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革命運命  作者: 安田勇
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第四章 花園と少女と流血  「2」

   二


 夢想鉄道の旅がスタートして、三日目の朝。朝食をすませた月矢たちは、バスに荷物を積みこんで、すぐさま海猫亭を後にした。 


「あぁ~あ。昨日でなかよしタイムも終わっちゃったねえ。これからは、かったるいお仕事が始まるぞ。エライ人から命令があるまで、何をやらされるか分かんねえが、楽な仕事だったらいいねえ」


 バスの先頭に立つ堕星は、クリップボードで頭をかきながら、あくびをして言った。


「バカな事を言わないでください! 私たちがお手本になって、がんばらなきゃいけないんですよ!」


 運転席の堤がふり返って、やじを飛ばす。昨日からつづく、めおと漫才。

 月矢は前から四番目の左の席にすわって、ぼんやり窓の外をながめていた。まぶしい朝日が窓ガラス全体から入って、目が痛いほどだった。


 今日はのんびりするヒマもなく、急いで宿を出たせいで、頭が眠気でぼうっとしている。

 無傷は前から三番目の右の席で、堕星と堤のつまらない話を聞き入っている。

 今日の彼女は、二日前の黒いセーラー服姿だ。前回は最悪なほど汚れていたが、今は新品のようにかがやいて見える。


 波津街でクリーニングに出したらしい。

 今の時刻は朝の八時過ぎ。車が波津街を出て、二十分が過ぎようとしている。バスの外の世界は、すべてが草原だった。白や赤など色とりどりの春の花が、太陽の光をあびている。


 中でも菜の花が特に目立っていた。草原の中を黄色い点が何百何千と埋めつくしている様子は、何も花に興味のない月矢でもきれいだと感じた。


 あたりには人影もなく、建物一つ見当たらない。青い空と緑の草原が、地平線いっぱいまで広がっているのが見わたすことができた。


 こんないい景色で、弁当を食べたらうまいかもなと月矢は思った。

 堕星はクリップボードを見ながら、だるそうな口調で原稿を読み上げた。


「次に俺たちが向かうのは養神街だ。人工は約三百五十万人。全国で一番、神童教育に熱心なところだ。なんせ、他の街からもたくさんの神童さんが、お勉強をしにやってくるほどだからな。そういう神童さんを対象にしたコンテストも、ここでは年中行事なんだとよ」 


 月矢は堕星の説明を聞き流して、草原の彼方を見つめた。

 何もない草原の中。目印のように、一本の大木が生えている。バスが進むにつれて、それが松の木であることがはっきりしてきた。


 月矢は視界のすみに赤い何かが動くのを感じた。顔を横にむけると、無傷がそばに立っている。赤い物体は彼女のセーラー服のリボンだった。


「神崎くん! 今すぐそこから、はなれて!」

 ただならぬ様子で無傷はさけんだ。

「えぇ~? 何がどうしたって?」


 月矢はまぬけな顔で聞き返した。ぼうっとしている月矢の腕を、無傷は思いきり引っぱった。


「早くして!」 


 あまりに強い力に、月矢は席から転げ落ちる。

 はずみで無傷の上に、たおれこんでしまった。

 その直後。紙袋が割れるような破裂音が鳴った。バスの窓ガラスがくだけちった。


 ガラスは何百もの細かいつぶとなって、床にいる月矢と無傷の頭の上に激しく降りそそぐ。

 今の一撃で左の窓が五枚以上、破壊されていた。あのまま座っていれば、自分も同じ運命をたどっていただろう。月矢は背筋が冷える気がした。


 いつのまにか、バスは停まっていた。

 月矢はたおれた状態で、堕星と堤の様子をうかがった。心得たもので、堕星は床にふせていたし、堤も運転席にしゃがみこんで、襲撃から身を守っている。無傷は月矢に手をのばして、指で顔にふれながらたずねてきた。


「ケガはない? だいじょうぶ?」

「だ、だいじょうぶ……だ」 


 答える月矢の声はうわずっていた。せまいバスの通路で、無傷の体と思いきり密着していた。彼女の息づかいさえ、肌を通して伝わってくる。肩から足まで、全身で無傷の体温を感じる。


 おまけに、見合わせた顔と顔の距離は五センチもない。無傷の両目が、じっと自分を見つめているのに月矢は気づいた。


 ――や、やばい! こ、この人って本当に女だったのかっ!  


