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五日目1:汝は人狼なりや?

 世の中にあるたいがいは、嘘か欺瞞か戯言か、或いは迷妄。最悪の場合、自分自身の勘違い。たいていの人間は真実に向かってはいけず、自分が真実だと思い込んだ暗闇に向かって歩いていく。 ……ハンドルネーム:COCO


 五日目:昼パート


 『多聞蛍雪』さんが無残な姿で発見されました。


 夢咲マコト

 嘉藤智弘

 多聞蛍雪 × 四日目:襲撃死

 戸塚茂 × 二日目:処刑死

 伊集院英雄

 桑名零時 × 一日目:襲撃死

 九頭龍美冬

 鵜久森文江

 化野あかり × 三日目:処刑死

 赤錆桜 × 二日目:襲撃死

 忌野茜 × 三日目:襲撃死

 前園はるか × 四日目:処刑死


 残り5/12人


 人狼2狂人1妖狐1占い師1霊能者1狩人1村人5 


 『五日目:昼パート』が開始されます。


 ☆


 五人。ずいぶんと減ったものだとマコトは思う。

 そしてこの中から無傷で生還できるのは、賞味二人というところだろう。今日の処刑で一人、夜の襲撃で一人、そして最後にラストの『人狼』を処刑して残りが二人……。

 その中に自分は入っているのだろうか。九頭龍の奴は、入っているのだろうか。

 「夢咲さぁ……! あたっ」

 思いながら会場に入ろうと扉を開けると、扉の前でずっと待機していたらしい九頭龍が鼻を押さえてその場でのけぞっていた。

 「九頭龍……なにしてんだ? 大丈夫か?」

 自分が扉を開けた拍子に顔を打ったらしい。九頭龍は痛そうに顔を抑えながらも、そそくさと自分の手を握って扉の奥に引っ込もうとする。

 「だ、大丈夫ですぅ。その、ちょっとこっちに。話したいことが……」

 彼女にしては強引なその行動に、マコトは「待てよ」といって九頭龍の手を引き

 「なんのつもりだよ? 会場以外の場所に二人で行くのはまずいはずだ。ゲームマスター側が認めないだろうし、仮にそれが大丈夫だったとしてもだ。ここから俺たち二人が出てきたら、まず密談を疑われる」

 九頭龍ははっとしたような表情をして

 「ごめんなさい……その。じゃあこっち来てもらっていいですか」

 「こっちって……おい?」

 マコトがまごついているうちに、別の方向から扉が開いて中から見慣れた少女が顔を現す。鵜久森だ。

 「ひっ」

 九頭龍は怯えた表情をして、マコトの体を抱くようにしてソファの裏へと引っ込んだ。振り払うことは簡単だったが、しかし九頭龍の行動の意図が図りかねてされるがままになってしまう。

 「ちょ……なんのつもりで……」

 小声で言う。どくん、どくんという心音がマコトの全身を振るわせる。自分のモノかと思ったっが、胸を押し当てる形で自分の顔を抱きこんでいる九頭龍の心音が、こちらに伝わっているだけのようだ。

 九頭龍の体は妙に柔らかく、温かかった。荒い息遣いを感じる。怯えているような、興奮しているような。とにかく落ち着いていないことは間違いなかった。マコトは鵜久森に見つからないように体制を建て直し、九頭龍と向かい合う。

 「どうしたんだよ?」

 必然、鼻先がかすれるほどの近距離になってしまう。少ない死角で体を重ねるようにしての密談。九頭龍は「その……」と指先同士を絡め合わせて

 「ほ、ほんとうのことを言ってくださいね。だいじな、だいじな話なんです。」

 「あ。ああ? なんのつもりで……」

 「その……えっと……」

 九頭龍は全身の勇気を振り絞るように両手を握り合わせる。指同士の絡み方がかなり雑で、相当にてんぱっていることが伺える。もとよりこいつは何をやるにも落ち着きがないし、要領の良いほうでもない。

 あわあわと言いよどみ、顔を真っ赤にしながら、九頭龍はようやくまともな口を開いた。

 「……あたしのこと、どう思いますか?」

 ……は?

 「なんだそれ?」

 「あ、いやその、えっと。つまりその、本物だと思いますか?」

 ……本物? と、いうとやはり

 「『本物霊能者』だろ? ああ、それなら問題ない。もうおまえを疑う奴なんていないよ。状況的に本物だと明らかだし、それに……」

 おまえが嘘を吐いてまで大金を得ようとしているとは思えない……といおうとしたのに、九頭龍はかぶせるように言った。

 「え……。でも、だったら!」

 大きな声。それは、悲痛の叫びのようでもあった。

 「だったら……マコトさんは、その。村人なんですか……?」

 「…………」

 その一言に、マコトは何故か、すぐに応答してやることができなかった。

 「九頭龍……おまえ……」

 疑って、いるのか? いや、違いない……。疑わないほうがおかしい。

 落ち着け。何を冷静さを欠いているんだ。自分は、自分だけは九頭龍から何の根拠もなく村人だと信じてもらえるだなんて、そんなことはありえないのだ。これはそういうゲームだ。自分だって何度か九頭龍が本物かどうか疑っただろう? 信じたいと強く願いながらも、何度も検証して何度も理屈を捏ね回して、そしてようやく信じることができるところまでたどり着いたのだろう……?

