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一日目1:集結

 信じる理由を探すなら、それはあとで裏切られた時の言い訳になる。騙されてからじゃ遅いんだよ。 ……ハンドルネーム:0:00




 七月二日二十三時。マコトは、件のメールに書かれていた住所へと訪れていた。

 そこは古ぼけた港だった。既に使われていないらしく、どこにも灯らしい灯もなく、足元が真っ暗でいつ海に落ちるかも分からない恐ろしさがある。

 携帯電話の液晶の灯を利用しながら、マコトはその港にいるはずのクラスメイトたちの姿を探す。自分が最初だろうか、とそういう結論に達しようとしたとき、腐食して真っ赤になった金属ブロックに腰掛ける少女の姿を発見する。

 「ゆ、ゆ、夢咲さぁん? は、はっくしょん!」

 如何にもくしゃみをしているのだぞといわんばかりのくしゃみをする九頭龍を見て、マコトは自分の抱いていた疑念を確信へと変化させる。マコトは九頭龍のほうに近づいて、彼女を見下ろす形で「おまえもか」といった。

 「は……はぃい。その、鵜久森さんたちに言われて……っていうのもあるんですけど。少しお金が……」

 「金がいる? おまえがか? 何に使うんだ?」

 「…………」

 九頭龍はしばし黙り込んでから、罪を懺悔するかのごときか細い口調で言った。

 「……家のお金。お父さんの生命保険金とか、鵜久森さん達に言われて手をつけちゃったから……。その、立て替えなくちゃいけないんです」

 本人からカツアゲするだけに納まらず、その家の金まで要求する。マコトはそこで子供らしい義憤にかられて九頭龍に追及したくなるが、それはしない。見苦しいし、彼女を傷付けるだけだ。

 「そうか……。ところでおまえ、寒そうだけど大丈夫か? ……ひょっとして海に落ちでもしたか?」

 「は、ははは……はい。そうなんです……。ここ、暗いから」

 なんとなし九頭龍の服に触れると、確かにぐっしょりと濡れていた。

 「バカかおまえ」

 「ご、ごめんなさいぃ」

 「あいや。とにかくいったん家に帰ろうぜ。まだ一時間もあるんだしさ」

 「でで、でもぉ。鵜久森さんたちより早く来てないと、海に突き落とされちゃいますよぅ……。だから……」

 「大丈夫だ。俺が守ってやるから」

 マコトが言うと、九頭龍は息を吐き出してから

 「……いいんですか」

 と、蚊の鳴くような声で言う。

 「マコトさんにあたし……あんな酷いこと言ったのに。あんな困らせるようなこと言って、中庭であんなこと叫んで……恥ずかしい思いさせて。なんでそんな優しいんですか?」

 面倒臭い女だと常々思う。こいつはどうして、自分自身がどれだけ哀れで気の毒な人間かを理解できないのだろうか。マコトが彼女を気にかける理由は数あれ、根底にあるのは同情からだ。こんなにみすぼらしいのだから、哀れみを引き出すことを意識的にやれるようなあざとさがあれば、こいつももう少しマシだったかもしれないのに。

 「いいから来い。早くしろ」

 「は、はいぃ」

 「おまえが前行ってくれよ俺まだ道覚えてないんだから」

 「は、はいぃ。すいません!」

 それから九頭龍の家まで移動し、家の前で待機した。服を早急に着替えただけで出てきた彼女に「シャワー浴びて来い」と命令口調でいい、これも迅速に済ませてきた九頭龍を伴って再び港へ向かう。

