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五日目4:遺言

 何故だ。心の中で強く叫んだ。おそらく、表情にも出ていただろう。

 九頭龍は自分のことを『村人』だといってくれた。確かに信用してもらえた、ように思う。それが議論の中でひっくり返ったのか? なにが原因だ?

 「うーん。そこかぁ……ちょっと意外ではあるのだけれどね」

 嘉藤が額に手をやりながら言った。

 「はん。妥当なとこじゃないの? クズ、よくやったわ。それで正解よ」

 鵜久森が勝ち誇るようにいって頬に笑みをたたえる。クソ……こんな奴に負けるのか。

 確かに自分はこのゲームにおいて完璧な振る舞いをできたとはいえない。悩んだことも間違えたことも何度もある。

 だからって……通じ合えたはずじゃなかったのか? お互いの目を見て、心を通わせて、信じあえたのではなかったのか? マコトはぐるぐると同じことばかりを心の中で反復する。何故疑う? 何故自分を処刑しようとする? 何故……、何故……。

 「ゆ、夢咲さん……その」

 九頭龍は息を切らしながら

 「カミングアウトでの『回避』はありますか……? その……言っていいんですよ。『狩人』でも『人狼』でも、なんでも……」

 「はあ? そんなの聞く必要ないし。どうせそいつが『妖狐』でしょ」

 鵜久森がいう。マコトは違う、と首を振った。ふって、そして呆然としたアタマで考えた。

 あの時の九頭龍の言葉が本心からのものではないとは、マコトには思えない。自分は村だと泣きながらいった九頭龍の言葉に、欺瞞はなかった。

 「待て……カミングアウトは……」

 落ち着け。マコトは自分に言い聞かす。

 自分は村人だ。それは伝わっている。伝わっていると信じる。そしてマコトは九頭龍のことを疑わない。ここまでは確かだ。それが確かなら……迷うことはないはずだ。

 「カミングアウトは……ない。ただの『村人』だ」

 マコトは決断する。

 「カミングアウトをしなければ『村人』だと思ってもらえる、なんて理由で『回避』をしない訳じゃない。だからこのまま処刑してくれ。処刑して……引き分けにしてくれ」

 「えー」

 嘉藤はしらけた顔でいった。

 「これ、絶対はずれでしょ? 嘘吐いてるように見えないもん。……まあ、一度指定しちゃった以上どうしようもないけどさ」

 「はん。見えすいた村人アピールご苦労様」

 鵜久森がいう。「黙れ」とマコトはいって

 「『人狼』に伝えておくぞ。こいつを襲撃してくれ。おそらくここが『妖狐』で間違いない。ここを襲撃して引き分けにしてくれ」

 「はいはいご苦労様。役に立つことないから、そのアドバイス」

 そう言って鵜久森は息を吐き出す。「はぁー」いって「はぁー」その場でうずくまり

 「はぁー……」

 完全に気の抜けたような顔で、その場で放心した。

 「あの、その。カミングアウトなしでしたら、その……。う。うぅうう」

 指を絡めて涙をこらえる九頭龍。今にもうずくまって吐き出しそうな青い表情は、決して正気のものとは思えない。罪悪感から来るものか、だとすればそんなものは感じる必要はないということを伝えなければならない。

 マコトは九頭龍の肩を抱き、目をしっかりと合わせてこう言った。

 「おまえの言うことなら従う。後は頼む……だからしっかりやってくれ」

 「ま……マコトさん……?」

 震えた声で言う九頭龍に、マコトはうなずいて見せる。

 「引き分け狙いなんだろ。とにかく俺は処刑されるが、気に病む必要はない。こんなゲームに巻き込まれてるんだ、無傷で帰れるとは思っていない」

 マコトは息を飲み込んで、それから手を握りながら言った。

 「信じてるぞ。おまえが本物霊能者だって。『人狼』も『妖狐』も、生かしたままゲームを終了させるには、引き分けしかないもんな。それがおまえが決めたことなら、俺はその礎になる」

 優しすぎるのだ、この女は。村人を処刑することで、『人狼』も『妖狐』も生かしたままゲームを終え、皆で生還する。それが……『指定役』として九頭龍が選んだことなのだ。そうでないなら、九頭龍がマコトを指定する理由などあるものか。

 この女は、結局のところ、誰かと心から敵対するなどということができないのだ。自分たちを危険に晒してまで大金を欲しがった連中さえ、生かそうとする。戦い、蹴落とそうとしない。だからこの女は誰からも甘く見られていじめられる。そう思うと、マコトはいじましくなった。

 「そうじゃ……なくて」

 九頭龍は言った。

 「そうじゃなくて……そうじゃないの! あたしは違って、それと違って! 夢咲さんが思うような……うぅう。うわぁあああん!」

 叫んで、九頭龍はマコトの体を振り払う。非力な彼女のものとは思えない、闇雲で悲痛な力だった。 

 はじかれて、マコトは呆然とする。なんだ……今のは。今のは何の叫びだ? そもそもこいつはこんな風に激しい感情をあらわにするものだったのか?

