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プロローグ6:誘い

 「こんにちはマコトくん。なんだか、むしゃくしゃしてるようだね」

 苛立った足取りで帰宅するマコトに、声をかけてくる少年がいた。嘉藤智弘、マコトのクラスメイトで、彼を名前で呼ぶ数少ない生徒の一人……だったが、別に交流があるというほどでもなかった。

 「嘉藤か」

 「そうそう、みんな大好き嘉藤だよ」

 「……」

 「サインあげようか?」

 「いや。いい」

 そう。といって微笑んで歩く嘉藤の全身からは、ほがらかなオーラが満ちている。こいつはいつだってどこかしら楽しそうにしている。誰に対しても人懐っこいが、誰とも親しくならない。ふと気付けば、虫けらを見るようにこちらを見ていることがある。そんな奴だと知っていた。

 何故日陰者のマコトがこの男のことを知っているのかというと、こいつが有名人だから。校内一位どころか、全国規模の模試でも上位の成績を持つ秀才。……だが、特に努力をしている姿が見受けられる訳もなく、戸塚やマコトですら授業に付いていこうと必死に聞いている間に、マイペースに漫画など読んで笑いを堪えていたりもする。

 「なんの用だ?」

 「用向きがなければ話しかけちゃいけないってことはないでしょ。クラスメイトなんだからさ。僕は、君だからこそ雑談の相手に選んだんだよ?」

 「悪いが今度にしてくれ」

 「あっそう。……じゃ、用件があるってことにしようか。マコトくん、最近、妙なメールが出回っているみたいなんだけど、知らない?」

 妙なメール? どうせつまらないチェーンメールの類だろうか。友達のいないマコトにそれが回ってくることはまあ、おそらくないのだろうが。

 「俺にだからこそその話をしたってことは、それはなんだ。俺に関わる内容なのか?」

 「いやいや。決して、マコトくんがネットいじめの対象にされているとか、そういうんじゃないんだ」

 「そうか」

 ならどうしてわざわざ自分にそんな話を持ちかけるのか。こいつなりの気まぐれだろうか?

 「核心から言うとさ。僕が知りたいのはその謎のメールが果たして、僕たち高校生の同士で出回っているものなのか、それとも別のメディアから僕たちに向かって送信されてくるものなのか……ということさ」

 「で? 俺に聞くことでその疑問の何が解決するんだよ」

 「君のメールアドレスを知っている人、クラスメイトの誰もいないよね?」

 ありていなその言い草に、マコトは苦笑してから

 「つまり、俺にもそのメールが届くようなら……それは高校生同士で出回っている悪戯メールではなく、どこか別のメディアから送られているという推理が可能な訳だ」

 「そういうこと。はいこれ」

 そう言って、嘉藤はマコトに向かって紙切れを一枚押し付けた。

 「なんだこれ?」

 「僕の電話番号。もし君にそれらしいアドレスが届いたら、教えてくれないかな? お礼はするよ」

 そう言ってにこやかに笑い、用件は済んだとばかりに背中を翻して

 「それじゃマコトくん。さよなら、おやすみ、また明日」

 妙な挨拶をして、スキップでも踏むようにその場を離れていった。

 「……そのメールの内容は、教えていってくれないんだな」

 マコトはそう独白した。


 ☆


 今をときめく高校生の皆さん。はじめまして、私は『LWCO』の波野なにもと申します。

 29歳熟れ熟れボディのお姉さんです。

 今回は皆さんにちょっとしたアルバイトのお誘いをしたく、このようなメッセージをお知らせしている次第でございます。

 報酬は100万円から12億円を予定しています。

 アルバイトの内容はちょっとした映像作品への出演です。十人ほどのプレイヤーに集まっていただき、楽しくレクリエーションをしてもらい、終了後帰宅していただきます。

 日程は7月3日の日曜日の零時より、早ければ三十分で終わりますし、長引いたとしても六時間ほどしかかからないでしょう。

 ようするに『怪しいビデオに出演してたんまり儲けようぜ』ということです。

 応募用件はありませんが、最低でも九人以上でいらしてください。お知り合い同士だと、なおいいでしょう。人数がそろわない場合報酬は支払われませんので、どうかご了承ください。

 参加いただける方は時間までに下記の住所へお集まりください。


 来た。……例の、『怪しげなメール』とやらが。

 なるほど確かにこれは怪しげである。それどころか、このメッセージの作成者自体が、この怪しげさ加減を自覚し、露悪している風ですらあった。

 マコトは退屈に思いながら、先ほど渡された嘉藤の番号に連絡をした。面倒だという気持ちもあったが、一方的ながら約束は約束だ。

 「やあ僕だよ」

 初めて電話をする相手にあっけらかんとそういう。マコトは「俺だ」とつぶやいて

 「来たぞ。例のメール」

 「おやマコトくんかい。来たんだ。あの十二億のバイトとかいう」

 嘉藤はおかしそうにしながら

 「そうなると、そのメールは僕たち高校生の間で流通しているちゃちな悪戯ではなく。なんらかの組織が、ネットワーク上に流出した僕たちのアドレスへ、勝手に送信しているものってことだ」

 「そうなんだろうけど……俺、自分のアドレスをネットのどこにもさらしたことはないはずなんだがな。登録してるサイトもないし、人に教えたことだって……」

 「ずっと前にもないの?」

 「高校に入ってから持たされた携帯電話だからな」

 持て余している感しかなかったのが正直なところだ。親に首輪でもつけられているような気分で、持っていて愉快なものでもない。

 「マコトくん。気味はハッカーと呼ばれる人たちが、どういう手段を持ってパスワードを突破して他人の媒体に侵入するか知ってるかい? とにかく考えられるパスワードを片っ端から入力していくんだ。するとどうだろう、数字のみ四桁のパスワードなら一万回、五桁なら十万回の試行で侵入が可能ということになってしまう」

