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一日目2:選択

 小さな港に狭そうに浮かぶ船から橋おろされる。前園の先導に従って、客船の中に一人ずつ乗り込んでいくのに、マコトも続いた。

 入り組んだ廊下を進み、レクリエーションの会場だという部屋に通される。天井の高い開放感のある空間で、広さは学校の教室ほどだろうか。ふかふかのソファがいくつか配置され、壁際にはドリンクバーのようなものもある。隅には小さな冷蔵庫が置かれていて、中にはアイスクリームなど小腹を満たすのに最適な食べ物が突っ込まれていた。

 高い天井にある豪華な照明が、部屋船体をオレンジ色の光に包んでいる。本が読めるぎりぎりという程度の明るさだ。

 「ここがメイン会場になります。あそこにあるのが」

 そう言って前園が指差した先にあったのは室内でもひときわ目立つ時計だった。零時から九時までの四分の三は太陽の絵の描かれて明るい色彩になっており、残りは月のイラストで闇色だ。『昼』と『夜』を表しているのだと、一目見て分かる。

 「ゲームに使用する時計です。イラストが何を意味しているのかも含めて、この後説明があると思います」

 「それを早くしてくれよ」

 戸塚がせっかちに言った。前園は穏やかに微笑んで

 「では、皆さんにはこれから個室に移動してもらいます。壁にそれぞれ、1番から15番までの扉があると思いますが……」

 ドリンクバーが設置されている以外の壁に、五つずつ、それらはあった。等間隔に並ぶ扉、以上のファクターではない。あの先に、個室とやらがあるのだろう。

 「今から扉の鍵を一人一つずつお配りします。今回は十二人なので三つ余りますね。番号が描いてあるはずなので、一致する扉に入っていただけば結構です。番号に優劣はないのでご安心を」

 なんとなく最初に鍵を受け取るのを遠慮する面々。この状況に気後れがあるのかもしれない。真っ先に動いたのは嘉藤で、マコトがそれに続く。最後は九頭龍だった。

 「ではそれぞれ対応する番号の部屋へ向かってください。みなさんとは、しばしのお別れとなります」

 そう言って、前園はにこにことマコトたちを促す。マコトは『2』と描かれた鍵を通すと、やけに長い回廊を通って『個室』とやらへ向かった。

 あれだけ狭い間隔で扉が配置されていたので当然といえるが、『個室』までの道のりはそれなりに長かった。だいたい、三畳くらいのその空間にあったのは、マイクの設置された机に椅子、メモ帳とペン、それに、壁一面の大きなモニター。

 『説明』とやらはこのモニターから行われると見て、まず間違いなさそうだ。マコトは椅子に腰掛けて、モニターに光がともるのを待った。


 ☆


 「皆様はじめまして。わたくし、ゲームマスターを勤めます『LWCO』の波野なにもと申します。以後、お見知りおきを」

 そう言って画面上に姿を現した人物を表現するのに、巨乳のバニーガールという以外の表現をマコトは思いつけなかった。柔和な表情を浮かべた瀟洒な雰囲気の女性で、マコトより十歳かそこらは年上に見える。

 「皆様はそれぞれ個室に移動して、この映像をごらんになっているところだと思います。そして、この映像が始まった瞬間から、あなた方のアルバイトが開始されています。あなた方は今、部屋中のあちこちに設置された小型のカメラによって撮影されていることを、ここにお伝えいたします」

 カメラらしきものは見当たらないが……しかしこのバニーガールが言うからにはそうなのだろう。確かアルバイトの内容は、映像作品への出演だったはず。おそらく、これから始まるレクリエーションゲームとやらの内容が、その映像作品とやらになるのだろう。

 最低百万も支払うからには……おそらくふつうの内容ではあるまい。マコトは覚悟を決めて相手の出方を伺った。

 「さて……それではまず最初に、皆様の意思確認をいたします。

 これから皆様にしていただくレクリエーションゲームは、怪我をする可能性も伴う、やや危険なものです」

 抑揚のない声。マコトは、ほら来た、とそんな風に思った。

 「お察しのこととは思いますが、これから始まるゲームおよび、映像作品は合法によるものではありません。ご参加いただけるのであれば我々としてはありがたいことですが、皆様が乗り気でなければそうも行かない。

