第三章 もどらない時代 「7」 ←追加です! すみません!
三章のラストです。すみません。ぬけていたページでした。新しく追加します。もうしわけない。
七
夕食後の自由時間。月矢はテレビを見る気にさえなれず、何もやる気が起こらなかった。気ばらしを求めて、自分の部屋から廊下へ出た。
窓の外をのぞくと、闇の中で波津街の家々の明かりが、ぽつりぽつりと光っている。
完全に夜だ。
近くでオレンジの光がゆらいでいるのに気がついた。場所は、宿の中庭。堕星が棒きれを持って、炎をつついているのが見える。たき火をしているらしい。
月矢は窓を開けて、大声を出した。
「おい、堕星! 何を燃やしてるんだ?」
「夢想鉄道のガイド・マニュアルだよ! 読んでいるとムシャクシャしてくるし、持っていても、二度と読まないからなぁ!」
堕星もおなじように大声を出して答えた。
互いの距離がはなれているので、ふつうの声では届かないのだ。
「持っていても二度と読まないものが、オレにもあるんだ。いっしょに燃やしてもいいか?」
「おう、やんなよ!」
月矢は部屋にもどって、自分のバッグの中身をかきまわした。ふくらんだビニール袋をつかみ取り、玄関に向かう。靴をはいて外へ出て、堕星の待っている中庭に回った。
月矢はビニール袋の中から、十通以上の封筒を取り出した。どの封筒もおしゃれな花柄もようで、ピンクやクリーム色など、あざやかな色をしたものばかり。
あて名には『神崎月矢くん』とある。
封筒とビニール袋を、炎に投げこんだ。高熱の光は紙のたばに食らいついて、勢いを増した。カラフルな封筒は十秒もしないうちに半分が灰に変わった。
棒で火をかきまぜながら、堕星がたずねてきた。
「この手紙って、さっきの娘さんのかい?」
「さすが、大人は鋭いねえ」
月矢は苦笑いをしながら、中庭の花壇のふちに腰をかけた。この男には隠しごとをしてもムダだと、直感でわかった。
また、この男ならばグチをこぼしてもいい気になり、自然と口が動いた。
「ずっと持ってたけど、あいつの手紙をなかなか処分できなかった。でも、今はなんであんなやつを好きだったのか、分からない。夢からさめたみたいだ」
「簡単に手紙を捨てちまうとは、あんたもあっさりした男だねえ。そんなにイヤな思い出かい?」
堕星も棒を火に投げこむと、花壇にやってきて腰を下ろした。月矢のグチにつきあってくれるらしい。炎を見つめながら、月矢は一人言のように語った。
「高校のとき、あの人とつき合っていた。ふざけた女だった。約束も守らないし、ウソばっかりつくし、うんざりさせられた。でも、一番許せなかったのは、オレ以外にもたくさんの男とつき合ってたことだな」
「合わない女とは、何をやっても合わないもんさ。でも、合う女とは何もしなくても、自然に引かれあうもんなんだ。にたような経験は、俺にもあるぜ」
堕星は大きく口を開けて笑った。自分より年上で人生経験の豊かな男らしく、さりげない同情の言葉をかけてくる。
「だけど、もうすんだことだ。オレはこれからの新しい出会いに、期待したいね」
「その新しい出会いだけど、無傷ちゃんとは今日どうだったんだい?」
堕星は身を乗り出して、わざとらしく月矢の肩をたたいた。
月矢は言葉の『意味』を早とちりして、ムキになった。バカにした目つきを堕星に向ける。
「あのなあ、オレが初日からあの子に変なことをすると思ってるのか? まだ、指一本さわっちゃいないよ」
「ちがう、ちがう! 俺が聞きたいのは、恋愛の話じゃない! あの女の子の過去についての話さ! どんなことでもいいから、あの子は自分の事を話さなかったか?」
「そういや、前は全寮制の学校に入ってたって聞いたよ」
「なんで、その学校に入ってたのか? 何の勉強をしてる学校だったのか? くわしい話は聞いたか?」
堕星は真剣な顔になっていた。急き立てるように、連続で質問をする。何か重大なことに、あせっているかのように。
「いや、その件はあんまり話したがらなかったよ。オレが自分のことばっかりしゃべってたから、あの子は聞き手だった」
「じゃあ、堤ちゃんから、例の話は聞いたか?」
「聞いたよ。無傷が神童だっていう話だろ? それって、本当か?」
月矢たちが街で買い物してる時、無傷が一人でトイレに行った瞬間があった。その後、堤が『あのね、儚ちゃんは神童かもしれないの』とこっそり告げたのだ。
だが、何かのカンちがいだろうと、月矢は本気にしていなかった。
「俺も気になって神童産業に問い合わせてみたんだ。そしたら『当社にはムキズ・ハカナという人物は在籍しておりません』だとよ」
堕星はおおげさに肩をすくめた。自分が聞きたいぐらいだ、と言うように。
「だったら、無傷が自分から話すまで待つしかないだろ。誰にでも、人に話したくない過去の一つや二つ。あるんじゃないか?」
正論のつもりで月矢は言ったが、堕星は顔をしかめていた。深刻な問題を、深く考えるような口ぶりで答えた。
「だけどよ、何だか悪い胸さわぎがすんのよ。最初の静煙街の時から、あの子は秘密だらけの不思議少女だったろ? 必ず裏に何かある気がする。神童産業の連中が、とびきりヤバイ何かを、かくしてるんじゃないかって、な」
堕星は花壇から腰を上げて、たき火に近づいた。
炎は勢いを失って弱っている。用意していたバケツの水を、消えかかった炎にかけて堕星はとどめをさした。
「なかよしタイムは今日でおしまい。あしたは次の目的地。養神街に行くぜ」
カラになったバケツを腕に引っかけて、堕星は歩き出した。月矢も立ち上がり、後につづく。
宿に戻る前、空を見上げた。夜空には、無数の星たちが出ていた。空気の汚れた静煙街の空では決して見ることのできない、夜の宝石たちだった。




