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革命運命  作者: 安田勇
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第五章 ゴミのような現実を、たたきつぶせ 「2」

  

   二


「ああ、何もかもバカらしくなってきた」 

 ベッドの上であおむけになり、月矢は重いため息をついた。

 月矢たちは第二の目的地である養神街にきていた。ここは、夢想鉄道の旅行者にあてがわれたホテル――天才亭。

 広さ八畳ぐらいのシングルルームの中だ。

 テレビと鏡台と椅子と、今、寝転がっているベッドが部屋にあるものすべてだった。


 窓の外には灰色にくもった空が見えた。五階にあるこの部屋からは、街の全体を見わたすことができる。灰色の空の下には、養神街・神童スクール。

養神街・原型教室。養神街・神童予備校という広告が、ビルにはりついている。街の名物である神童の養成学校だ。


 月矢は寝返りを打って、まくらのそばにあった雑誌を取った。

 週間・夢想鉄道トラベラーズという題の週刊誌。今日の朝、堤からわたされたものだった。


 表紙の写真は、静煙街の駅前ロータリー。停車している夢想鉄道のバスに十代の少年少女たちが乗りこもうとして、集まってきた光景がうつっている。


「家を出てから、もう五日も過ぎたのか」 

 月矢は過去をふりかえり、しみじみとつぶやいた。雑誌をめくると、『私たちは夢想鉄道で、ベスト・パートナーと出会いました!』という文字が目につく。字を読む気にはなれないので、写真を見た。


 さえない髪型とやぼったい服装をした、小太りの若い男がいた。カメラ目線でだらしのない笑顔を作っている。となりには、ミニスカートをはいた髪の長い美形の少女が笑っている。

なんと、信じられないことに、二人は手をつないでいた! 


「なんなんだよ、これは! なんで、おまえばっかりうまくいってんだ! くそ野郎!」


 怒りで眉間にしわを寄せながら、月矢は起き上がった。持っていた雑誌にすさまじい力がこもり、ぐしゃぐしゃにゆがむ。


「なんで、おまえみたいなブ男がこんないい女と出会ってんだ! オレなんかなあ、人間を食う吸血鬼ガールが、パートナーなんだぞ! ふざけるんじゃねえ!」 


 他人の幸せを見せつけられると、自分の不幸が、生々しく感じられた。週間・夢想鉄道トラベラーズを、ぞうきんのようにねじりつぶす。

 ゴミ箱を狙って全力で投げつけたが、ゴミ箱をひっくり返して床のじゅうたんを汚す結果となった。

  

「どうしてオレは後藤とかあの人とか、やばい女とばっかりえんがあるんだ? どうして、まともな女とはえんがないんだ? こういう運命になっているのか? こういうシナリオで、オレの人生が決められているのか?」