 「カラスの行水だな」

 マコトは言った。マコトには姉がいるが、アレの入浴は正味一時間かかる。

 「ま、マコトさんを待たせるわけにはいきませんので」

 「そうかい。……ところでさ。例のアルバイトのメールなんだが……」

 そう言って、マコトは九頭龍のほうに視線を向け

 「あれ俺の携帯に転送したの、おまえだろ?」

 そういうと、九頭龍は目を丸くして……それから口をあわあわとさせながら後退る。

 「俺のアドレスとか知ってるのおまえだけだしな。それしか考えられん」

 「そ、それ、あたしのアドレスからでしたかぁ?」

 お、白を切るつもりか? だがそんな生意気なことできるはずがないことを知らしめてやる。

 「おまえ、携帯電話とは別に媒体があるんだろ。確か親父のパソコンでネットゲームしてたとか話してたよな? それだろ?」

 マコトが言うと……九頭龍はあわあわと数秒うろたえた後、観念したようにうなだれて

 「はい……ごめんなさい。あんなの送りつけて、その」

 「いやまあそれはいいんだけどさ……」

 「その……不安だったんです。そのアルバイトっていうのが。鵜久森さんたちもいますし……。だ、だから、そのメールを送れば、1パーセントくらいの確率でマコトさんも参加してくれないかなって……」

 そんなところだろうと思った。となると、あのメールはやはりチェーンメールだったということか……? 誰かから九頭龍に、九頭龍から自分に。

 匿名のまま送りつけるようなうじうじとした真似をするくらいなら、素直に頼みに来ればいいものを。それができないからこいつは今のような悲惨な状況にあるのだ。抵抗できる力があるか、助けを呼ぶ声を出せるなら、人は淘汰されずに踏ん張ることもできる。弱者で、かつ頼れるものがない人間ならばこそ、踏みにじられるのだ。

 「気にしなくていい。なんかあったら頼れ」

 マコトにできるのはそうきっぱりといってやることくらいだろう。九頭龍はうっとうしいくらいに「ありがとうございます」といって頭を下げた。

 港へ戻ると、そこには他の面子もちらほらと集まり始めていた。

 「ぷぶっふぉう! 相変わらず廃課金の連中のやることは荒いですな。しかし勝てません。特にこの『粘膜王女三世』、しばらく見ないのに課金ランキングトップを維持とは……。王女といいつつおそらくただのおっさんなんでしょうな。モンスターの性能でゴリ押してくるだけのゴミ共がいなければ、我のレートも少しはあがるというのに……」

 そう言ってスマートフォンを抱え込んでいる太った影は、誰であろう伊集院であった。

 「我も数少ない小遣いから課金して上手くやっていたのですが……。それもあのDQNに取り上げられてしまいました……。おまけにこんな怪しげなバイトに付き合うよう強要される始末……我、自分自身が気の毒になりますぞ」

 「おまえも参加するのか」

 マコトが唐突に利くと、伊集院はため息がちにうなずき

 「ええ。……ま、人数あわせというものでしょう」

 そう言って肩をすくめる伊集院。九頭龍が小さな声で「おんなじだ」と言った。

 「あれ。美冬ちゃん、それに夢咲くん。あなたたちも?」

 そう言って声をかけてくるのは忌野だった。九頭龍は「い、忌野さぁん?」と驚いたような声をあげている。意外な人物だ。

 「実は嘉藤くんに誘われててね……。彼が『大丈夫大丈夫、大丈夫じゃなかったとしても大丈夫だと思い込んで参加すれば大丈夫だよ。大丈夫かどうかは分からないけど大丈夫だから。僕今何回大丈夫って言ったかな? とにかくこれだけたくさん大丈夫っていうからには大丈夫大丈夫大丈夫!』って言うから、大丈夫かなって」

 「騙されてるぞ」

 「そうかしら……。まあ、分かってるわよ」

 そう言った忌野の表情には苦笑が浮かんでいた。しかしこの慎重そうな学級委員が、嘉藤に誘われたからといって参加するとは。どういう力学がそこに働いているのだろう。

 「こんばんはマコトくん。やっぱり来たんだね」

 そう言ったのは件の嘉藤だ。マコトは「よお」といって手を上げる。

 「君が来てくれてうれしいよ、誘った甲斐があったってものだ」

 「そういわれると照れるな」

 「いや、『最低』九人ってことだから多いのは問題ないし、逆に一人でも体調不良でいなくなればアウトだったから。余分はいるに越したことないんだよ」

 「そういう理由かよ。……まあいいか。他に誰が来るんだ? 確か、戸塚は来るって伊集院から聞いたが」

 ここにいる五人に、戸塚と鵜久森グループ三人。九人だとすれば、一人足りない。

 「ふふふ。オレのことを忘れちゃ困るぞー!」

 そう言って自転車をドリフトさせながら現れるのは、誰であろう多聞蛍雪である。こんな暗闇の中でそんなことをすれば誰かしらと接触するのは必至であり、間抜けな九頭龍にそれが命中する可能性がもっとも高いことも自明である。なので、髪の毛を引っ張って「えん!」どうにか回避させてやる。

