エピローグ:彼女のいる地獄
ぱちぱちと、閃光花火は命を燃やす。星のない夜なのに、立ち上る煙が良く見える。
泣きたいほどに綺麗だった。こんなにも明るく弾けているのに、どこまでも落ち着いて静かなのだ。
九頭龍のことを思い出す。これをまた一緒に見る約束をしていたのではなかったのか。この静かな明るさを、あらゆる喧騒から取り残された二人同士で、何もいわずにただ共有することを望んだんじゃなかったのか? 考えて、マコトは九頭龍の選択を、九頭龍にその選択をさせてしまった愚かな自分を呪う。
季節が夏に染まった夜の川原。いつか彼女と花火をした思い出の場所で。マコトは、愛した女を失って、ただ一人無様に生かされていた。
鵜久森が処刑された時点で、村人陣営勝利のアナウンスが流れた。呆然とするマコトを尻目に、勝利後の処理は粛々と実行される。口止め料としての報酬、一億五千万円の手渡し方を数通り示され、それぞれが選択し終えた後……村人陣営の面々はことごとく船から港へと放たれた。
処刑や襲撃の傷跡の深さはそれぞれだったが、命を落としたものはいなかった。桑名零時のように廃人と化したものもいないで済んだ。浪野なにもというGMが良心的な部類に入るという評判は、おおむね間違っていなかったらしい。今現在、病院で治療を受けているはずだ。
最後に九頭龍は、鵜久森に投票することを選んだ。
全てを諦めて現実を享受することができずに『戦い』を選び、しかし結局はマコトを蹴落とすことができずに敗北した。中途半端で愚かで臆病な結末だった。
「……バカが」
マコトははき捨てるように言った。
せっかくあそこまで行ったのに。勇気を振り絞って戦い、勝利寸前というところまで行った。ならば何故自分を救わない。マコトのようなどうしようもない奴を救い、自ら堕ちていかなければならない。
「九頭龍さんは満足して堕ちたはずですよ」
そう言って、ふらりとマコトの後ろから現れた女がいた。
「だって、これで夢咲さんは、永遠に永遠に九頭龍さんのものになったのですから。だって忘れられないでしょう? 一生後悔して、悩んで苦しんで、あの子のことを想って生きることになるでしょう? それが彼女の目的なんですよ、だから九頭龍さんはきっと後悔しません」
前園はるかはからからと車椅子を引きながらマコトの前に立ち、膝を折りたたんで、座り込むマコトに微笑みかけた。首には薄地のマフラーが巻かれている。
「あの子は夢咲さんの全てが手に入ればそれでよかった。女の子の幸せってそんなものですよ」
あー、と白雉のような声がした。車椅子に乗った桑名があげた声らしい。前園は桑名の頭を軽く撫でると、そっと顔を近づけてキスをした。
「……前園はるか」
「九頭龍さんからの贈り物、楽しんでいますか?」
マコトが手に持っている閃光花火は、前にマコトが九頭龍にやったものだった。いつかまた一緒にやろうと約束をして、彼女に預けておいたもの。それをマコトのところに届けたのは、目の前のこの女、前園はるかだった。ゲームの敗者同士同じ部屋に放り出されていたときに、九頭龍が前園にそれを頼んだらしい。
「基本的にあのゲームの敗北者って、すぐに殺されるんですよね。『敗者の死』それが映像作品のクライマックスとなります。『襲撃』でやられた人は犬に食われて死にますし、『処刑』でやられた人は首を吊られて死にます。占われて『溶けた』妖狐は、なんでか良く分からないんですが火炙りです。一回だけ見たことありますけど、多分あれが一番苦しいですね」
「……それで。どうしておまえは生き残ってるんだ?」
「お金を出したからです。村人陣営八人にそれぞれ一億五千万円、合計十二億、これを負担するのは敗北陣営の四人という建前になっていてですね。一人三億円の負債です。ぼんくらにこれを払える見込みなんてありませんから、基本的にはその命を持っての支払い……って感じに処理されるんです。でもわたしは何度かこのゲームに参加して勝者となっていますので、三億くらいならどうにか工面できたんですよ」
……前園はあのゲームのリピーターといっていた。数億の報酬が出るあのゲームに連勝をあげているなら、確かに三億くらいならどうにかなるというものなのかもしれない。
