には県予選で痛めた脚の故障が回復せず、全国大会には出場できなかった。3年生になり、ようやく掴んだチャンスだったのに、よりによって、こんな時に体調を崩すとは・・・


それでも幸治はスタートラインに立つことを決めた。こんな状態でも、控えの選手には負けない自信があった。師走の寒風、吹きすさぶ中、乾いたピストルの音が鳴り響いた。幸治はこれまでの悔しさを晴らすかのように飛び出した。


全国高校駅伝大会で1区はエース区間とされている。10kmという距離はもっとも長く、ここでの順位が総合成績を左右することは言うまでもない。脚は思っていたよりも快調に動いてくれた。先頭グループに取り付き、競技場をあとにした。瀬古利彦が活躍した、花の1区を快走することが幸治の目標だった。


異変を感じたのは中間点を少し過ぎたあたりだった。5名で形成されていた先頭グループから、外国人留学生の選手が飛び出し、先頭グループが崩れ始めた。幸治は、先頭を行く選手を追いかけようとした。しかし急激なペースアップに身体がついて来れなかった。息があがり、汗の量が急激に増えた。同時に脚の動きが鈍くなり、頭がボーっとし始めた。先頭を行く留学生選手の褐色の肌が遠ざかり、何人かの選手が横をすり抜けていく。「ついていかねば!」と歯を食いしばり、必死に走るが、もはや地面を蹴る感触すら失われつつあった。足は宙を漂うように、ふわふわと浮き、視界がぼんやりとしてきた。コースが歪んで見え始め、冬晴れの景色がセピア色に変色した。そして幸治は、推進力を失い、コースの真ん中に崩れ落ちるように膝をついた。


気がついたとき、幸治は病院のベッドの中に居た。インフルエンザによる発熱と脱水症状で意識を失ってしまったのだった。レースはその場で棄権となり、襷を、次の選手に繋ぐことはできなかった。監督は幸治に優しく「すまん、俺が悪かった。お前の不調に気づいて、やれんかった俺のせいだ。」と謝ったが、幸治には、その優しさが余計に辛かった。チームメイトも幸治を気遣ってくれたが、優しくされれば、されるほど、幸治は深みに落ちていく気がした。


日頃から明るい性格の幸治は、落ち込んでいる姿を見せまいと、チームメイトや監督に接したが、心の中では辛い気持ちで一杯だった。「早く陸上から離れたい。早く高校を卒業したい」願うのは、そればかりだった。それでも幸治の実力を評価してくれる大学はあった。

数校から推薦入学の誘いを受けた。しかし幸治は最後まで首を縦には振らなかった。


あれから12年。冬になると思い出す。幸治はこの12年間、走ると言う事を避けて生きてきた。マラソンや駅伝の話題を耳にするのが、嫌で、嫌でたまらなかった。そのマラソンに幸子が挑戦すると言う。他のスポーツであれば、思い切り応援してやれるのに、マラソンだけは・・・


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