四日目1:強弁
誘導することだよ。勝てば真実を作ることができる。 ……ハンドルネーム:ハムスター変化
四日目:昼パート
『忌野茜』さんが無残な姿で発見されました。
夢咲マコト
嘉藤智弘
多聞蛍雪
戸塚茂 × 二日目:処刑死
伊集院英雄
桑名零時 × 一日目:襲撃死
九頭龍美冬
鵜久森文江
化野あかり × 三日目:処刑死
赤錆桜 × 二日目:襲撃死
忌野茜 × 三日目:襲撃死
前園はるか
残り7/12人
人狼2狂人1妖狐1占い師1霊能者1狩人1村人5
『四日目:昼パート』が開始されます。
☆
拍子抜けした。こんなにあっさりと、占い師が襲撃されるだなんて。
『襲撃』されたということはそれは『本物』だということに他ならない……はずだ。『偽者』でも『襲撃』されることがあるのは『狂人』だけ。『人狼』同士で襲撃することも『妖狐』を襲撃して殺すことも『人狼』にはできない。そして何の益があって『人狼』が仲間の『狂人』を殺すというのか。
村の最重要役職がやられた、理性のある人間であった忌野がやられた。不利益なことだ。理不尽なことだ。腹が立つ。……だと言うのに、マコトはどこか、心の中の不安や闇が取り除かれたような気持ちを味わっていた。ゲームはすでに『忌野』―『九頭龍』ラインと『前園』―『化野』ラインの戦い。つまり忌野が『本物』だったということは、自動的に『九頭龍』が『本物』ということにもなる。
「こんなことでほっとするなんてな。アホか、俺は」
自嘲げに独白する。思った以上に自分は九頭龍に対して情があったらしい。でもなければ、九頭龍が本物だと分かったくらいでこれだけ安心したりはしない。九頭龍と戦わずに済む、九頭龍を論破して泣かさずに済む、九頭龍を処刑しなくて済む……安心する、嬉しい、良かった。
「けっ」
一度それが確定してみると、マコトの気分は平常時のそれへと戻っていった。くよくよと悩んでいたことがバカらしくなってくる。なんで自分があんな面倒な女のためにここまで悩まされていたのか、理不尽にさえ思えてくるのだ。
まったくせいせいしたというものだ。
「……まあ。とにかくこれで」
心をかき乱されずに冷静に考えることができる。
『襲撃』された忌野のためにも……あの理性ある学級委員であった彼女を生かして返してやるためにも、自分は戦わなくてはならない。
そう。むしろここからが、正念場なのだった。
☆
「占い結果をカミングアウトします」
議論会場で、前園がそう言って皆の注目を集めようとする。マコトはしらけた気分で、頬杖を付きながらそれを見守っていた。
「占い対象は嘉藤さん、結果は『シロ』です。
もっともわたしの信用を落とすのに積極的だった人ですね。非常に強弁な話し方をされますが、わたしの主観ですと、どうしてそこまで疑われるのか理解ができませんでした。
わたしは二日目最適なタイミングにカミングアウトも行いましたし、発言にも破綻はないはずです。嘉藤さんは『露呈している敵陣営の数が多すぎる』というのをわたしの『偽者』要素としてあげてきましたが、このくらいなら別におかしなことでもないでしょう。忌野さんが狂人、九頭龍さんがラインを繋いで必死で化野さん処刑に誘導していたラストの『人狼』という内訳などでも、何ら矛盾はない……実際そうだった訳ですし。
彼自身が『敵』ゆえにわたしが『本物』と見える立場にあり、それゆえに信用を落としてきたと思って占いましたが……ハズレでしたね」
「あー。……まあ確かに僕は君にさんざんいちゃもんつけたよね。占われるのもしょうがないか。もっとも、君が本物ってのはあんまり見ていないけれど」
嘉藤が言うと、前園は怪訝そうに
「どうしてでしょうか? わたしは『占い師』として最善を尽くしてきたつもりです」
と眉を潜める。嘉藤は中指をこめかみに突きつけて
「君の表情が気に入らないからだよ。君の浮かべる笑顔は、騙すものの笑顔だから」
ばっさりとそう切り捨てる。前園は唇を結んでその場で俯いて見せて、それから瀟洒な笑顔で顔を上げた。
「…………ふふ。……ふふふふふ。このチャームは浪野さん直伝なんですよ。毎日の始まりと終わりを告げてくれるゲームマスター。わたしも、昔はあの人と同じ立場にいました」
「どういうことだ?」
