5
少しは長くなったか。
天音が異世界『ヴァレーアラウンド』にやって来てから二ヶ月が過ぎた。その間に天音が何をしていたかというと。
「もう勘弁してください、アリア姉さま」
「もう音をあげてしまうのねアマネ。冒険者として旅に出るんでしょう? そのためには貴族としての嗜みは一通り覚えてもらうわよ?」
という感じで礼儀礼節、作法、芸術関連に至るまで、一ヶ月間本当にみっちりと詰め込まれていた。ちなみに天音が一番嫌ったのは公的立場の者として振る舞う際に切るドレスだった。正直、きつくて苦しくて動きづらくて着る意味が分からないものだと天音は思っている。
更にそれが終わると、
「陛下、これ以上は危険じゃないでしょうか?」
「何言ってるんだいアマネ。君のスキルならこれくらいラクショーさ」
「さあ、アマネ。私の蹴りを止めてみよ」
「いやお養父さまの蹴りはドラゴンさえ殺せるじゃないですか、やめてください」
という感じで天音の持つスキルを効率よく使うための戦闘技術を模索すべく訓練が課され、更にわずかながらも魔法適性があるということでそちらの訓練も並行して行われた。そうして二ヶ月間で成長した天音のスキルはこうなった。
アマネ・クロウ・アルリアータ
[身体強化・極]
[装備強化・極]
[精霊の眼]
[完全解語]
[衝撃伝導操作]
[空間魔法Ⅰ]
[近接戦闘術]
[礼儀作法Ⅴ]
[歌唱Ⅱ]
初めて天音のスキルを見たときの養父・アルバラートの引き攣った顔を、天音は今でも覚えているし、国王でさえも天を仰いだ。それほどに天音のスキル、特に[身体強化・極]と[装備強化・極]の存在は異質らしい。むやみに他者へ見せないように厳命された。[空間魔法Ⅰ]は魔法適性がそれしかなかったために覚えたスキルで魔力を使って空間を拡張し、自分だけが干渉できる超空間を作り出す魔法が使える。天音はこれをアイテムボックスと呼んで荷物入れに使っている。[近接戦闘術]は元々[格闘術]だったものが、剣を扱うようになったときに変化したもので、文字通り近接戦闘が行えることを示すスキルである。[礼儀作法]はアリアラーナが直接指導し、それこそ天音は地獄を見た。ちなみに最高レベルはⅩらしく、Ⅴは基本的な貴族は当然身につけているレベルらしい。[歌唱Ⅱ]は天音が唯一取得できた芸術系スキルで、他は壊滅的であったらしい。
それは兎に角として、天音にとっては地獄のような訓練の日々は終わり、遂に旅に出られるようになったのである。が。
「ちょっと隣の国へお使いに行って来てくれないかな?」
突然国王からの呼び出しがあったと思ったら、謁見室でいきなり切り出された。ちなみに二人っきりである。正直国王としてどうなのよと思う天音であったが、今はそれよりお使いについてである。
「隣の国って『音楽国家ベール』ですよね?」
「そうだね」
突然呼び出されてお使い行って来てでは何が何だか分からない。天音は詳細な理由を求めた。
「何でいきなりそこへ?」
「ベールの王太子が婚約するんだって。隣国だけあって結構交流があるからお祝いは持っていきたいんだけど、ちょっと別方向がきな臭くて俺は国を離れられないんだよね。どうせ君は旅に出るわけだし、最初の行き先をベールにして、お祝い届けてきて」
ざらっと情報を話して有無を言わせぬ態度に、天音も断れないことは承知の上でそれでも反論を試みるも。
「一応及第点をもらったとはいえ付け焼刃の礼儀作法で大丈夫ですか? 国の代表が」
「まあ問題ないよ。あの国はその辺ゆるいから。君を選んだ理由はほかにもあるんだよ? 空間魔法による荷物の収納とか」
サラッと切り返されて逃げ道がなくなる。さらには。