 それなりの報酬は用意しますが、それでも皆様に闘志がなければ意味はありません。今回このゲームを成立させるには、最低四人の参加の意思表示が必要です」

 抑揚のない声で言うバニーガール。マコトとしては胡散臭さしか感じない。

 ふと思いついて、マコトは部屋の出入り口に手をかけてみる。この部屋を逃げ出そうとする意思表示……。

 監視カメラで見られているのであれば、何らかの警告があるのではないかと思ったが、それすらなかった。そもそも扉には鍵がかかっていて外に出られないのである。やはりな、マコトは思った。閉じ込められている。

 「ゲームに参加され、勝利者となった場合の賞金は、最低でも一億五千万円としています。ですがその代わり、敗北者の身柄はわたくし達『LWCO』のものとなり、身の安全は保障されません。そのことを考慮してゲームへの参加を検討ください」

 頬を冷や汗が伝う。悪い予感が的中してきたのを感じた。身柄を引き渡す、身の安全は保障されない。不穏な単語だ、不穏すぎる。

 「それでは……それを考慮したうえで皆様の意思を聞きたいと思います。以下の三つの選択肢よりお選びください。

 『1』か『2』の選択肢を選ばれた方が合計四名以上いた場合のみ、ゲームは開始されます。

マイクの下にあるボタンで決定してください」

 画面に選択肢が表示される。


 1:『ノーマルモードB』でゲーム参加を希望する。その賞金は四億円。

 2:『ハードモード』でゲーム参加を希望する。その賞金は十二億円。

 3:ゲームへの参加を拒否する。


 「『ノーマルモードB』の枠は三つ、『ハードモード』の枠は一つとなっています。人数が多すぎた場合は抽選を行いますので、必ずしも希望が適う訳ではないのをあらかじめご了承ください。ただし、『1』を選んだのに『ハードモード』が選択された、などのように、希望より高い難易度でのプレイを要求することはありません。安心ください。

 また、『3』を選ばれたとしても、確実にゲームを回避できる訳ではありません。もしも『1』か『2』の選択者が四名以上いてゲームが開始された場合、同じようにゲームに参加していただきます。『3』選択者および『1』『2』選択者の中で抽選にあぶれたものは、賞金一億五千万円の『ノーマルモードA』での参加となります。

 ゲームが開始されなかった場合の処置ですが、皆様には報酬の百万円を受け取ってお帰りいただくことになります。この報酬は、みなさんが今日起きたことを黙秘することに対して支払われます。そのこともどうかご理解ください」

 胡乱な言い回しだがはっきりと『百万円は口止め料』と言っている。これを九人以上が選ぶことができれば、ゲームは実行されず金だけ受け取って帰ることができる。そうなったら、今日のことは忘れて元の退屈な毎日に戻ればいいのだ。

 しかしマコトは、少し邪な感情にかられもする。

 そのゲームとやらはなにをするのか? おそらく参加者同士の潰し合いということなのだろう。大金を賭けたゲーム……という字面から漂う魔力に、マコトは一瞬、引き込まれそうになる。

 一億五千万。四億。十二億。

 そもそもが、落ちこぼれのマコトには生涯大金を手にする機会など、おおよそ訪れないのだ。テレビをつければ就職難がどうの不景気がどうのブラック起業がどうの、高校生のマコトから将来への希望を奪うことこの上ない。このままだらだら生きていても大成する望みがないのなら、どこかでチャンスを掴まなければならないはずだ。

 そのチャンスというのは……ひょっとして今、マコトの目の前にあるのではないか?

 ……十二億あってみろ、なんでもできるぞ? 自分に過度な期待を向け、一方的に教育を施す両親からも逃れられる。金持ちになったら欲しいと空想していたもの、皆手に入る。起業をしたっていい、自分の力を大いに試して、名誉だって手に入れられる。いや、それだけ大金を抱え込めば『一生遊んで暮らす』という空虚な言葉すら現実になる。

 そこまで考えて……マコトは首を振り、ボタンを操作して『3』を選択した。

 身の安全は保障されない』状況に身を置いて戦ってまで、大金を欲しようとは思わない臆病さが、主な要因である。マコトはその程度の人間で、その程度の器だった。そしてそれは、たいていの人間にとって同じだといえる。そう、たいていの人間にとって。

 しばし沈黙する。同じように画面の向こうで沈黙を続けるバニーガールの審判が下されるまで、マコトは頭でも抱えたい気持ちでいた。

 「『1』選択者が三名、『2』選択者が一名。ゲーム開始の条件を満たしました」

 マコトはしばし顔を上げたまま動けなかった。いきなり放り込まれた非日常、たった一人の個室で味わう窒息するような恐怖感。

 一体誰が?

