四日目2:誘導合戦
「んん~。これは案外、前園殿の主張にも無理はないのではないですかな?」
伊集院が言った。鵜久森が吼えるようにして
「どこがだよ? なんで『狂人』が襲われるなんてことがあるってんの? そんなに前園の味方したいなら今度こそあんた『人狼』で見るよ?」
「ややや。短絡的なんですぞ。忌野殿が『狂人』で襲撃するメリットですかな? それは今の状況を見れば明らかでしょう。ずばり前園殿を『偽者』として村陣営に『処刑』させてしまうため以外ありえない」
「まどろっこしいっての。そんなのするくらいなら最初っから前園襲うでしょ?」
「それを難しいと判断したから忌野殿を襲撃するしかなかった、という主張の何がおかしいのですかな?」
伊集院はとうとう前園を本物に見ることにしたようだ。……マコトも立場は決めている。どう見ても前園は偽者、忌野と九頭龍が本物だ。
「前園の話には必然性がない。忌野を襲って前園の信頼を下げるにしても、九頭龍が危険を犯して霊能者に出る必要性が良く分からない」
マコトが言った。すると嘉藤が中指を額に突きつけて
「いやそれは必要でしょ? 九頭龍さんが『霊能者』に出なかったとするよ? 三日目昼の時点で『戸塚くんは人狼』という主張をする化野さんのみが、唯一の『霊能者』となってしまうじゃない? こうなれば忌野さんが襲われていようがいまいが、前園さんが本物『占い師』で濃厚になっちゃうもん」
その指摘に、マコトは反論できないでいつつも……疑問に感じて問い直した。
「嘉藤。おまえは前園を偽で見るんじゃなかったのか?」
「前園さんと九頭龍さんのどっちを本物と思うかということと、マコトくんのその指摘が稚拙であることは無関係だよ」
そう言って嘉藤は腕を組んで
「前園さんの提示する説自体は十分に合理的なものだからね。つまり九頭龍さんは忌野さんを本物に見せるために二つのことをした訳だ。一つは『霊能者』を騙り前園さんの占い結果と矛盾する霊能結果を出すこと、もう一つ本物に見せたい『狂人』の忌野さんを襲撃して殺してしまうこと。ここまでされれば確かに忌野さんが『本物』に見えなくもない」
「でもそれをするなら、九頭龍は二日目夜に忌野を襲ってしまって、それから『霊能者』を名乗り出たのでもよかったんじゃないか? そちらのほうが一日早く前園を処刑できるじゃないか」
「一日余分に生かしておくことで、『妖狐』を占いで処分してくれる確率を高めた、とか?」
九頭龍が蒼白な顔をして「違います……」とつぶやく。可能性の上でならなんとでも言える、合理的に反論できることなど限られている。ただただ懇願するように『違う』としかいえないことはいくらでもある。そして九頭龍は決して感情的に訴えかけることに長けた人間ではない。
「……なんだよ。おまえは前園を偽者で見ているんじゃなかったのか?」
「偽者で見てるよ。だからこそ確信を得るために、前園さんが『本物』の場合を考えていたわけ。ま、それもこの辺にしとくけどね」
嘉藤は飄々と言う。
「ところで前園さん。一つ質問があるんだけど……答えてくれるかな?」
「はい。なんでもどうぞ」
前園は柔和に答える。
「占い先とその理由の話なんだけどね。君が昨日の夜僕を占った理由をまとめるとさ。
僕が前園さんの信用を落とすような発言をしていたこと。そしてそれは、敵陣営ゆえに前園さんが本物であるということが分かる立場にあったからこそだと思ったこと。だよね?」
「そうですね」
「僕が敵陣営だとして、どうして僕の視点から前園さんが『本物』だと分かるというの? 仲間の戸塚君に『クロ』を出してきたから?」
「…………」
前園は、そこで意味深に沈黙した。……なんだ?
「戸塚くんへの『クロ』を根拠に『人狼』の僕が前園さんを本物だと認識したのだと、君は疑った。占い理由を聞く限り、『妖狐』を狙って僕を占って来たようには思えない。でもそれっておかしくないかな? 昨日の夜、君に僕が『人狼』に見えていたとして、じゃあ九頭龍さんはなんだと思っていたの?」
前園は言いよどむように沈黙する。それから少しの時間を置いて
「忌野さんが『妖狐』で九頭龍さんが『狂人』という内訳が、その時は考えられました」
「そんなのレアケースって分かるでしょ? 忌野さんが『妖狐』ならあの出方は自殺行為過ぎるよ。というかそれ今思いついた言い訳だよね」
前園は黙り込んで俯く。複雑だが、この二人の間では通じている議論らしい。
「視点の整理がおいついていなかったので。確かにあなたが『人狼』というのは、少し考えづらかったかもしれません」
「だよね。まあ『思いつかなかった』なんて無能に逃げられちゃ、無能でない僕としては追い掛けようがないんだけどさ」
「挑発してもわたしから破綻した発言を引き出すのは無理ですよ。『真占い師』は破綻しませんから」
前園が飄々と言う。
「……なあ。いいか」
と、そこで今まで議論に取り残されていた多聞が口を出す。
「ようするに。これって状況的には前園か九頭龍のどっちかしか『本物』はいないんだろ?
