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五日目5:レアケース

 嘉藤の処刑のされ方は、他の誰よりも静かだったように思う。

 ただ、処刑台を上るその足取りは、何か遣り残したことを感じさせるものだった。躊躇なく踏み出される一歩一歩は、しかしどこか納得のいかなさそうな、悔しがる子供のような足取りで……。ゴトーを首に巻きつけられてからも、恐怖や緊張に暴れたりすくんだりすることはなく、ただいらだたしげに腕を組んでいるだけだった。

 ただ落ち着いているのとも違う。気丈なのとももっと違う。自分の首が締め付けられることよりも、ゲームの中での遣り残しが不愉快でならないとでも言うような、そんな態度だ。

 もしかしたら奴は、最後の最後までこのゲームを楽しんでいたのかもしれない。『世の中に退屈している』などと不遜に言い放った彼の退屈を埋めるのに、命を賭けたこの非日常はふさわしいものだったのだろうか。宙に投げ出される嘉藤を見ながら、マコトは額に汗してそんなことを思った。


 ☆


 はたして嘉藤が村人だったのかそうでなかったのか。マコトにはまだ良く分からない。少なくとも『五日目:夜』が訪れている以上、彼が『最後の人狼』として処刑されたわけでないことは明らかだ。

 今現在、生き残りは四人。もし『人狼』が二匹残っているならば、『人狼と人間が同数になる』という人狼陣営の勝利条件が達成されていることになる。このことから、現状残りの『人狼』は一人ということが確定。マコトはこれを伊集院だと読んでいた。『狩人』での回避は、彼が『人狼』だからこそ、生き残るために嘘を吐いたのだと考える。そして『妖狐』は鵜久森が濃厚だろう。今夜、『人狼』の伊集院が『妖狐』の鵜久森を襲撃すれば、この二人に相互で投票させることで村人陣営は『引き分け』という結果を手にする。

 考えられる負け筋は『人狼』が『妖狐』を絞りきれず『村人』を襲撃してしまった場合と、嘉藤が『妖狐』で明日残る『人狼』を処刑できなかった場合。……そして。

 今まで前提として考えてきた内訳……『マコト』『嘉藤』『伊集院』『鵜久森』『九頭龍』の内訳が『村人陣営二人』+『霊能者』+『人狼』+『妖狐』であるという前提、これが間違っていた場合。

 嘉藤が処刑される前に言っていたことを思い出す。『九頭龍は偽者』最後の最後で繰り出したこの主張を、嘉藤がどの程度本気で通そうとしていたのかは、分からない。嘉藤は九頭龍に投票していたから……ひょっとしたら嘉藤が『妖狐』でワンチャンス九頭龍を処刑できないかといきなりあんなことを言い出したというのもなくはないかもしれないが……。

 「検討に値するのか、こんなの……?」

 ノイズ……のはずだ。九頭龍が偽者なんてあるはずがない。気弱なはずの九頭龍が勇気を出して、村人陣営の生き残りのために必死で声を大きくして戦ってきたのだ。それを裏切って、奴を『偽者』と主張するだなんて、できることではない。それを……。

 『迷っても間違えてもいい。でも、「どこでもいいからテキトウに」はダメだ』

 嘉藤の言葉が思い出される。なんで九頭龍はあんなむちゃくちゃな指定の入れ方をした?

 『信じろとは言わない』

 『せめて、考えてくれ』

 考えれば分かるというのか……? あの男の能力を考えると、確かに一考には価するかもしれない。あいつの言うことが真実で九頭龍が偽者なのかもしれないという可能性を、まったく追わないということは、それは……やはり逃避なのではないか?

 「考えてみよう」

 勇気のいることだ。しかし、しなければならないことだとマコトは思う。疑うことをまったくせずに行われる『信頼』は、ただの『妄信』でしかない。疑って、乗り越えて……そして改めて彼女を信じよう。

 そう決めた。必ず彼女をまた信じられることを、願った。


 『九頭龍』を偽者霊能者とする。一番最初に思いつくのは、この内訳だ。


 占い師:前園

 霊能者:化野

 人狼:戸塚+九頭龍

 狂人:忌野

 妖狐:?


 前園が主張した説をそのまま信じた場合だ。

 この場合何故前園はあんなに余裕を持って処刑されていったのかという疑問が残るが……。しかし『戦い抜いてあきらめた本物』という風に考えることも可能なはず。

 だがしかし、このパターンはありえないという根拠を、マコトは既に一つ見つけている。それは『狂人』が襲撃されていること……ではなく、九頭龍が最終的な処刑先に嘉藤を『指定』したことだ。

 この内訳の場合、『人狼』の九頭龍はグレーに、潜伏中の『妖狐』を殺害するために動いていなければおかしい。だが、この内訳における本物占い師である前園の占い結果は、『戸塚:●』『鵜久森:○ 』『嘉藤:○ 』。九頭龍が『妖狐』を狙って指定する場合、鵜久森と嘉藤は避けるはず。それなのに嘉藤を最終的に処刑先とした……この時点で、前園が『本物』で九頭龍が『人狼』というパターンはきっぱりと切れる。