「もちろん冒険者としての君にも報酬は支払うよ。一応白の位にいるんだからね。どうだい?」
報酬まで提示されてしまい逃げ道らしかった物は完全に封鎖された。
「わかりました。行きますよ。で、報酬ってなんです?」
初めから断れる気はしていなかったので了承し、報酬について尋ねる。
「俺が昔使ってた大剣。[身体強化Ⅱ]があれば使えるような剣だから君なら余裕で扱える。剣は使えたはずだね?」
「ええ、大丈夫です。一応確認しますが白の位が持っていてもおかしくない物ですよね? 勇者の装備なんか出てきませんよね?」
「そんなもの出さないよ。安心したまえ。勇者として無名な時代に使っていたダンジョン産の大剣だ。まあ、珍しい部類だけど全くいないわけじゃない」
かつての勇者はたまに規格外の一品を出してくるのでシャレにならないことがある。修行中に出てきた魔法具で、何度も身をもって体験しただけに、天音は国王の出す品々には殊の外警戒感を持っていた。
「それなら良いんです。いつ出発ですか?」
「すぐにでも出発してくれて構わないよ。品物はもう用意はしてある。移動手段はないけどね」
「まあ位の低い冒険者ですし歩きますけど。時間がかかりますよ?」
「それは仕方ないね。空間魔法で跳躍を覚えればマシになるよ?」
「またあの修行をやるのはごめんです。祝いの品と報酬はどこで受け取りますか?」
空間魔法適性がわずかにあったために空間使いの元勇者にしごき倒されたのはそう遠い過去ではない。天音は即座に拒否し、祝い品と報酬を受け取る場所を尋ねる。
「ここにあるよ。アイテムボックスに入れておいてね」
国王の眼の前に黒い渦が発生したかと思うと、そこには大きな箱、それも大人が一人入れるかというサイズの箱と、抜き身の大剣が置かれていた。
「でか」
「まあ一国の王からのお祝いなんだから見栄は必要だよね」
「いやこっちですよ」
天音が大剣に近寄り、それを手に取るとさらに大きく見えた。
「柄の長さは約1メートル。刃渡り約1,7メートル。こしらえは日本刀。扱い的には長巻とかその辺かな。ちょうど良いから[装備強化]入れてみなよ」
国王にそう言われてスキル[装備強化・極]をかける。すると大剣に変化が現れた。
「陛下? 武器の形が変わりましたけど?」
大剣の外見が日本刀のようなものから無骨な西洋剣の形に変化したのだ。具体的には明治時代の伝説の人斬りに折られた喧嘩屋の相棒のような形だ。
「成長変化武器だからね。当然だ」
「成長変化武器?」
「簡単に言ってしまうと持ち主の強さに応じて変化していく武器。これは一度変化したらもう前の姿には戻らないんだけど、元の姿に擬態できる物もあるらしい。俺は先の状態が最大変化だったけど、やはり[装備強化]に反応したな。性能については道中人がいないところで試すように」
「どうするんですかこれ」
大きすぎて持ってられませんよ、という意味を込めて呟く天音。
「アイテムボックスに入れておいて戦闘の時だけ出せばいいよ。元々それは巨大種相手に使うために用意したものだしね。アマネは小柄だから巨大種相手には武器がほしいんじゃないかと思って用意したんだ」
そして話はお終いとばかりに立ちあがり、笑顔で宣言する。
「では、アマネ・アルリアータ。ベダン王国からの使者としてベールへのお届け物をよろしく頼むよ。それとこれは俺の祝いの言葉だから、王太子へ公爵令嬢として読むように」
国王は手紙のようなものを天音に渡し、謁見室から退場する。
国王は天音がドレス嫌いなのを知っていて尚、公爵令嬢として動かねばならぬ状況を作り上げていたのだった。
「はめられた」
謁見室に残った天音の言葉が空しく響いた。
昔は斬馬刀ってみんなああいう形をしているんだと思っていた。