五日目2:指定進行
「先に言っておくけれど。僕たちは君たちのやっていた密談行為について、見逃すつもりはないよ」
議論の最初に出た議題はそれだった。マコトも覚悟を決めていたので「ああ」と返事をして
「密談なんてものじゃないんだ。というか現状だと敵陣営は、化野で『人狼』、前園で『狂人』が処刑できてて、『人狼』『妖狐』が残りだろう? 味方同士って訳でもないのに密談は必要にならないんだよ。釈明としては弱いか?」
「弱いね」
「たいした話をしていた訳じゃないんだ、ただ……」
「それ以上はダメだよ」
嘉藤はマコトの目の前に手の平を突きつけて
「今からマコトくんと九頭龍さんに別々に話を聞く。二人で何を話していたのかについてね。その内容が一致すればとりあえず君たちは疑惑だけで済む。ただ、一致しなかった場合はこれはもう、釈明の余地なしで、君たちの間で何らかの密談があったものとみなす。これでいい?」
嘉藤が伊集院、鵜久森の両名を見回す。伊集院は
「それしかないようですな」
とうなずいた。鵜久森は納得のいかない表情でいながらも、無言で妥協の意思を示す。
検証はすぐに行われた。九頭龍は鵜久森に、マコトは嘉藤と伊集院によってそれぞれ会話の内容を一言一句確認させられる。まるで尋問のようだった。
「完全に一致したね。短時間でここまで示し合わせるのは難しいだろう」
嘉藤はそう判断した。マコトは少しアタマを下げて
「おまえが村人ならすまん。無駄に疑われるようなことをしてしまって」
「ご、ごめんなさぃい」
九頭龍がおどおどした声で謝罪する。しかしこいつはなんで……あんな密談めいたことをしたんだろう?
「あーもういいよ。面倒くさい。とにかく今日は、アタシ、嘉藤、伊集院、夢咲の中に残ってる『人狼』『妖狐』のうち、『妖狐』を特定して処刑する日なんだよね?」
鵜久森が面倒くさそうに言う。すると伊集院が
「んん~。そのはずですな。前園殿『本物』の可能性を追う場合でも、今日はグレーからの処刑で問題ありません。九頭龍殿が『霊能者乗っ取り』をやらかした『人狼』だとしたら、『妖狐』は夢咲殿……ということになりますかな」
前園本物視点、『人狼』濃厚位置は霊能者カミングアウトの九頭龍。この推理は前園の遺言だ。前園を本物で見る伊集院としてはこれに準じるはず。そしてグレーの『妖狐』候補から、自身と前園の『シロ』である嘉藤と鵜久森を抜いたのがマコトということになる。逆に言えば、前園が本物で彼女が主張した説が正しい場合、マコト視点でも『妖狐』は伊集院となるというわけだ。
そこで九頭龍が
「そ、そうですね……。前園さんを本物で見ても、あたしを本物で見ても、今日あたしはぜったいに処刑されない位置にいます。グレーから『妖狐』目を指定して処刑する日ですね」
嘉藤は憮然としている。マコトはただうなずいた。五人全員で、今日するべきことについての整理がついたということができる。
「あの……一応。宣言しておきますね。霊能結果、前園さんは『シロ』、『人間』でした。『妖狐』か『狂人』です」
ここまで残っている面子には分かっていることだ。九頭龍から、『前園クロ』の判定は絶対に出ないということは。
「それと……一つ提案があるんです。いいですか?」
「なにかな? 聞くだけなら、聞くよ。言ってみて」
嘉藤が明るい声で応じる。「はい」と九頭龍は言って
「今日の処刑なんですが……誰が処刑されるか分からないまま闇雲に投票に入るよりは、事前に誰を吊るか結論を出してから投票に入ったほうがいいと思うんです」
その意見に、マコトは「どう違うんだ?」とたずねる。
「今日は『村人』以上に、『人狼』を処刑しないように気を使わないといけない日です。『人狼』を誤って処刑すれば、『妖狐』勝ちになってしまうんですから。闇雲に投票するのは危険です。でも、事前に『誰を処刑するか』を指定しておくようにすれば、処刑指定先になった『人狼』は何らかのアクションを起こせる……と思うんです」
「具体的には?」
嘉藤が中指を額に突きつけて言う。九頭龍は「はい」といって
「現状一番『妖狐』の可能性が小さいのはあたしです。あたしが今日の処刑先を『指定』します。皆さんはそれにしたがって投票してください。
もしあたしが『処刑先指定』した人が『人狼』であった場合、カミングアウトをして『処刑』を『回避』してください。その場合は処刑先を考え直します。自分が『人狼』だといいたくない場合は、代わりに『狩人』でもかまいません。あ、もちろん本物『狩人』が指定先になった場合も、同様の『処刑先回避』をお願いします」