俺が怪訝に思ってたずねると、前園はニコりと微笑んだまま。
「浪野さんは組織に借金があるんですよ。日本円にして19兆6千億円ほどでしたかね。笑っちゃうような金額でしょ? 本当あの人なにやったんだか……。そして、実はわたしも父の借金を肩代わりした所為で……といっても浪野さんの100万分の1くらいの額でしたが……組織に借りがありましてね。今はもう返済済みですが、それに至るまで、とにかくもうこき使われたものですよ」
「……やはり、あんたはこのふざけたゲームを主催している側の人間だったのか」
最初からそうとしか思えなかった。『引率者』などと嘯いて自分たちを船の中に誘導し、当然のような顔でゲームに参加する。『過去にこのアルバイトで実際に報酬を受け取っている』などと標榜する。しかし金額については話そうとしない。
「ふふ……。まあそう疑うのも無理はありませんね。確かにわたしはこの組織と繋がりのあった人間です。今も縁は切ってはいませんが……しかしこのゲームについては皆さんと同じくフェアな立場で参加しています。襲われれば獣に噛まれますし吊られれば首を絞められます。報酬のほうも、きちんと受け取ることができます。……一億五千万円をね」
一億五千万。四億や十二億ではない、すなわち自分は村人陣営であり、『本物』占い師だとの賜っている。それが嘘であることは明白なので、マコトはそこは無視して
「それだけか?」
「皆さんを陽動し、ゲームを盛り上げる役割も担っていましたが。そちらにも別途に報酬が支払われています。もっとも……今回のプレイヤーである皆さんは、特別冷静かつ好戦的な方がそろっておいでで、その役割もあまり必要にはなりませんでしたが。もっと混乱してゲームにならないのがふつうなんですよ?」
「あんたが連れていた桑名という男は何者だ?」
「あ? 気になりましたか。わたしのダーリンというのではいけませんかね?」
「このゲームの成れの果てなんじゃないのか?」
「素敵な想像力ですね。ですがまあ当たってますよ。彼は以前行われたとあるゲームで『処刑』の対象となってしましました。最終的な勝者となることはできたのですが回復は見込めなく、恋人としてわたしが保護しているんです。このゲームにわたしが参加したのは、彼の治療費の捻出というのが一番の目的ですね」
その言葉を聞いて、プレイヤーたちが息を飲み込むのが聞こえた。『処刑』の先にあるもの、それはあんな、車椅子で口を聞けもしないほどの廃人の姿。『殺されることはない』という前提があったからなんとかパニックにならずに済んではいたが……。
「ま、マジかよ。あんななるなんて聞いてないぞ……」
案の定、多聞が目に涙を浮かべて下を向いている。鵜久森は「ほんっとむかつく」と壁をけり、伊集院は太った体を丸めて震えている。青い顔をした九頭龍の手を、マコトは握ってやった。
「浪野さんはゲームマスターとしては優しい部類に入る方です。容赦できる範囲での容赦はしてくれます。戸塚さんも化野さんも、きっとそこまで酷い状態にはなっていないと思いますよ……運が悪くなければですけど」
そう言って前園は気休めのように笑う。その表情に……僅かながらマコトたちへの労りがこめられているような気が、マコトにはした。
「さて。わたしも諦めてはいませんよ。村人陣営の勝利のために、ですけどね。『狂人』の忌野さんが『襲撃』されたのは予想外でしたが、わたしはまだ『占い師』として破綻していません。今日はわたしと九頭龍さんの内片方を『偽者』で決め打って『処刑』してもらう日ですね。今までと違い、安定した処刑先の存在しない決め打ちの日……一騎討ちです」
「望むところだ。九頭龍、大丈夫か?」
そう言ってマコトが九頭龍のほうに視線を向けると、九頭龍はどうにか意志力をかき集めたような裏返った声で「ひゃい!」といって
「霊能結果を宣言します! 化野さんは『クロ』、『人狼』でした!」
「ふうん。そっちが『クロ』となると、やっぱり前園さんの中身は『狂人』ってことになるよね。どこが処刑されてもいいもんだからテキトウに『クロ』を放り投げた。それに化野さんが結果を合わせた、と」
嘉藤はそう言って口元に手を当てる。そこで鵜久森が荒い口調で
「そーゆーことなんだろうね。結局アカリは敵、裏切り者だったってこと!