 死ぬほど当たり前のことを月矢は生々しく感じた。思わず、かーっと顔が熱くなる。

 全身の血が頭に集中していた。非常に気まずい。何よりも、息苦しい。無傷から体をはなして、月矢は起き上がろうとしたが――。


「そのまま、じっとしてな! まだ、次がくるかもしれねえ!」


 ふせていた堕星が鋭く警告した。月矢は無傷の両腕で、ぎゅうっと抱きしめられた。無傷の肩に顔がくっついて、視界がまっ暗になる。


 ――ああ~。ハチミツの中に、頭までつかってるみたいな感じだぞぉ~。


 月矢の頭は急にぼんやりしてきた。この少女の世界に飲みこまれて、甘く幸せな感覚が体中に広がってくる。しかし、今の自分は情けないほどニヤニヤしているんだろうなと、冷静に考えている意識もあった。


 バスの中に沈黙が流れた。四人は息を殺して、危険が去るのを待った。

 やがて、草をふみしめる足音が聞こえた。待っていても、危険は去ってはくれないらしい。


 襲撃者が近づいてくるのが、音だけでも分かる。

 運転席の前。バスの出入口である、折りたたみ式の扉が急にゆれ出した。襲撃者がバスの中へ侵入しようとしていた。


「私は開けてないわよ!」

「そんなの、わかってらぁ!」


 堤がさけぶと、堕星はりちぎに言い返した。この男は敵の攻撃が止まったと判断したらしく、床から起き上がった。

 月矢の中のハチミツ気分も、一気に消えた。冷水をかぶったように頭がはっきりしてゆく。


 ――バカか、オレは! 今は女とイチャついている場合じゃない!

 ――これから、殺し合いが起きるってときに、こんなことしてられるか!


 ふぬけのようだった顔を、強く引きしめる。上半身を起こして、無傷から体をはなした。

 意識を集中させる。〈陰陽線・起動完了〉とおなじみのメッセージが、月矢の目に映った。すべての思考が〈電脳化〉された。


 腰のガンベルトに手をのばして、コルト・ライトニングに指をからませる。バスの通路から、立ち上がった。

 無傷は、自分の服についていたガラスのつぶをはらっていた。彼女も月矢につづいて、床から起き上がった。

「開けぇ~! ゴマァ~!」 


 ふざけた若い男の声がした。折りたたみ式の自動扉が、ギリギリと金属的な悲鳴を上げる。外部から不自然な力を受けて、扉はアルミ缶のように、あっさりつぶれてゆく。出入口が開いて、外の風が車内に吹きこんできた。


「あのぉ~、今のはイカク射撃なんだけどぉ~、びっくりしましたぁ~?」 


 何者かが階段を上がってきた。

 原色のクレヨンをぬりつけたような緑の髪をした頭が見えた。身長は月矢より頭一つ分は高く、神童学院の校名が入った学生服を着ていた。異常なほど青ざめた顔に、濁った目が、どす黒くかがやいている。


 見た目は一六、七歳のガキ。ポンプ・アクション式のショット・ガンをにぎっているところからすれば、この銃で今の襲撃をしたのはまちがいない。


「僕はねえ、平塚修一って名前で神童なんだよぉ~。それも一級神童なんだけど、知ってるぅ~? ああ、ごめんねぇ~。一般人は知らないかぁ~。皆さんは神童じゃないフツーの人だもんなぁ、あっははっは」   


