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長くなった。
今何をした! 気持ち悪い! 怪物だ! 化け物! 悪魔だ! 死ね怪物! どっか行け悪魔! 消えろ! 消えろ! 消えろ!
「…………最悪の朝ね」
天音が異世界に来てから一晩が過ぎ、フカフカのベッドの中で目覚めたのだが、残念ながら夢見が悪かった。
「今更あんなもの思い出してもしょうがないでしょうに」
まるで天音が起きるタイミングを見計らったかのように(実際のところ中の様子を完全に把握した)使用人が朝食の用意ができたと伝えに現れ、天音は今朝食をとっている。国王と二人きりで。
「どうしたんだい天音ちゃん。そんな烏賊のような目をして」
「どんな目ですか。奥様たちはどうしたんです? 倦怠期ですか?」
国王の軽口に冗談を返す天音。しかし帰ってきたのは予想外の言葉であった。
「一緒に朝食をとることもあるけど少ないね。二人とも忙しいから。それに倦怠期なんて280年も夫婦なんだから何度か来てるよ。今は違うけどね」
「にひゃくはちじゅう? どう見ても20代そこそこですけど?」
「ああ、まだしっかりと自己紹介をしていなかったね。300年前に大神災を食い止めるために、日本からこの世界に召喚された勇者なんだよ、俺は。で、その報酬として勇者の力の返上と引き換えにエルフレベルの寿命を神から貰ったわけ。アリアラーナはエルフだからね。寿命は1000年程度あるし、共に生きていく方法としては妥当な選択でしょ?」
「はあ……」
「びっくりしすぎて声も出ないって感じだね」
まさしく天音の状態を言い表した言葉であった。
「さて、本題行くよ。食べ終わったようだしね」
「本題?」
「そ、君のこれからについて」
「私のこれから?」
寝起きと夢見の悪さと驚きでまともに頭が働かなくなっている天音はもはやオウム返しに返事をするだけになっている。
「君が昨日勇者じゃないって言いきったから、君のこの世界での生活を援助するために必要なことを考えてみたんだよ。勇者ならそれを援助することも当然だけど、一般人に国が援助するのもおかしいじゃない?」
「確かにそうですね」
「そこでね、アマネ・クロウ。うちの貴族になりなよ」
「はぇ?」
国王の突然の申し出に天音は間抜けな声を出してしまった。現代人の天音であっても、一国の貴族になるようなことは生半可なことではできないと思ったし、突拍子もない発言だということも分かった。
「このベダンという国では結構簡単に貴族になれるんだ。と言っても国王である俺の許可が必要だけどね。昨日君が休んだ後、上位貴族も集めて話し合いをしたんだ。君の扱いについてね。その結果、ある貴族が養女として迎え入れ、君にこの国に属してもらおうということになった。どうだろう、アマネ・クロウ。こちらとしても君の力はほしいし、君もこの世界で生きていく上で後ろ盾はほしいだろ? 他の召喚された勇者は他国に属する形になっているだろうし、君としても損はないはずだよ?」
「私が課される義務なんかがあるんじゃないですか?」
「そりゃあ貴族だからね。でも君は養女となるだけだから貴族としての義務は養父が基本的に行うだけ。君はどうせ旅をするんだろう? その時に貴族としての地位を活用してかまわないんだよ? 勿論非道な行いは許しはしないけどね。どうだい?」
国王の提案を天音は無言で検討する。天音は標準的な現代人であり、300年近く生きている目の前の国王が相手では腹芸など出来るはずもなく、考えていることは正確に読み取られていたが。そんなことには気付かずに天音は必死に考える。今の話のメリット、デメリットを天秤にかけ、結果。
「陛下のご厚意に感謝いたします」
頭を下げるのだった。
「ハハハ、受け入れてくれて何よりだ。では食事も終わったことだし、君の養父となる貴族を紹介しよう」
国王は天音を絶たせ、食堂から移動を始める。向かう先は玉座の間らしい。
