第四章 花園と少女と流血 「4」
四
月矢はバスの中で、静かに二人の戦いを見ていた。
しかし、平塚が無傷の髪をつかんだ瞬間。
〈電脳化〉された視点の中で、平塚についていたターゲット・マークがロックオン・マークに変わった。
月矢はコルト・ライトニングを両手でかまえて、窓の外へ銃口を向けた。
ここから平塚までは、五十メートル前後。拳銃で撃つには目標は遠すぎる。ただ、ロックオンができることは、ギリギリでも有効射程に入っているのだろう。
「おい! 一級神童さん!」
月矢はバスの窓から、大声で呼びかけた。
あわてて、平塚は左右を見回す。無傷の頭をつかんでいた手がはなれ、ぬかれた十本近くの髪が、風に吹かれて飛んでゆく。月矢の存在に気づいた平塚は、わけがわからない様子でバスを見ていた。
「今すぐ、ここで、死にな!」
月矢はトリガーを引きしぼった。銃が火を吹いて、弾丸が飛び出す。
弾丸は超高速で敵の体をつらぬく――はずだったが、月矢の撃ちこんだ緑色の二十二口径弾は、敵の二、三歩手前で止められていた。
弾は空中に浮かんだまま、停止している。
「あぁ~あ! 邪魔だなぁ~!」
平塚は腕をふり回した。月矢の弾は溶かされて、液体へと変わる。ジュッ!――と音とともに、白い蒸気となって弾は消されていた。
無傷が放った光の矢の時と、まったく同じ現象だった。平塚は得意そうに笑った。
「悪いけどさぁ~、僕は無敵だから何も通じないんだよねぇ~!」
月矢はくやしさで歯ぎしりをした。堕星がとなりにやってきて、アドバイスをしてくれた。
「あいつにゃあ、念力バリアがあるんだ。遠い所からじゃ、お前さんの鉄砲玉は通じないよ。でも、思いっきり近づいて、バリアの中からやればいけるぜ」
「思いっきり、近づくのか」
月矢は破壊された窓のそばに寄った。銃を打ちつけて、枠にこびりついていたガラスのくずを、たたき落とす。
外に飛び出して、戦いを挑むために窓枠に足をかけた時、堕星が制止した。
「待ちな。お前さんが奴に近づくより先に、無傷ちゃんが撃たれたらどうする?」
「な、何だって?」
月矢は信じられない思いで堕星の顔を見た。堤も耳が痛くなりそうなほどの、金切り声を上げた。
「あ、あの人は、そこまでやるっていうの!」
「やるかもしれない。あいつが絶対にそういう事をしない、善人に見えるか?」
堕星が意地悪く答えると、堤は何も言わずだまりこむ。出会ってわずか数分しか過ぎていない相手の本性を、この男は見ぬいていた。
「じゃあ、どうすればいい?」
「あいつの注意を、完全に他へそらす必要がある。たとえば、神崎ちゃんと俺が同時におそいかかるのは、どうだ?
そうすれば、奴の注意はいやでも俺たちへ向く。急に二人の新しい敵が出てきたら、弱った敵にとどめを刺すヒマなんて、なくなるじゃねえか」
「なるほど」
「しかも、二方向から攻めてやろうぜ。お前さんが正面から攻めて、俺が横から攻める。あいつを心理的に追いつめてやるんだ。そして、どっちか先に奴にたどりついた方が――」
「あいつを、ブッ殺すんだろ。まかせろ!」
もう、月矢はじっとしていられなかった。頭の中では平塚を銃殺することしか考えられない。窓の枠に足をかけて、バスの外へ飛び出す。
花畑に着地すると、まぶしい太陽に目がくらんだ。
すき通った青空。あたたかい春の風。足下からは花のにおい。楽園のようなこの場所で、殺し合いがはじまることが信じられない。
敵に向かって、全力疾走をはじめる。
すぐ後ろでも、花畑に飛びおりた堕星の足音が聞こえた。敵までの距離は五十メートル前後。優秀な短距離ランナーなら、六秒以内にたどりつけるはず。自分の場合は、八秒前後かかるかもしれないが。
堕星の言うとおり、平塚が銃を向けてきた。新しい敵が二人登場したことで、無傷のことなど忘れているらしい。
月矢の目に〈敵弾道予測〉のメッセージが浮かぶ。つづいて〈補足情報・敵使用兵器――散弾〉と出る。
敵の銃口からのびている光のラインは、ペンキをぶちまけたように、広く表示されている。拳銃の弾道を予測するときとは、まるで状況がちがう。
――くそ……。ショット・ガンは、こんなに攻撃範囲
が広いのか。
――でも、近づけばもっとせまくなるはずだ。