 平塚と名乗ったガキは、頼んでもいない自己紹介をしゃべり出した。のびたラーメンのように、だらだらした口調で。

 月矢は目の間に深いしわを寄せて、悪意のこめた視線を乱入者にたたきつけた。足を動かして、びんぼうゆすりもしている。

 このガキを一目見た瞬間から、絶対に自分が好きになれない人間だと感じた。


「神童って選ばれた人間しかなれないのは、君たちも知ってるでしょぉ~? 特に一級神童は神童の中でも、トップの五十番以内に入らないとなれないんだよ~。でも、僕みたいに優秀だと大変なんだよねぇ~。

今回もスポンサーに、めんどくさい仕事を頼まれちゃうしさぁ~。だけどぉ……」


「ハイ! ストップ! あんたの話はおわりだ!」 

 手の平を強く二回、月矢はたたいた。バスの中がしんと静まる。誰もが月矢に注目をした。あっけにとられて平塚という一級神童も、言葉を失っている。


「それ以上話したけりゃ、カネを出せ。一分間につき十万円はらえばオレがカウンセラーになってやるよ」

「ん、あぁ~?」


 平塚は口をあんぐり開けた。もっと話したいことがあるのに、なぜ邪魔をされるのか分からないという目つきになっている。

 月矢は頭に血がのぼるのを感じながら相手にしゃべるスキを与えないために、早口でまくし立てた。


「誰か、あんたの話を聞きたいってたのんだ奴がいるか? 出会って三十秒もたたない あんたが、どこの何サマだろうと関係ないんだよ。

だいたい、あんたの話を聞くとどんないい事がある? オレが一エンでももうかるか? 何にも、もうからねえよ!」  


 月矢は右手を平塚へ突き出して、金のさいそくをしながらつづけた。

「まだ、しゃべりたいならカネを出せ! あんたのクソみたいな話は、カネをもらわないと聞いてられねえんだよ! ゴミやろう!」


「おお! こわぁ~い! この人、攻撃的だねぇ~。シンナーとかトルエンをやってんじゃねえのぉ~。ヤッバイよぉ~!」


 少しもこわがっていない様子で平塚は笑う。棒で物を示すように、ショット・ガンを無傷に向けながら語った。

「僕はねぇ、スポンサーに頼まれて、このブスな姉ちゃんを引き取りにきたんだけどぉ~」


「なんで、そんな事するのさ? 理由を言ってもらおうか?」 

 険しい顔つきで堕星が一歩前に出る。必要とあらば、実力で平塚の妨害をするような気迫があった。


「このブスな姉ちゃんは神童学院で、軍事訓練を受けた兵隊なんだよぉ~。それも、三級以下の落ちこぼれなんだけどねぇ~」


「どういうこと! 軍事訓練とか、兵隊って意味が分からないんだけど! どうして儚ちゃんが、そんな物と関わりがあるっていうの!」


 堤が鋭い調子で文句を言う。怒りを感じているのは、月矢だけではなく、堕星も堤も同じらしい。


「知らないなら教えてあげるけど、裏では神童産業も自分たちに逆らうやつらを殺すための軍隊を持ってるんだよぉ~。僕もこの人も、そこの出身なんだぁ~。そうだよねえぇ~? 無傷さぁ~ん?」


 平塚は心底バカにした顔で、無傷に呼びかけた。世間知らずの新入社員に、説教をたれる上司のような態度で。

「わたしは神童産業には、もどらない! もう全部、終わったことでしょ!」


 無傷が大声を出した。目尻がつり上がっている。平塚に言われたことが、よほど不快だったのか、今まで見せたこともない激しい感情をあらわにしている。


「あのねえ、神童を一年教育するのに、どれだけお金がかかるか知ってますぅ~? なあ~んと、六百三十万エンもかかるんだぁ~。ペーペーのサラリーマンの年収が二百万としたら、その三倍以上だよ。

