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革命運命  作者: 安田勇
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最終章 運命法則・迎撃戦 「6」

  

   六


 すべての戦いは終わった。

 運命調律師が立ち去ると、最初に有香が月矢の前にやってきた。長時間、網の中にいたため、着ているセーラー服はしわだらけになっている。

 彼女は緊張しながら、何かを言い出そうとした。


「か、か、神崎くん、えっ……え~と」

「はい! そこで、ストップ!」 


 バックをしてきた車に合図を出すように、月矢は有香に手を向けて言葉を封じた。


「あんたがお礼を言ったり、あやまったりするのは変だ。あんたには最後の最後まで、頭の悪いふざけた女でいてもらいたい。そうすれば、オレはあんたのことを大キライのまま、お別れできる」


「な、ななっ……!」 

 出かかった言葉を、有香は苦しそうに飲みこむのが分かった。執念深い男をうらむ目つきでにらんでくる。有香の視線を完全に無視して、月矢はとなりにいた堤に質問をした。


「堤さん、この人も養神街まで乗せてやってくれない? 金ならオレがはらうから」

「お金なんてとりませんよ。私はそんなに、がめつい人間じゃないです」


 わざとらしく怒って答えると、堤はバスに向かって歩き出す。月矢は有香に向き直り、からかうような感覚でセーラー服の肩を指でちょんとつついた。


「タダでいいってさ。あんたもさっさと乗れよ」

「えっ? う……うんっ」


 有香は意味が分からない顔で、ぼうっと立っていた。数秒後、我に返ったらしく月矢にぺこりと頭を下げて、バスに走り去った。


 その場には、月矢と無傷と堕星が残された。無傷が有香と入れかわりに、月矢の前へ出てくる。

 堕星はニヤニヤ不気味に笑いながら、自分たちの様子をながめていた。横っつらを、なぐりたくなるような、腹立たしい顔だと月矢は感じた。


「あの、神崎くん……あっ! わあっ!」

 無傷が口を開いたとき、右の頬をおおっていたシール――『肌ぺったりん』がはがれた。上半分がめくれて、地の肌がむきだしになる。

とっさに無傷は手で押さえつけたが、かくされていた刀傷は、一瞬だけ月矢の目に入っていた。


「もう取れかかっているね、それ?」

「うん、汗をかくと、はがれちゃうみたい」

「じゃあ、もう取ったら」 


 月矢は無傷のシールを指でつまむと、ビリッと音を立てて強引にはがした。右目から口もとにまでつづく、生々しい二つの刀傷があらわになる。


 無傷はすかさず、手で右の頬をおおった。月矢の目から自分の傷をかくすように。


「ど、どうしてっ! か、神崎くんは、気持ち悪い人がきらいだったんじゃ……」 


 無傷は泣きそうな声を出した。黒目にはじんわりと涙がもり上がっている。信じられないという目で、月矢を見つめていた。

 しかし、月矢は悪いことをした意識はなかった。まっすぐに無傷を見つめ返して答えた。

「これでも、わたしのことが好きだといえる?――って、無傷はさっき聞いただろ?」


「え?……」

 無傷の両目が丸くなり、一瞬、涙の動きが止まる。


「オレはそのままの無傷でいいと思う。ふだんの顔が一番かわいいと思う。いくらシールをはってごまかしても、傷は消えるわけじゃないよ。だったら、何もしない方がさっぱりしてて、いい気がするんだ」