 代わりに、コンクリートブロックの塊に腰掛けてソーシャルゲームをしていた伊集院に「うぬっぽう!」ぶちあたる。肉団子はぼよんぼよんと跳ねながら海に落ちる寸前まで転がるが、それを嘉藤が反対側に蹴り飛ばしたことで事なきを得た。

 「おっとわり、伊集院。……遅れてやってくるのは、このオレ、多聞蛍雪なのでした」

 そう言って親指を突きつけて笑う多聞。こいつもまあ、戸塚に付き合わされてきた口だろう。

 そのうちに、件の戸塚が腕に赤錆を絡めてやってくる。クラスで最も大柄な戸塚と、小柄な赤錆のカップルはそこにいるだけで目を引く。

 「おい桜。あんまりくっつくなよぉ、暑いだろうが」

 「だってぇ、シゲちゃん。ワタシこわい。暗いし、これからするバイトだってなんか怪しいもーん」

 「っけ。大丈夫だ、おれが守ってやるんだからよ」

 「ありがとー。シゲちゃん頼りになる。……ってあんた」

 アタマが痛くなりそうなやり取りをするカップルを、海に蹴り飛ばしてやろうかと準備していたマコトに気付き、赤錆はいやそうな顔で

 「夢咲あんたなんでいんのよ?」

 「俺にもメールが届いた。参加することに決めた。以上だ」

 赤錆はどうでもよさそうに「ふーん」というと

 「やめて欲しいんだけどなー。あんたがいるとフミちゃんの機嫌悪くなるし」

 「そうなのか。……そうだろうな」

 「付きまとうなって昨日言われたでしょ? どーしてうろちょろすんのー?」

 勝手だろ、そう言ってマコトは黙り込む。

 「邪魔するようなら、またこないだみたいにボコボコにするからな」

 戸塚が言った。赤錆がけらけら笑って「ワタシもみたーい。シゲちゃんが夢咲をボコボコにするところー」といってはやし立てた。

 そして最後に登場するのが、おそらくこの集団のリーダーであろう、鵜久森だ。一歩はなれた場所では、キャンディを加えた化野が、相変わらずどうでもよさそうな顔でぼんやりと付いてきている。

 「あれアタシたちが最後? クズもちゃんと遅刻せずに来てて関心ね」 

 「は、はいぃ」

 「はい、ありがとうございます、光栄です! くらい言えないの? 海に落とすよ?」

 「は、はいぃ! ありがとうございます、光栄です」

 「良くできましたー。って、あんた」

 そう言って鵜久森が視線をマコトに向ける。気付いたようだ。不愉快そうな表情をしながらこちらににじり寄ってこようとして、後ろから化野に手を引かれる。

 「アカリ」

 「今それ面倒くさい」

 化野は心底どうでもよさそうにそう言って、口の中にあるキャンディを鵜久森に差し出す。

 「いる?」

 「……それ食いくさし」

 「そっか。じゃ、別のにする?」

 「あー。んじゃそうして」

 「ん」

 「ハッカ味以外ね。あんたアタシに飴くれるときいつもハッカじゃん」

 「ばれてた?」

 「確信犯かよ!」

 二人の息のあったやりとりに、赤錆がどうにか追従しようと「きゃははーん」と笑ってみせる。それからいつもの三人の輪になろうと入っていく赤錆から、取り残された戸塚は近くの多聞や伊集院などの子分たちに声をかけ始めた。

