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革命運命  作者: 安田勇
31/38

最終章 運命法則・迎撃戦 「1」

  

   一


「俺たちが神童会でやることは突っ立ってるだけだ。ボディガードと言っても、特に仕事はねえんだよ」 


 堕星は投げやりな言い方で月矢に説明をした。今日の堕星は夢想鉄道の制服ではなく、黒のスーツ姿。おまけに濃いサングラスもかけている。


 月矢もワイシャツを着てネクタイをしめて、黒の背広に身をつつんでいた。

昨日、わたされたMサイズの貸し衣装だった。服の下にはガンベルトも、まいていた。


 どちらも一目で護衛とわかる、わざとらしい外見といえるだろう。

 今日は神童会の開催日。月矢たちは養神街・市民文化会館の大ホールに来ていた。 


 会場の広さは、並の映画館の五倍ほどはある。

 席は上下二階にわかれており、すべてが埋まれば二千人は客を集めることはできそうだった。


 子供から老人まで、正装をした様々な男女がホールを動き回っていた。少なくとも五百人はこえているだろうか。開会が近づくにつれて、客の数はさらに増えるにちがいない。

 月矢はとなりにいた堕星の腕をつついてたずねた。


「無傷はこのコンテストで、何をやるんだ?」

「特に何もしねえ。この祭は、出てきた神童に審査員が点数をつけて賞を決める、美人コンテストみたいなもんだ。あの子が出場する部門は十代少女の部だから、その中で色々言われて終わりだろ」


「つまんねえな。超能力でも見せてくれれば、おもしろいのに」

「でも、このコンテストには裏がある。神童ってのは、カネがなる木なんだ。ここには神童と結婚したい男と女どもが集まってくる。売れすじの神童と結婚できりゃあ、貴族みたいな大金持ちになれるからな。


 しかも、神童から生まれた自分の子供も神童である可能性が高い。うまくいけば、親子セットでカネもうけできるっていう寸法だ」


「へえ~。そいつは、ものすごくいい話だ」

 月矢は思わず喜んでいた。頭の中では、神童と結婚して大金持ちになった自分の姿が、イメージとしと浮かんでいる。 

「だけど神童の方も、ただの一般人とは結婚しない。すげえ財産があるとか、たくさん土地を持ってるとか、少しでも条件のいいヤツを選ぶだろうからなあ」


「はいはい……エリートと金持ちだけが、クソみたいな取引をできるわけだ」

 月矢はげんなりとした気分になった。自分のような下流家庭出身のびんぼう人と結婚したい女は、一人もいないだろう。


「クソみたいな取引とは、うまいこと言うねえ……おっと! 神童のネエちゃんたちが出てきたぜ」

 堕星に言われて、月矢は会場の出入口を見た。


 二十人以上の神童の少女が、列を作って会場に入ってくる。彼女たちは色とりどりのドレスを着て、他の客よりも目立っていた。

 月矢は堕星といっしょに真剣な目で、少女たちを観察した。

「無傷ちゃんはどこにいるんだろ? 堤ちゃんのスーパーメイクで、超美人に変身してるはずだから……」


「おい、見ろよ! あの女の子、すごいキレイだと思わないか? まさに、オレのタイプだ!」

 月矢は神童の少女の一人に指を向けた。


「どれどれぇ~? どの子だってぇ~?」 

 堕星の顔は、だらしないほどニヤついていた。二人は一瞬で無傷のことを忘れていた。今は美人探しに夢中になっている。


 十メートルほど先に月矢が一目ぼれした少女がいた。年齢は十六、七歳ほど。

身長は百六十五センチ前後。彼女は紫のドレスを着ている。そでとスカートのすそに、ひらひらした白いレースがついているのが特徴だ。


「ええぇっ~! あっ、あ、あの子かぁぁっ~!」

 すっとんきょうな声を、堕星は上げた。サングラスを取ると裸眼になって、その少女に注目する。


「オレはあの人をこえる美人を、今まで見たことがない! 顔もかわいいし、スタイルも最高! しかも、上品で真面目そうな感じがして性格も良さそうだ! ああ……たまんねえ! オレはああいう女の子がタイプなんだよ!」  


