三日目1:霊能者
バカになることです。ただし、冷静でいてください。この二つが欺瞞する者の基本的な心得です。 ……ハンドルネーム:メアリー
三日目:昼パート
『赤錆桜』さんが無残な姿で発見されました。
夢咲マコト
嘉藤智弘
多聞蛍雪
戸塚茂 × 二日目:処刑死
伊集院英雄
桑名零時 × 一日目:襲撃死
九頭龍美冬
鵜久森文江
化野あかり
赤錆桜 × 二日目:襲撃死
忌野茜
前園はるか
残り9/12人
人狼2狂人1妖狐1占い師1霊能者1狩人1村人5
『三日目:昼パート』が開始されます。
☆
赤錆が『襲撃』される映像は流れなかった。
考えても見れば当然か。『処刑』はされる側も十分に予期してから行われることになるが、『襲撃』は突然に行われる。言いたいこと、伝えたいことを残してゲームから退場していくメンバーもいるはず。もし『襲撃』の映像が公開されるのであれば、たとえば指を立てていれば自分は『霊能者』、握っていれば『ただの村人』などという情報発信が行えてしまう。ゲーム性を維持するなら、『襲撃』はひっそりと行うべきなのだろう。
マコトはすぐさま立ち上がって議論へ向かった。時間は無駄にはできないという意味、気持ちを奮い立たせるという意味がある。誰よりも早く会場にたどり着いて、入ってくる村人たちをつぶさに観察する……予定ではあった。
「ゆ、夢咲さぁん! 『シロ』、『シロ』、『シロ』! 『シロ』でしたぁ!」
会場に入ってきた夢咲に、興奮したように接近して腕を振りながら一生懸命訴えてくる女がいる。九頭龍だ。
「本物でした! やっぱり本物でした忌野さんは!」
「ちょちょちょ……ちょっと待て。どういうつもりだ? 九頭龍。その『シロ』っていうのは……。まさかおまえのパンツの色の話じゃないんだろ?」
言われ、九頭龍は顔を赤くしてから
「そそ、そんなんじゃないですぅ。『霊能結果』です! 『霊能結果』!」
……なんだ。マコトは思った。コイツ『霊能者』だったのか。
とにかくこれで一つ懸念は払拭できた。『霊能者』が死亡しているという可能性がだ。そして戸塚は『人狼』ではなかったということになり、前園はるかという『敵』の存在が露呈したわけだ。
どおりで、鵜久森が『霊能者は出て来い』といった時、すぐに反論したのだと思った。実際に『霊能者』を持っている九頭龍としては、あそこで炙り出される訳にはいかなかったのだろう。基本的に鵜久森に意見などしない九頭龍も、そこは譲れないポイントだったということだ。
「そうか。良かったよ」
なら……九頭龍は味方陣営だ。そのことを考えると、ぼんやりとそんな言葉が出た。
「は……はい? そそ、そうですね……忌野さんがちゃんと本物で……」
「……ああ。そうだな」
そう言ってマコトはそっぽを向く。九頭龍は「は、はいぃ。えへへへ」とうれしそうにニコニコとしていた。
そうこうしているうちに、他のメンバーも続々と会場にそろっていく。三バカの一角を『襲撃』された鵜久森は見るにいらいらとしている。早くから来て二人で話をしていた九頭龍とマコトを見つけると、すかさず「『敵』同士の密談かしら?」と突っ込みを入れてきた。
「そうじゃないんだ。なあ、九頭龍から一つ大事な話が……」
「あん? 後にしてくれる? それより大事なことがあるでしょ。ほら『占い師』! 早く結果を教えてよ! 誰か『人狼』は見つけたかしら?」
そう言って鵜久森は前園と忌野に視線を向ける。九頭龍は「あの、その」と声を出すタイミングを逸してまごまごとし始める。そうしているうちに、忌野が「分かったから」と焦ったような口調で言って
「占い結果をカミングアウトするわ。占ったのは多聞くん。結果は『シロ』人間だったわ」
「え? オレなん?」
多聞が口元に手を当てて言う。
「えー、以外だわ。『シロ』はいいんだけどさ、どうせなら嘉藤とか伊集院とか占って欲しかったぜ」
確かに。経験者として強弁に振舞う伊集院や、メンバーの中でも随一の弁舌を誇る嘉藤といった位置は、敵だった時に厄介であるといえる。占っておいて損はなさそうだが……。
