二日目1:占い師
愚か者は疑わなくていい、ただ淘汰しろ。弱者から殺し、残った人間で議論しろ。 ……ハンドルネーム:ニャルラトテップ
夢咲マコト (ユメサキマコト)
嘉藤智弘 (カトウトモヒロ)
多聞蛍雪 (タモンケイセツ)
戸塚茂 (トヅカシゲル)
伊集院英雄 (イジュウインヒデオ)
桑名零時 (クワナレイジ) × 一日目:襲撃死
九頭龍美冬 (クズリュウミフユ)
鵜久森文江 (ウグモリフミエ)
化野あかり (アダシノアカリ)
赤錆桜 (アカサビサクラ)
忌野茜 (イマシノアカネ)
前園はるか (マエゾノハルカ)
残り11/12人
人狼2狂人1妖狐1占い師1霊能者1狩人1村人5
『二日目:昼時間』が開始されます。
☆
「ゆゆゆ、夢咲さぁん! ごめんなさいぃい」
まことがゲーム会場に入って来るなり、九頭龍がそう言って泣きながら必死の形相で近づいてきた。
「う、うおぅ……。いきなりなんだよ」
「だってだって! ごめんなさいぃい……。あ、あたしがあんなメールを夢咲さんに回した所為で……こんなことに巻き込んで。その……」
半狂乱で泣きじゃくるそいつをなだめるのが、面倒くさくてしょうがないマコトだった。コレは、本当に自分が他人に迷惑をかけることに敏感だ。嫌われる要因を減らそうと謝りまくるあまり、余計に面倒くさがられるという悪循環を有している難儀な女なのだ。
「落ち着けよ。メールを転送したのはおまえだが、参加を決めたのは俺だ」
「で……でもぉ。あたしのためなんですよね……参加してくださったのって」
「それもあるけどさ……」
「だったらやっぱりあたしの所為じゃないですか。ふぇええん!」
「だーも。マジでおまえ面倒くさいわ」
などと……結局普段どおりのやり取りをする二人に、後ろから声をかけてきた女がいた。
「女の子を泣かせてはいけませんよ。夢咲さん」
前園だった。どこか妖艶な表情を浮かべてこちらを覗き込むその顔は、どこか底知れない。
「あのなぁ……。あんたは知らないんだろうが、こいつはこういう面倒な奴で……」
マコトが言うと、九頭龍はぺこぺこアタマをたてに振って
「そうなんですぅ……あたしいっつもそうで……。しょうがないのに泣いて、その所為で余計面倒がられて……」
「一つアドバイスをしましょう。良かったら参考にしてください。その男の子はとても優しいので何度泣いても相手にしてくれますが、しかし通常、女性の泣き顔の持つ効力は回数と共に劣化していくものです。ですから代わりに、何度使用しても劣化しない別のチャームを使いましょう。『これ』です」
そう言って、前園は花の咲くようにふわりと微笑む。マコトと九頭龍、二人の視線が同時に釘付けにされ、息を飲み込んでしまうような愛らしい笑顔だった。
「『これ』は常に浮かべているからこそ価値が増して行きます。真面目な話をするとき以外は、常にこの表情を心がけるくらいでちょうどいいでしょう」
さて……と前園はすぐに真面目な表情に戻って
「そろそろ来ますね」
彼女がそうつぶやくように言うと……それぞれの扉が開いて、中からゲームの参加者たちがぞろぞろと集まってきた。
『襲撃』された桑名を覗く十一人……この中に、自分たち『村人陣営』を全滅させようとする『敵』が混ざっている。マコトはそのことを改めて認識し……意図的に九頭龍から距離をとって何食わぬ顔でソファに腰掛けた。九頭龍も、何かを察したのか俯いたまま、拳を握って着席する。
「全員かしら」
そう言って鵜久森がいらいらとした表情で全体を見回る。