散弾は離れた相手に撃てば、今のように弾は散らばり攻撃範囲が広がる長所があると知っていた。ただし、逆に近くにいる相手に撃てば、弾はせまい範囲にしかちらばらない短所がある。
「おにいちゃ~ん、バイバァ~イ!」
平塚が銃を撃つ。月矢の網膜では敵の弾が黒い煙のように映っていた。煙はすぐに大きく広がってゆく。
月矢は進む方向を変えて、左へ向かって走り出す。散弾の嵐が襲ってきた。
月矢のそばにあった花が吹き飛ばされる。
黄色い花びらが、細切れになって散る。一撃で二十本以上の菜の花が、根こそぎ切りきざまれる。
すべての弾をよけきることに、何とか成功した。
――堕星より先に、オレがかたづけてやる。
ふたたび、平塚に向かって走り出す。残りの距離は二十五メートルもない。走りながら銃を二発撃つ。敵の気をそらすために。
二発の二十二口径弾は見えない力によって、平塚の前で停止した。例のごとく、空中に浮かんでいる。
「だからさぁ~、僕は無敵だって言ったでしょ~。君も無傷さんとおなじくらい、バカな人だねぇ~!」
うんざりしたように、平塚は片手をふる。弾丸は白
煙とともに消滅する。つづけて銃のポンプアクションをして、次の散弾を撃つ用意を行なう。
平塚まで、残り十歩以内にきた時。月矢の網膜に〈敵弾道予測〉の表示が出た。自分にのびてくる光の量は、前回の半分以下になっていた。
――前より範囲がせまくなっている。楽勝だ。
平塚が発砲する。横には動かず、月矢はひたすら走りつづけた。
右肩を外側へひねり最小限の動きで回避を行なう。
散弾のむれは一発も当たらず、体の数センチとなり
を高速でぬけてゆく。
月矢は、さらに敵に接近をした。平塚まで、残り三歩。
平塚は月矢を目の前にしながら、口を開けて、ぼうぜんと立ちつくしている。異常なほど近距離に敵がやってきたことが、信じられないように。
月矢は勝利の笑みを浮かべて、最後の間合いを一気にふみこむ。平塚まで残り五十センチ以下。念力バリアの無効区域へ入る。
ロックオン・ポイントが、平塚の心臓部分を丸くかこむ。銃の引き金に、あらためて指をかける。――その直後。
「もらったぜ!」
後ろで、かん高い男の声が聞こえた。
自分よりも、すばやく動く物体が月矢の目に入った。月矢は、ブレーキをかけて急停止した。物体の正体は、堕星がくり出したカメレオンの舌。ムチは残像をえがいて、平塚の腹を強打していた。
「な、な、何だよ、おめえらぁぁっ! しゅ、しゅ、集団リンチすんのかよぉ~!」
平塚は打たれた腹を押さえながら、地面に転がって、わめきちらす。
あぶら汗を流して、顔は半泣き状態。一級神童の自信など、今は一グラムも残っていない。どうしようもなく、打たれ弱いガキだった。
「リンチなんかしねえから、とっとと帰んな。だけど、この姉ちゃんを連れてくのは、あきらめてもらうぜ」
堕星はおどしをかけたが、平塚はそんな甘ったるい説教で引き下がる相手ではなかった。興奮してツバを飛ばしながら、言い返してきた。
「ば、バカじゃねえの、おたくら? おたくらはこの級外神童の正体を、知らねえからそんな事言ってんだよ! この女がどんな奴か分かれば、何でこんなのを助けたんだろうって、後悔すんぞ、こらぁぁ!」
「一級神童のくせに、命ごいをする気か? あんた?」
月矢はわざと凶悪な目つきをして平塚に近づいた。敵が争う気持ちをなくしても、銃を出している。
堕星は許すつもりらしいが、自分はこのガキをもっと痛い目に合わせなければ、気がすみそうにない。
「いいから、そのビニールシートを開いてみろよ。すげえ事が起きるから。プレゼントが入ってんだよぉ~!」
平塚に言われるまま、堕星は花畑にかけられた水色のシートをはがした。
中には二人の女がたおれていた。髪を金色にそめている、セーラー服を着たチンピラふうの女たち。
年齢は月矢より上の二十代前半。二人とも体中が傷だらけで、顔には流れた血が、こびりついていた。
眠っているのか、死んでいるのか分からないが、どちらも身動きをせずにいる。
「誰だ、こいつら?」
今までに、月矢が見たことがない連中だった。平塚はゲラゲラ笑っていた。やっと、堕星に加えられた一撃から回復して、調子を取りもどしたらしい。