「あなたがあんまり議論に参加してこなかったからね。目立たないようにして『処刑』をやり過ごしたいんじゃない? って思った。それに『偽者占い師』の前園さんの『クロ』、戸塚くんを処刑する流れにも早くに乗っかっていたから。怪しいなって」
「あーなるほど。正直取り残されてただけなんだよ。疑わせちまったなら、その、すまなかったな」
ばつが悪そうに多聞は言った。人のよさそうなこいつなら、上手く議論についていけなくても違和感はないか。
「うーん? どうなん? あんたの信用を下げたっていうなら伊集院のほうがそうだし……そもそも多聞に『敵陣営』に回る度胸があるとはショージキ思えないんだけど。そんなとこ占う価値もない雑魚だと思わない?」
鵜久森は言った。
「失礼な奴だなっ! ……まあオレだって金が欲しくない訳じゃないけどよ……急に四億だの十二億だの言われてもビビるだけっていうのか……。100万でも十分大金だし、それ持って帰れるんならそっちでいいじゃんって……」
「『村人アピール』でしょうか。わたし視点、多聞さんは対抗の『シロ』ですからもちろん信用はしませんよ」
前園だ。
「わたしの占い結果を発表しますね。対象は鵜久森さん。結果は『シロ』でした」
「え? ……あ、ああ。アタシねぇ」
胡散臭そうに、鵜久森は言う。
「どう受け取っていいのかわかんないんだけど。『シロ』くれたからって本物とは限らないしさ。つかこれ忌野にも言えることなんだけど、アタシとか多聞じゃなくてもっとマシな占い先があったんじゃないの?」
「そうは思いません。あなたを占えばもう一つ『クロ』が引ける公算が高いと見て占いました。その攻撃的な態度が理由です。
鵜久森さんは皆さんの中で、もっとも別の誰かに突っかかる動きが多い。『占い師』を宣言させようとした伊集院くんを疑ったり、嘉藤さんの意見を途中でシャットアウトして『誘導的だ』と攻撃したり。疑うこと自体はこのゲームに必要なことですが、しかし見境のなさというか、誰を敵に仕立て上げても良いのではないかと思わされる言動が目立ちます。
そして一番気になったのが、昨日わたしが戸塚くんに『クロ』を出した後の段階で、『霊能者』を出せ、という発言をしたことです。これは『狩人』の護衛先を『霊能者』に向け、その間に『占い師』であるわたしを『襲撃』してしまおうという狙いがあるのではないか、と疑いました」
「長いー、眠いー。三行くらいでおねがーい」
化野がぼんやりとした表情で言う。前園はにっこりと笑って
「態度に余裕がありません。
さほど怪しくもない人物を無用に攻撃し敵に仕立て上げようとしています。
不要に『霊能者』のカミングアウトを促し『狩人』の護衛先をぶらそうとしました。
以上です。まあ『シロ』でしたけどね」
「へーん」
そう言って化野はキャンディの棒をぺろりと吐き出して、次のキャンディを口に放り込む。
「ぷぷっぽう。濃密で良い占い理由なのですな。これはいよいよ前園殿を本物で見たくなってまいりましたぞ」
伊集院がそう言って腕を組み、眼鏡を押し上げ
「ではお待ちかね……『霊能者』の宣言を聞くしかありえない! それで『クロ』なら前園殿はほぼ本物で見て確定ですぞ!」
「そうだよ! 『霊能者』だ!」
多聞がそこで思い出したように声を張り上げた。
「戸塚の奴は本当に『人狼』だったのかよ? それを早く教えろよ! なんで今まで黙ってやがんだ」
「あのー。ちょっといいですかぁ」
九頭龍がおずおずと手を上げる。しかし鵜久森はそれに気付かないまま、九頭龍の三倍の声量と強い言い方で
「つか遅くない『霊能者』? 朝一番に出てくるのがフツーじゃないの? もう死んでる、とかいわないわよね?」
「だからおまえは人の話を聞けよ。さっきから……」
マコトはたまりかねて言う。「あん?」と鵜久森は目線を向けて
「なに。あんた『霊能者』なわけ?」
「それは違うけどよ、いいか……」