「じ、じゃあ、なんでさっきはあんな事を言ったの?」

「オレは言葉でうそをついても、やることではうそをつかないから」

「んっもう……」


 ふうっ~と、無傷は息を吐いた。瞳にたまっていた涙がゆっくり動いて、流れてゆく。でも、彼女はかすかに笑っていた。 

 右の顔に当てていた無傷の手が、そっとはなれて、三日月型の二つの傷が出てきた。

 無傷が無傷ではなくなる瞬間だった。


 あふれた涙を指でふきながら、無傷は背中を向ける。それ以上の泣き顔を月矢に見せないために。彼女も無想鉄道のバスに向かって、走り出して行った。


 最後に月矢と堕星が残された。堕星は両手を上で組み合わせると、うなり声をあげながら大きくのびをした。

「あ~あ、終わっちまったな」

「終わっちまったよ」


 楽園街。廃墟の街の大通り。夕日に照らされている夢想鉄道のバス。それを何気なく、月矢と堕星は見ていた。

 すぐにバスにもどる気は起こらなかった。興奮状態にある頭を、しばらく冷やしたい気持ちだった。

 堕星も同じ心境だったのか、ポケットからセツナを出して、一本くわえて火をつける。煙を吐きながらたずねてきた。


「あいつの話を聞いたか?」

「聞いたよ。夢も希望もへったくれもない話だった」

「やっぱり、そう思うかい」 


 くわえていたタバコをゆらしながら、堕星は苦笑いをする。自分も同じ意見だと言うように。

 月矢は堕星から視線を外して、彼方にある養神街をながめながら語り出した。


「あの男はまちがっていると思う。でも、完全にまちがっているとは言えない気がする。オレたちは、今よりいい暮らしがしたい。

 今よりマシな人生を送りたいと思って、毎日生きてるだろ? でも、現実でうまくいく奴は少ないと思うんだ。自分がその中に入れるのか、冷静に考えると不安になってくるね」


「俺はな、とにかくチャンスだけは、みんな平等にあると思うぜ。今負けている奴がずっと負けているわけじゃないし、今勝っている奴がずっと勝っているわけでもない。うまくいかない時でも、最後までねばった奴が勝負に勝つと思うけどな」


「いや、問題はそれだけじゃないんだ」

 月矢は強く首を横にふって、言い返した。


「オレは今まで、自分だけがうまくいくことを考えていた。でも夢想鉄道に来てから、本当にそれでいいのか、分からなくなっている。

 これまで、オレは自分が一番不幸な人間だと思っていたけど、オレより不幸な人間なんて現実にはくさるほどいるんだ。

そうした人達をほったらかしにして、自分だけが得をするのは、何かがおかしいって今は感じる……」


 月矢が言い終える前に、大音量のバスのクラクションが聞こえた。

 運転席から堤が顔を出して怒鳴ってきた。


「こらぁ~! みんな待ってるんだから、早く来なさい! それとも、養神街まで二人で歩いて帰るの? マラソンでもやる気だったらとめないけど」 


 無傷と有香も、窓からこちらを見て笑っている。どれだけ真剣な話をしていても、はなれている彼女たちには聞こえていないらしい。


「やべえ、やべえ! マラソン大会に出るのは、俺はゴメンンだぜ!」


 あわてて堕星はタバコを吐き出すと、靴でふみつけて火を消した。

 全力で走り出そうとしたが、二、三歩進んだ所で堕星はブレーキをかけた。てれ笑いを浮かべて月矢をふり返った。


「神崎ちゃんみたいな男って、俺はけっこう好きだぜ。ひねくれ者で、野良犬みたいに狂暴で、だけど……大事なことをちゃんと分かってる野郎がさ」


「男に好かれたって、うれしくもなんともねえよ」 

 月矢はにべもなく答える。堕星は腹をかかえて、大笑いをした。


「まったく、その通りだ! 好かれるなら、女の方がいいよなあ! 俺もたくさんの若いネエちゃんに好かれたいもんだぜ!」 


 堕星は下品に笑いながら、あらためてバスに走りはじめた。

 月矢は一人になった時、背広の内ポケットから古びた小さな手帳を取り出した。この手帳だけは、どんなときでも持ち歩くことにしているのだ。一ページ目を開いて、文字に目を走らせる。


「ユートピアとはギリシャ語で『どこにも存在しない所』か。最後に、この男はユートピアにたどりつけたのかな? どうだったんだろう……?」


 静煙街の遺跡で発見した旅人の手帳。読み返すたびに力づけられ、はげまされる旅人の記録。

 考えてみれば、不思議だった。自分はこの手帳を手に入れたことにより、旅立ちの決意をして、夢想鉄道に入ることを選び、今ここにいる。


 この手帳が手に入らなかったら、自分はどうしていたのだろう。

 まだ、汚れた静煙街の中でつまらない人生を、送っていたのだろうか。そんな事が、ふと思い浮かんだ。

 名も無き旅人の記録を読み終えると、月矢は背広の中にしまいこんだ。


「やっぱり、オレはこいつみたくなりたい。それが手に入らないとしても、オレは自分の街を探したい。自分ができることは全部やらないと、絶対にあきらめることなんか、できないんだ」


 運命に逆らうトラベラーのつぶやきが、春風に乗って廃墟の街に流れた。

                     


           〈革命運命・完〉




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