 ベッドにたおれこんで、月矢はぼやいた。この三日間。ほとんど誰とも話をしなかった。部屋に閉じこもり、テレビを見るか寝るかの二つの行動しかしていない。


 堕星や堤とも、二言、三言。言葉をかわしたぐらいだった。特に無傷とは、あの事件から一度も話をしていない。この先も、彼女とは死ぬまで関わりたくなかった。 

 テレビもついていない部屋の中は静かだった。壁の時計だけが、冷酷に時をきざんでいる。

午後二時十分。昼食後の午後は、いらいらするほど時間が長く感じた。

 その時、ノックもなしに部屋のドアが開いた。


「神崎君、みんなで大事な話があるの。ちょっと、となりに来てもらえる?」 


 ドアのすき間から、堤の深刻そうな顔が見えた。強い緊張感がにじみ出た声で言った。月矢はベッドから起き上がった。


「わかった。今すぐに行く」 


 鏡台に向かうと、上に置いてあったガンベルトをつかんで、腰にまきつけた。用事の後は、ひさしぶりに外出することに決めた。

 となりは月矢の部屋と同じ、シングルルームだ。

 堕星がベッドに腰かけて、先に待っていた。堤はみんなで大事な話があると言ったが、無傷の姿はない。


 月矢は堕星のとなりのベッドにすわり、堤が鏡台の椅子にすわった。

 二人とも、真面目くさった顔をしている。絶対に誰もギャグを言いそうにはない、苦しい空気が流れていた。堕星が重々しく、切り出した。


「まず、今の状況から説明するぜ。この前、俺達が戦った一級神童のガキは、病院でへばっているそうだから、もう無傷ちゃんを追ってくる事はないと思う。


 その時にブッ壊されたバスのガラスも、修理してもらってるから安心してくれ。

後、夢想鉄道から指示があって、俺達が最初にやる仕事が決まった。が、その前に――」 


 堕星はぐっと身を乗り出して、月矢と堤の顔を見つめた。

「夢想鉄道の参加者には、エンド・フレンド制度があるって知ってるか?」


「それって何ですか? 聞いたことないですけど?」

 堤が何気ない調子でたずねた。

「エンド・フレンドは友達のおわりっていう意味さ。無想鉄道には、自分の組の誰かを多数決でクビにできるルールがある。何か問題をおこしたヤバイやつを、追い出すために作られた規則なんだが――」


「ちょっと、待って! これは、儚ちゃんをクビにする相談ですか! あの子には問題なんてありませんよ! 悪いのは神童産業と、あの子に異常な教育をした神童学院の教師じゃないですか!」 


 堤が興奮して立ち上がった。彼女は目をつり上げて、おおげさに腕をふり回しながら怒りをあらわしている。

「わかった。おめえさんは、エンド・フレンドに反対ってわけだ?」

 堕星は堤を押さえるように、ひらひら手をふった。


「当たり前です!」


「俺も同じだ。あの子に何か問題があったとしても、夢想鉄道の旅の中で良くなってほしいと思う。せっかく知り合った仲間同士が、一週間もしないうちにお別れなんてゴメンだからな。