前園は戸塚を『クロ』、九頭龍は戸塚を『シロ』って言ってるから……」
「いまさら確認するんだそれ」
嘉藤がへらへらというのを、多聞は相手にする余裕すらない様子で
「だったらさ、さっきから難しいこと話してるけど……。ようは戸塚が『人狼』っぽく見えたか『人間』っぽく見えたか議論すればいいんじゃね? 理屈で言われたってオレ達素人はまったく良くわかんねーからさ」
「あ、いーねそれ。そっちのが分かりやすい」
鵜久森が賛成する。確かに新しい切り口だ。これは多聞や伊集院を説得する切り口になる。
「アタシは断然戸塚の態度は『村人』っぽく見えてたね。んでアカリの態度が『敵』っぽかった。だって『敵』は大金をもらう為に自分から選んでこのゲームに参加してるわけでしょ? どっちが腹くくれてるかって言ったら断然『敵』のほう。だから落ち着いてたアカリが『敵』、取り乱した戸塚は『味方』……っぽい」
「それであってると思う」
マコトは強くうなずいた。
「でしょ? じゃあやっぱりクズが『本物』なの」
鵜久森がうなずき返す。こいつは問題ない。今は七人残り、つまり四票が前園に入れば処刑できる。鵜久森で一票は入るとして、九頭龍の票とマコト本人の票を合わせれば三票。どこかでもう一票確保しなければならない。嘉藤は前園を偽目で見ていたはずだが……
「ううん。正直、鵜久森さんは敵っぽく見えてるから、その鵜久森さんが九頭龍さんを援護してる今の図を見ると、どうも九頭龍さんの信用まで下がっちゃうんだよね。正直なところ」
しかし嘉藤は、悩ましげにそう言うのだった。鵜久森が「はあ?」と食って掛かるように
「そんな言いがかりのためにクズの信用落とすの? アタシのことはいくら疑ってくれてもいいけど、クズが『本物』って事実は見間違えないで欲しいんだけど?」
「そうだぞ? だいたい九頭龍が偽で前園が本物だとすると、鵜久森は前園の『シロ』だ。つまり鵜久森が敵陣営で、本物占い師の前園を処刑させるよう誘導してるっていうのはない」
マコトは言った。それを聞くと、嘉藤はその程度のことは承知だとばかりの表情で
「そりゃそうだよね。……あー、なーんか違和感があるんだよね、この状況。どっちが『本物』だとしても、なんで忌野さんが襲われるのが三日目の夜なんだろ? これをまだ説明できそうなのは前園さんの説なんだけど……」
「まだふらふらしてやがるのか? らしくないぞ? きっぱり主張を決めたらどうだ? もう議論時間もないんだ!」
壁の時計はあと目盛りいくつかで議論時間の終了を告げるはずだ。焦ったマコトが催促する。「なあ」と多聞が後ろから、疑惑の視線をマコトに向ける。
「マコトおまえちょっと必死すぎないか? 何が何でも九頭龍を守りたいって感じがするぞ? おまえら2人で人狼陣営同士なんじゃねーの?」
「飛躍のしすぎだろう、おい。俺と九頭龍が人狼陣営同士ならどういう内訳になるか考えてみろって」
『人狼』は二人しかいないので、戸塚に『クロ』を出した前園、および化野も破綻する。マコトと九頭龍が人狼だとすると、前園、化野で『狂人+妖狐』となる。こんな内訳になる必然性がない。
「その『内訳』ってのがオレには良くわかんないんだよ。こんだけ色々でてきたら、今残ってるのがどの配役かなんてややこしくて考えられたもんじゃねー。ただ態度だけで見るなら、今日いきなり喋り始めたおまえはちょっと怪しい」
疑いを向けられてしまう。マコトが反論せずにいると、九頭龍が顔を赤くして
「ま、夢咲さんが『敵』なんてありえません! ありえませんから……」
そう言って拳を握り締めた。
「へえ。そうだといえる根拠は?」
嘉藤が気だるそうに言う。すると九頭龍は一気に言葉に詰まって
「えっと……あの。その……」
あわあわと口元を動かしながら、何もいえずに頭に両手をやる。ようするに論理的な根拠など皆無なのだ。ただ九頭龍自身の一方的な感情でそう言ったに過ぎない。
「いいよ九頭龍。ありがとう」
マコトがそう言って九頭龍の頭に手を置く。九頭龍は「あぅう」といって沈黙して下を向いた。
「やっぱり怪しいっておまえら……つながってるんじゃないか?」
多聞が言う。マコトは首を振って
