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「私は勇者ではないので分かりかねます」
目の前の、おそらく勇者を召喚したつもりであろう人に対してきっぱりと勇者ではない、やるつもりはないと天音は告げた。
「その召喚陣から現れながら勇者ではない、と?」
二人の女性のうち、先ほどから天音に問いかけてくるのは片方のみ。背の高い、スレンダーなスタイルの耳が尖った女性。もう一人は王冠持ちに対して無言のプレッシャーを与え続けている。
「私は勇者として召喚された覚えはありませんし、神や天使からもそれを成せとは言われていません」
そこまでいって初めて土下座中の王冠持ちが声を出す。
「あの、オレも勇者召喚をしたつもりはないんでできればこの圧力緩めてもらえると嬉しいんですが……?」
「黙りなさい、ジョー。王としての責務は自らが率先して国を守ること。そう言っていたのではなかった?」
王冠持ちの言に対して、プレッシャーをかけていたもう一人の女性――こちらは普通の耳をしたやや小さめな背丈と巨乳というアンバランスな体型をしている――が切り捨てる。
「ぐうぅ、しょうがないじゃん。異世界からこっちに道を開く方法なんてこれしか知らないんだから。神からの指示はこっちへの道をどうにか開いてくれ、ってんだからさあ」
それを聞いた二人の反応は劇的だった。即座に王冠持ちを立たせると玉座に座らせ、耳元で何かを囁く。頭を下げているところをみると謝罪しているのだろうか。
ようやく体裁らしいものを整えた三人はいつもの位置とでも呼べるものに着き、そして王が話し始めた。
「やあ、見苦しいところ見せたね。おれはこの国の王、ジョー・ベダン。この二人は俺の妻で、耳が尖っている方がエルフ族のアリアラーナ。こっちの小さいのは人族のルルイ。二人は勇者召喚の儀が心底嫌い何でおれがその陣を使っているのを見てお怒りだったんだ。この世界は『ヴァレーアラウンド』という名前。この国は『ベダン』という名前だ。神から話は聞いているよ、黒鵜天音。あのダイシンサイの被害者らしいね」
自己紹介から始まった王の話に何となくニュアンスの違いを感じた天音はそこを問う。
「ダイシンサイ?」
「そう、大神災。神が引き起こした災害のことでね。どうやら説明されてないようだね。簡単に言えばこの世界に神もどきというか、亜神と呼べる存在が、至高界での争いの影響で落ちてきたんだ。神から聞いた話では加工された魂が行方不明になったのはこの至高界での争いが原因らしいから、神災の被害者ってことだね」
「それで慰謝料が支払われたんですね」
天音も納得の背景を聞かされて、呆れてしまった。
「それで、君をこっちに召喚した国の術式から外してしまったからどうにか『ヴァレーアラウンド』に送らないといけないって言うんで神からお願いされたのさ。どうにか至高界との道を開いてくれって。その手段が勇者召喚の儀に使う召喚陣だったんだよ」
「私たちはあの儀式のせいでこの世界に来て死んでいった人を知っているから嫌いなんです」
「あの儀式があったからオレもこの世界にいる。必要なら使えばいいと思うがね。ところで、この召喚陣は勇者を召喚するが故に一つの機能が付いているんだ。わかるかい?」
王は天音に問いかける。面白そうなおもちゃを見る目をしていた。
「自分のスキルや能力を見ることができます。それに、スキルが一つ増えてる?」
「そう、勇者として召喚しても使えなくては意味がないっていうんで力を付与する機能が付いているんだ。その力についてはおいおい自分で使えるようにしていかないといけないけどね」
王はそう言って話を切り、使用人を呼ぶ。
「さて、色々あって疲れただろう? 今日は休むと良いよ。部屋は用意させてある。君のこれからについてはまた明日にしよう」
あてがわれた部屋で天音は今日起きたことについて考えを巡らせる。しかし自分の許容できる情報量を超えていると判断し、早々に眠りに着くべくベッドで目を閉じるのだった。