第四章 花園と少女と流血 「1」
一
東の空にあがった太陽は、ゆっくり動きはじめていた。平塚修一は腕時計を見た。午前七時四十分すぎ。約束の相手は、もう十分は遅刻をしている。
「おせえなぁ~。あの人っちは何をやってんだろぉ~なー」
顔では笑うことはできるが、体の中では相手への殺意がわきあがっていた。
平塚は波津街と養神街の境目にある、一本松と呼ばれている中間地に来ていた。あたりは草原が広がっているだけで、めぼしい物は何もない。
四階建てのビルほどの高さがある、巨大な松の木が目印のように立っているだけだ。
「いやがったなぁぁ! 平塚ぁぁ~!」
下品な女の声と同時に、やかましいバイクの音がした。
ノーヘルの女たちが二人乗りをしていた。違法改造をしたとしか思えない轟音を立てて、50CCバイクが一本松の前で止まる。
金色に染めた髪。茶色に変色した肌。汚れたセーラー服。おなじ人間をコピーしたようにそっくりな外見。二日前、平塚が金でやとった女ギャングだ。
「ご苦労さぁ~ん。君たち、留置場から脱走してきたんだってねえぇ~?」
平塚は笑顔で呼びかけた。女たちが無傷儚のラチに失敗して、警察に捕まったという情報はすでに知っている。
二人はバイクから降りると、エンジンも切らずに近寄ってきた。一人は右足に包帯を巻いて、足をひきずって歩いている。
敵にクロスボウの矢を投げられたときに受けた傷らしい。もう一人は右目に眼帯をしている。
こちらは、敵に警棒でなぐられて、地面にたおれたときにできた傷なのだろう。
「やつらのボディガードのせいでなあ、仲間が銃で撃たれたぞ! 全部オメエのせいだぁっ! オメエがヤバイ仕事を押しつけたから、こんな事になったんじゃねえか! どうしてくれんだよぉぉ!」
足に包帯を巻いた女――ギャングのリーダーは、平塚の制服をつかんでゆらしながら怒鳴りまくる。
怒り狂った女の顔は、ブルドッグにそっくりに見えた。銃で撃たれたと言っているが、平塚は彼女自身が味方を誤射したことを知っていた。
しかし、話し合いをするつもりはないので、重要なことだけを伝えた。
「でもさあー、僕はちゃんとカネを払ったよねぇ~?」
「たったの十八万でどうしろってんだよ! ウチらはオメエのせいで、自首させられて、おまわりに捕まったんだよ! 一番悪いのはオメエなのに、何でウチらがこんな目にあわなきゃなんねえんだぁ! ふざけんじゃねえよぉ!」
平塚の言い方が気に入らないのか、女の怒りはさらに加速した。
同じように平塚の中でも、彼女たちへの殺意はムクムクと成長している。今までガマンして相手の話を聞いてやったが、そろそろ行動に移ってもいいころだろうか。
「なるほどぉ~。君らは仕事のクレームをつけに来たってワケだ。でも、君らはラチるのに失敗したで……しょ!」
平塚は笑いながら、右の拳を女リーダーの顔に打ちこんだ。拳はリーダーの茶色い顔にめりこむ。肉と肉がぶつかる重い音が鳴る。
女リーダーは顔を押さえながら、あおむけに地面にたおれた。平塚は軽くジャンプをして、地面にいる女の上に飛び乗った。
平塚の足が女の腹に、激しく食いこむ。自分の全体重をかけて、相手の体を両足でふみつぶす。
「ひっ! ひいぃぃっ~!」
耳をつんざく悲鳴が上がる。違法改造をしたバイクの音でさえ、小さいと思えるほどの金切り声が。
平塚は足に力をかけながら、わざとゆっくり腹の上から下りた。金髪女の顔は、血を吹きそうなほど赤くなっていた。
「お、おなかっ! おなかがいたいっ! 苦しいよっ! やだ、やだあぁぁっ~!」
彼女は涙を流しながら同時に鼻血も流している。
八つ当たりのように、地面をなぐっていた。そうすることで、自分の痛みが止まると信じているのか、何度も土をたたきまくっている。
苦しむ女を見ていい気分になった平塚は、笑いながら腰をかがめた。子供のいたずらを注意する、母親のような口調で地面の相手に言った。
「あんまりワンワン泣くと、みっともないよぉ~! もうお姉さんなんだから、ちょっとぐらい痛くてもガマンしようねぇ~!」
「な、何考えてんだよ、あんたぁ! こ、こ、殺す気かよ!」
眼帯の女がしがみついて、止めようとしてきた。
平塚は背中に手をまわして、ズボンの間にはさんでいた銃を高速でぬきとった。
ストックのついた長い銃。ポンプアクションで弾をこめて射撃するショット・ガン――レミントンモデル八七〇P。中には実弾も六発入っている。
平塚が女の腹にショット・ガンを押しつけるとうそのように動きが止まった。
「僕は君ら六人に、一人三万エンもはらったじゃないの~。合計十八万エンですよ~。だいたい、十八万って言ったら大金じゃないですかねえ~?