「『襲撃』はともかく『処刑』にあったのは初めてですけどね。ほら、こんなむごい後が残っちゃいました。ポーの『黒猫』に出てくるプルートーみたいでしょ?」
そう言って前園がマフラーを取ると、首元に食い込んだ荒縄の跡がみえた。
「知らん。だが確か嘉藤や化野にも同じような跡が付いてた。特に嘉藤はひどいもんで、多幸症にかかったみたいにいっつも笑いながらテレビと会話してる」
「それはお気の毒に。わたしも正直覚悟したんですけどね。桑名くんみたいに廃人になることも、覚悟したんですがね……。指先が少し震えるのと、いくらか視力が落ちるだけで済みました。おおむね正気です。まったく悪運だけは強いんでしょうか。
ところでです、夢咲さん。他の生き残りの皆さんの様子はどうですか?」
「どう? とは?」
「ですから。あの組織のことを告げ口する意思があるかどうか、ということです」
そのことについては……マコトは先日、病院に送られていた生き残りたちを集めて議論した。しかし結論は結局『保留』。あのゲームを『事件』とみなせば当然与えられた『報酬』は自分たちのものではなくなるはずで、大怪我を負わされて金も手に入らないという事態を受け入れるくらいなら、今のところは黙っていようという結論を得ていた。
「黙ってるってさ。後が怖いとか金が惜しいとか、色々あるんだろ? まあとは言え、高校生三人が行方不明で四人が重軽傷、そんなことが追求されないほうがおかしい訳で、いずれ何もかも明らかにされるだろうが」
「そうはなりませんよ」
前園は平然としていった。
「なんでだ? そのうち警察による取調べとか来るだろ?」
「いいえ。浪野さんは、皆さんが怪我の治療をするための病院まで指定して、入院の段取りも全部あの人がやりましたよね? でもその病院って結局あの組織の傘下なんですよ。もみ消すにはちょうどいい場所、というところでしょう。警察だって下手に手を出せません。全ては闇から闇へ、という奴です」
「……なんだそれ? なんでそんなことがまかり通る? 警察だろ? 警察がなんでそいつらの言いなりなんだ?」
「夢咲さん。警察っていうのはこの国の正義ですよね? 正義の持つ力ってそんなものではなかったでしょうか。夢咲さんかこれまで生きてきたあらゆる場所で、正義が本当に力を持って秩序を握っていた場所っていうのは一つでもありますか?」
そういわれ、マコトは言葉に窮する。
「正義が必ず勝つというの幻想なんですよ。そうでなければ、九頭龍さんのような優しい女の子が、ただ虐げられるだけの人生を送ったことに説明が尽きません。
いいじゃないですか。本当にあの人たちが血も涙もなければ、口封じにあなたたちを全員殺す手だってあったんですから。手間をかけ、危険を犯してあなたたち勝者の権利を全力で守ってくれるんですから、むしろ感謝してもいいくらいだと思いますよ」
ふふ、と前園は微笑む。マコトの手で輝いていた閃光花火が、ぽとりと石のうえに落ちた。暗闇が訪れる。
「さて……ここで本題に入ります」
闇の中で、前園は転がっていたライターを拾い上げ、火をつける。妖艶な微笑みを浮かべ、
「結論から言います。夢咲さん、もう一回あのゲームに参加してみませんか?」
その問いかけに、マコトは怪訝な表情を浮かべて
「……結局。おまえの正体は、あいつらの手先ってわけか」
「手先として扱ってもらえてるなら、本気でこんな跡が残るまで首絞めたりしないですよ。末端の末端の……そのまた末端がたまに雇うアルバイト、そのくらいのポジションです」
「あいつらの正体はなんなんだ?」
「さあ。少なくとも一ついえることは、世の中を牛耳っているのはテレビに出てくるような政治家さんじゃないということです。本当の支配者は常に闇の中にいて、その全貌はわたしみたいな子供には絶対に分からないようになっています。
あなたはその支配者たちに気に入られたからこそ、こんな誘いをもらえたんですよ? またとないチャンスだと思いませんか? 一億五千万円なんてはした金で終わるような方では、夢咲さんはありません。どうでしょう、あなたをわたしと同じ地獄へ案内してさしあげます」