「疑うのならかまわない。いくらでも整理して考えたあとで疑ってくれ。だが今日議論するのはそこじゃない。前園か九頭龍のどっちが……」
「なら九頭龍に投票するぜ。オレは戸塚の態度は『怪しい』と思ったからな。あいつはいつだって自分の考えてること丸分かりなんだよ。あいつは自分に『クロ』を出した前園にキレてたし、焦ってた」
「そりゃ怒るのは当然だろ? 自分を敵扱いするんだから」
「違う。怒ってただけじゃなくて、困ってたんだ。そして前園を黙らせようと怒鳴ってた。いつもどおり『悪者』のあいつが、『まっとうなことを言ってる』前園を、無理矢理黙らせようとしていた。そう見えた。そして見苦しく『処刑』された。そんな感じだった」
「印象だろうが」
「その印象の話をしようってなったんじゃないのかよ?」
「そうだがよ。こういったら分かるか? あいつが本当に『人狼』なら、自分も『占い師』だ、とか言い出して見苦しく処刑先逃れを測ったはずだ。そうだろ?」
「んん~。ありえませんな。そんなことしたら前園殿が『本物』と白状しているようなものです」
そこで伊集院が指先を振りながら立ち上がる。眼鏡をくいと持ち上げて、独自のねっとりとした口調で言う。
「『クロ』を出されてカウンターで『占い師』宣言などと、誰がどう見ても敵陣営による苦し紛れの処刑先逃れなんですな。あがかず処刑されていったほうが、前園殿の信用を高めずに済むことくらいは、奴でも理解していたのでしょう」
「そうだよ。オレには戸塚が『人狼』に見える。だからアイツを『人間』だっつー九頭龍は信用ならねーし、前園が本物に思えてくる。オレは今日は九頭龍を処刑したい」
結局、多聞は前園側に回ってしまった。伊集院もだ。マコトは歯噛みする。自分の信じている真実が思うようには受け入れられないもどかしさ、そして騙されて迷走していく村に対する恐怖。これが人狼ゲームの大込みだというのでも言うのか?
この恐ろしさを誰よりも味わっているのは、九頭龍本人のはずだ。実際九頭龍は涙も流せず顔を青くして成り行きをただ見守っている。自分が本物なのに信じてもらえないというのは、絶望的な恐怖以外の何者でもないはずだ。
「三対三……ですね」
前園が言った。
「あとまだ意見を表明していないのは嘉藤さん、あなただけでしょうか。あなたが決めてください、どちらを処刑するか……。もう時間もほとんどない。村の勝利のための重大な決断です、どうか間違えないで……」
そう言って懇願するように両手を握り合わせる前園。
「え? 『どっち』? 『前園さんか九頭龍さんのどっち』を処刑するかって言った? あっそう。じゃあその質問にどう答えるかっていうと、そりゃ君だね」
しかし、嘉藤はあっけらかんとそう言ってしまった。前園は唇を結んで
「どういうことですか? ……わたしの意見の整合性を認めたのでは?」
「君の意見の整合性を認めたとして、じゃあ君は誰を処刑するべきだと思う訳? 君は肝心のそこをまったく考えていないよね?」
「今日は前園と九頭龍で決め打つんだろ? だったら九頭龍処刑じゃね?」
多聞が言った。嘉藤は「はあ」とため息をついて
「多聞くんは恐るべき無能だから、さっきからそうやって言ってるのは仕方が無いとして……前園さん。他の誰が間違っても、君が間違うなんてことはありえないと僕は思うんだけれどね」
前園は怪訝そうに嘉藤に視線を向ける。それから搾り出すような声で「どういうことでしょうか?」と尋ねた。
「簡単なことだ。でも凡ミスじゃないはずだよ。君が本物占い師なら、まず言わないようなことを君は言っている。いいかい、君は確かにこういった。
『あとまだ意見を表明していないのは嘉藤さん、あなただけでしょうか。あなたが決めてください、どちらを処刑するか……』」
嘉藤はイントネーションまで完全に再現してそう言った。めぐるましい議論の中で特定の発言を完全に記憶しているというのはたいしたことだが……。
「『どちらを処刑するか』の『どちら』っていうのは、君と九頭龍さんのことを指してるんだよね? でもそれっておかしいんだ。君視点九頭龍さんはラストの『人狼』なんだろう? まだ『妖狐』が残っているっていうのに……なんで九頭龍さん処刑なんて言い出せるのかな?」
嘉藤のその発言に、マコトははっとした。