じゃあ……神崎ちゃんはどうだい?  これからもみんなで、旅をつづけていいと思うか?」


 となりにいた月矢に、堕星はちらりと目を向けてくる。

 ――オレはエンド・フレンドをやってほしい。もう、あの人とは関わりたくない。


 月矢はそう言いたかったが、言えなかった。

 堕星と堤が注目している。賛成意見を言わせるために、無言の圧力をかけてくる。

 二対一。勝ち目はない。視線を床に落としたまま、ぼそぼそした声で答えた。


「オレも……それでいいと思う」

「よし! なら決定だ! エンド・フレンドのことは忘れてくれ。この前の事件があまりに強烈だったから、ちょっと聞いてみたんだよ。変なことを言って、悪かったな」 


 堕星は急に元気になって、からから笑った。今までの重苦しさが、演技のようにけろりとしている。いつもの、なめらかな舌さばきでしゃべり出した。


「実はな、次の仕事は無傷ちゃんが主役なんだよ。この街では神童会っていう神童コンテストがあってね、今回はそれをやらされることになった。

 俺と神崎ちゃんがボディガード役で、堤ちゃんはあの子のメイク係。みんなで無傷ちゃんの手伝いをやるんだ」

「えぇ~っ! 待ってくださぁ~い! 私、メイクなんて、できませんよぉ~!」


 堤は二十五歳をすぎているくせに、女子高生のような悲鳴をあげた。

「でも、俺や神崎ちゃんみたいな男に、できると思うかい?」 


 堕星と堤は神童会の件でもり上がっている。月矢は二人から目をそむけて、床のじゅうたんを見つめた。二人の話が、まったく頭に入ってこない。

すぐそばで聞こえている話が、どこか遠くの世界で起きている、他人の出来事のように感じる。


「……そんじゃあ、俺は神童会に出る衣装を借りてくるぜ!」 


 気がつくと、堕星は部屋を飛び出していた。月矢がぼうっとしている間に会話が進んで、結論が出ていたらしい。

 月矢は堤と二人きりにされるのがたまらず、ベッドを立ちあがった。ドアに向かいながら、皮肉をこめて言った。


「堤さん、あんたは本当にいい人だよ。夢想鉄道なんかやめて教会のシスターになったらどうだ? びんぼう人の子供に、クッキーでもプレゼントしてなよ」

「ええっ? シスターって何のこと?」


 とうとつに切り出された月矢の話を、堤は理解できないらしい。月矢は相手にせず、ドアを開いて外に出た。一歩進んだところで、動けなくなった。

 入口に誰かが立っている。顔に刀傷のあるセーラー服の少女――無傷儚。月矢は息を飲んで、相手を見つめることしかできなかった。


 無傷も半分ひらいた口に手を当てて、おどろいている。三日ぶりの再会。お互いに 緊張した顔を、ぎこちなく見合わせた。早送りしたくなるほど、時間が長ったらしく感じられる。

 せっぱつまった早口で、無傷は沈黙にピリオドを打った。


「あ、あ、あの! 神崎くんっ! わ、わたしが神童だった事をだまっていて、ごめんね!」


 無傷は深く頭を下げて謝った。その動きで、さらりと彼女の黒髪がゆれた。月矢は、やる気のない言葉を返した。


「いいよ。そんなこと、気にしてないから」


 ――気になるのは、あんたが人間を食っていたことだ。 

 胸の中では別のことを言い返した。無傷と目を合わせないように、視線を横に向ける。彼女と会話をするのが苦しかった。


「ええと! ええと! あの、ね!……」


 無傷は緊張して、顔を真っ赤にしていた。

愛の告白をしようとする女子学生のように、言いよどんでいる。

 月矢はシラけた気持ちだった。彼女が本気になっている様子を見ていると、何もかもがどうでもよくなってくる。


 ――人間を食べると、どんな気分になるんだ? これからも、ああいう事をするのか? 本当に最悪だよ。あんたって、人は。 


 悪意のこもった言葉が、次々と思い浮かぶ。

ただし、持っている不満を本人に伝えたとしても、すっきりすることはないだろう。

 前回の事件で受けた衝撃は、記憶喪失にならなければ消えないほど深く大きい。


「これ、堤さんがくれたの。写真の現像ができたって」


 無傷が一枚の写真を取り出した。

四日前のレクリエーションのとき、波津街の海岸で撮られた写真。四月の空と海を背景に、ソフトクームを持った月矢と無傷が、おどろいた顔で映っている。

 月矢は写真を受け取った。まぬけヅラで映っている自分の姿を、じっくり見た。


 ――このときのオレは、まだ、無傷の正体を知らない大バカ者だった。


 写真の中の自分が他人のように感じた。たった数日の間に起きた事件のせいで、自分の気持ちは様々な方向へ激しくゆれ動いた。

 一週間で何十歳も年を取って、老人になったような感覚さえしている。月矢は、写真をジャンパーの内ポケットにしまいこんだ。


「あの……こ、こ、これからも、わたしのパートナーでいてくれるよね?」 

 はっとなって、月矢は無傷の顔色をうかがった。ずっと目をそらしていたが、彼女を正面から見つめた。すがりつくような無傷の目だ。

 がけから落ちそうな人間が、手を出して助けを求めるような目。月矢をうたがう気持ちと、信じる気持ちが激しく入りまじっている目。


 ――もしかして、この人はオレの心が読めるのか? オレの考えがわかるのか?

 月矢の中で、強い警戒心がわいた。全身がヒリヒリするような感覚がある。


「あ、当たり前だよ。じゃあ、ちょっと……オレは、出かけるから」 

 月矢は無理に笑いながら言いわけをした。

口もとが引きつった、いびつな笑い方になっているのが自分でも分かった。


 無傷から背を向けて、ホテルの出口へ向かって歩き出す。彼女が自分の背中を見ているのが、確かめなくても予想がついた。


 ――悪いが、オレはあんたのめんどうは見きれない。オレは心の広い人間じゃないし、心のきれいな人間でもない。

 ――あんたみたいな問題のある女と、どうやってつき合えばいいのか分からない。

 ――無理だ。 


 最後のあいさつを胸の中でした。ここには、二度と帰ってくるつもりはなかった。


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