最終章 運命法則・迎撃戦 「1」
一
「俺たちが神童会でやることは突っ立ってるだけだ。ボディガードと言っても、特に仕事はねえんだよ」
堕星は投げやりな言い方で月矢に説明をした。今日の堕星は夢想鉄道の制服ではなく、黒のスーツ姿。おまけに濃いサングラスもかけている。
月矢もワイシャツを着てネクタイをしめて、黒の背広に身をつつんでいた。
昨日、わたされたMサイズの貸し衣装だった。服の下にはガンベルトも、まいていた。
どちらも一目で護衛とわかる、わざとらしい外見といえるだろう。
今日は神童会の開催日。月矢たちは養神街・市民文化会館の大ホールに来ていた。
会場の広さは、並の映画館の五倍ほどはある。
席は上下二階にわかれており、すべてが埋まれば二千人は客を集めることはできそうだった。
子供から老人まで、正装をした様々な男女がホールを動き回っていた。少なくとも五百人はこえているだろうか。開会が近づくにつれて、客の数はさらに増えるにちがいない。
月矢はとなりにいた堕星の腕をつついてたずねた。
「無傷はこのコンテストで、何をやるんだ?」
「特に何もしねえ。この祭は、出てきた神童に審査員が点数をつけて賞を決める、美人コンテストみたいなもんだ。あの子が出場する部門は十代少女の部だから、その中で色々言われて終わりだろ」
「つまんねえな。超能力でも見せてくれれば、おもしろいのに」
「でも、このコンテストには裏がある。神童ってのは、カネがなる木なんだ。ここには神童と結婚したい男と女どもが集まってくる。売れすじの神童と結婚できりゃあ、貴族みたいな大金持ちになれるからな。
しかも、神童から生まれた自分の子供も神童である可能性が高い。うまくいけば、親子セットでカネもうけできるっていう寸法だ」
「へえ~。そいつは、ものすごくいい話だ」
月矢は思わず喜んでいた。頭の中では、神童と結婚して大金持ちになった自分の姿が、イメージとしと浮かんでいる。
「だけど神童の方も、ただの一般人とは結婚しない。すげえ財産があるとか、たくさん土地を持ってるとか、少しでも条件のいいヤツを選ぶだろうからなあ」
「はいはい……エリートと金持ちだけが、クソみたいな取引をできるわけだ」
月矢はげんなりとした気分になった。自分のような下流家庭出身のびんぼう人と結婚したい女は、一人もいないだろう。
「クソみたいな取引とは、うまいこと言うねえ……おっと! 神童のネエちゃんたちが出てきたぜ」
堕星に言われて、月矢は会場の出入口を見た。
二十人以上の神童の少女が、列を作って会場に入ってくる。彼女たちは色とりどりのドレスを着て、他の客よりも目立っていた。
月矢は堕星といっしょに真剣な目で、少女たちを観察した。
「無傷ちゃんはどこにいるんだろ? 堤ちゃんのスーパーメイクで、超美人に変身してるはずだから……」
「おい、見ろよ! あの女の子、すごいキレイだと思わないか? まさに、オレのタイプだ!」
月矢は神童の少女の一人に指を向けた。
「どれどれぇ~? どの子だってぇ~?」
堕星の顔は、だらしないほどニヤついていた。二人は一瞬で無傷のことを忘れていた。今は美人探しに夢中になっている。
十メートルほど先に月矢が一目ぼれした少女がいた。年齢は十六、七歳ほど。
身長は百六十五センチ前後。彼女は紫のドレスを着ている。そでとスカートのすそに、ひらひらした白いレースがついているのが特徴だ。
「ええぇっ~! あっ、あ、あの子かぁぁっ~!」
すっとんきょうな声を、堕星は上げた。サングラスを取ると裸眼になって、その少女に注目する。
「オレはあの人をこえる美人を、今まで見たことがない! 顔もかわいいし、スタイルも最高! しかも、上品で真面目そうな感じがして性格も良さそうだ! ああ……たまんねえ! オレはああいう女の子がタイプなんだよ!」
体中から湯気が出そうなほどの興奮状態。
月矢は身も心も完全に彼女のとりこになっていた。かつて自分が女という性別に、ここまで心をゆさぶられたことが、あっただろうか。
下流家庭出身の自分には、神童は手のとどかない存在という常識が、頭からすっぽりぬけ落ちている。
「……ちょっと、これ、あずかってくれ」
腰のガンベルトを外して、堕星の手に押しつけた。
「おい、待ちな! 商売道具なんざ、俺にわたしてどうする気だ?」
「あの子に声をかけたいんだ。銃なんか持ってったら、やばいだろう」
「ほ、ほ、本当に行くのか?」
堕星は何かを訴えかける目をしていた。自殺志願者を引き止めるような、深刻さがにじみ出ている。
見知らぬ美少女に視線をロックオンしたまま、月矢は早口で言い返した。
「あたり前だろ。これは、知らない女の子と仲良くなるチャンスだ。それも、結婚してもいいと思うぐらい、すばらしい人なんだぞ」
「し、知らない女の子だってぇ? だってよ、あの子ってあの子だぜぇ?」
バカじゃないのか、と言いたげな堕星の口ぶり。月矢は頭に血が集中するのを感じた。 なぜ、そこまで自分の邪魔をするのか分からない。
「オレは何が何でも行くぞ。早く行かないと、他の野郎に取られちまう」
「お、おい! おい! ちょっと、待て!」
月矢は堕星の制止を聞かず、見知らぬ美少女に向かって歩き出す。
ただし、いきおいに乗って出てきたものの、頭の中はまっ白だ。一人になると、急に興奮がさめて重大な問題があることに気づいた。
――そ、そういえば、オレはこういう経験があんまりなかったんだ! ま、まずいな……。知らない女に、どうやって声をかければいいんだろう?