 体中から湯気が出そうなほどの興奮状態。

 月矢は身も心も完全に彼女のとりこになっていた。かつて自分が女という性別に、ここまで心をゆさぶられたことが、あっただろうか。

 下流家庭出身の自分には、神童は手のとどかない存在という常識が、頭からすっぽりぬけ落ちている。


「……ちょっと、これ、あずかってくれ」


 腰のガンベルトを外して、堕星の手に押しつけた。

「おい、待ちな! 商売道具なんざ、俺にわたしてどうする気だ?」


「あの子に声をかけたいんだ。銃なんか持ってったら、やばいだろう」 

「ほ、ほ、本当に行くのか?」


 堕星は何かを訴えかける目をしていた。自殺志願者を引き止めるような、深刻さがにじみ出ている。

 見知らぬ美少女に視線をロックオンしたまま、月矢は早口で言い返した。


「あたり前だろ。これは、知らない女の子と仲良くなるチャンスだ。それも、結婚してもいいと思うぐらい、すばらしい人なんだぞ」


「し、知らない女の子だってぇ? だってよ、あの子ってあの子だぜぇ?」

 バカじゃないのか、と言いたげな堕星の口ぶり。月矢は頭に血が集中するのを感じた。 なぜ、そこまで自分の邪魔をするのか分からない。


「オレは何が何でも行くぞ。早く行かないと、他の野郎に取られちまう」

「お、おい! おい! ちょっと、待て!」 


 月矢は堕星の制止を聞かず、見知らぬ美少女に向かって歩き出す。

 ただし、いきおいに乗って出てきたものの、頭の中はまっ白だ。一人になると、急に興奮がさめて重大な問題があることに気づいた。


 ――そ、そういえば、オレはこういう経験があんまりなかったんだ! ま、まずいな……。知らない女に、どうやって声をかければいいんだろう?

 ――いやいや、話の内容なんてどうでもいい。とにかく、話しかけよう。何でもいいから、しゃべってチャンスを作れば……。 


 月矢は何も話題の準備がなかったが、がむしゃらな心境で、紫のドレスの女の子に近づいてゆく。

 他の神童の少女たちは互いに顔見知りらしく、雑談に熱中していた。


 しかし、目標となる少女だけは親しい相手はいないのか、一人でヒマを持てあましているように見えた。今がチャンスだと思い、月矢は声をかけた。


「や、やぁ……」


 女の子がふり向いた。彼女はえりあしの髪を上にまとめあげて、アップにしていた。 

長いまつげと大きな黒目が、自分をまっすぐに見つめている。


 その鼻は高く、口紅をぬった唇はさえた赤。

彼女の顔はうすいピンク色で、輝くようにつやのある肌だ。なによりも男としては、ドレスの上から見え

る彼女の胸のふくらみが、イヤになるぐらい目についてしまう。


 ――うわぁぁ! こ、こ、こんなに、キレイな人だったのよ! ま、まっすぐに見られないぜ!

 少女と目が合ったとたんに、月矢は視線を床に落とした。顔と体が急に熱くなる。今の体温は四十度をこえているかもしれない。


 この少女の美しさとくらべれば、今の自分がどうしようもなく、安っぽい男だと感じた。


「あ、あ、あの……君は神童会に参加する人だろ?」

 しぼり出した声で、どもりながら言った。上目づかいで相手の様子を確かめる。

 紫のドレスを着た女の子は、何も言わず、目をパチパチさせていた。いきなりやってきた見知らぬ男を見て、びっくりしているらしい。


 ――ま、まずい! 変なヤツだと思われたかもしれないぞ! 


 月矢は猛烈にあせった。冷や汗が顔中を、ドロドロに流れるのを感じる。

 ほんの少しの相手のリアクションが、命にかかわるほど重大に思えてしまう。今の自分にとって、彼女に嫌われることは死に等しい。

 何とか自分のことを見なおしてもらうため、切り札のセリフを出した。


「ここにいた女の子の中で、君が一番。きれいでかわいい女の子だった」

「えぇ~? ほ、本当に~?」 

 女の子はこまったような、うれしそうな表情に変わった。頬が真っ赤になっている。

 口はかすかに笑っているように見える。


 ――よし、いける! その調子で行け! 神崎月矢!