「で? 覚悟はできてるんでしょうね……。『1』『2』の選択者は。どういうことをしたのか分かってるの? 『騙しあい』? 『ゲーム』? 『大金』? くだらねー。そんなもののためになんで戦わなくちゃいけないの?」
「……言えてるし」
赤錆が同調する。
「早く出てきてよ。『1』『2』を選んだ奴……。そして今すぐ土下座して」
「土下座して謝ったら許すわけ? 違うでしょ。ばっちり『処刑』して村人陣営の勝ちにして、敵は置いてけぼりでお金を持って帰るわけじゃない。出るわけないよ」
そう言って額に中指を突きつけるのは嘉藤だ。嘲ったような視線に、赤錆はむっとして押し黙る。
「なに今の? あんたが『人狼』とか『妖狐』で、ばかばかしいから名乗り出ませんよって言ってるように聞こえるんだけど?」
「そう。そういうのが重要なわけだ。お互いに疑いあって探り合っていれば議論が生まれる。議論は必ず敵陣営たちをあぶりだす……そして僕たち『正義』こそが、最終的な勝者となるのさ!」
そう言って両手を掲げる嘉藤。これには、マコトもあっけに取られた。
「『敵』陣営……なぁ。そ、その……気になるんだけどさ、マジにいるのかよその『敵』っていうのは? なんだっけ? 『人狼』とか『狂人』とか『妖狐』とかってのは」
多聞が震えた声で言う。気丈を装ってはいるが、表情は完全に引きつっている。
「いるに決まってんだろ。クソどもが」
そう言って戸塚は敵意に満ちた視線をマコトの方に向ける。
「ま。どうせこんなゲーム、積極的にやりたがる奴なんて……知れてるけどな」
「なんだ? 俺だって言いたいのか?」
「覚えがあるじゃえか。だいたいよ、オレたちはずっと付き合ってきたクラスメイトな訳だ。仲間なんだよ。このくそったれたバイトにも一緒に参加した。だけどおまえはなんだ? いつも一人でうじうじしてやがって、このバイトにも一人でのこのこやってきやがってよ」
「言えてる」
赤錆が追従する。
「友達同士で殺しあうはずないもんね。じゃああんたじゃんさ、敵」
「ははは」
マコトはあざけるように笑ってやった。
「俺だけは仲間はずれ。仲間同士で殺しあうわけがないんだから、仲間じゃない俺が犯人ってか。バカじゃねぇのか? そんなくだらない考えで敵を決め付けるなんて、まともに考える気があるとは思えないな」
そういうと、戸塚は額に青筋を浮かべ、マコトの胸倉を掴む。
「笑ってねぇで白状しろよ」
「おまえこそ。本気で誰が怪しいか考えてゲームに勝つ気があるのかよ? 負けたらどうなるかわからないんだぞ? 殺されたっておかしくないってのに。自分以外誰が死んでもいいから、適当に目ぇつけて誘導かけてるだけじゃねぇのか?」
実際……マコトのその疑いは本心だった。戸塚がいくら粗暴な人間でも、本当に身の危険を感じているのなら、自分との確執だなんて今は忘れるはずだ。それを……まるで普段どおりに自分を悪者にしようと因縁をつける戸塚に、違和感を覚えたのだった。
「いちゃもんつけんなよ、おい?」
「図星じゃねぇのか?」
「はぁ?」
そう言って拳を振りかぶる戸塚だったが、静止の声が響き渡る。
「やめてください!」
前園だった。焦燥感に満ちたその表情は、先ほどの笑顔とはかけ離れている。息を飲み込んで、額に汗しながら自分たちの間に入るその姿は、生き残りのために戦おうとする真剣な村人そのものだ。
「今はそんな不毛ないい争いをしている場合ではありません。時間は限られています」
「ふーん。くっそまじめー。でーも、どーするわけ?」
化野が眠そうに言って、咥えていた棒付きキャンディを口から離す。