「つまり、グレーにいるかもしれない『狩人』や、いるであろう『人狼』を守るために、『処刑先指定』という形で『警告』を与えるという訳だな」
マコトが言うと、九頭龍は何度もうなずいて「は、はいそのとおりです」と言った。
「『回避』を行った人を避けて処刑すれば、最低限『人狼』は残せます」
「でも『妖狐』も指定されたらおとなしくは死なないだろう? 『人狼』も『妖狐』も回避をするなら、結果的に村人が処刑されることになるぞ?」
「もし『村人』を処刑してしまってたとしても、残しておいた『人狼』が『妖狐』を襲撃してくれます。『妖狐』は襲撃されても死にませんから、明日の六日目、『狼狐村村』で迎えることができるようになるんです。すると……」
「なんで『人狼』が『妖狐』を襲うんだ?」
マコトが口を挟む。九頭龍は「……ちょっと複雑で、専門的なんですが」と前置きをしたうえで
「今日、『人間』を処刑して、さらに夜時間の襲撃でも『人間』が犠牲になった場合、明日の生き残りは『狼狐村』となりますよね? このとき、『村』と『狼』が同数となり人狼陣営の勝利条件が達成され、生存中の『妖狐』の勝利となってしまうんですよ。これを防ぐためには、人狼は『狼狐村村』を目指して妖狐を襲撃しなくちゃいけないんですよ」
「なにそれ。そんなことになったらどっちにしろ負けちゃうじゃん? 『人狼』処刑したら『妖狐』勝ち、『妖狐』を処刑したら『人狼』勝ちでしょ?」
鵜久森が突っ込むと、九頭龍は「いいえ」と
「『人狼』はこの時点で『妖狐』が誰かを知ることができます。『人狼』に『引き分け』に応じてもらい、『妖狐』が誰かを教えてもらうんです。その上で『人狼』と『妖狐』に相互に投票させて、二人の村人が『人狼』と『妖狐』に一票ずつ投じれば『引き分け』が可能です」
言いながら、九頭龍はメモ帳に簡単な図を書いた。
村人→妖狐⇔人狼←村人
『人狼』は『妖狐』にしか投票しない。
『妖狐』は『人狼』以外に投票すれば自身が処刑されてしまう。
「2対2の引き分けが続けばゲームは『引き分け』として処理されます。どの立場の人も投票を動かせば自分の陣営が負けてしまいますので、『特別なケース』として引き分け処理が認められるそうです。一昨インタビューされた時マイクで聞きました。ちなみにこの場合、全員に下限の報酬100万円だそうです」
『引き分け』……そういえばそんな終わり方もあったか。よくよく考えれば『投票』の性質上、同数票が続いて勝負がつかないということは十分に考えられることのはず。意図的にそういう状況を発生させてのノーゲーム……
「つまり。今日は『人狼』さえ処刑しなければ良い日ということか。『妖狐』が処刑できれば勝ち筋に乗れるし、『村人』を処刑してしまっても『引き分け』を狙える。そしてそのためには、闇雲に投票に入るよりは、『人狼』を保護するための『指定』が必要となるんだな」
マコトが納得した言った。九頭龍は何度もうなずいた。
「んん~。まあ妥当といえるのではないですかな。今日は九頭龍殿の指定進行以外ありえない。ネット人狼でもポピュラーな戦術……というより基礎中の基礎です」
伊集院が追従するように言った。鵜久森が「そうなの?」と首をかしげる。
「ええ。村陣営であることがほぼ確定している人物がいる場合にとられる戦術です。
人狼陣営が票を一箇所に固めてくる『組織票』を防いだり、誤って潜伏中の役職者を処刑しないための『警告』の役割を担ったりできる、由緒正しい冴えたやり方なんですな」
「もちろん、『狩人』などを宣言して回避したからといって、絶対に残すわけではありません。というより今まで『護衛成功』を一度も見ていない以上、『狩人』の生存を見るのは少し難しいです。『狩人』で回避しようとした人を処刑するか、残すか、それを含めて判断するということです」
九頭龍が言うと、鵜久森がつまらなさそうに
「へえ。じゃあ結局あんまり意味なんんじゃん、それ」
「まあいいんじゃないか? というか『人狼』を処刑してしまうリスク云々を抜きにしても……九頭龍が処刑先を指定するってのは、頼もしいことだ。こいつはこのゲームに俺たちの中で誰より精通している経験者だ。昨日の人気投票でも言ってただろう?」