「なぁ、無傷さぁ~ん。君のような下級軍事兵器は、戦場で食いモンを手に入れることになってたよなぁ~? ちょっと、こいつらに見せてあげなよぉ~。君がタンパク質を補給するのをさぁ~」
意味が分からない言葉に、月矢は不安をおぼえた。
そういえば、無傷は戦いが終ってから一言も話していない。
無傷に目をやると、魂のぬけがらになったように、花畑で立ちつくしていた。何もない空中を、ぼうっと見つめている。彼女の体はガタガタふるえていた。あきらかに、様子がおかしい。
異常なほどやさしい声で、平塚は無傷に語りかけた。
「ほらぁ~。ガマンしなくてもいいんだよぉ~。神童学院で習ったことを、ここでやってごらぁ~ん。君のすばらしい姿をぉ~、みんなに見せてあげてよぉ~」
「何を言ってんだ! おまえは、オレたちに負けたんだよ!」
平塚の不気味な言葉に、月矢の不安はさらに強まった。
左手で平塚の制服のえりをつかんで、無理に引きよせた。ライトニングの銃口を相手の額へ押しつける。
命の危機にあっても、平塚はのどの奥でヒクヒク笑っている。頭が狂っているとしか思えない反応。
その時、そばでガサガサと服がこすれ合う音が聞こえた。何をしているのか分からないが、無傷が動いていることだけは想像がつく。
「んっ。んんっ。あっあっ……はぁ」
熱でうなされたような女の子の声。あらあらしい女の子の息づかい。今までに聞いた事がない、ふだん
の生活では絶対に出さない無傷の声が聞こえた。
「う……んっ……はあっ……んっ」
花畑に、生々しい少女のあえぎ声が流れる。
月矢は平塚から目をはなして、ゆっくりと視線を動かす。何が起きているのか、確かめたかった。
花畑には、ぬぎ捨てられた神童学院のセーラー服があった。赤いリボン。無傷が胸につけていた下着。
腰につけていた下着。白のソックス。靴。彼女が身に
つけていた、 すべての衣類が地面にある。
月矢の中で、理解のできない最悪の予感がこみあげてくる。無傷が服を脱がなければならない理由が、思いつかない。
「む……きず……何をやっ……て?」
とぎれとぎれに月矢が言うと、無傷は顔を上げた。
不思議そうに、大きな黒い瞳を開いている。何の汚れも感じられない少女の目で。
太陽の光が、彼女を照らしていた。無傷は口から首すじまで、べったりと真っ赤な血にまみれていた。
口の中の歯までもが、赤い液体でそまっている。
無傷は裸だった。地面のチンピラ女の上にのしかかり、しがみついている。無傷は女の服をまくりあげると、口をいっぱいに広げて腹に歯を立てた。
ガリッ!――と、骨をかみくだく音が鳴る。次に女の腹に爪を立てて引いた。肉がえぐれて、血が破裂するように流れ出す。
液体は地面の花に吹きかかり、春の花は真っ赤にぬり変えられる。まぶしい日の光にさらされて、赤い雫は、きらきらとかがやく。
はぎとられた女の腹は、めくれ上がっていた。ピンクの筋肉。黄色の脂肪。白い骨。
内側の組織がすべて、むき出しになっている。大量血をたれ流した後も、傷口からは新しい赤い液体が、じわじわとにじみ出る。
無傷は口を、女の腹に近づけた。ず、ず、ず……ラ
ーメンのスープを、下品に吸いこむような音が鳴る。
腹の中に残っていた血を彼女は飲んでいるらしい。
「はぁ! んっ! うっ! あっ!」
興奮した無傷の顔は、ピンク色だった。息づかいもさらに激しくなっている。
彼女の体には女の返り血がべったりついていた。口だけではなく、髪、肩、胸、背中、足。あらゆる場所に赤い液体をあびている。
ぐちゃり、ぐちゃりと肉をかむ音。ごり、ごりと骨をくだく音。静けさの中に、少女が人を食う音がひびきわたる。一人目に食い飽きたのか、無傷は二人目の女の体に取りかかった。
――人間の血って……生ゴミよりも、くせえのか。
月矢が最初に感じたのは、今までかいだことのない不快なにおいだ。
無傷から顔をそむけた。銃を持っていない左手でのどを押さえた。胃の底から吹き出してくる熱い液体が、口まではい上がらないように。
堕星や堤がどんな反応をしているか、確かめる余裕はない。自分の苦しみと戦うだけで限界だ。
「オ~イ! どうしちゃったのぉ~? まさか、これぐらいでビビッてるの~?