 だったら九頭龍だって、同じことをしているのに過ぎないのだ。疑うことをせずになされる信頼はただの『妄信』だ。こいつはこいつなりに考えて、苦しんで、そして真実にたどり着いていかなくてはならない。自分にしてやれることは……その助けをすることだけ……。

 「九頭龍!」

 マコトはそう言って、九頭龍の肩を抱いて、目を合わせた。息がかかるほどの距離、九頭龍の弱気そうな、それでいて澄んだその瞳を、マコトはしっかりと……どんなに上手く欺瞞するものでも、欺瞞のしようがないほどにしっかりと目を合わせて、言った。

 「俺は村人だ。俺を信じてくれ」

 九頭龍は、何も言わずに、ただ凍りついたような表情でじっとマコトを見つめていた。

 「俺の目を見てくれ。これが嘘を吐いている人間に見えるか?」

 これで伝わるのか……? いや、伝えるにはこれしかない。尽くせるだけの理屈は自分には何もないし、理屈で信じ込ませたところで九頭龍の不安が本気で払拭されるというわけでもない。

 ならばこれしかないはずだ。『信頼』というのは、ゲームの中で理屈をこねくり回して情報処理の末にたどり着くこともできる。しかし、マコトは、これまで九頭龍と間に積み上げてきた絆に、期待しようと考えた。二人が本当につながっていれば、これで通じるはずなのだと、そう信じたのだ。

 マコトのほうを見つめる九頭龍の瞳に、どういう訳か、大粒の涙が浮かんだ。「……え?」マコトはそこで、途端に緊張感を失って、呆けることしかできない。

 ぐしぐしと流れ出る涙をぬぐって……あふれる声を無理矢理飲み込んでいる。今にもその場で叫んでのたうちそうでさえあるのを抑えながら、全身を震わせて泣き続ける。その姿は、いままでに見たどの彼女よりもか弱く思えた。

 ……どういうことだ? なんで泣いているんだ? なんの涙だ?

 「はい……そうですね」

 九頭龍は涙にまみれた声でそう言って、俯きながらこういった。

 「信じます……夢咲さんは、村人です」

 そう言って、九頭龍は涙を流しながら何かを吹っ切ろうとでもしているように微笑む。

 「そうですよね。夢咲さんが……あたしを騙そうとするはずないですもんね。……あたしに少しでも危険が及ぶような選択を、するわけがないですもんね……」

 からからのその笑みは悲痛そのもので、マコトは声を出すこともできなかった。

 「夢咲さん……いい人ですから。あたしが、好きになった人ですから。……分かってました」


 ☆


 「何してるんだ、おまえら?」

 発見されたのも無理からぬことだったろう。マコトは考える。

 鵜久森によって蹴りだされ、マコトは床に四肢を投げ出す。情けない姿でしりもちをついた先には、九頭龍が髪の毛を引っ張りあげられて震えていた。

 「クズ。あんたなんのつもり? これって密談だよね?」

 「い……いたい、よぅ」

 自分より一回り背の大きな鵜久森に髪の毛を引っ張り上げられ、九頭龍はつま先で立ちながらその苦痛にもだえるようにしている。

 「なにやってたの? あんた本物『霊能者』じゃなかったの? ねぇ」

 そう言って顎を掴みあげる。「なんとかいえよ!」と怒声をあげる鵜久森だったが、顎を掴まれている所為でほとんど何も口に出すことができない。それにいらだってか、鵜久森はそのまま九頭龍の髪の毛を掴み、床に向かって叩きつけてしまう。

 対象が床を転がれば、それを蹴り飛ばすのになんの躊躇もない。鵜久森はそんな人間だった。九頭龍のアタマを踏みつけ、蹴り、怒鳴る。九頭龍はアタマを抱えて震えている。ただ自分のみを守るためだけに、「ごめんなさい」を繰り返して自分の身を抱く。

 「やめろよ!」

 マコトは立ち上がって鵜久森を突き飛ばした。体格の差は歴然としたもので、鵜久森はあっけなくその場を突き飛ばされてしまう。それからすぐに九頭龍のことを助け起こす。彼女は過呼吸を起こすように荒い吐息でもだえていた。