マコトは言った。伊集院が「んん~。ハンドルネーム:セイレーン……」と悩ましげな声を出す。
「我のような現役プレイヤーからすると、少し古い名前なんですな……。四半期ごとに合計で五人程度選ばれる『人狼王』『準・人狼王』のうち、『準・人狼王』に合計三回選ばれた猛者……確かにそうそう指定は外しそうにありません」
「む、昔のことですよぅ……。とにかく、あたしを『妖狐』で見る人以外は、あたしの指定に従ってください。……がんばって考えて選びますからどうか……」
そう言って指先を絡めて懇願するように言う九頭龍。経験者同士セオリーでつながっている伊集院に反対する意思はなさそうだし、鵜久森も「まあいいんじゃね?」とばかりのスタンスだ。あとは嘉藤の了解が得られれば、だが
「合理性は理解した。でもそれって完全に投票を九頭龍さんにコントロールされるってことだよね?」
嘉藤がそう言って気だるげに肩をすくめる。マコトは「なんだ?」と
「おまえは九頭龍を本物で見ているんじゃないのか? あんなに前園を偽者だと意見したじゃないか」
「確かに、前園さんは偽者だと思っているよ。でも前園さんを切ったからって、九頭龍さんを信頼するってのはおかしいでしょ?」
「は? ……前園が偽者で、かつ九頭龍も偽のケースなんて……」
マコトが言うと、嘉藤は額を押さえて肩をすくめながら
「役職が欠けている可能性も考慮すれば、いくらでもあるんじゃない? 『霊能者』はそもそも欠けてて九頭龍さんと化野さんは『狂人+人狼』。特攻した前園さんは『妖狐』だとか」
「レアケースだ! 『妖狐』の特攻に『霊能者』欠け! おまえはほんとうにその可能性を追って、九頭龍を処刑するなんて言い出すつもりなのか?」
「それを含めて議論していかなくちゃいけないってことをいいたいんだよ。いいかな? 今現在処刑は二回残ってる。レアケースに対応するなら、今日がぎりぎりなんだ。確かに状況的に九頭龍さんが本物霊能者で間違いないように見えるけれど、だからこそ反証が必要なはず。それを放棄するのは思考停止以外の何者でもないね」
「もうゲームも終盤だ。ごく薄い可能性は排除して、思考を集中させるべきだ。そんなレアケースを追う考えはノイズになりかねない。無茶なことを考えさせて時間を稼いでいるように見えるぞ?」
「君こそずいぶんと露骨に九頭龍さんをかばっているように見えるけど? というか可能性を絞って考えるってそれ、自分からあえて視野を狭くするってことだよね。正気とは思えないんだけど。さっきの『密談』疑惑の所為で九頭龍さんの信用が下がっているのも事実なんだ。初日夜の『役欠け』の線も含めて、あらゆる可能性を吟味して結論を出すべきだと僕は思うね」
嘉藤が飄々と口にする。心底マコトの言い分が理解できないとばかり。
「わ……われでも思考が追いつきませんな。そこまで考えなくてもいいのでは。結局はレアケ追いということですし……」
伊集院がぼそぼそと意見する。鵜久森がうなずいて
「同じ意見ね。なに言ってるのか分かんないわ。可能性を捏ね回して遊んでるだけじゃないの、そんなの? クズ『霊能者』、夢咲か伊集院か嘉藤に『妖狐』『人狼』、これしか考えられないんだけど」
「…………はぁ」
嘉藤はあからさまにため息を吐いて
「君たちの視野の狭さにはがっかりだよ。いいだろう、その偉大なる無能に付き合おう。九頭龍さんの『指定権』、認めることにするよ」
とうとう嘉藤が折れる。アタマがよすぎるのも考え物なのかもしれない……マコトは思った。それだけいろんな可能性を追い過ぎていては、周りが付いてこられないし、結局は時間を浪費してしまう。
今は九頭龍本物で絞って考えるのが吉のはずだ。マコトは既に、そのことは決め打っている。
「だ、大丈夫ですよね。それじゃあ、あたしが指定しますので、皆さんの意見をください。あたしにも一応、処刑先に指定したい人っていうのはいるんですけど……決めかねる部分もその……あって……。あの、だから」
九頭龍はぼそぼそと言った。マコトは「ああ」と言って
「おまえ一人に責任を押し付けたりはしない。俺たちが議論をして、意見を出し、それを受けて最終的におまえが指定する役割というだけ。だから結局は、全員で決める、全員で戦うんだ」
「は、はい」
九頭龍はそう言って胸に手を当てる。がんばってくれ、マコトはそう強く願う。
ゲームは、大きな山場を迎える。安定進行のない決め打ち……『妖狐』を探す真っ向勝負だ。