 九頭龍は息を荒く吐き出す。青い顔で震えながら、どこか近寄りがたい空気をまとっている。触れれば切れるような、そんな雰囲気だ。

 「ごめんなさい」

 九頭龍は言って、沈黙した空気を揺るがすように鋭く言い放った。

 「……指定を変更します。伊集院くんです」

 その発言に、一同は騒然となる。

 「ちょっと……変更する条件は『回避』があった場合だけじゃないの?」

 嘉藤が眉を潜めて言う。そのとおりだ。最初に決めたルールに従うなら、自分から『指定』が外されることはありえないはず。それを許してしまったなら、『指定』持つ効力は半減してしまう。

 「そうですぞ……。あの、カミングアウト言わなければいけませんか?」

 伊集院が言う。九頭龍は「はい」と、蚊の鳴くように小さな、しかし遮りようの無いよく据わった声で

 「お願いします。何もなければ今日はあなたを処刑します。決定事項です」

 「……仕方ありませんな。確実に噛まれるので、出ずに済ませたかったのですが」

 そう言って息を吐き出し、伊集院は周りをきょろきょろと見つめて機嫌をうかがうように

 「『狩人』をカミングアウトしますぞ。護衛ですが、処刑されるまでは前園殿一人を『護衛』し続けておりました。前園殿が処刑された昨日の夜時間の護衛先は、九頭龍殿です」

 「はぁ? 見え透いた回避ね!」

 鵜久森は言った。

 「こんなの無視して処刑でいいわよ。どう考えても」

 「鵜久森さん。君はマコトくんを処刑したかったんじゃないのかな?」

 嘉藤は言った。

 伊集院が『狩人』で回避……ということは、やはりここが『人狼』か? そして鵜久森が『妖狐』……このマコトの推理で正当ということでいいのだろうか?

 「はあ。悪いけどさ。伊集院君を処刑するなら僕は納得しないよ。『狩人』での『回避』もそこなら納得できるもん。他の誰かが忌野さんから護衛を外して死なせてしまうことは考えづらいけど、前園さんを本物に見ていた伊集院くんならありえなくはない。他の誰の『狩人』カミングアウトよりも信憑性がある」

 嘉藤が冷静に言った。

 「んん~。実際そのとおりなんですな。あれが狂人噛みだったのか本物噛みだったのか……。それはまだ分かりませんが」

 伊集院が言う。マコトは九頭龍の方を見て

 「こいつを本物とは思わない。けど今日伊集院を処刑するのはダメだ。こいつは『人狼』な気がしてるし、『回避』まであるなら『処刑』すべきじゃない。まだ俺を処刑してくれたほうがマシだ」

 言うと、九頭龍は「え、えっと」と言いよどんでから、やけっぱちのような声で言い放った。

 「じゃ……じゃあ。嘉藤さん! 嘉藤さんに指定します!」

 「それだけはない」

 嘉藤はぴしゃりと言った。鵜久森が眉をひそめてくってかかる。

 「なにそれ。自分が指定されるのだけはないって? どうしてそんな風にいえるのよ?」

 「僕を敵陣営で見るのがナンセンスなのもそうだけれど。もっとありえないのは、マコトくんから伊集院くんに指定を変更して、『回避』の後で指定をマコトくんに戻さず僕に回したことだ」

 嘉藤は拳を握り締めて

 「迷っても間違えてもいい。でも、『どこでもいいからテキトウに』はダメだ。これ絶対本物の動きじゃない。『妖狐』を狙いたいならこんな意味の分からない変え方はしない。だからって彼女自身が生き残るための指定でもない。彼女自身が生き残れればいいならこんな怪しまれることはするまでもなく、鵜久森さんに指定をいれれば済んだんだから。これっていったい……」

 そう言って嘉藤がアタマを抱える。そうしているうちに、議論時間終了が近づく。九頭龍はおずおずと言った。

 「あの……『回避』は……」

 「『村人』だからない。ないけど」

 ぶつぶつと、口元で何やらつぶやく嘉藤。額に指先をやって沈黙する。目を閉じて口の中で舌を何度も鳴らす。つま先を何度も床に叩きつけ、自分の髪の毛を指先に絡めて引っ張って引きちぎって……そうして嘉藤は唐突に顔を上げた。

 「あー……っ? ……分かった。どうなってるか今分かった。やっぱり九頭龍さん偽者だ」

 閃きと確信に満ちたその言葉が、マコトの胸に深く突き刺さった。

 「ん? んん~! い、いまさらその主張をされてもどうしようもないですぞ」

 伊集院が困惑したように言う。嘉藤はそのこましゃくれた表情に僅かな焦りをにじませて、何かを言おうと口を開く。ちょうど、そのタイミングだった。

 「五日目、昼パートが終了いたします。投票パートに移行しますので、それぞれの個室にお戻りください」

 その声に感情はなかったが、しかしどこかしら、村人たちの混乱をあざ笑うかのような、そんなぴったりのタイミングだった。嘉藤は悔しそうな表情で歯噛みする。

 「信じろとは言わない。せめて考えてくれ」

 嘉藤は良く通る声でそう言った。

 「今から説得するのは間に合わない。だから核心は言わない、『言うべきではない』。あとは、君たちの中の村人に託す。僕が処刑されても、君たち次第でまだぎりぎり勝ち筋は残って……」

 マコトが呆然としていると、隣で鵜久森があごをしゃくって

 「時間」

 と言った。すぐに投票パートに移らなければならない。

 「九頭龍……」

 アタマを抱えてうずくまる九頭龍に、マコトは声をかける。返事はなかった。意図的に無視しているようにも、それは、見えた。


 ☆


 (0)夢咲マコト→嘉藤智弘

 (4)嘉藤智弘→九頭龍美冬

 (0)伊集院英雄→嘉藤智弘

 (1)九頭龍美冬→嘉藤智弘

 (0)鵜久森文江→嘉藤智弘


 『嘉藤智弘』さんは村民協議の結果処刑されました。

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