君らが売春やっても、一日二万エンぐらいしか稼げないでしょ? 売春じゃあ、やくざに場所代取られるから、もっと少ないかなぁ~」
残された女は青ざめた顔でふるえていた。一歩、二歩と後じさりをはじめる。
彼女はようやく気づいたらしい。仲間の命より自分の命の方が、何百倍も大事だということを。
平塚は相手の反応など無視して、自分の調子でしゃべりつづけた。
「それにさぁ、君らはただの一般人でしょ? 神童じゃないでしょ? 何の取り得もないフツーの人間じゃんね~?
そういう一般人がカネもうけしたかったら、あぶない目に合わなきゃならないのは当然じゃなぁ~い? ちがうぅ~?」
「やだっ! もう、やだぁぁ~!」
ついに眼帯の女は、背中を向けた。停まっているバイクに向かって走り出す。
自分一人だけ、逃げ出そうとした。
平塚は散弾銃を撃たなかった。かわりに銃をふり回して、相手の後頭部をなぐりつける。脱走しようとした女は顔から地面に転んで、ストップした。
「お姉さぁぁ~ん! 仲間を見捨てて、帰っちゃったらダメだよぉ~!」
ふざけた声を出して平塚は笑った。たおれた女は、のどの奥でうめきながら頭を起こす。額が切れて、血がしたたり落ちている。
平塚は女の目の前で、仁王立ちになった。
相手の鼻先にショット・ガンの銃口を向ける。女は地獄の底を見るように、銃口の闇をのぞきながら、ガタガタふるえて命ごいをした。
「や、やめてぇっ! もう、カンベンしてよぉ~! お、お願い!」
「カンベンしてもいいけど、僕の十八万エンはどうしてくれるぅ~? ちゃんと、その分は働いてもらえないと困るんだけどぉ~!」
「……な、何でも……し……ます」
先に地面にたおれていた女リーダーが、かわりに答えた。言葉使いが敬語になっている。突然、平塚の奴隷になったように、こびへつらった態度。
自分の言うことを聞く相手に、うれしくなって平塚は表情をゆるめた。不気味なほど、子供じみた言い方で答えた。
「えぇ~? 本当に何でもやるのぉ~? じゃあ、もう一回。お姉さんのおなかをふんづけて、トランポリンやってもいいのかなあ~?」
「やめてよぉっ~! お願いだから、それだけはもうやめてぇ! や、やめてくださいぃ~!」
女の顔がゆがんで、大量の涙がこぼれた。数十秒前、自分が味わった地獄の苦しみを思い出したのかもしれない。
平塚は腹の底から、大声を上げて笑い転げた。かかえていた銃をふり回しながら、盛大に笑う。
「あっははっ! ウソだよぉ~! もう、そんなことしないよぉ~! こういう事してると、将来奥さんにも、同じことしそうだからやめるよ~!」
「ど、どうすれば……ゆ、許してくれ……ますか?」
「そうだねぇ~。この前、君らがラチに失敗した女の子いたでしょ? 二人であの子のプレゼントになってくれない? 君らがいれば、めちゃくちゃ喜んでくれると思うからさぁ~」
傷ついた金髪女たちは、どちらも顔に冷や汗を浮かべ唇をふるわせていた。恐怖と苦しみがまざりあった、絶望的な顔つきだった。
二人を見ながら平塚は満足していた。たぶん、今日は昨日よりも何倍も楽しい一日になるだろう。