そんで、忌野が『襲撃』されるんなら伊集院が怪しいわね。ソイツはずぅっと忌野に因縁つけて、前園のこと持ち上げてた! それって『狩人』の『護衛』を前園に逸らして忌野を襲撃する下準備だったってことじゃないの?」
確かに一理ある。伊集院は「やややや」と困惑した様子で
「二日目のカミングアウトの仕方を見れば誰だって前園殿が『本物』と思うでしょう? 忌野殿が出るとしたら三日目の朝一番のタイミングしかありえない。二日目は処刑先が決まっていたのですから、『本物』占い師なら身を守るために潜伏が安定だったはず! なのにしょっぱなで対抗カミングアウトするなんて護衛先ブラシでしかありえない! 総合的にロジックするまでもなく、通常こう考えてしまうのではないですかな?」
「伊集院くんのその思考が正当ですよ。それを理解してくれるだけで『村人』に見えます」
前園がそう言って伊集院に魅力的に微笑みかける。伊集院は「や……しかし狂人噛みというのも……」とまごまごし始めた。
「ペグった(護衛されていなさそうな占い師候補を襲った)だけでしょう? ネットのサーバで人狼してる伊集院さんなら分かりますよね? 『占い師』の内訳が『真』『狂』なら、護衛の入ってなさそうなほうを襲撃してしまえばいいんですよ。九頭龍さんもネット人狼の経験者なんですから、それくらい大胆なことはしてきてもおかしくないですよね?」
「し、しませぇん! そもそもラストウルフで霊能に出る勇気なんてないですよ!」
九頭龍は涙目でそう反論する。人狼ゲーム経験者の三人の応酬だ、外野からの口出しはとても容易ではない。
「ふつうの『狩人』の思考なら、忌野さんは護衛先ブラシと見てわたしのほうに『護衛』を入れます。それを見抜いてわたしを襲えないと考えた『人狼:九頭龍』さんは、いっそ『狂人』の忌野さんを『襲撃』しようと試みたんです。違いますか?」
魅入られるような深い瞳で前園は九頭龍へじっと微笑みかけた。九頭龍が困惑しながら反論しようと口を開きかけたところで、前園が更なる強弁で畳み掛ける。
「九頭龍さんの取ってきた戦略はこうです。
まずは『霊能者』を騙りわたしと食い違う結果を出します。対抗に出てきた『本物』霊能者は、強く誘導することで無理矢理処刑させてしまいます。
しかる後に、『狂人』の忌野さんを『襲撃』して『本物』と誤認させます。そして『偽者』としてわたしを処刑させる。
するとどうでしょう。九頭龍さんは『本物占い師』視点での『霊能者』となり、生き残れる位置に入ることができるんです。つじつまは全然あっていますよね?」
それが前園視点でどうにか成立しそうな唯一の主張か……。『狂人』の忌野とラインを作った上で、『襲撃』して『本物』に見せてしまう。そして『襲撃された占い師視点での霊能者』として生き残るという作戦を、九頭龍が取ってきたという説。
「あれれ? ……筋が通ってませんかな? んん~?」
伊集院が丸め込まれたように首をかしげる。九頭龍が腕を振るって「違いますよぅ!」と叫ぶ。
「だって! どうせ『占い師』候補から襲撃するなら、最初から前園さんを襲ったほうが良いはずです。霊能者に出て狂人噛みなんて、そんな綱渡りみたいなことする必要ありません」
「あなたはわたしのほうに『護衛』が入っていることを見抜いていたのですよ。わたしくらい完全に『占い師』としての職務をまっとうすれば、自然と『狩人』の『護衛』も付いてきます。『人狼』は手を出したくてもなかなか襲えない、ならば、いっそ仲間を殺してでもわたしの信用を落としにいったのです」
「そ、そこまで前園さんの信用が高かったわけでは……」
「ですが、実際『狩人』は『占い師』候補の二択からわたしを護衛していた。だから忌野さんなら襲撃できた。あなたの読みどおりにね、そうでしょう?」
「ち、違います……」
驚くべきことに、前園の話は良く聞けばきちんと筋が通っているのだ。そして強弁さという点なら、おどおどした九頭龍よりも前園のほうが何枚も上手だ。
「あのさ前園。あんたのその話はちょっと複雑すぎて付いて行けないんだけど、でも結局は可能性の話ってことには変わりないのよね?」
意外なところから九頭龍への助力は現れた。鵜久森だ。
「言いがかりにしか聞こえないわ。忌野が本物占い師だから襲われたって方が断然分かりやすい!」
「分かりやすいとか分かりにくいとかで真相が変わる訳ではありません。騙すものは分かりやすい『虚構』を演出し、その裏側に複雑な『真実』を包み込みます。九頭龍さんがしていることですね」
九頭龍は両手を握り締めて完全に竦み上がっている。やはり口先だと前園が上ということか……しかし。
「なあ前園。言わせてもらうぞ」
