第五章 ゴミのような現実を、たたきつぶせ 「5」
五
もう二度と来るつもりがなかった場所――天才亭。月矢はホテル内に入るとわき見もせず早足で歩いた。
「……次に会ったら、殺す。絶対におまえをブッ殺してやる。おまえの死体を便所に流して、下水処理場に送ってやる」
何度も口に出して、運命調律師に呪いをかけた。あの男と出会ったときの不快な気持ちは、簡単には消えそうにはない。今の自分は、死ぬほど目つきが悪いだろうと頭のすみで感じた。
一階のロビーを通って階段へ向かう。エレベーターを待つ時間がおしいため、仲間たちがいる五階まで、階段を使うつもりだ。
「わあぁ~。だめだ。うまくいかなぁ~い」
途中で堤の声が聞こえた。いくつかのテーブルと椅子がロビーにはあったが、右はじの席に、無傷と堤が向き合って座っていた。
無傷は人形のように、じっと姿勢を正している。堤は手にしているビューラーで、無傷のまつ毛をいじっていた。
テーブル上には、口紅や化粧品のビンやコンパクトや、チーク――書道のふでのような形をした道具や、メイクの専門書が広がっている。
二人は神童会のために練習をしている最中らしい。堤は本の中の美人モデルと、実際の無傷をくらべて不満そうにため息をついていた。
「堕星がどこにいるか、知らないか?」
月矢は二人のそばに近づいて声をかけた。
「あれ? なんか神崎くん、顔色が悪いんじゃない?」
堤は本から顔を上げると、月矢を見つめながら心配そうに言う。いちいち自分の不機嫌の理由を、説明するのがだるいため、なげやりに月矢は答えた。
「今のオレは、誰でもいいから人をブッ殺したい気分なんだよ」
「なっ、なっ、なっ!」
おどろいた堤は、持っていたメイクの本を床に落とした。無傷が床にしゃがみこんで、かわりに拾いながら答えた。
「堕星さんなら、さっき洋服を借りて帰ってきたみたいだけど」
「わかった」
月矢は早口で答えて急いで階段に行こうとした。そこへ、堕星がタイミングよくロビーに入ってきた。手にはハンガーにかかった黒い背広を持っている。服はクリーニングに出した後のように、ビニールで包まれていた。
「おう、神崎ちゃん! 明日の衣装を借りてきてやったぜ! お前さんはちっこいから、Mサイズでもいいよなぁ?」
「そんなことより、堕星。未成年に銃の弾を売ってくれる売人を知らないか? だめなら、やばい店でもいいから教えてくれよ」
月矢はビニール入りの背広を、受け取りながらたずねた。
「おいおい、どうしたんだぁ? いきなり、ぶっそうなこと言い出して」
「バンバン撃ってたら、弾がなくなりやがった。新しいやつが欲しい」
月矢は腰のガンベルトを引いて、弾がカラになったループを見せた。
堕星は急に深刻そうな顔をした。人の目がとどかない近くの柱に月矢を引っぱりこんで、わざとらしいほど声をひそめて言った。
「……た、弾がなくなったってえ? 誰かとやりあったのか? もしかして、また新しい追っ手が、無傷ちゃんを狙ってきたっていうのか?」
「無傷のことを知ってる神童と出会って、撃ち合いをした。白黒の仮面をつけたキザ野郎で、死ぬほど頭にくることを言う奴だった」
月矢は吐き捨てるように答えた。あの男のことを思い出すと、どうしても熱い怒りがこみあげてくる。堕星の顔つきも、さらにしぶいものとなった。
「ああ、俺も知ってる。運命ナントカ屋って奴だろ?かなりヤバイ奴だよな」
「ええっ? 堕星も、あいつを知ってるのか?」
「俺も夢想鉄道に来る前に、あいつとは何度もトラブったことがある。くそぉぉ~! また、あの野郎かよぉぉ~!」
堕星はあごに手を当てて、長いため息をついた。
過去の好ましくない思い出をふり返っているのか、ピンチを解決するアイデアを探しているのか、沈黙してから重い口を開いた。
「……よし、分かった。銃の売人に一人、心当たりがある。今、電話で呼んでやるから、ついてきな」
養神街の空全体に、雲が広がっていた。
これまで灰色だった雲はまっ黒に変わっている。いつ雨になってもおかしくはないだろう。
月矢と堕星は、天才亭の裏にあるマンションの駐車場にきていた。
銃の売人との待ち合わせの場所だった。駐車場には、二十台以上の車が入るスペースがある。
今は半分ほど、車が停まっていた。昼間であるためか、月矢と堕星以外に人の姿はない。二人は他人の車に寄りかかって、売人が来るのを待っていた。
「ぬかミソくさい、オバハンが来たぜ」
堕星があごを動かした。大通りに目をやると、五〇CCの三輪バイクがこちらに向かって走ってきた。太った体つきの女がバイクに乗っている。
服は古くさいデザインの赤いジャージの上下。頭にはひさしのついた、ださい形のヘルメットをかぶっていた。
歳は五十代前半。月矢の母親と、同じぐらいの世代だろうか。太った中年女は三輪バイクを駐車場に止めた後、いきなり堕星に文句を言った。