 四人が『戦い』を選択した。四人、十二人いて四人。ありえない。なぜそんな馬鹿なことを?

 ……等と思うのは、マコトの想像力が欠如しているからであろう。人が金を欲しがる理由などいくらでもあるし、ならばマコトの周囲の誰が金を欲しがっていようとおかしくはないはずだった。

 「それでは……これよりゲーム内容について説明をいたします。映像にて分かりやすくお伝えしますので、どうぞ、画面をごらんください」

 マコトは額に汗しながらもどうにか画面に目を向けた。こうなってしまっては、とにかく一切の情報を聞き逃す訳にはいかない。

 画面からバニーガールの姿がフェードアウトする。そしてその次に現れた妙に愉快なフォントで書かれた文字は、マコトにとって機知のものだった。

 『汝は人狼なりや?』

 それが今回マコトが参加するゲームの名前……聞いたことがある。確か、そう、九頭龍が言っていた。過去に彼女がネット上でプレイしたことのあるゲームと、同じ名前だ。

 「皆様には孤立した小村の村人となっていただき、そこに紛れ込んだ数名の『人狼』を排除していただきます。『ノーマルモードB』を選ばれた方々が『人狼』役。『ノーマルモードA』を選ばれた方たちが『村人』役……そして、『ハードモード』を選ばれた方には、『妖狐』の役をしていただきます。

 今回のゲームは十二人で行います。これからゲームの内容をお伝えしますので、メモを取りながら映像をごらんください」


 ☆


 『人狼ゲーム講座1:概要』

 青々とした木々を背景に、無機質なフォントが表示された。カメラは木々を掻き分けて山の中の小村らしき建物郡の中へと入っていく。そこには、何人かの二足歩行のウサギたちが生息して、服を着て道具を使って生活している。

 「あなた方は山奥の小村で生活を営む村人です。皆で平和に暮らしていたのですが……ある時村人を食べる『人狼』というのが紛れ込みました。彼らは昼間は人間の姿をして『村人』たちにまぎれているのですが、夜になると正体を現して、一人ずつ村人たちを食べてしまうのです。

 少しずつ数を減らしていく村人たち。しかし彼らは一計を案じました。それは昼間のうちに誰が『人狼』だと疑わしいのかを村人同士で議論して、怪しいものを処刑してしまおうという、危険なものでした」

 ここまで九頭龍から聞いた『人狼ゲーム』の説明と同じだ。間違いないといっていいだろう、これから行われるのは、彼女から聞いたあのゲームだ。

 「無実のものが何人も犠牲になりますが、村が全滅しないためには仕方がありません。脅威は人狼だけではありませんでした。邪な術を使う『妖狐』という存在が、村に紛れ込んだのです。

 彼らは村人と人狼の戦いを見物し、どちらかが全滅したところで、弱ったもう片方を労せずに支配して村を手に入れてしまおうという目的を持っていました」

 ……この『妖狐』という存在については、九頭龍から聞いた中に入っていない。『人狼』にも『村人』にも組しない、第三勢力。

 「さて。これからゲームの流れを説明いたします。

 最初の『夜パート』に、一人の村人が襲われるところからゲームが始まります。一人減った十一人で『昼パート』が開始。誰が怪しいかを議論していただきます。そして議論が尽くされた後で『投票パート』。実際に『投票』を行い、最も怪しいものが『処刑』されて脱落。再び『夜パート』となり『人狼』はもう一人村人を襲う機会を得ます」