 途方もない話に、マコトは「はあ?」とあっけに取られるしかない。

 「もちろん、時間のかかることだよね。四桁、五桁ならともかく。十桁や十一桁となると、気の遠くなるような時間がかかってしまう。でも……もし、一秒間に何十万回というパスワード入力を可能とするプログラムがあったら? それが複数あって、長時間起動させることが可能だとしたら? 相当厳重なセキュリティならともかく、いつかは突破されてしまうよね?」

 「……それと同じことを、メールアドレスで行ったということか? つまり、俺の携帯電話につながるまで、あらゆるアドレスに片っ端からメッセージを送信したと?」

 「そうだね。そのメールが君のアドレス一つを狙って送られたものだとは言わない。けれど、誰かしらのメールアドレスに届けばいいとして送られたものだとすれば、まずまず納得できるよね。何万通りというアドレスに闇雲にメールを送信すれば、いつか誰かのアドレスに行き着くんだから」

 「で……たまたま俺のアドレスに行き着いた、と」

 「そういうことなんじゃないかな。でもこれで、高校生同士の悪戯じゃないことははっきりしたでしょ。悪戯としては大規模だからね。実際に12億円が支払われるのかはともかく、このアルバイトが実在するかどうかはともかく、このメールに書かれている住所に人を集めたいという人物が存在するということは、間違いないんじゃないかな」

 しかしそれならば、ますます怪しい。マコトは思った。

 「それでさ。どう? マコトくんは、これに参加するのかい?」

 と、嘉藤から言われ、マコトは「いや」と即答し、それから

 「まさか、おまえは参加するつもりなのか?」

 「そうだけど」

 こともなげに答える嘉藤に、マコトは「は?」と目を丸くして

 「確かに怪しげだけどさ。だからこそ、おもしろいと思わない? 本当に12億が支払われるなんて思っちゃいない。けれどスリルと非日常は味わえる。そう思わない?」

 成績の良さと、本当の意味での賢さというのは、必ずしも一致しないようだ。本当の賢さというのが一体何を指すのかは分からなかったが、少なくともこんな怪しげなバイトに自分から参加するような人間を賢いとは、マコトは思わない。

 「ちなみに僕が参加すれば、九人の参加者はそろうことになっている。メンバーは全員クラスメイトさ」

 「……そうかよ。酔狂な連中だな」

 マコトには興味もない。

 「おまえのようなあからさまな変人はともかく、よくそこまで集まったな」

 「あはは、変人なんて。マコトくんには言われたくなかったなぁ」

 「そっくりそのままその言葉を返すよ」

 「でも確かに良く集まったと思うよね。けれど、一応、これだけの人数が集まったのには、根拠があるんだ」

 「それは?」

 「その『アルバイト』に参加して、九人で九百万円を持ち帰った高校生らが実在し、彼らの話を聞けたということだ」

 その話を聞いて、マコトは「へ?」と素っ頓狂な話を聞く。

 「鵜久森さんたちのグループが既に接触して話を聞いているそうだね。たまたま知り合いにいたそうだ。百万円も見せてもらったそうだよ。で、彼女らはすっかりその気でメンバー集めをしているんだけど……たまたまこのメールを受け取っていた僕は、喜んでそれに乗ったというわけさ」

 あのバカ共なら、愚かしくも『おいしい話』と思い込んで参加しても、確かにおかしくないように思われる。

 「まあ。俺はいやだけどな」

 短期間で大金が出るならそれにふさわしいリスクがある。それは間違いない。そしてリスクがどんなものか分からないままで尚大金を欲しがるほど、マコトは金銭に対して情熱を持ってはいない。

 「そうかい? まあ、気が変わったら参加してよ。当日その時間に、その住所にいさえすらばいいはずだからさ」

 「……」

 「もしかしたらの話だよ? そのアルバイトとやらに参加して、上手く立ち回れば……実際に十二億手に入れることも可能かもしれない。それだけあればなんだってできるよ? マコトくんもきっと、世の中に退屈している側の人間でしょう?」

 世の中に退屈している? 流石に『校内一の天才』は言うことが尊大だ。マコトは苦笑した。確かに世の中がおもしろいと思ったことは一度もない。おもしろいものがないから、何もする気がおきず、ただ自堕落に淘汰されて、漂っている。

 「ま。考えてみてよ。マコトくんみたいな人がいると、頼もしいからさ。それじゃあね。さようなら、おやすみ、また明日」

 そう言ってマイペースに電話が切られる。マコトはふんと息を吐き出してから、携帯電話を投げだして、家での時間のほぼ全てをそこで費やす部屋のベットに寝転んだ。

 マコトの部屋は八畳の空間で、中はだいたいマンガ本かゲーム機で散らかっている。そのどれもが余剰時間を潰すためのものであるが、つぶれた時間意外の『余剰でない』時間が何かというと、学校に通って授業をただやり過ごす時間なのだ。

 ……そんな生活を続けるくらいなら、いっそ奪12億という夢にでも浸って、そのバイトとやらに参加してみるか……? バカらしい。どこのどいつが送ったかもしれないこのメールに、踊らされてたまるか。

 ……どこのどいつ、どっかの誰か。……それはいったい?

 半ば眠りこけながら考えてみて……そしてふと、マコトは、ある可能性に行き着いて、目を開けて体を起こし、カレンダーを見る。

 今が七月一日の金曜日であることを確認する。……マコトは、悩んだ末にある決意を固めた。

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