「それと、当然のことながら貴族になるんだから礼儀作法は当然として、いくつかの芸術技能を修めてもらうからね」
「え」
「当然だろう? 貴族は国の顔となる存在。下手な礼儀や技能ではこの国が舐められてしまう。これからしばらくは勉強の日々だよ?」
「えぇ―……」
思いもかけない、しかし考えてみれば当然ともいえるそれでも絶句してしまう天音。更に国王は続けて言う。
「で、旅をするにしても貴族として旅に出るわけにはいかないからね? その家はあまり裕福な家ではないから護衛なんかもつけられないし、金もない。自分の身は自分で守れるようになってからだからこちらも訓練してあげる。お金は、冒険者ギルドにでも登録して稼ぐしかないかな?」
「そこはまあ、甘えるつもりはありませんでしたけど、ギルドってあるんですね」
天音の言葉に国王は苦笑し、説明する。
「あるよ。この世界は現代日本に蔓延するファンタジー世界そのままだ。この冒険者ギルドは何でも屋っていう方向性よりは魔物退治の集団かな。採取や護衛も依頼が来るけど、圧倒的に討伐系の依頼が多い。より詳しくはギルド登録の時に聞いてくればいいけど、この世界のギルド内の地位は色で分けられている」
「色、ですか」
「そ、色。カラーだね。登録したばかりの時は無色で、一定数の依頼をこなしていくと色が付く。黒、白、黄、赤、青、紫の順でね。冒険者として一人、ないしパーティで旅に出られるのは白の位からだから少なくともそこまでは上げておかないといけないね」
そこまで話して玉座の間に到着した。国王は玉座に着き、天音はその隣に立つ。玉座の間には多くのあからさまに貴族という感じの人々が多く集まっていた。国王はその面々に天音を紹介する。
「昨夜話したアマネ・クロウだ。我がベダン王国の筆頭貴族、アルリータ家に養子として入る。異論はなかったはずだな?」
「はい陛下。アルリアータ家はもう50年ほどで廃止される家ですから。特に問題はありません。その者は家を継がないのでしょう?」
天音はこの話を聞いて戦慄した。せいぜいが後継ぎの無い男爵・子爵程度の家に入ると思っていたら最高位の貴族家に入るというのだ。この後に待ちうける礼儀作法や芸術の勉強を思うと、気が重くなっていく。
そんな天音を無視して貴族と国王の話は続く。
「そうだな。というより私が認めん。アルリアータ家は近々この国に災禍をもたらす可能性がある。後継ぎもないし、廃止は令嬢であるアリアラーナも認めている。何度も蒸し返すな、ココラ公爵」
国王がそこまでいって天音に目を配る。
「アルリアータ公爵家当主、アルバラート・アルリアータ。前へ」
「はっ」
国王に呼ばれて出てきたのはエルフ族の屈強な男であった。
「自己紹介したまえ。君の娘となるのだ」
「アマネ・クロウ。私が君の保護者となるアルバラートだ。養子にするといっても君の自由を保障するための手続きに過ぎん。ただまあ、礼儀作法は頑張って覚えてくれ。娘が教えるそうだからな」
「え、あ、はい。天音です。よろしくお願いします。娘さんというのは……」
「そこに立っているだろう。王妃アリアラーナだ。養女となれば君の姉だな」
「えぇ―……」
規模の大きさにまたもや絶句してしまう天音。そこに国王の宣言が入る。
「さて、それではやってしまうか。ここにベダン国王、ジョー・ゴウト・ベダンの名において、アマネ・クロウをアルバラート・アルリアータの娘と認める。以後、その名はアマネ・アルリアータとなる。以上だ、解散せよ」
国王はそう言って貴族たちを玉座の間から追い出してしまった。貴族たちも文句は何もないようで素直に出ていく。
「さてアマネ。これから君はアルバラートの下で暮らすことになる。アリアラーナと一緒に行きたまえ。アルバラートはまだ話があるから残るように」
「では行きましょうかアマネさん」
「はい」
天音はこれからの生活を思うと非常に気を重くしていたのだが、それ以上にこの世界での生活に心を躍らせていた。
天音の異世界生活の下準備は始まった。なお、礼儀作法の習得に1カ月かかったことをここに記しておく。
次は時間が飛びます。