1-3 森からの脱出
「はあ、これ結構最悪だ……」
結構最悪、という言葉がなんだかおかしい気がする。「最悪」という最上級の意味を含む単語にあいまいな程度を表す形容詞をつけてしまった。しかし今の心境をそのまま吐露したらこうなったのだ。最悪に近いが最上級というほどでもなぬ、しかし人によっては間違いなく最悪と形容するであろう心境だ。
リュックサックが大破していた。
……リュックサックが大破ってなんだよ。規模が大きいのか小さいのか分かりにくい。
辺りに散らばった中身を集めてまずは自分の手当てをする。負傷したのが背中だったのがなお悪い。傷を確認することすらできない。痛みはあるが骨や臓器には問題なさそうだ。ただ出血がひどいので血止めの薬を大量に使って包帯を巻いてなんとかする。
こうしてなんとか手当てらしきものを終わらせると、ただでさえ薄暗い森が深みを増してきているのに気づいた。夜が近づいているのだ。
大変だ。夜になれば森は完全な暗闇につつまれ人間は全く活動ができなくなる。すぐにでもここから脱出しなければ生きて朝を迎えることはできないだろう。
仕留めた変質生物は金になる。変質の源であると見られているその心臓を研究素材として機関に売ることができるのだ。これだけ大きな獲物の心臓なら希少価値も高いだろうから高く売れるだろうが、今から解体して持ち運べるようになんてしていたら日が沈んでしまう。諦めるしかない。
金に困っているとか、金銭欲が強いというわけではないが、熊を倒すという労働の対価がないと考えると損をした気分になる。
散らばった荷物からペットボトルの水と携帯食料を拾い集め、血で汚れたグルカナイフとリュックサックに仕舞ってあった予備とを交換する。再度ここに戻れるとは思わない方がいい。今生きて帰ることだけを考えてそれに不必要なものは全て捨てる。下手に欲を出して死んだら意味がない。今は時間がおしい。
方位磁針を頼りに北へ向かう。街の正確な方角なんて分からないし、現在地だって分からない。だが森から出るなら北へ向かえばいいはずだ。
暗さが徐々に増していくのに焦りながらも、重くなった体を引き摺ってなんとか進んでいると、やがて森から抜けることができた。荷物こそないが、行きと比べて闘いで疲労し、負傷して血を流した体は重く、苦労した。
疲れた。眠い。街は……見当たらない。
森から出たらすぐに街があるわけではない。被侵食領域に人が住めないのは当たり前だが、人口が激減し、ときおり被侵食領域から変質生物が出てきてしまう現状、人類は寄り集まって各地で街をつくっている。そして街の中で人々は以前と変わらない仮初めの平穏を守ろうとし、そのほかは見捨てられ廃墟と化した。そこは人の手を離れ、ゆるやかに自然と融合しつつ同時に無法者達の領域となった。
人の定めた法を守り、安全な生活を送ることを望まなかった者達がいたのだ。彼らは街に寄り集まった者達とは決別し、自由に生きることを選んだ。そうした者達には街での法は通用しない。生きるために人を殺し者を奪う。それがここ、無法地帯でのルールなのだ。
とはいっても、被侵食領域ほどの危険はない。人口密度はかなり低いし放棄された大昔の建築物のおかげで身を隠しやすい。この夜さえ誰にも見つからず、少しでも体を休められれば明日には街に戻れるはずだ。
適当な建物の二階の窓近くで眠ることにする。一階より二階の方が見つかりにくいだろうし、この高さな、何かあっても飛び降りて逃げればいい。
廃墟の窓からの景色は寒々しく、ちっぽけな人間一人程度では簡単にその闇にのみ込まれてしまいそうだった。
早速一週間過ぎてしまいました。
紙とペンでないと書けないので一回紙に書いてから打ち込んでるのがなあ。
紙の状態で溜まっていく……