 ともかくこれで十人そろったはず。時間はもう二十四時十分前。そろそろ向こうからアプローチがあるはずだ。

 マコトはぼんやりと海を見ながら待ち続けた。相変わらず伊集院は戸塚に蹴りまわされていて、多聞がそれを苦笑しながら止めずに見ている。鵜久森たち三人組は談笑しながら、思い出したように九頭龍をいじめていた。嘉藤がからかうように忌野に接するのに、彼女が満更でもなさそうなのは、新発見の人間関係だったが。

 「おそろいですね」

 そう言って……現れたすらりとした人物がいた。

 皆の注目が集まる。そこにいたのは、近所のどこのものでもないセーラー服を着た、やけに見栄えのする少女だった。服装については、アルバイトということで一応正装をしてきたマコトたちと、そこは何も変わらないといえる。

 丸くて小さな顔をしている。少し細身だがスタイルは良く、すらりとした体にへそのあたりまでの長髪を下げていた。涼しげで清楚な顔立ちによどみのない笑顔を浮かべていて、やわらかな声でこう切り出す。

 「わたしは前園はるかと申します。とある地域で高校生をしています。皆さんと同じくアルバイトの参加者で、途中まで皆さんを引率する役割を任されています。どうぞ、よろしくお願いしますね」

 そう言って、自分たちと同じ高校生とは思えないほど瀟洒にアタマを下げる。九頭龍が「綺麗な人……」とつぶやいたのが分かった。

 しかし、ただの『綺麗な女』というだけならば、ここまで彼女が自分たちの視線を独占することはないはずだろう。

 「そして」

 前園が切り出す。そう、その女が異端なのには、もう一つ理由がある。

 前園は、自分が押していた車椅子に腰掛ける人形めいた男を手で指した。蒼白な老人のような顔のそれは、しかし良く見れば自分らと同世代の人間だと分かる。焦点の合わない両目を見開いて、口を半開きのままで死体のように表情を動かさないそいつは、廃人めいて見えた。

 「こちらが桑名くん。桑名零時くん。こちらも皆さんと同じくレクリエーションに参加することになっています」

 こともなげに紹介した前園に、誰も口を挟むことができない。ここまで当たり前にされると、詳しく追求することが難しくなってしまうのだ。

 「誰、その男の子? 君のペット?」

 しかし、その中でも自分のペースを崩さない人間というのはいる。嘉藤は興味を引かれたように桑名の近くまで行き、その廃人のような表情をじっと眺める。

 「恋人です」

 前園はこともなげに言った。一同が悄然とする。

 「へえ。でもさ、車椅子ってことは歩行が満足じゃないわけじゃない? そのアルバイトっていうのは、車椅子で寝たまんまできるものなの?」

 「できますよ」

 前園はくすりと微笑んでから、やんわりと嘉藤の前に手を差し出す。

 「質問は受け付けますが、レクリエーションの説明は、これからやってくる船の中で行われるそうです。そちらで詳しく教えてくれますよ」

 「船……」

 マコトは鸚鵡返しに言った。

 「今、質問は受け付けるって言ったよな? その……百万だか十二億だかってのは、本当に手に入るものなんすか?」

 多聞が言うと、前園はにっこりと微笑んで

 「ええ。皆さんの選択次第で」

 「オレらの選択?」

 「大金ですから、当然ぽんと十二億が渡されることはありませんが……。下限の百万円についてだけは基本的にノーリスクで持ち帰れるルールになってますよ。あなたたちがそれを選択すれば、ということにはなりますが……基本的に報酬は支払われるといただいて大丈夫そうです」

 「他人事みたいな言い方っすね」

 「わたしも立場的には皆さんと一緒ですからね。リピーターだから、先導役を頼まれているというだけで。条件は一緒です」

 「ってことは」

 マコトは言う。

 「あんたは前回、収入をちゃんと得られたんだな」

 「そうですよ」

 前園は微笑んで

 「もう来てます」

 そう言って、前園が手を差し出した先には……

 闇を覆いつくすような巨大で荘厳な、古ぼけた港には見合わぬほど豪華で巨大な客船だった。

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