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革命運命  作者: 安田勇
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第二章 不美少女的世界  「1」

   

    一


「よし……。しっかりエロ本はかくれているみたいだ」  

 月矢は押入れの中で、ダンボールを開けて中身を確認した。

 一番上は国語辞典でカムフラージュをしてある。誰かが箱を開けてもつまらない本が入っていると考えて、奥までは探らないだろう。


 だが、辞典の下には金髪白人美少女のヌード写真集が、二十冊以上つめこまれていた。月矢は外人マニアであるため、持っているこの手の本の八〇%が金髪娘だった。


「オレが家を出ている間に、おやじと弟が部屋をあらすかもしれないから、念には念を入れておこう」

 エロ本で満タンになったダンボールのフタに、ガムテープをはりつけた。


 今日は再生暦四十九年。四月十一日。夢想鉄道で出発する日の朝だった。現在、月矢は最後の部屋の整理をしていた。


 何もかざり気のない六畳の和室が月矢の部屋だった。北には窓。南はリビングとつながる出入り口。西には押入れがあり、東には学習机とマンガのぎっしりつまった本棚がある。


 いつもは、ちらかっている部屋だが、前日に大そうじをしてすっきりしていた。もしかしたら、この場所に帰ることは、二度とないかもしれない。


 ダンボールの横にあった紙袋を調べると、十通以上の封筒が入っているのが目についた。ピンクやオレンジなどの派手な花柄で、あて名には『神崎月矢くん』と書かれている。


「くそ、あのバカ女からの手紙が出てきやがった」

 苦々しい気持ちになり、思わず舌打ちをする。 

 学生時代の安っぽいロマンスを、月矢は反射的に思い出した。


 同級生の後藤有香は、月矢とおなじクラスだった。目が大きくてつやのあるきれいな肌をしていた。

 月矢よりも身長は高く、背中まである長い髪が特徴だった。何よりも後藤有香は学校のセーラー服がにあっていた。月矢は足フェチではなかったが、すらりとのびた足にたまらなくそそられたのを覚えている。


『ねえねえ! 神崎君って、かっこいいとかわいいの間ぐらいの男の子だよね? あははっ! ちょっと、私のタイプかもぉ~!』


 とろけるように甘い後藤の声を思い出す。

 彼女は上級生に愛の告白をする、ひっこみじあんな清純派美少女のようなうるんだ目で、初対面の月矢を見つめてきた。その瞬間、月矢は完全に洗脳されて、彼女のとりこになってしまったのだ。

 いきなり、出入口のふすまが開いた。おたまを手にした母親が怒鳴りこんできた。


「こら月矢っ! さっさと出かけないと遅刻するよっ!」


「わ、分かってるよ。はやく、むこうへ行けって」

 後藤有香の手紙をかくしながら、手をふって母親を追いはらう。時計を見れば、午前八時を過ぎている。八時半までには、駅に行かねばならない。


「絶対にこれは人に見られたくねえ。見られるぐらいなら、死んだほうがマシだ」

 月矢は旅行用バッグを開いて、後藤の手紙が入ったビニール袋をたたきこんだ。 


 すでに鬼妖精の絵がついた緑のジャンパーと、緑のジーンズに着がえていた。

 腰にはガンベルトをまきつけてある。ホルスターにはコルト・ライトニングもおさまっている。出発の準備は完了した。   


 バッグのストラップを肩にかけて、リビングに向かう。作業着姿の父親がトーストをかじりながら、テレビのリモコンを連打していた。

 弟はワイシャツのボタンを止めて、学校の制服に着がえている。母親は台所で朝食の皿を洗っている。いつもと変わらない、神崎家の朝の光景。


 ――もう、この家ともおわかれだな。

 月矢は胸の中で、しみじみとつぶやいた。

 玄関まで来た時、うしろから追いかけてきた母親がしつこく文句を言った。


「あんた、夢想鉄道の人に迷惑をかけるんじゃないよ! ちゃんと言うことを聞くんだよ!」

「わかった、わかった。はい、はい、はい」


 月矢はいいかげんに返事をしながら靴をはいた。母親はリビングにいる父親と弟に向かってさけんだ。

「ほらぁぁ! 月矢が出かけるよぉ~!」 

 すぐに弟が玄関に顔を出した。にやにやと笑っている。

「がんばれよ、あにきぃ~! 途中で泣いて帰ってきてもなぐさめてやるから安心していいぞぉ~!」


「おまえのなぐさめなんて、いらねえよ。バカ」

 今度は父親が出てきた。弟とおなじように下品に笑いながら言った。

「月矢ぁ~! 次に帰ってくるときは、嫁をつれて来いよ。スゲエいいオンナをよぉ!」


「できりゃあ、そうしたいね。じゃあ、オレは行くから」 

月矢も笑って答えて、ドアのノブに手をかけた。

「がんばれ!」

「がんばれよ!」

「気をつけてお行きよ!」


 家族の応援を受けながら、ドアを開いて表に出る。

 三階から見わたす、静煙街の景色。今まで家を出るたびに何度も目にしてきたが、月矢はあらためて街の様子を確かめた。


 灰色の空――いつもと同じ。工場の煙突から吐き出される毒ガス――いつもと同じ。

 アスファルトの上を走るダンプカー集団――いつもと同じ。防毒マスクを口につけて、道を歩いている人間たち――いつもと同じ。


「ああ、今日で本当に、この街とはおわかれだ! できれば、街中にゲロをブッかけて、おサラバしたかったな。ハッハハッ!」


 月矢は腹の筋肉をふるわせて、吹き出すように笑った。自分で言ったことが、おかしくてたまらなかった。三階から地上へ、すべるような軽快なリズムで階段をかけ降りる。足取りは、風のように軽い。

 旅立ちの朝はこれまでにない爽快な気分だった。


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