 では上の配役の他の部分は変えずに、九頭龍だけ『人狼』ではなく『妖狐』とした場合……これも同様の理由で薄いと分かる。九頭龍が『妖狐』なら、今日の処刑先にラストの『人狼』を指定することで、その日のうちに勝利することを目論むはずだ。ならば前園の『シロ』から指定先が選ばれることはないはずだし、仮に選ぶのだとしても、あんなに二転三転して怪しまれてから選ぶ必要性はどこにもない。


 うん、大丈夫。ちゃんと考えられている。この濃密な時間、どういう配役ならつじつまがあうかということを考え続けた経験は、マコトの中で生きている。


 さて。前園が本物で九頭龍が偽者なら、襲われた忌野は『狂人』でなければならない。そして残る『人狼』『妖狐』どちらの動きも九頭龍はしていない。この時点で前園が『本物』という可能性は完璧に切れる。

 つまり嘉藤の言うことが正しく九頭龍が『偽者』であったとしても、前園は偽者占い師でなければおかしい。ではそのようにして考えてみよう。


 占い師:忌野

 霊能者:化野

 人狼:九頭龍+戸塚

 狂人:前園

 妖狐:?


 最初に思いつくのがこれだ。九頭龍を『人狼』とおいた場合。もっとも謎なのが化野が出した『戸塚:クロ』の『霊能結果』だ。『狂人』の前園が戸塚に対して『クロ』を出してしまっているというパターン。化野を『本物霊能者』とおく以上はこうなる。こうなってしまう……。

 「『狂人誤爆』……」

 確かに可能性としてはありうる。『前園』―『化野』のラインと『忌野』―『九頭龍』のライン、という風に今まで考えてきたから、誰もそれ以外の可能性について触れたものがいなかった。だがしかし前園と九頭龍の両方を偽者とおいてしまった場合、この前提を崩して考えなければならない。

 思えば……今までその可能性に触れたものが一人だけいた。化野だ。

 『……私、別に前園とだけラインつながってるわけじゃないだけどー。いちよー忌野が本物でもおかしくない立場だよねー』

 この発言に、素直に耳を傾けていれば、もっと早くにこの内訳を検討できたかもしれない。それは迂闊だったが……とにかく、この可能性をマコトは排除しなければならない。九頭龍を信じてやるためには、この内訳がありえないといえる根拠を明確に示せなければならない。

 そう思い、マコトは切り口を探す。思考し、思考し……思考しつくして……そのうちに思考自体が途切れ途切れになっていく。

 冷静に考えたいと思う理性とは別のどころで、底なし沼に浸っていくような絶望的な気分が全身を包む。それは次第にマコトを完全に多い尽くし、そして閉じていった。

 「バカなっ!」

 アタマを抱える。

 見つからない、見つからない、見つからない……。否定する根拠が何も見つからない。合っている……『つじつまが完全に合っている』!

 いやしかし……しかしだ。九頭龍が『人狼』で、グレーに生きているはずの『妖狐』を探していたとして……何故最初自分を指定したのだ? 自分は村人だとマコトは訴えたし、それは確かに伝わったという手ごたえも感じた。その上で九頭龍が自分を指定する根拠とは?

 九頭龍は自分をあんな狭いソファの裏に引き込んでまで、『村人』かどうかの確認をしてきた。その結果マコトを『村人』だと確信したのなら、マコトに指定を入れようとすることそれ自体がおかしくなってくる。それはもちろん、あれでもまだ九頭龍が自分を村人だと確信するにいたらなかったという可能性は存在する。しかしあれほど怪しく思えた鵜久森を放置してまで自分を指定するなどということが、あってたまるか。

 「……そもそも」

 そもそもだ。

 「どうしてあいつは……俺が村人だと言った時、涙を流していたんだ……?」

 それが謎なのだ。あのソファの裏に連れ込まれて行った密談で、マコトが村人だと聞いて、九頭龍は泣いていた。悲しそうに、壊れそうに、泣いていた。何故だ? 何故泣く? あいつが『霊能者』でも『人狼』でも、自分が村人だと聞いて泣く理由なんてないはず。

 『……あたしのこと、どう思いますか?』

 『あ、いやその、えっと。つまりその、本物だと思いますか?』

 ふと、九頭龍がもう一つ、自分にそんな質問をしたことを思い出す。

 自分を信じているかどうかの確認……? そんなもの、あんな誰からも怪しまれる行動を取ってまで、することなのか? あんなこと、九頭龍が偽者だとして、騙せているかどうかの確認のために、疑われるような行動を取るなどという……。

 あれに、別の意味があったのだとすれば……。あれが額面どおりの問いかけでないのだとすれば。そう、マコトが今想像したような最悪の意味……。すなわち。

 『汝は、人狼なりや』

 だとすれば

 「……伊集院が、襲われる?」

 そう思い至ったとき、アナウンスが鳴り響いた。

 「六日目の朝になりました。会場へお集まりください」

 立ち上がろうと机に押し当てたその手は、冷たい汗でじっとりとぬれていた。

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