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革命運命  作者: 安田勇
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第一章 くさった街を、かなぐり捨てて 「8」

 

 

「おお、月矢か。カギは開いてるから入っていいぞ」

 月矢が七〇五号の呼び鈴を鳴らすと、家の主はすぐに答えた。


 静煙街のはずれ。月矢の家からバスで三十分かかる距離に橋爪マンションはあった。

 七階の七〇五号が、旅立ちの前に会っておきたい人物――教授の家だった。


「おじゃまします」

 月矢は靴をぬいでリビングに向かった。四方の壁はすべて本棚であり、大量の本でうめつくされている。机、椅子、床と部屋のあらゆる場所を本は占領している。


 どれもが、何十年も前の時代に出版されたような、見た目が古くさい過去の書物ばかりだった。

 茶色に日焼けした肌。眼鏡をかけた鋭い眼光。月矢より十センチ以上身長が高いうえに、がっしりとした体格。

 長い黒髪をオールバックで後ろになでつけ、ワイシャツにネクタイ、スラックスをはいている。まくった袖からのぞく腕は、鍛えられていて太かった。


 教授と言っても弱々しいインテリには見えない。

 知的なやくざといった印象が、この男にはある。

 月矢が彼と知り合ったのは、西暦時代の遺跡発掘をしていた時だった。

おたがいに過去の遺物に興味があることがきっかけで、年は離れていたものの友人となったのだ。


「最近、変わったことはありますか?」

「西暦時代のことで、いくつか新しく分かったことがあるぞ! おまえが来たら、ぜひ見せたいと思っていたんだが――」


 月矢がたずねると教授は得意気に笑いながら、棚の中から一冊の本をぬき出す。

脚立から飛びおりて、なれた動作で着地をして見せる。大柄な男だが、見事なバランス感覚といえた。


「西暦時代には、『こんびに』というなんでも屋があったのは知ってるか? この前その様子を描いためずらしい絵を見つけたんだ。おもしろいから見てみろ」


 教授が開いた本の中には、一九九五年・こんびに想像図というイラストがあった。

『こんびに』という店では、大根やレタスを置いてある横で、ズボンやジャンパーを売っているコーナーがある。


 となりには、おりに入った犬や猫も商品としてならんでいた。

 ワニを連れて買い物にきたおばさんが、動物を興味ありそうにながめていた。西暦時代では、は虫類の動物もペットとして連れ歩くのが一般的なのだろう。


 ペットコーナーの横では『ラーメンと歯医者』の看板があった。奇妙なことに白衣を着てマスクをした医者が、なべの中のラーメンをゆでている。


 ここでは、ラーメンを食べた後。歯が痛くなった場合、すぐに治療を行うサービスをしていたのかもしれない。

「当時の『こんびに』では、床屋や病院をかねている所もあって便利だったらしい。机やタンスなどの家具や、エアコンや電気ノコギリなどの電気製品なんかも売っていたようだぞ」


「うわあぁ~、なんだか不気味な店ですねえ~」

 月矢は、悲鳴を上げた。昔の人間の悪すぎるセンスに頭痛がしそうだった。


「あと、大事なことがある! 当時のおもしろい乗り物を作ってみたんだが、それも見てくれ!」

 教授は本をそばの机に置いて、急いで奥の部屋に走り出す。リビングにもどってきた教授は、頭二つ分は身長が高くなっていた。


 両手は竹でできた二本の棒をにぎっていた。棒の下には、ふみ台があり右足と左足を乗せて立っている。月矢が今までに見たことがないような奇妙な道具だ。 

 教授は右足、左足、と交代で足を動かして進みはじめた。

「これは、西暦時代に作られた『やじうま』という乗り物だ。車やバイクのないころの移動手段だったらしい。この国ではヘイセイ時代に、多く使われていたようだ」

 教授は『やじうま』という未知の乗り物を操縦して見せた。


 歩くたびに、フローリングの床がカツン、カツンと音が鳴る。しかし、よちよち歩きの赤んぼうのようなスピードしか出ていない。


「そんなのに乗るより、フツーに歩いたほうが速くないですか?」

 素直な感想を月矢が口にすると、教授は深くうなずく。


「ああ、実際にそうだったようだ。ヘイセイ時代には『風よりも速い、超スピード!』などと宣伝されていたが、結局は子供の遊び道具になってしまったからな。ヘイセイ時代の人間は、あまり頭が良くなかったんだろう。

