二日目3:夜時間
薄暗い部屋に、大柄な男が紙袋をかぶり、後ろ手を拘束された状態で立たされている。
目の前にあったのは禍々しいオーラを放つ処刑台だった。十三階段を登った先の空間には、ゴトーと呼ばれる吊り縄がぶら下がっている。映画などでは何度か見た道具、何度か見た光景だった。実際に十三階段の前に立たされている男が、知り合いであるという点を除けば。
背後から、銃を持った男たちが戸塚を階段の上へ登るように促しているのが分かる。流石の戸塚も、銃器を相手には従うしかないようだ。震える足取りで、時に振り返り、時に泣き喚くように首を振りながら、一歩一歩死の階段を上り詰めていく。
階段の上には死しかないと分かっていても……登るのをやめることは戸塚にはできないのだ。紙袋をかぶせられて目の前には逃げ場のない闇しかない。死を遠ざけるにはその場でうずくまるくらいしか方法はないが、それをすれば周囲の男たちから容赦ない制裁があることは明らかだった。
階段を一歩ずつ登り、そして当然の帰路として次に踏みしめる足場がなくなる。
吊り縄が戸塚の首に通される。戸塚は首元に手を当てて暴れる。足場が観音開きに開かれる。暴れる戸塚の体が地面に向かって落下していき、限界まで伸びきったロープがもとの状態に戻ろうとして、戸塚の体を引っ張り上げながら縮み、ゆれる。
そして物体の自然な運動として、戸塚の体はあっちこっちに振り回されて左右に揺れた。その頃にはもう、大柄なその肉体に、暴れるような力は残されていなかった。
☆
……犠牲者が出た。『処刑』のペナルティは死ぬ寸前までロープで首を絞められること。脳に血液が届かない時間が持続すれば、何らかのダメージを負ってしまうことは必至である。事故的に死亡してしまうリスクはきわめて低いとはされているが、それもどれだけ信用できるか分かったものではない。
思えば……前園の連れていた『桑名零時』という車椅子の廃人は、この『処刑』の成れの果てだったのではないだろうか。マコトはふとそんな突拍子もない空想をする。前園はこのアルバイトの『リピーター』だと言っていた。桑名も同じくそうだとしたら? 彼が過去に『処刑』を経験してああなってしまったのだとしても……なんらおかしくはない。
戸塚はろくでもない奴だったが、明日はわが身と考えると笑えなかった。医学的なことは分からないが、これだけ振り回されればふつうは首の骨が折れるのではないか……? これならまだ怪我の程度が想像できる『襲撃』のほうが、いくらかマシにさえ思える。
しかし……いつまでもくよくよとしていては始まらないのも事実だった。生き残るためには、明日以降のことを考える必要がある。『人狼』の本質は論理的な考察を積み重ねて最適な処刑先を導き出す、情報処理のゲームだ。手持ちの情報を駆使して次の一手を予想しなければならない。
マコトは現状をメモ帳にまとめ、自分なりに思いつくことを考えていった。
☆占い師
前園:戸塚●
グレー:マコト、嘉藤、多聞、伊集院、九頭龍、鵜久森、赤錆、化野。
忌野:赤錆○
グレー:マコト、嘉藤、多聞、伊集院、九頭龍、鵜久森、化野。
処刑:戸塚
襲撃:桑名
『赤錆』を占った忌野よりも、前園の方が『人狼』候補である『グレー』の数が一つ多い。前園視点では戸塚で『人狼』が一つ処分できていて、対抗の忌野が『敵』、そして残る八人の『グレー』の中に二人の『敵陣営』が生存しているということになる。前園はおおよそこの中から一人を『占い』で調べてくるだろう。
忌野視点では、戸塚の中身については確定した情報はない。『敵』が『クロ』を出した先と考えれば、少なくとも他のグレーよりは村人陣営である可能性が僅かに高いともいえる……のだろうか? となると忌野視点での『敵』は前園に一人と、七人いるグレーから三人。前園の中身は……『特攻』なら『狂人』濃厚、というところだろうか。
この二人のどちらが『本物』であるかどうかは、明日『霊能者』のカミングアウトを聞ければはっきりすることではある。戸塚の『霊能結果』が『クロ』なら前園と一致、『シロ』ならば『霊能者』か前園のどちらかが嘘吐き……敵陣営で確定。
問題は明日まで『霊能者』が生存しているかという一点か。今夜『霊能者』が教われるリスクはもちろん、忘れてはならない可能性だある。『初日襲撃犠牲者』である桑名零時、彼が『霊能者』であるケースだ。『襲撃』は全員に『配役』が配られた時点から、『人狼』と『妖狐』を除く全員からランダムで行われた。ランダムといいつつ、ろくに口も聞けない奴が意図的に選ばれた可能性は否めないが……ともかく、桑名が何らかの役職を抱えて死んだケースも想定しなければならない。今いる二人の『占い師』でさえ、一人は偽者であることは確定していても、一人は本物であるとは限らないのである。
これについては祈るしかないというのが結論だ。とにかく、明日『霊能者』が名乗り出てくれることを祈ろう。マコトは思いながら机に突っ伏した。
おそらく他の面子もこうしている。議論の濃密な緊張感は、村人のマコトに対してもなかなかハードだ。