第一章 くさった街を、かなぐり捨てて 「5」
五
「……あの機体なら、いいんじゃないか。合格ラインだろう」
戦闘見学室の中。ガラスごしに展開される銃撃戦を見終わった谷村は、まだ湯気の立つ紙コップに口をつけながら言った。
「そう言ってもらえると、うれしいですね」
対する吉沢の表情もゆるんでいた。だが、心の中でつけくわえた。
――やっと陰陽線の能力が分かったか。愚か者め。
「この、インヨーセンとかいう強化戦士は、いくらぐらいだね?」
「総合すると、一機。五十数万円でしょうか」
「それは経済的だ。やっぱり神童を兵器化するのは、コストがかかっていけないよ。何しろ、あれは一年の経費だけで六百三十万も飛ぶからな」
「ですが、この機体ならば低コストで兵器の実戦配備ができます。しかも、手術さえすれば誰でも兵器となれますし、汎用性も広がっています。これまでの神童学院の天下も、ぐらついてくると思いますが」
吉沢は熱意こめて、説得にかかった。その必要はないだろうが、この男の好意を得るためならば、土下座をして頼みこんでもいい気持ちだった。
吉沢の思いが通じたのか、谷村は深くうなずいた。
「よし。じゃあ、今と同じインヨーセンを持つ強化戦士の量産に入ってくれ」
「かしこまりました」
吉沢は上司である谷村に向けて、深く頭を下げた。すべては予想通りの反応。この男が自分のシナリオからそれる行動を取るのは、万に一つもないと吉沢は始めから予測していた。
「あの強化戦士は、何という機体だったかね?」
「鬼妖精です」
「オニ・ヨウセイ、か。しっかり、覚えておかないとな……」
谷村は最後に残ったコーヒーをぐいっと一気飲みした。それから、紙コップをゴミ箱に投げこんで、一秒でも時間がおしいように部屋から出て行った。
別れのあいさつはなかった。
「……谷村さん、あなたが私にいばっていられる時間も、残りわずかになってきましたよ。今のうちに人生を楽しんでおいてください」
低脳男が消えたドアに向けて、吉沢は小さな声でつぶやいた。