 調子が出てきた月矢は、スピードに乗って自己紹介を一気にまくしたてた。

「お、オレは、神崎月矢って言うんだ。夢想鉄道でトラベラーをやってる」


「そ、そ……うなの?」

 目の前の女の子が笑いをこらえたような、不自然な顔つきをしているのに月矢は気づいた。

しかし、自分のように緊張しているのだろうと好意的に判断しながら、話しつづける。


「神童会が終わったら、時間はあるかな? 君と少し話がしたいんだけどさ」

「少しじゃなくて毎日ずっと話してもらえれば、わたしはうれしいんだけどなあ~」 


 奇妙にはずんだ声の少女の返事。明らかに何か様子がおかしい。

 そんな都合のいい反応があるわけがないと、頭では思う。だが、自分はからかわれているのだと月矢は感じた。


「い、いや、そんなに手間は取らせないよ。ただ、君のような女の子と少しでも仲良くなれれば、お、オレはうれしいんだ。じ、じゃあ、また後で」


 異常なほど、緊張していた。自分が何を言っているのか、判断できない。この少女と話せただけで胸がい

っぱいになり、他のことまで気が回らない。

 彼女からはなれて二、三歩進んだとき、大事なことを思い出した。月矢はもう一度少女に近づいた。


「ああっ、そうだった! 君の名前を教えてくれ!」

「無傷儚です」


 少女は真面目な顔で、はっきり答える。

「そうか、ムキズさんて言うのか。めずらしい名字だな。ん?……何だってえぇ!」


「あははっ! やっと、わかったぁ? 神崎くん、真剣な顔してるんだもの。『わたし無傷です』なんて、言えなかったよ~! あっはっはっはぁ~!」 


 見知らぬ少女――無傷は大笑いをした。お腹をかかえて、思いきり笑い転げている。

 月矢は頭がぼうぜんとした。あまりの自分のバカらしさに衝撃を受けて、ぽかんと口を開けたまま体がかたまった。

 ひとしきり笑った後、無傷は目に浮かんだ涙をぬぐいながら言った。


「ごめんね~。わたしだって、わからなかった? 今はね、顔にシールをはって傷をかくしてるんだ。それをはると皮膚となじんで、もとの肌が見えなくなるんだって。『肌ぺったりん』っていう名前なんだけど知ってる?」

「い、いや……」


 月矢は首を横にふった。うまい言葉が出てこない。

「神童産業から出た新商品を、堤さんが買ってきてくれたんだよ。でも、うれしい! 神崎くんが、そんなにほめてくれるなんて、思わなかったから!」


 最高の笑顔で無傷は微笑んでいた。彼女がこんな顔をするのを、初めて見た気がした。

彼女も笑う時があるのだと、月矢は初めて知った。


 これ以上、自分のまぬけヅラを見せるわけにもいかないので、月矢は堕星のいる位置へ急いで引き上げた。

「バカだ! バカだ! 大バカだ! オレは、本当にバカなやつだぁ~!」


 頭を両手でかきむしりながら己の愚かさを呪う。今までの人生の中で数々の失敗をしたが、ここまでバカげた事件を起こしたことがあるだろうか。

 一部始終を見ていた堕星が、ぽんと月矢の肩をたたいた。ヘラヘラ笑いながら、冷やかしてきた。


「知らない女の子と、仲良くなれて良かったなあ」

「うるせえよ!」 

 月矢はヤケになって、堕星の足をふみつぶした。

「いでええっ!」

堕星は悲鳴を上げながら片足でジャンプをして、痛みをこらえていた。


 神童会は退屈な内容だった。前半は十代少年の部と、二十代青年の部からスタートした。まず、ステージの上に、見知らぬ神童の若い男たちが登場する。


 一人づつ自己紹介をして、司会が連中の今までの成績をほめまくるコメントを出す。

 最後に審査員たちが賞を決めて、女たちがキャーキャー騒ぐ。

 観客が拍手をした後は、新しい別の男たちが登場……という流れが、何度もくり返された。 


 ステージに近い一階の前列が月矢たちの席で、出演者がはっきり見えた。だが、つまらないものが良く見えても苦痛だった。


 始まって三十以内に、月矢は腕組みをして堂々と居眠りをした。どれだけの色男か美男子かは知らないが、男の顔を見ても楽しくも何ともない。

 ガクガクと頭をゆらせて、夢の中をさまよっている時、肩をたたかれた。


「神崎くん、起きなさい。いつまで寝てるの」


 はっとなって、月矢は目を開いた。右に怒った堤の顔が見えた。

 今日の彼女は紺色のジャケットとスカートが対になった服――カーディガン・スーツを着て正装をしている。

 どこの会社にでもいそうなOLみたいだった。


「ほら、儚ちゃんが賞をもらう所よ。それぐらい見なさい」

「はいよ、もう目がさめました」


 頭の中は半分以上眠りつづけていたが、あくびをしながら答える。

 口についていたよだれを、手の平でぬぐう。今までかなり情けない顔で自分は寝ていたのかもしれない。


 ステージの上には、選びぬかれた五人の神童の少女たちが一列にならんでいる。

 彼女たちは緊張した顔で、結果発表を待っていた。月矢の寝ている間に、イベントは後半に進んでいたのだろう。


「十代少女の部。特別賞受賞は……無傷儚さんです!」

 司会が無傷の名を呼ぶと、会場から耳が痛くなりそうな大きな拍手が鳴る。無傷は審査員長に礼をして、出された金色のトロフィーを受け取った。


 彼女は笑顔で観客に向きなおり、スカートのすそを軽くつまむと、ひざをかがめた。貴族のお嬢さまのように、あいさつをして見せた。

 前よりも大きな拍手が、会場からわきあがる。左の席にいる堕星も手をたたきながら、月矢と堤にだけ聞こえる小さな声で、ささやいた。


「こうして見てるとよ、あの子ってアイドルみたいな感じがしねえか? 何だかんだ言っても、やっぱり、無傷ちゃんは神童だって気がするぜ」


 月矢は何も答えず、ステージにいる無傷を見上げた。

 今の堕星の一言で、眠気が完全にふき飛んだ。

 ――なんだか、あの子が遠くに行っちまった感じがするな。

 一般人である自分と級外神童とはいえ神童である無傷。簡単に埋めることができない、深い溝があるのを月矢は感じた。

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