――いやいや、話の内容なんてどうでもいい。とにかく、話しかけよう。何でもいいから、しゃべってチャンスを作れば……。
月矢は何も話題の準備がなかったが、がむしゃらな心境で、紫のドレスの女の子に近づいてゆく。
他の神童の少女たちは互いに顔見知りらしく、雑談に熱中していた。
しかし、目標となる少女だけは親しい相手はいないのか、一人でヒマを持てあましているように見えた。今がチャンスだと思い、月矢は声をかけた。
「や、やぁ……」
女の子がふり向いた。彼女はえりあしの髪を上にまとめあげて、アップにしていた。
長いまつげと大きな黒目が、自分をまっすぐに見つめている。
その鼻は高く、口紅をぬった唇はさえた赤。
彼女の顔はうすいピンク色で、輝くようにつやのある肌だ。なによりも男としては、ドレスの上から見え
る彼女の胸のふくらみが、イヤになるぐらい目についてしまう。
――うわぁぁ! こ、こ、こんなに、キレイな人だったのよ! ま、まっすぐに見られないぜ!
少女と目が合ったとたんに、月矢は視線を床に落とした。顔と体が急に熱くなる。今の体温は四十度をこえているかもしれない。
この少女の美しさとくらべれば、今の自分がどうしようもなく、安っぽい男だと感じた。
「あ、あ、あの……君は神童会に参加する人だろ?」
しぼり出した声で、どもりながら言った。上目づかいで相手の様子を確かめる。
紫のドレスを着た女の子は、何も言わず、目をパチパチさせていた。いきなりやってきた見知らぬ男を見て、びっくりしているらしい。
――ま、まずい! 変なヤツだと思われたかもしれないぞ!
月矢は猛烈にあせった。冷や汗が顔中を、ドロドロに流れるのを感じる。
ほんの少しの相手のリアクションが、命にかかわるほど重大に思えてしまう。今の自分にとって、彼女に嫌われることは死に等しい。
何とか自分のことを見なおしてもらうため、切り札のセリフを出した。
「ここにいた女の子の中で、君が一番。きれいでかわいい女の子だった」
「えぇ~? ほ、本当に~?」
女の子はこまったような、うれしそうな表情に変わった。頬が真っ赤になっている。
口はかすかに笑っているように見える。
――よし、いける! その調子で行け! 神崎月矢!
調子が出てきた月矢は、スピードに乗って自己紹介を一気にまくしたてた。
「お、オレは、神崎月矢って言うんだ。夢想鉄道でトラベラーをやってる」
「そ、そ……うなの?」
目の前の女の子が笑いをこらえたような、不自然な顔つきをしているのに月矢は気づいた。
しかし、自分のように緊張しているのだろうと好意的に判断しながら、話しつづける。
「神童会が終わったら、時間はあるかな? 君と少し話がしたいんだけどさ」
「少しじゃなくて毎日ずっと話してもらえれば、わたしはうれしいんだけどなあ~」
奇妙にはずんだ声の少女の返事。明らかに何か様子がおかしい。
そんな都合のいい反応があるわけがないと、頭では思う。だが、自分はからかわれているのだと月矢は感じた。
「い、いや、そんなに手間は取らせないよ。ただ、君のような女の子と少しでも仲良くなれれば、お、オレはうれしいんだ。じ、じゃあ、また後で」
異常なほど、緊張していた。自分が何を言っているのか、判断できない。この少女と話せただけで胸がい
っぱいになり、他のことまで気が回らない。
彼女からはなれて二、三歩進んだとき、大事なことを思い出した。月矢はもう一度少女に近づいた。
「ああっ、そうだった! 君の名前を教えてくれ!」
「無傷儚です」
少女は真面目な顔で、はっきり答える。
「そうか、ムキズさんて言うのか。めずらしい名字だな。ん?……何だってえぇ!」
「あははっ! やっと、わかったぁ? 神崎くん、真剣な顔してるんだもの。『わたし無傷です』なんて、言えなかったよ~! あっはっはっはぁ~!」
見知らぬ少女――無傷は大笑いをした。お腹をかかえて、思いきり笑い転げている。
月矢は頭がぼうぜんとした。あまりの自分のバカらしさに衝撃を受けて、ぽかんと口を開けたまま体がかたまった。