 画面上に分かりやすい流れが表示される。


 『夜パート』人狼が一人村人を襲う。

 ↓

 『昼パート』村人が議論をして人狼を探す。最後の投票で、最多得票の人物が処刑される。

 ↓

 『夜パート』人狼が村人を襲う。


 「これを繰り返して、『人狼』が全滅すれば村人陣営の勝利、『人間(狂人含む)』と『人狼』の数が同数になれば人狼陣営の勝利となります。ですが、どちらかが勝利条件を満たした時点で、『妖狐』が生存していた場合は『妖狐』の勝利となってしまうのでご注意ください」

 ようするに、村人陣営は、まず『妖狐』を処分した後に『人狼』を全滅させることを要求されるということだ。マコトは理解した。

 「なお、細くとなりますが。『投票』の結果、二人の人物が同数票を獲得してしまった場合は、再度投票が行われます。基本的に決着がつくまで投票を続けてもらいますが、『ある特定の状況』が発生して票が絶対に動かない事態となった場合のみ、ゲーム自体を引き分けとして処理します。これはめったに起こらないことですので、基本的にはきにしなくて大丈夫です

 では次に『役職』について説明いたします」

 そこでもう一度、画面が切り替わる。


 『2:役職』


 「このゲームには『人狼』や『村人』をはじめとするいくつかの『配役』が登場します。それについて紹介をしていきましょう」

 画面いっぱいに、何体かの兎のアイコンが表示される。兎の体に狼の頭を持つキメラ、片方の耳をそぎ落とし渦巻く目をしたイカれ兎、、つば長帽子と水晶玉を身に着けた兎、黒装束に数珠を持った兎、猟銃を抱えた兎、そして、何の変哲もない白兎。

 「まずは人狼陣営に所属する役職者から紹介します。

 『人狼』夜パートごとに、仲間の人狼以外の参加者一人を襲撃して殺害する能力を持ちます。

 『狂人』何の能力も持ちませんが、人狼と勝利条件を共有する仲間です」

 キメラとイカれ兎が表示される。『狂人』は……村の住人でありながら人狼に組する裏切り者というところだろうか。人間でありながら村人の全滅を目指す、まさに『狂人』

 「次に村人陣営に所属する役職者です。

 『占い師』夜パートごとに村人一人を占って、『人狼』かどうかを知ることができます。

 『霊能者』投票で処刑した人物が『人狼』かどうかを知ることができます。

 『狩人』夜パートごとに村人一人を護衛します。護衛された村人は人狼の襲撃を逃れます。

 『村人』何の能力も持たない、ただの村人です」

 水晶玉の兎、数珠の兎、猟銃を持った兎、ただの白兎が表示される。

 「最後に妖狐陣営に所属する役職者ですが、これは一種類だけです。

 『妖狐』たとえ『人狼』に襲撃されても死亡しませんが、『占い師』に占われると死亡します」

 狐の尻尾を持った白兎が表示され、画面が切り替わった。

 「一度に全部覚えるのは難しいと思いますので、実際にプレイしながら覚えていただければ大丈夫です。ルールに関する質問なら受け付けています。

 今回のゲームは十二人で行います。十二人の内訳は、『人狼』二人、『狂人』一人、『妖狐』一人、『占い師』一人、『霊能者』一人、『狩人』一人、『村人』五人です。選択された難易度に合わせて、それぞれ役職についてもらいます」

 『1』を選んだ『ノーマルモードB』の参加者が人狼陣営、『2』を選んだ『ハードモード』の参加者が妖狐陣営、『3』を選んだ『ノーマルモードA』の参加者が村人陣営というところだろう。

 「補足ですが、一般的に、『人狼』陣営と『村人』陣営の勝率はそれぞれ五分五分とされ、『妖狐』が勝てる見込みは僅か一割ほどとされています。それぞれご健闘ください」

 そう言って画面が切り替わり、狼の頭を持つ兎たちによって全滅させられた白兎たちの映像が表示される。『人狼』たちは返り血を浴びながら、愉快に手を振りながら画面を遠ざかっていった。


 ☆


 「ゲームの説明は終了とさせていただきます」

 バニーガールが再び現れてにこやかに言った。

 「それでは、これからあなたに与えられえる役職を表示したいと思います。『人狼』を引かれた方同士は、そちらのマイクを使って相談を交わすことが可能ですので、戦略を練るのに是非ともご利用ください。