「そうか……『妖狐』を生かしたまま『人狼』を全部処刑すれば、妖狐陣営の勝利になってしまうから……」
「そう。ありえないんだ、前園さんが九頭龍さんを殺そうとする発言をするなんてね」
「そんな! 少し把握漏れしたに過ぎないです!」
前園はそう言って声を張り上げた。
「敵陣営だということばかりに意識が言って、処刑の順番まで気が回らなかった……それだけなんですよ」
「どうかなぁ……。君は多聞君が何度も『九頭龍さんを処刑する』ってバカなことを口にしても修正しようとしなかった。君の立場ならこれはあまりにも魯鈍というべきだよね。
そもそも君は、こんな議論時間も終盤を迎えているのに、自分のグレーから『妖狐』を探す気配をまるで見せていない。今日君を『本物占い師』で決め打つなら、村人陣営はグレーから『妖狐』らしき人物を処刑すべきのはずだよね? それなのに肝心の『占い師』が、まったく狐探しをしないなんてどうかしてる。
はっきり分かったよ。君のアタマの中にあるのは村人陣営の勝利じゃない、自分自身の生存だ」
「なんでも完璧じゃなければいけませんか? 確かにわたしは自分が生き残ることにずっと目が言っていました。なぜなら、わたしさえ生きていれば『妖狐』を占うチャンスがめぐってくるからです。『占い師』として自分自身の生存を第一に発言をしていたために、『妖狐』探しにまで気が回らなかったというだけのことです」
「自分を無能だと主張して逃げるのもそろそろ限界なんじゃない? どさくさで九頭龍さんが処刑されればそれでいいって思ってたんじゃないの?」
嘉藤のその指摘に、前園は「違います」と首を振った。
「まあ否定はするだろうね。でも僕はもう君に投票することに決めた。変えないよ? ぎりぎりまで考えて決めたことだし、万一君が本物でもリカバリーは効くからね」
「そうですか……。はあ」
そう言って、前園は小さくため息を吐いて
「やれやれです。3対4なら、まだがんばったほうでしょうか」
などと、つぶやくように言ったのだ。
「……今のは、どういう意味だ?」
マコトは尋ねる。前園は、「ふふ」と妖艶に微笑む。そのたくらむような視線はマコトの体をすり抜けて、背後でくたびれた表情を浮かべている九頭龍のほうを射すくめた。
「九頭龍さん」
「は、はぃい?」
いきなりの指名に、九頭龍は声が裏返るほど驚いて
「な、なんですかぁ?」
「たいしたことではありません。その……がんばってください」
その意図不明の一言に、会場内が怪訝な空気に包まれる。前園は至ってまじめな表情で
「は、はあ。その、えっと。それはもう、がんばりますけど……」
その返事を聞くと、前園は満足したようにその場を立ち上がった。それから「んん~」色っぽく伸びをしてみせて、「はあ」と心地のよさそうな息を吐く。
「一足先に退場させていただきます。ああ、肩が懲りましたね。なんて十八歳のする発言ではないでしょうけど。でもしょうがないですよね。わたし、結構苦労してますから。ふふ」
「……ちょっとあんた前園。さっきから何が言いたいのよ? いったい何のつもりで……」
不可解な前園の言動に、鵜久森が目を剥いて尋ねる。前園は屈託なく微笑みかけて
「なんでもないですよー。ふふふ。波野さん、聞こえてますかー? これから『処刑』されちゃいますけど……どうか手加減してくださいね。もし万が一のことがあったら、桑名くんのことはよろしくお願いします」
前園のその呼びかけに、誰かが答えるようにして、絶妙のタイミングで『昼時間終了』のアナウンスが流れ出す。
「四日目、昼パートが終了いたします。投票パートに移行しますので、それぞれの個室にお戻りください」
足を弾ませながら、前園は誰よりも先に自分の個室へと向かって歩く。マコトの傍をすれ違うとき、耳元でこうささやき声を残しながら。
「ハンドルネーム:セイレーン」
振り返る。前園はもう背中しか見せなかった。
☆
(1)夢咲マコト→前園はるか
(0)嘉藤智弘→前園はるか
(0)多聞蛍雪→夢咲マコト
(0)伊集院英雄→前園はるか
(0)九頭龍美冬→前園はるか
(1)鵜久森文江→前園はるか
(5)前園はるか→鵜久森文江
『前園はるか』さんは村民協議の結果処刑されました。