「あんた、あいかわらず汚い顔してるねぇ~。中年のオッサンみたいだよ。ヒゲぐらいそったらどうだい?」
「うるせえや、オバハン!」
堕星はむきになって怒鳴り返す。
「あ~あ、そんなんじゃ、あんたは一生独身で終わっちまいそうだねぇ~。かわいそうにねぇ~」
太った女は、わざとらしいイヤミを言いながらエンジンを切る。のそのそとした動きでバイクからおりて、あやしい客を相手にするように月矢を見た。
「あんたが弾を欲しがってる人だね? あたしゃマキコって言ってね、養神街で鉄砲店をやってるんだ。堕星は昔、うちにいたバイトで、知り合いなんだよ」
中年女――マキコは、いいかげんな自己紹介をした。バイクのカゴの中に手を入れて、中身を引っかき回す。
「あんたみたいな若い子に売るのは、気がすすまないんだけどねえ~」
「それなら、二倍の値段で買ってやるよ。オレは死ぬほど弾がほしいんだ」
月矢は腹を立てながら言い返した。自分がガキだから、バカにされているような気がした。
「ゼニの問題じゃあ、ないんだよ……あった」
マキコはカゴの中から、四角い弾丸ケースを取り出す。箱の表には『二十二口径弾・ニ十五発入』と黒いマジックでなぐり書きしてある。
コルト・ライトニングに使う弾丸だった。マキコはケースを腕にかかえたまま月矢をじらすように、ぎょろ目でにらんでいる。
「なあ、ぼっちゃん。あんたの知り合いに、トゲトゲの緑の頭をした神童はいるかい?」
「もしかして、この前の一級神童の?……」
「……あのウジ虫野郎だ」
月矢と堕星は同時に気がついて顔を見合わせた。緑の頭に神童といわれて、思いつく人間は他にいなかった。平塚修一という、狂人以外には。
「そいつは目に眼帯しててね、あんたのことをブッ殺すって怒り狂ってたそうだよ」
「ちょっと待て! なんで、オバちゃんがそいつのこと知ってんだよ?」
堕星は取り乱して、あわてた口調でマキコにたずねた。
「あたしがよそに仕入れに行ってる時、うちの店に来たのさ。神童専用のバカでかい大砲を買ってったよ。アーキタイプ・バズーカっていう、八十万もするやつ」
「おいおい! 何でそんなヤツに武器を売ったりしてんだよお! ヤバイのを相手にしなけりゃなんないほど、不景気なのか!」
「だからぁ~! 言ったじゃないのさぁ~! あたしが店を出てるあいだに、来たんだよ! 店番してたのが新入りのバイトで、そいつが売っちまったのっ!」
マキコは何倍もの大きい声を出して怒鳴り返す。堕星はくやしそうに舌打ちをして、だまりこんだ。
「あたしゃ、客に戦争させるために、銃を売ってるわけじゃないよ。よそのヤバイ連中に、銃がわたらないように管理してるんだ。
あたしは人の目を見れば分かる。そいつが、しゃぶでラリってないか? やばい仕事に関わってないか? あやしいヤツには何も売らない。あんたは、だいじょうぶだろうねえ?」
マキコは商品を見定めるように月矢をにらんだ。月矢は目をそらさなかった。マキコのぎょろ目を正面から受け止める。
自分がマキコのいうような、くだらない男ではないことを証明しなければならない。
にらみあいは約五秒間つづいた。マキコは根負けしたように、月矢の手に弾丸ケースを押しつけてきた。
「二十五発だけだ。それ以上は売らないよ」
「カネはいくらだい?」
「ぴったり一万円。おろし値に、色をつけてるだけだから格安さ」
月矢は財布から一万円札を一枚ぬいてわたした。
マキコはガマ口の財布をひらいて、代金をしまうとすぐに三輪のバイクにまたがる。
キーを回してエンジンをかけながら、月矢に説教をたれた。
「くだらない撃ち合いは、するんじゃないよ。そんなので死んじまったらアホだよ」
「わかった」
「堕星も気をつけておやりよ。この若い子がドンパチで死なないように、ね」
「わかってら」
「あと、いい加減にヒゲをそりな。見ていて、きたないよ」
「うるせえ、うるせえ! オバハンはぬかミソでもつけてな!」
堕星はやけを起こしたように、言い返した。
「あぁ~あっ! これじゃあ、一生独身決定だ! じゃあ……また、用があるときは連絡おくれ」
最後まで口の悪さを見せながら、マキコはバイクで走り去った。その後ろ姿は五秒もしないうちに、車道の彼方へ消えてゆく。駐車場に二人だけが残された。堕星は愛用のタバコ――セツナを口にくわえた。
火をつけながら、つぶやいた。
「こういう事は、絶対に言ってはいけねえことだけどな……無傷ちゃんの傷を見てると、ものスゲエいやな気持ちになってくるんだよなあ」
「……え?」
月矢は息を飲んで堕星の顔色を確かめた。なぜ、急に無傷の話がはじまるのか、理由がわからない。くもった空を見上げながら、堕星は長々と語り出した。
「気持ち悪いヤツってさ、自分とおなじ男だったら少しは許せるんだ。だけど、気持ち悪い女の場合は、ものすごく生々しく感じないか?