マコトが発言すると、前園は少しだけいぶかしげな表情をしながらも、続きを待ち受けるように居住まいを正した。
「あんたの主張なんだがな。ぎりぎりで筋が通っているように見えるが、作戦としてはあんまりにも遠回りすぎると思わないか? そもそもこれは『狩人』の護衛と、村人陣営の選択や思考を完全に読みきらなければできないことだ。一度でも想定外のことが起これば破綻する。それを潜り抜けたのだというなら、いくらなんでも九頭龍が賢すぎる」
「口ぶりからして彼女は人狼ゲーム経験者です。これくらいはしてくるでしょう」
「可能性の話だろ! 狂人を襲撃するなんて度胸がありすぎだ。他にいくらでもマシな戦略があるだろう」
「……まま。まったく話についていけねぇ……。なんなんだ? 忌野が『襲撃』されても前園が『本物』ってことが本当にあるのか?」
多聞がアタマを抱えて言った。鵜久森が「訳わかんないのはアタシもよ」と腕を組んで
「とにかく分かるのは……前園がすごく胡散臭いっていうこと。長ったらしく喋って煙に巻こうとしているくらいに思えるわ」
「ふふ。鵜久森さんって結構しっかりした方に見えるんですけどね? 分からない振りをしているだけなのでは? このままわたしを処刑させるために」
前園が挑発的に言う。「ダウト」静かな声で、嘉藤が言った。
「君視点人狼陣営は『戸塚』『九頭龍』『忌野』で出尽くしてるでしょ? 増して君鵜久森さんに『シロ』出してるじゃない。君視点鵜久森さんはどうあがいても『村人』なんだ。分からない振りをしてまで君の処刑に加担する理由はないよ」
「あら。そうでしたね。失礼しました」
前園はぺこりと頭を下げる。
「ではもう一つ。仮に忌野さんが本物として、どうして彼女を襲撃するのを三日目の夜まで待ったんですか? 忌野さんなんていつでも『襲撃』できたはずでしょうに、昨日の昼時間まで残されたのは、彼女が『狂人』だったからではないのですか?」
「そ、そんなの簡単ですぅ。赤錆さんと戸塚さんで『狩人』候補が二人減ったからってだけです」
「忌野さんなんて狩人候補を減らすまでもなく『襲撃』できますよ」
「む、無茶ですよぅ! 二日目夜は前園さん視点敵陣営一人処刑できてたんですよ? その分だけ襲撃された際のリスクは小さかった。バランス護衛なら忌野さんが護衛されるはずです。それなのに忌野さんに絶対護衛は入らないみたいなこと言うのはおかしいです」
「好きですね、バランス。でもナンセンスです」
前園は薄く笑う。二人の応酬に、鵜久森と多聞が困惑したように首をかしげている。まずい、議論が複雑になりすぎている。次から次へと詭弁を繰り出す前園はたいしたものだが、それに屈さず反論を続ける九頭龍も相当なものだった。
気の弱いこいつが必死で戦っているのだ。なんとしても今日は前園を処刑してやらねばならない。
「話がこんがらがってきたね。一度お互い視点での内訳を整理してみようか」
嘉藤がそう提案する。マコトも同じことを考えていたので、二もなく賛成した。
「ああ。一度冷静に見えているものを整理すれば、簡単なことのはずだ。これだけ話がこんがらがるのも、敵陣営によって議論にノイズを振りまかれているからに過ぎない!」
マコトはそういって九頭龍を見た。
「九頭龍。おまえから今見えている配役はどうなっている?」
「は、はいぃっ! ただいま書きます!」
そう言って九頭龍はペンを取り、筆圧の強い文字で書き散らした。
占い師:忌野
霊能者:九頭龍
人狼:化野+?
狂人:前園
グレー:夢咲、嘉藤、伊集院、鵜久森
「こ、これでグレーにウルフ一人フォックス一人と見るのが妥当なはずです。
前園さんが『妖狐』というのはレアケースでしょう。仮に『妖狐』の特攻だとすると、騙るのが仕事の『狂人』がグレーにいることになっちゃいますから……」
「わたし視点も書かせていただきますね」
九頭龍に続いて、前園が整った文字でメモに記入する。
占い師:前園
霊能者:化野
人狼:戸塚+九頭龍
狂人:忌野
グレー:夢咲、伊集院、多聞
「これでグレーに『妖狐』潜伏でしょうね。ほぼこの配役で間違いないと思います。
襲撃されている時点で忌野さんは『狂人』確定。すると九頭龍さんが『妖狐』か『人狼』かということになりますが、これはほぼ『人狼』と見ていいでしょう。『妖狐』があのタイミングで『霊能者』に出るメリットが分かりませんからね」
前園がそこまで話し終えた。
これで二人の内訳が出そろった。マコトは目に戦意を浮かべて拳を握る。虚を突くものは必ず破綻する、それを前園に思い知らせてやるのだ。必死で戦う九頭竜の為にも、必ず真実を暴き立てなければならない。
どちらの主張が真実となるのか。ゲームは、一つの正念場を迎えていた。