「どーせ名乗りでないんでしょー。人狼陣営も、妖狐もさー。面倒くさー」
「確か……このゲームの私たちの勝利条件は……『妖狐』を処分した後で、『人狼』を処刑でゼロにすることだったわよね」
忌野が確認するように言う。「たしかねー」化野は眠そうに
「『狂人』は放置でいいんだよねー。『人狼』が全滅すれば『勝ち』なんだからー、じゃーこれ何のためにいるんだろ。『人狼』とやり取りもできないんでしょー?」
『狂人』、村人と同じくなにの能力も持たないが、人狼陣営に所属する裏切り者。『人狼』と『狂人』同士が互いを認識する方法については聞かされなかったので、互いに誰が仲間なのかすら分かっていないはずだ。その状況から、狂人は一体なにをしてくるというのか……。
「ま。議論を進めていけば分かってくるんじゃない。とにかく……これはゲームなんだ。こちらに有利なギミックも当然用意されている。『占い師』とか『霊能者』とかね。それを利用していこうじゃないか」
嘉藤が楽しそうに言う。その余裕のある口調に、一同はいぶかしげな表情を浮かべながらも……ぽつぽつと建設的に意見し始めた。
「んん~。『占い師』はカミングアウト以外ありえませんな。既に一回、夜パートの間に『占い』行動を行っているはずです。その結果を発表するのが妥当ではないですかな?」
そう言ったのは伊集院だ。もっともな意見に思える。
『占い師』おそらくこれが、村人陣営にとってもっとも重要なファクターだ。『夜パート』のうちに全員から一人に『占い』をし、対象が『人狼』か否かを占う。『妖狐』が占われればそれを殺すこともできる。
しかし『妖狐』を占って殺すというのは、どういうことなのだろうか? 『妖』という字が入るくらいなのだから、『占術』のような神聖な力に弱い、という解釈が妥当かもしれない。いずれにしても、村人陣営の攻撃力はほぼ、人狼を特定し妖狐を殺すこの役職に依存すると見て間違いない。
「それはどうかしら。だって『占い師』ってすごく大事な役割でしょ? うかつに出たら、『人狼』に『襲撃』っていうのされちゃうんじゃないかしら。それって大損害だよね」
忌野が反対する。
「あー。それ言えてる。そこからいうと、迂闊に『占い師』に出ろって言った伊集院は怪しいんじゃない? とっとと『占い師』を殺したいように見えるんだけど。成果が出るまで潜らせておくべきじゃね?」
鵜久森が言った。赤錆が「フミちゃんの言うとおりだよ」といって
「手土産もなく出てきて『襲撃』されて死んだんじゃ、何のためにいるのかわかんない。せめて、一人は『人狼』を見つけるか……『妖狐』を占って殺すかしてから出てもらわないとね」
言われてみるとそのとおりか……と、マコトは思いかけたか、そこで伊集院が声を張り上げた。
「『占い師』潜伏なぞありえませんぞ。あのですね、皆さんは『狩人』のことをお忘れではないですかな! むしろ、このまま『占い師』を出さないまま『投票』に移ったら、誤って『占い師』を『処刑』してしまうリスクすら発生するんですぞ。総合的にロジックすれば、『占い師』はカミングアウトしかありえない」
マコトははっとする。耳障りな話し方だが、言ってることは悪くない。……というか、おおよそ正論であるように思えた。
『狩人』というのは確か、夜の間に一人を選んで『護衛』し、『人狼』の襲撃から逃れさせるという役職だったはずだ。これに守られている人物が『襲撃』された場合、その『襲撃』は『失敗』となり、翌日は犠牲者なしの朝を迎える。これは、露出した『占い師』を死なせないための役職なのではないか?