 それだけ神童産業にお世話になってんのに、逃げちゃったらダメじゃ~ん」


「神童産業との契約はもう終わったでしょ! これまでの仕事で、借りていた分のお金も全部返したはずじゃないの!」 


 言い返す無傷は、興奮のため顔から耳まで、まっ赤になっている。平塚は彼女の怒りなど気に止めず、ねばりつくようにあげ足を取った。


「君さあ、仕事をやったから、おわりって問題じゃないんだよねぇ~。今まで世話になった恩があるでしょうがぁ~。

 だいたい、よそで何をしてるかと思えばムソーテツドーとかいう、こぉ~んな変なグループに入っちゃって『ワタシは自分の幸せをみつけるわ』みたいなことやってるしぃ~。いけないんじゃないのぉ~?」


 無傷は何も言わず、怒りに燃えた目でにらんでいる。唇をかみしめて、体を細かくふるわせている。


「まぁ、僕は一級試験に合格したけど、君は三級試験にも落ちたじゃんねぇ~? 結局、あれだろ? 僕のような一級神童になれなかったことに、君は引け目を感じてんだろぉ? だから、こういう所でさぁ……」


「わたしは一級神童なんかに引け目を感じない! 神童産業にも帰らない! あんたの言うことを聞くつもりだって、絶対にない!」


 平塚のくだらない推測が終わる前、無傷は本気でさけんだ。今の一言でかなりの体力を使ったのか、彼女は肩で息をしている。

 月矢は何か言い返したかったが、できなかった。同じように堕星と堤も黙っていた。


「なるほどぉ~。そういうわがままな子には、おしおきが必要だねぇ~。何が何でも、君には来てもらわないと、困るからぁ~」


 平塚はショット・ガンで自分の肩をたたきながら、くさった生ゴミをぬりつけたような笑い方をしていた。女子供がどれだけさわごうが、最後は自分の言いなりにさせようとする、ゆがんだ自信にあふれている。


「外に出ない? ここだと迷惑になるから」

 無傷は冷たい声でぴしゃりと答えた。この手の人間には、何を言ってもムダだと悟ったらしい。


 彼女は自分のスポーツバッグをひらいて、中から一本のバトンを取り出す。長さは三十センチほど。柄は緑色。先には赤いチューリップのつぼみがついている。

 花のレプリカのような棒をにぎって、無傷はバスを下りた。ふり返ることもなく、草原に出てゆく。


「そうかぁ~。おしりペンペンされるのを、人に見られたくないんだねぇ~。じゃあ、お外でやりましょうねぇ~」 

 平塚は軽い足取りでスキップをふみながら、無傷を追ってゆく。何から何まで、ふざけたガキだった。


「待ちなさい! 二人とも!」 

 堤は呼び止めたが、二人は止まらない。堤は運転席から出て、追いかけようとした。だが、ひょいと堕星の腕がのびて彼女の肩をつかんだ。


「堤ちゃんこそ、待ちな。ふつうの人間じゃあ、逆立ちしても神童さんには勝てない。どれほどプロの武術家だって、な」

「じゃあ、あの子をほっとくんですか!」 


 堤は自分の命に関わることのように、真剣に問いつめた。堕星はタバコを口にくわえて火をつけた。煙を吐き出しながら、平然と答えた。


「いや、無傷ちゃんだって神童だ。俺のカンじゃ、ひと暴れすると思うぜ。しばらく見物した後に、手を打ってもいいんじゃないか? あの子の正体が分かるチャンスかもしれん」


 堤は納得がいかない様子で、メガネの奥の両目をつり上げている。ただ、堕星の言葉にも一理あると判断したらしく、無傷を追うことをあきらめた。

 月矢も割れた窓をのぞいて、外に注目した。しばらく、二人の神童の対決を見守ることに決めた。

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