ま、これは男だけじゃなくて、女だっていっしょだろうな。若い女で中年のおやじの事を、きたねえとか、くせえとか文句を言うヤツがいるだろ? 女からしても男の気持ち悪いやつは、見ていてイヤなんだろうな」
「ああ、オレもそう思う。女の気持ち悪さは、男よりも強く感じる気がする」
「それは人間が異性のおぞましさに対して、本能的に敏感だからかもしれない。だけど、あの無傷ちゃんの場合は、それだけじゃない。
あの子を見てると、ナイフで自分の心臓をグッサリやられたように感じるんだ。あの子の顔についた傷が、もしかしたら自分にもあるかもしれない。
目に見えないだけで、そういうものが自分の体のどこかに、ついているんじゃねえかっていう、気にさせられちまう」
堕星は煙を吐きながら、なおもつづけた。
月矢が聞いているかどうかなど関係ないように。
「だから、俺は自分にあるかもしれない傷を、そのままにはできない。消毒して、薬をぬって、包帯をまきたい。何とかして治したいって……そう思うのよ」
月矢は独白をする堕星の横顔を見た。
この男には珍しく、真剣で感傷的な表情。自分の気持ちを語っていても、他人のことを説明するように軽やかな口調。ただし、言葉の一つ一つに、簡単には聞き流せない重みがあると感じた。
月矢は堕星に何も答えず、ジャンパーから一枚の写真を取り出した。天才亭を出る前。無傷からわたされた写真だ。
顔に二つの刀傷がある少女。神童学院をやめて、自分と同じ夢想鉄道にやってきた級外神童――無傷儚。月矢はじっくり彼女の姿を見つめた。
雨がふってきた。空から落ちてきた水滴の一つが、写真の中でソフトクリームをにぎる無傷に命中する。
指先で雨をはじいて追いはらうが、水滴は次々と落ちてくる。月矢の記憶の中で、彼女との関わりで起きた事件が、高速でよみがえってきた。
――あの人は波津街のなかよしタイムのとき、オレのくだらない昔話を聞いてくれた。自分にも、そういう話がわかると言ってくれた。
――あの人は養神街へバスで移動するとき、平塚の攻撃から、オレを助けてくれた。オレを引っぱって、守ってくれた。
――今まであの人は、たくさんヒサンな目にあってきた。たくさんのクズにだまされて、うらぎられてきた。でも、オレがうらぎるとは思っていない。
――あの人とは、絶対に結婚したいとは思わない。女としては見ることはできない。 だけど、あの女の子は人間だ。弱い立場にいて苦しんでいる人なんだ。
――オレは無傷を……助けたい。自分が得意で、あの子が苦手な所を助ける。無傷が自分にしてくれたことを、今度は自分が返す。
――そして、あいつが言っていた運命みたいなものをブッ壊してやる。ヒサンな人間が、ヒサンなままでは終わらないことを教えてやる。
長い間、写真の無傷を見つづけて月矢はジャンパーにしまった。はっきりと目で見えるほど、だんだん、雨が本格的になってきた。
水滴は駐車場に停まっている車のガラスに当たり、ポツリ、ポツリと音を立てた。 二人は雨にぬれながら、他人の車に寄りかかっていた。
月矢は弾丸ケースのふたをひらいた。左手で六つの金色の弾を取り、右手でホルスターからコルト・ライトニングをぬく。
シリンダーを開いて、自分の指で一発づつ弾丸をこめる。死んでいた銃がふたたび息をふきかえす。金色の弾がすべての黒い穴をふさぐとシリンダーを閉じた。
月矢は自分の体に、新しい力がみなぎってくるのを感じた。今の自分は過去の神崎月矢とは、別人のような顔をしているかもしれないと思った。
「オレは神童会で何をすればいいのか、教えてくれ」
雨の音に負けない声で、月矢は堕星に一つだけたずねた。