しかし、人間はこういう失敗をくり返しながら進歩

してきたんだ」


 教授は『やじうま』から下りて、二本の竹の棒を本棚のすみに立てかけた。急に真面目な顔になって、月矢に向きなおった。


「今日は、別れのあいさつにきたのか? おまえは明日から、夢想鉄道むそうてつどうに乗るんだろう?」

「ええ、これがその会員証です」


 月矢はジャンパーの内ポケットに手を入れて、会員証を取り出した。プラスチック製のカードで、大きさは車の免許証と同じほど。


 むっつりとした表情の月矢の顔写真がついている。それは旅立ちに必要な、身分証明書だった。

 氏名・神崎月矢。性別・男。年齢・十八歳。生年月日・再生暦三十一年・五月十八日。会員番号・〇七二――と必要最小限の情報が記入されている。 


 教授は顔を近づけて、カードをのぞきこんだ。

「どうして、旅に出ると決めたんだ?」

「この街に引っこしてきて、もう四年が過ぎました。でも、オレはこの街がどうしても好きになれなかった。キライなものは、ずっとキライなままです。いつになっても変わりませんよ」


 月矢は苦々しく答えた。いつも、この街のことを語るときは、まずい食べ物を無理やり食べさせられたような気分になってしまう。


 教授はワイシャツの胸ポケットから、タバコを取りだしてライターで火をつけた。

 セツナという名のめずらしい銘柄だ。パッケージには、二振りの刀が十字に組み合わせたイラストがついている。

 教授は白い煙を吐きながら言った。

「おまえは本当にこの街がきらいだな。まぁ、俺もこの街は好きとはいえないが」


「オレは今まで、ずっと負け犬でやられ役でした。でも、これからは人生でうまくいかなかった分を、一気に取り返してやりたいって思ってるんですよ」


 月矢は右手を目の前まで持ち上げて、にぎりしめた

。毎日のくだらない生活で、たまりつづけた不満と怒りが激しくこみ上げてくる。

 破壊をぶつける相手を求めて、のどがヒリヒリするような熱い衝動をおぼえる。


「それで、おまえは神童産業で強化戦士になる手術を受けたと……気持ちは分かるよ」

「だけど、何よりもこの人の影響が大きいですね。これが手に入らなかったら、オレは旅に出ようなんて思わなかったかもしれない」 


 月矢はジャンパーの内ポケットに手を入れて、古ぼけた一つの手帳を取り出した。名もなき旅人の書いた記録だ。

「この前、いっしょに西暦の遺跡を探検した時に見つけた物だな。確か、それは夢想街という伝説の街をめざした男の話だったよな?」


「オレもこの人みたいに、自分の街を探したいって思ったんです」

「ユートピアねえ。……西暦時代のいい資料が一つあったよ」


 教授は遠い目になって、大きくため息をついた。壁ぞいにならんでいる本棚に手をのばして、背表紙を指先でなぞりながら資料を探しはじめる。


「西暦時代は、いつごろ終わったんでしたっけ?」

「当時の時代区分で、西暦一九九五年に終了したと言うのが定説だよ。その年に原因不明の世界崩壊が起きて、長い暗黒時代に入った。

 今の再生暦は、文明復興委員会ができた後に始まっただろう?」

 教授は月矢をふり返って、そんなことも知らないのかという顔をした。


 教授の指はならんだ本棚を一段目、二段目と流れてゆき三段目で止まる。取り出した本は、月矢の手に中にある手帳と同じくらい古びていた。題名は英語で書いてあり、学のない月矢には読めなかった。教授はしおりがはさんであるページを開いた。


「これは、かなり精度が高い資料だ。西暦時代の一五一六年。トーマス・モアというイギリス人が『ユートピア』という本を出したそうだ」


「どういう本なんです?」

「びんぼう人と金持ちがいない平等な社会についての話だ。当時も今と同じように、誰もが満足して暮らせる状況じゃなかったらしい。そうした世の中をなげいて『みんなが幸せに暮らせる世界があるんだ』という希望をこめて書いた本だった」


「へえ、その男はどうなったんですか?」

「最終的には殺された。国のエライやつらが、そうした本を良く思わなかった」

「ああ、やっぱりね」 


 月矢は最初から分かっていたように肩をすくめた。いつの時代でも権力者は、自分に逆らう者を許せない、わがままで勝手な連中ばかりだと知っていた。


「この土地にも、サムライがいた時代。安藤昌益あんどうしょうえきという思想家がいて、おなじような平等的な世界を夢見ていたようだ。

 人間は誰でも、今より住み良い街や社会を求めて生きてゆくものかもしれんよ。おまえのように、ね」


 ふたたび、タバコの煙を吐くと教授は本を閉じた。

「ここから出て別の街に行っても、すぐに幸せになれるとはかぎらないだろう。だが、外に出ればここにはない何かがあるかもしれない。おまえが夢想鉄道に乗るのはいいチャンスじゃないか、月矢?」 

 

 教授の問いかけに、月矢は強くうなずいて答えた。

 静煙街で過ごす最後の夜は長くなりそうだった。











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