ひとしきり笑った後、無傷は目に浮かんだ涙をぬぐいながら言った。
「ごめんね~。わたしだって、わからなかった? 今はね、顔にシールをはって傷をかくしてるんだ。それをはると皮膚となじんで、もとの肌が見えなくなるんだって。『肌ぺったりん』っていう名前なんだけど知ってる?」
「い、いや……」
月矢は首を横にふった。うまい言葉が出てこない。
「神童産業から出た新商品を、堤さんが買ってきてくれたんだよ。でも、うれしい! 神崎くんが、そんなにほめてくれるなんて、思わなかったから!」
最高の笑顔で無傷は微笑んでいた。彼女がこんな顔をするのを、初めて見た気がした。
彼女も笑う時があるのだと、月矢は初めて知った。
これ以上、自分のまぬけヅラを見せるわけにもいかないので、月矢は堕星のいる位置へ急いで引き上げた。
「バカだ! バカだ! 大バカだ! オレは、本当にバカなやつだぁ~!」
頭を両手でかきむしりながら己の愚かさを呪う。今までの人生の中で数々の失敗をしたが、ここまでバカげた事件を起こしたことがあるだろうか。
一部始終を見ていた堕星が、ぽんと月矢の肩をたたいた。ヘラヘラ笑いながら、冷やかしてきた。
「知らない女の子と、仲良くなれて良かったなあ」
「うるせえよ!」
月矢はヤケになって、堕星の足をふみつぶした。
「いでええっ!」
堕星は悲鳴を上げながら片足でジャンプをして、痛みをこらえていた。
神童会は退屈な内容だった。前半は十代少年の部と、二十代青年の部からスタートした。まず、ステージの上に、見知らぬ神童の若い男たちが登場する。
一人づつ自己紹介をして、司会が連中の今までの成績をほめまくるコメントを出す。
最後に審査員たちが賞を決めて、女たちがキャーキャー騒ぐ。
観客が拍手をした後は、新しい別の男たちが登場……という流れが、何度もくり返された。
ステージに近い一階の前列が月矢たちの席で、出演者がはっきり見えた。だが、つまらないものが良く見えても苦痛だった。
始まって三十以内に、月矢は腕組みをして堂々と居眠りをした。どれだけの色男か美男子かは知らないが、男の顔を見ても楽しくも何ともない。
ガクガクと頭をゆらせて、夢の中をさまよっている時、肩をたたかれた。
「神崎くん、起きなさい。いつまで寝てるの」
はっとなって、月矢は目を開いた。右に怒った堤の顔が見えた。
今日の彼女は紺色のジャケットとスカートが対になった服――カーディガン・スーツを着て正装をしている。
どこの会社にでもいそうなOLみたいだった。
「ほら、儚ちゃんが賞をもらう所よ。それぐらい見なさい」
「はいよ、もう目がさめました」
頭の中は半分以上眠りつづけていたが、あくびをしながら答える。
口についていたよだれを、手の平でぬぐう。今までかなり情けない顔で自分は寝ていたのかもしれない。
ステージの上には、選びぬかれた五人の神童の少女たちが一列にならんでいる。
彼女たちは緊張した顔で、結果発表を待っていた。月矢の寝ている間に、イベントは後半に進んでいたのだろう。
「十代少女の部。特別賞受賞は……無傷儚さんです!」
司会が無傷の名を呼ぶと、会場から耳が痛くなりそうな大きな拍手が鳴る。無傷は審査員長に礼をして、出された金色のトロフィーを受け取った。
彼女は笑顔で観客に向きなおり、スカートのすそを軽くつまむと、ひざをかがめた。貴族のお嬢さまのように、あいさつをして見せた。
前よりも大きな拍手が、会場からわきあがる。左の席にいる堕星も手をたたきながら、月矢と堤にだけ聞こえる小さな声で、ささやいた。
「こうして見てるとよ、あの子ってアイドルみたいな感じがしねえか? 何だかんだ言っても、やっぱり、無傷ちゃんは神童だって気がするぜ」
月矢は何も答えず、ステージにいる無傷を見上げた。
今の堕星の一言で、眠気が完全にふき飛んだ。
――なんだか、あの子が遠くに行っちまった感じがするな。
一般人である自分と級外神童とはいえ神童である無傷。簡単に埋めることができない、深い溝があるのを月矢は感じた。