「断ると伝えろ」
「九頭龍さんがまだ生きているといってもですか?」
前園が挑発するように言ったのを、マコトは目を剥いてたずね返す。
「どういうことだ?」
「そのままの意味です。九頭龍さん、ゲーム終了後に行われた最終人気投票でぶっちぎりトップだったんですよね。実際あの子の動きは『狂人』として上等でしたから。せっかくハイレベルなプレイヤーが組織の手中に下ったというのに、そのまま殺すのはもったいないということで……『トップ賞』として九頭龍さんは殺害を免れることになりました」
「それで……今はどうしてるんだ?」
「次回行われる『ゲーム』への参加が決まっています。役職次第ですが報酬金はそれなり。勝てば日常に戻れる可能性も十分にあります」
マコトは胸のどこかでちりちりと熱いものがせりあがってくるのを感じた。九頭龍が生きている、九頭龍が助かるかもしれない。
「あなたがこれに参加するというのなら、便宜は図りますよ。あなたが今もっている一億五千万円を九頭龍さんの負債の返済に充てるのはもちろん……あなたと九頭龍さんを同じ陣営にしてあげてもいい。『このゲームにおいてお互いを信頼しあうことのできる唯一の役職』に、あなたたちをしてあげてもいい」
……それは、すなわち。
「本当か?」
「あの組織は誰かを理不尽な目に合わせることはあっても、嘘を吐くことはありません。それは今回のアフター・ケアで実感されているでしょう。信頼していただいてもかまいません。どうですか?」
自分を救い出すために自らの身を地獄に落とした九頭龍。
誤った選択を九頭龍に強いてしまったこの咎を……清算することができるというのなら。あの子と二人で地獄に堕ちて、一緒に戦うことができるというのなら……。
それが悪魔のささやきであっても、マコトはかまわない。
「……やるよ」
決意を込めて、マコトは言った。
「そうですか。後悔しませんね」
「ああ」
即答する。前園はどこか寂しげに笑った。
「日程と場所はこちらです」
マコトは前園から一枚の紙切れを受け取る。前園はその場を立ち上がると、桑名の寝転がる車椅子を引いてその場を立ち去っていく。
「どうかご健闘を。あなたが九頭龍さんの手を引いて、ここに戻ってこられる日を願います。これは本心ですよ」
「そうか。……ありがとよ」
マコトは言って、車輪の音が完全に消えたのを聞き取ってから、折りたたまれた紙切れを開く。日程はすぐ数日後。場所は少し遠いがいけないことはない。いや……仮に地球の裏側だったとしてもマコトは駆けつけただろう。
マコトは足元の花火を拾い集めて、袋に詰めなおす。今度は自分がこれを預かるのだ。必ず九頭龍を連れ帰って、またこの場所で……。
「……待っていてくれ」
マコトは歩き出す。欺瞞と策略の渦巻く勝負の世界へと。どんな地獄でもかまわない。悪魔になってでも救いたい人が、そこにいるのだから。
ここまで読了くださってまことにありがとうございます。
人狼ゲームを題材とした今作でしたが、お楽しみいただけましたでしょうか。惰性でもなんでもここまでお読みいただいたことは、作者として何にも勝る最上の喜びです。
人狼ゲームについての作品を描くのは、これが三度目になりますでしょうか。最初にこちらで連載した『汝は人狼なりや』というそのもののタイトルの作品については、自分の人狼への理解不足が原因で連載中断、削除に至ったという少し悔しい思い出があります。
どうせ描くなら経験者の方でも頷いてくれるようなしっかりした『人狼ゲーム』を……という思いでリベンジのつもりで描いた今作ですが、いかがだったでしょうか。正直四日目の妖狐と村人の議論の内容とか、五日目以降の狂人のグダグダっぷりなど課題はありますが、おおむねまえよりはマシなものがかけているつもりです。
最後にでかでかと『つづく』の文字が出てきそうな終わり方をしていますが、読者様の反応次第で続きも考えています。もし少しでも期待していただける方がいらっしゃるなら、これ以上の喜びはございません。
それでは改めて読了ありがとうございました。