 また『人狼』の方は毎晩『襲撃』の操作を行っていただくことになりますが、今夜に限っては、その対象は『妖狐』以外からこちらでランダムに選ばせていただきます。また『狩人』による護衛に限り、次回以降の『夜パート』からとなります。『占い師』の方は初日から占いの操作をしていただきますので、個別にその操作をご説明いたします」

 初日の夜に犠牲者が出て、二日目の朝に発見されるところからゲームがスタートするのだ。いきなり護衛成功や、妖狐の襲撃による『死体なし』が発生してしまう訳にいかないのは当然といえる。

 マコトが画面を見ると、そこには大きく『あなたの役職は……「村人」です!!!』と表示されていた。無駄に数の多いエクストラメーションマークが実に不愉快だ。

 『占い師』などの重要な役職を引かなかったことに安心すべきか……それとも、自分以外のぼんくらにそれが渡ることを危惧すべきか。クラスメイトたちの中には役に立ちそうなのも、そうでないものもいる。そして……『1』『2』を選択し、敵となったものも、確かに存在するのだ。

 クラスメイト同士の潰し合い……通常なら仲間と戦うことには困惑が付きまとうはずだ。そういう意味ではマコトは楽なほうだろう。何せ彼は教室で常に孤立していた存在だ。誰が敵であっても、それと戦うことで精神的に痛むことはない。

 そう思った時、頭の中に、一瞬。

 あの時の九頭龍の泣き顔が浮かんで、どんなに努力しても取り消すことができなかった。


 ☆


 「二日目の朝が来ました。『桑名零時』さんが無残な姿で発見されました」

 無機質なアナウンスが響き渡る。その聞き覚えのある名前に、マコトははっとする。確か、前園という女が押す車椅子に乗っていた、あの廃人のような男だったはずだ。

 画面のほうを見ると、そこには腕の辺りから大きく出血している桑名の姿がある。凄惨な姿に目を背けたくなるが、しかしマコトは戦うためにその姿を凝視した。何かに噛まれている……それは相当に口の大きな生き物だ。相当に獰猛な、肉食の生き物だ。

 「説明に不足があったことをお詫び申し上げます」

 浪野の声がした。

 「基本的に、このゲームは途中で『襲撃』や『処刑』によって脱落したプレイヤーも、所属する陣営が勝ちさえすれば生存者と同じように『勝者』となります。

 しかしそのままでは投票や襲撃に緊張感が生じなくなり、映像作品としての価値は大幅に減退することになります。なので、『襲撃』および『処刑』によって脱落した人物には、それぞれ死なない程度のペナルティが与えられることとなっております。あらかじめご了承ください」

 『襲撃』のペナルティが『これ』だというのだろう。どう見ても、犬か……『狼』のような生き物に桑名は襲われている。食いちぎられてこそいないが、相当な痛みと恐怖を味わったことは想像に難くない。あくまで『死なない程度』ということか。マコトは息を飲み込む。

 「ちなみに彼を襲ったのは猟犬の一種です。少し前まではこちらのミスで死亡させてしまったりということもありましたが、しかし今回ゲーム全体の指揮を執るのは『ダダ甘』と揶揄されがちな優しいこのわたくしです。程ほどで切り上げさせているのでご安心ください」

 と、浪野はアテにならないことを言って

 「なお、『処刑』の場合のペナルティは『首吊り』です。といっても実際に死ぬまで首を絞める訳ではなく、意識を失ったあたりですぐにやめるようにしていますのでご安心ください。どんなに運が悪くても少々脳に障害を負っていただく程度……わたくしが実行する場合はたいていは無傷で済みます。……『たいてい』は」

 そう、くすりと微笑んだ。

 「ではこれから桑名さんにはわたくし達が責任を持って手当てをいたしますので……どうぞ、落ち着いたものから部屋を出られてください。扉はもう開くようになっているはずです」

 これで……『全てがどっきり』などという甘い可能性も完全に費えたことになる。犯罪に巻き込まれたことが必至であった以上、そういう現実逃避的な楽観はしていなかったとは言え……しかし応えるものがある。

 「議論時間には限りがありますので、どうかお急ぎください。それでは健闘をお祈りします」

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