第五章 ゴミのような現実を、たたきつぶせ 「3」
三
ホテルを出た月矢は、養神街・商店街をあてもなく歩いた。
雨をふらせそうな濃い雲が空に増えていた。太陽が見えないために、気温はやけに低く感じられる。もう一度、冬がもどってきたような気さえした。
――オレが人生をやりなおすには、新しい女と大量の金がいる。その前に、今までの無想鉄道の連中と、おわかれしなくちゃならない。
今後の予定について必死で考えていた。自分にできることならば、すべてやるつもりだった。
『神童会は明日、午後二時より養神街・市民文化会館大ホールにて行なわれます。神童会は明日、午後二時より――』
宣伝カーが同じ文句をくり返しながら、ゆっくりと道を走っていた。『神童会まで、あと少し! 今年の神童大賞は誰だ?』のポスターが、街の壁に大量にはってあった。
スーパー、レストラン、電気屋、美容室などの各店には『神童会セール中! 全品三〇%オフ』。『神童会出血大サービス! 三割、四割あたりまえ!』などの威勢のいい広告がならんでいる。
平日の昼間であっても、街にはたくさんのヒマ人がくり出していた。そのヒマ人を店に引きこむために、祭のはっぴを着た連中が、安いよ、安いよを連発している。
街のうかれ騒ぎなど、月矢にとっては雑音にしか感じられない。頭の中では、ろくでもない計画がうずまいていた。
――そうだ。後藤の持っていた、あの銀のカードを手に入れよう。あのカードには一回だけパートナーをかえる権利があったはずだ。
――最初に後藤をおどして、カードをぶんどる。次にカードをオレの名前に書きかえる。そうすれば別の女をパートナーに指名できるんじゃないか? 無傷儚を捨てて、もっと上等な女とつきあえるんじゃ……。
――だめだ。そんなガキみたいな作戦でうまくいくもんか。もっと、真剣に考えろ。オレには、時間がないんだ。
道をすれちがう人間をにらむ。アイデアになりそうな何かを探す。
目を動かしても、頭を動かしても、思いつくことはない。 体の中であせりだけが、ふくらんでゆく。動いても何もうまくいかない。だが、じっとしていれば気が狂いそうになる。
「ひさしぶりだな。君もこの街に来ていたのか」
つやのある若い男の声で呼ばれ、軽く肩をたたかれた。背の高い男が立っていた。頭には山高帽。
体は灰色の背広。左右を中心に白と黒にわかれた仮面をかぶっている。
どこかで、見覚えのある謎めいた人物。
月矢の頭の中で、眠っていた一つの記憶がパッとよみがえった。
「あんたは、波津街にいた芸人の……?」
「運命調律師だ。覚えてもらえて、うれしいね」
男は声だけで笑っていた。帽子を軽く上げてあいさつをしてみせる。仮面をつけているため、どんな表情をしているのかは分からない。
「ちょっと、君に見てほしいものがある。来てくれないか?」
「また、サイコロをふって予言をするのか? もう、あれは見あきたよ」
「僕は無傷儚の特別な情報を持っている。それでも興味がないと言えるかい? 彼女が決して語ることのない、過去の秘密を知っているつもりだか」
調律師は自信ありげだった。月矢の本心を知っているような、気配さえただよわせていた。
月矢は反射的にポケットへ手を入れて、財布を出そうとした。無傷のことを忘れたいと思っている反面、心のどこかではふんぎりがついていない。
「いくら、はらえばいい?」
「お金はいらないよ。ただ、ここでは都合が悪いから、場所を変えないか?」
月矢はうなずいた。あてもなく街を歩き回るより、マシな展開になりそうだった。