「今日すぐに『占い師』にカミングアウトさせ、昨日の夜の分の『占い結果』を知らせてもらう。その上で『狩人』に護衛してもらう。これが妥当ですな」
伊集院の意見は酷く納得できるものだ。鵜久森も「ああー」と渋い顔で納得をしめし
「それでいい気がしてきたわ。デブの癖に冴えてるね」
「ぷぶっふぉう。我輩、経験者ゆえ」
その言葉に、マコトは「そうなのか?」と顔をあげる。
「んん~。ほんの数十戦ばかりですが……まあ一般教養としてですな。このゲームは実際のところ……きわめて高度な情報処理を必要とする知的な……」
「長くなるなら黙れ」
戸塚がいった。「あ……ハイ」と伊集院は沈黙する。
「意見がまとまったと見ていいですね」
そう言って、穏やかな表情に少しだけ真剣さをはらませながら、前に出た存在がいた。
「今の伊集院さんの意見はとても納得のできるものでした。ですので、わたしも安心して潜伏を解除します。……ご安心ください、初日の成果はちゃんと出てますよ。ただの幸運ですけどね」
前園だ。この中で誰よりも『部外者』という言葉の似合うその一挙一動に、全員が注目する。
「『占い師』をカミングアウトします」
それから前園は『戸塚』のほうを見て、良く通る柔和な声で宣言する。
「占い対象は『戸塚茂』さん。占い結果……『人狼』です。ここを今日の処刑先にしてください、お願いしますね」
☆
全員の視線が、ぎこちなく戸塚のほうに向けられた。戸塚は焦燥感にあふれた表情をしながら、自身に注目する複数の瞳を見回す。それから額に汗して、油の切れたロボットの動きで前園のほうを向き直り、歯を軋ませるほどかみ締める。
来る……とマコトは思った。
「ふざけんなっ!」
案の定、戸塚は怒鳴った。そして目を血走らせながら前園に掴みかかる。
「てめぇ……ぶってんじゃねーぞ?」
「はて。何のことでしょうか」
前園はにこやかな笑みを崩さないまま
「『霊能者』は今日は出ていただかなくてかまいません。今日の処刑先は既にこちらの戸塚さんで決定しています。どうぞ潜伏を続行し、明日戸塚くんの中身がなんだったかを皆さんに宣言してくださいね」
……『霊能者』処刑した対象が『人狼』だったか否かを判定することができる役職者。一見して『占い師』ほど重要度は高くなさそうに思える役職だが……。
「んん~。これは妄信したいですな。私怨ではありますが戸塚殿にクロというのは印象がいい」
伊集院が少しだけ上機嫌にいう。戸塚が「はぁ?」と目を血走らせ
「何のつもりだ伊集院? 俺は『村人』だぞ?」
「そ、そうはいっても戸塚クン……。『人狼』ってことは『敵』なんでしょ……? 悪いっすけどそれだったら……その。オレたちも自分の身がかわいいんで……」
おずおずと多聞が言う。
「へへへ……。戸塚くん、なんで『人狼』なんかなったんすか。しかもいきなり占われるなんて、運が悪かったっすねぇ……ははは。ちょっと気の毒ですけどすんませんね、いや」
敵だと分かって、少し調子に乗ったことを言う多聞。戸塚の額に青筋が浮かぶ。
「シゲちゃん人狼? ……そんな、シゲちゃんそんなの選んじゃう人だったの?」
赤錆が目を丸くして言う。戸塚は「ちげぇ!」と感情的に叫び、そして
「そこの前園って女が嘘ついてんだ。そうに決まってる」
……嘘? その言葉を聞いて、マコトはある可能性に思い至る。ここで前園が『占い師』として登場したが……本当にそれで終わりなのか?
「いや……待て。確かにそういう可能性もある。なにも……本当に前園が『本物』占い師で、戸塚が『人狼』だと限った話じゃないだろう?」
マコトがそういうと、多聞が「へ?」と目を丸くして
「なにを言ってるんだよマコト? 『占い師』が『人狼』っていうなら『人狼』じゃねぇか?」
「ええそのとおりよ。戸塚くんは『人狼』ではないわ」
そう言って前に出てきた女がいる。忌野だ。
「おまえ……もか?」
「私『も』っていうのは違うわね。私こそが『占い師』よ……本物のね」
忌野のその宣言に、村人たちの反応はそれぞれだった。理解を放棄して沈黙するもの、何か悟ったようにうなずくもの、混乱するもの。その全てを忌野は額に汗しながら見回して、そして。
「占い対象、赤錆桜さん。結果『人間』。前園さんは偽者だから、戸塚くんは『人狼』じゃないわ」
二人目の『占い師』の出現を、村人たちは困惑した表情で見守った。