 「やりすぎだろ! おまえ、普段からこうなんだろ? いっつもこうなんだろ? なぁ鵜久森、なんとかいえよ!」

 アタマに血が上りすぎている。目の前で行われたあからさまな暴力の所為だ。今は冷静にならなくてはならない時間だと理解していても、腹の底がひりひりと痛んで仕方がないのだ。

 「こいつにいつもこういうことしてるんだろ? 髪引っ張って、金しぼりとって……タバコの火まで押し付けてよ。人間だぞ、こいつは……。人間なんだぞ……? 分かってんのか、自分のしてること」

 感情のままにマコトはそれだけ吐き出す。鵜久森に感じていた全ての憤りが、抑えきれずにとめどなく怒声となってあふれ出していく。いけない。冷静にならなければいけない。分かっていても、とめられるだけの理性を、マコトはもっていないのだった。

 「は? そんなの今関係ないし」

 そう言って、鵜久森はよろよろとその場を立ち上がる。

 「つか、そのタバコの火ってのは? クズの太ももにある根性焼き? あれって下着にでもならなきゃわかんなくね? へー、夢咲あんたそんなとこまでクズの体知り尽くしてるの? じゃあ、カノジョにはしなかった癖に、ヤリ捨てたんだ。ひどいやつ」

 「そ、そんなこと夢咲さんはしません!」

 九頭龍は叫んだ。「あ?」と鵜久森は睨むようにして九頭龍のほうを見て

 「クズさ。あんたどっちの味方な訳? あんたアタシと友達でしょ? 中学の頃からずっと。あんたフったその男の方につくわけ?」

 「……え、へ?」

 九頭龍はあからさまに困惑してその場で黙り込んでしまう。マコトは「おまえ」と心底の軽蔑をこめた声で

 「おまえ……なんでコイツがおまえの味方だと思えるんだよ。アタマおかしいんじゃないのか? 自分がこいつに何をしたのか分かってるのか……? タバコの火を押し付けられて、それでもおまえと友達でいようなんて……誰も思わないぞ? 九頭龍はおまえの奴隷じゃないんだぞ?」

 「意味わかんない。そもそも、その根性焼きアタシじゃないし」

 鵜久森は言い切る。マコトは「そうなのか?」と九頭龍のほうを見ると、九頭龍は自分の体を抱いて視線を逸らす。

 「母親の再婚相手にやられたんだとさ。そいつの親父が死んでるの知ってるでしょ? んで、アタシらと遊ぶ金のために、セーメーホケン? とか、イサン? に、ちょっと手をつけてたら、そいつドンくさいからばれて。それで、殴られて、タバコ押し付けられたんだと。母親も助けてくれなかったんだって。間抜けよね」

 ……そんなことになっているのか? マコトは九頭龍のほうを見る。九頭龍は沈黙しているが、それは肯定だ。

 「なんてことだ」

 ただタバコを押し付けられたというだけではない。太もものあんな、それこそ下着にならないと分からないような場所に、男から。どういう状況にあったのか、どんな目にあっていたのか。想像してみると、それは底なしの闇だった。

 「なに? そいつが上手に金を盗めないのが悪いんじゃない?」

 「全部おまえの所為だろ? おまえの所為で九頭龍の何もかもがむちゃくちゃになってるんだろ?」

 「言いがかりだし」

 「本気でそう思うのか? だったらおまえは救えない。死ね。死んで九頭龍のいるところからいなくなれ。二度と姿を見せるな」

 マコトが心底からそれを願って言うと、鵜久森も流石に堪えたのか「意味わかんない」とマコトに突っかかろうとする。殴り返して八つ裂きにしてやろうとマコトが拳を握った、その時

 「茶番はそこまでだよ」

 そう言って、嘉藤がマコトと鵜久森の間に入ってきた。

 「嘉藤……?」

 「お互い鶏冠に来てるなら、続けさせていれば何かボロを出すんじゃないかと思ったんだけど……がっかりだね」

 そう言って嘉藤はため息を吐いてから

 「ほんとう。つまんない茶番だったよ。終わりにしてくれるかな? せっかくおもしろくてスリルのあるゲームをしてるのに、それを君たちの勝手な因縁でむちゃくちゃにされたくないんだ。分かってくれるよね?」

 こいつ……何を言って

 「ん。んん~……。ま、まあ。確かにそろそろ時間も押してきてますな。その……お二人とも落ち着く以外ありえない」

 伊集院がおずおずという。床でしりもちをついていた九頭龍が、ふらふらとしながら立ち上がってソファに腰掛けると、マコトたちを見回して言った。

 「すいません。あたしのことで」

 縮こまるように言って、それからすぐに俯いて

 「議論に入りましょう……。その、夢咲さん、ありがとうございました。今は……話し合いましょう。生きるために……」

 その言葉の一つ一つに、気弱ないじめられっこらしからぬ強い意志が感じられた。マコトは取り乱していたことを恥じ、「そうだな」とうなずいて席に着いた。

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