「なら黙れって。もういい? いないってことでいいんだよね! 霊能者! ひょっとしてサクラがそうだった? あーもーなにやってんのよ、だから昨日のうちに出して護衛させとけって……」
「え、えっと……。わ……わぁあああああああああああ!」
そう言って、九頭龍はこれまで聞いたことのない大声で突然に叫び始めた。すくみ上がるマコト、「なんだよ」といぶかしむ村人たち。鵜久森がいらだたしげに
「なによクズ! びっくりさせんじゃないって。ふざけてんの?」
「ご、ごめんなさぁい。……こ、こうでもしないと話聞いてもらえそうになくて……その」
そう言って人差し指同士をこすり合わせる九頭龍。これには流石に、普段目立たぬ彼女も皆の注目を得たようだ。不器用で危なっかしいやり方だが、まあとにかくなんとかなった。
「……あ、あたしが『霊能者』ですぅ。戸塚さんは『シロ』、人間でした。前園さんは『偽者』でぇ……」
「あん? ちょっとこれどうなって……。ああ、えっと。うん、そうだったのね」
鵜久森はうんうんと意味深にうなずいて
「所詮部外者は部外者ってことか。『占い師』騙りお疲れ様ー。今日の処刑あんただから」
「……これはちょっと意外ですね」
前園は唇を結んで言う。その瞳は冷静で、自分と食い違う結果を出す『霊能者』にも、まるで動じているようには見えない。
「『本物霊能者』が生きているならすぐに出てください。戸塚さんと忌野さんで二人『敵』が露呈しているのに、さらにもう一人『霊能者』にも騙りを追加してくるなんて意外です」
「鵜久森さんを占うのは良いセンスだと思ったんだけど、やっぱりライン切れちゃうか。ま、僕は昨日の時点で前園さんを偽者じゃないかと思ってたから、特に意外でもないけどね」
嘉藤が飄々としていった。
「『人狼』が『クロ』で特攻してくるってのは非合理的、『妖狐』がやるのもリスキーなのには変わりない。すると、前園さんの中身としては『狂人』が一番濃厚ってことになるのかな」
「そうだと思うぞ。『狂人』の処刑は村の勝利条件と無関係だったよな。そう見るなら、前園は無理に処刑しなくてもいいってことになるのか?」
マコトは言う。九頭龍は「い、いえ……」といって
「『敵』は確定ですけど、かといって中身までは推測することしかできませんし……。このまま『処刑』するしかないんじゃないでしょうか。……それに、『狂人』だとしても、下手に残したらパワープレイの危険がありますし」
「パワープレイ?」
「ええその……。人狼陣営が公に村人を処刑することをさす言葉で……たとえば三人が残っていて、『人狼』『狂人』『村人』となったとします。人狼陣営の勝利条件は『人間と人狼の数が同数になる』ことですから……『人狼』はあと一人の『村人』を殺すため、『狂人』に指令を出すんですね。投票を合わせて『村人』を処刑しようと……」
本来村人が『人狼』を倒すための手段である『処刑』を、人数で上回る人狼陣営が乗っ取ってしまう。なるほど確かに恐ろしい……そしてそのための頭数となる『狂人』は、可能なら処刑するのに越したことはないということか。
九頭龍はうなずいて
「ですから……今日は中身に関わらず『敵』として前園さんを処刑していただくことになります……。『護衛』はこの際あたしにつけなくて大丈夫です」
「死にさらせゴミクズ」
「あたしの役割は忌野さんが本物だと伝えられた時点で終わっていますから。『霊能者』の役割は『占い師』の真偽判定の補助で、そんなあたしのために『占い師』の忌野さんを危険にさらすのは本末転倒で……って、え? え?」
どこかから聞こえてきたその声に、九頭龍は振り向いた。やる気がなく声量もないが、しかし妙な存在感のある口調で、『彼女』は主張した。
「対抗『霊能者』カミングアウト。戸塚『クロ』。そこのゴミクズ偽者なんでー」
そう言って唾液でぬれたキャンディを口から取り出し、じっと眺めながら、
「あーくだらね」
化野はダルそうな声でそう言った。