こんなのは、大したことないよおぉ~! ゴハン食べながら、見れるじゃ~ん!」
平塚の狂った笑い声が聞こえる。人間を食べつづける無傷に指を向けて、笑いながら語った。
「この女はな、戦争のために育てられた兵隊なんだよ! しかも、俺より下っぱの級外神童だ! こいつはどんなピンチの時でも、生き残る訓練を受けてる。
戦場で食い物がない時、こいつはこんな事をしてタンパク質を補給するんだぁ!
最低の人間って、こういう人をいうんですよぉ~! 勉強になりましたねぇ~!……ガアアァァッ!」
月矢は無意識のうちに、平塚の腹を足でふみつぶした。このガキの狂った話を聞きつづけることが、がまんならない。
体が熱くなってゆく。悪意が頭の中で爆発する。
数秒前まで感じた、不快な気持ちが完全に消えて
いる。月矢は平塚の顔を怒りと憎しみをこめて、にらみつけた。
――こいつをぶちのめせ。こいつを痛めつけろ。
――こいつを全身アザだらけにしてやれ。今、オレがどれだけイヤな気持ちなのか、こいつにも教えてやるんだ。
月矢の足の下。平塚は腕をふり回して暴れた。
右手のコルト・ライトニングを、頭より高く持ち上げた。全力をこめて、銃をふり下ろす。
グリップの底を、たたきつけた。平塚の顔面に。
なぜか、銃を撃とうとは思わなかった。それよりも、このガキをなぐりつけたい欲望が、はるかに強い。
「し、死にたくないっ! 死にたくなぁ~い! し、に、た、く、な、いぃぃっ~!」
男が出すとは思えない、高い金切り声が上がる。平塚の右目のまぶたが切れて、血が吹き出す。赤い液体が太陽に照らされて、あざやかに光る。
平塚はのたうち回る。ありとあらゆる方向に、花畑
を転がりまくる。足下でさいていたタンポポのわた毛が、風に舞って飛んでゆく。
月矢はあざ笑った。笑いながら自分の理性が完全にマヒするのを感じた。
「はっははっ! あっはっははっ! ……目の神経は、他のよりも二十倍敏感なんだぞ。どうだ? 今の気分は?」
「し、死ぬのは、やだよおうっ! ほっ、本当だよおうっ! ほ、本当に、俺は死にたくねえんだよぉぉっ! 俺はぁぁっ~!」
平塚は右目を手で押さえていた。指の間から血があふれて、手首まで流れてゆく。口からは赤ん坊ように、よだれをたらしている。
月矢は敵の緑色の頭に銃口を押しつけた。相手をなぐりたい欲望は満たされた。次は相手に銃を撃ちこんんで命をうばいたい欲望がこみあげている。
残酷に笑いながら死刑宣告をした。
「安心しろ、おまえは死なない。死ぬんじゃなくて、殺されるからだ」
「やめとけ」
横からのびた堕星の太い腕が、月矢の肩をつかんだ。銃が平塚の頭からはずれた。
堕星は今までに見たことがない青白い顔で、地面にツバを吐いて言った。
「そんなヤツ、殺す価値もねえや」
月矢は腕から力がぬけるのを感じ、銃を花畑に落とした。拾い上げようとする気力は、起こらない。
「これが現実だったら、まだ、地獄の方がマシ……ね」
ふるえている堤の声が聞こえた。月矢は後ろをふり向いた。
いつのまにか、堤がやってきていた。彼女はハンカチで口を押さえて、苦しみをこらえていた。誰もが必死になって、目の前の出来事に耐えようとしている。
太陽が限りなく明るい光で、世界をてらしていた。
目のさめるような青空だ。緑の草原は輝くように
まぶしい。
草原の中には、白い花びらをつけたハコベが咲いていた。赤い花びらをつけたアザミが咲いていた。
黄色い花びらをつけたタンポポと菜の花がさいていた。青むらさきの花びらをつけたタツナミソウが咲いていた。
すべての春の花たちは、息をのむほど美しい。ただし、その場所は死体を食う少女と、片目から血を流す少年によって汚されている。
「ゲロみたい……な世界だ……」
月矢はうめくようにつぶやいた。今までおさまっていた不快感が、もう一度わき起こる。胃の奥から、未消化の朝食がこみあげてくる。
月矢は限界をこえて、思いきり口から吐き出した。二人の神童といっしょに、この世界を汚した。




