第一章 くさった街を、かなぐり捨てて 「2」
二
神童産業・第一支部は静煙街の中心市街地にあった。
神童という特殊能力者について、研究を行なっている大施設だった。
神崎月矢は、その中でCTスキャナーによる検査を受けていた。
月矢は十八歳になる男だった。短くかった黒髪。野生的で攻撃的な黒い目。身長は百六十五センチにも満たないほど小柄で、細い腕と細い足をしている。
今は検査用の薄い着物を着て寝台の上に寝ていた。
――はやく、終われ。はやく終われってんだよ。くそ。
頭の中で月矢は何度も念じた。
自分はこんなくだらない検査をされるために、来たのではない。
もっと、すばらしいこと。人生で最大のスリルと興奮を味わえるイベントを体験するために、ここに来たのだ。
寝台が動き出した。O字型の装置の中へ月矢の体は吸いこまれてゆく。赤い光が頭から足の先まで、通りぬけると装置から表へ出された。
「神崎君、ちょっと来てくれないか?」
操作室のドアが開いて吉沢が出てきた。吉沢は三十歳前後の男で技術者だった。
銀ぶちのメガネをかけて医師のような白衣を着ていた。
髪は月矢よりも短く、顔つきは無愛想。メガネの奥の視線は、ずる賢そうに光っている。会う度にギャグが通じそうにない、ガンコそうな男だと月矢は感じていた。
寝台から起き上がり、スリッパをはいて操作室に入る。
机の上には、二つのパソコンの画面が光っていた。右側は画像処理用。左側はCT制御用。
吉沢はタッチパネルを操作して、CT制御用をいじってみせた。画面には機械で透視した月矢の体内が映し出される。
「君の体に陰陽線をうめたのは、二週間前だった。最初は長さ十センチだった線は、急速に成長して全身に広がっているのが分かった。
今は第二の神経のように、人工神経がはりめぐらされているよ」
陰陽線は人体強化専用パーツだということを、月矢は知っていた。
それは全身麻酔をかけられて、首筋から自分の体内に注入された。形は人間の髪よりも細い糸だったが、中に高密度の情報がつめこまれているという。
神童産業の最先端の技術がたたきこまれた新商品であり新兵器なのだと説明を受けていた。
「これを使って、武器の支配化をやってもらえないか?」
吉沢は白衣のポケットから一発の弾丸を取り出す。オートマチック拳銃に広く使われている金色の九ミリ・パラベラム弾。
月矢は九ミリ弾を受け取って二本の指ではさんだ。
力をこめると指先から、少しずつ緑色がにじみ出てくる。緑はじわじわ広がって金色の弾をのみこむ。
指でつまむこと約三秒。弾は完全な緑にぬり変わっていた。
武器の支配化は、陰陽線によって身につけた月矢の能力の一つだった。
「これで、いいですか?」
月矢は九ミリ弾を返した。
吉沢は変色した弾を見ながら満足そうにうなずく。
「よし、陰陽線は正常に機能しているのは確かだ。今から君に、テストバトルをやってもらいたいが、問題はあるかい?」
「ぜひ、やらせて下さい。オレも誰かと戦いたくて、しょうがなかったんですよ」
喜びがこみあげて笑いそうになったが、月矢は何食わぬ顔をよそおって答えた。
――はやく、敵を連れてこい。今のオレは、誰かをブッ殺したくてたまらないんだ。
激しい闘争心が溶岩のようにふきあがり、体の中で爆発寸前だった。
人生で最大のスリルと興奮を味わえるイベント。それは『戦い』以外に考えられない。月矢はこの時がくるのを、死にそうなほど待ちこがれていた。
「そう言ってもらえるとうれしいよ。君が陰陽線のテストケースになってくれて、本当に助かった。感謝している」
「いや、オレの方こそ感謝したいですよ。これから、旅に出るには新しい力が必要だった。タダでこんなに強力な体に改造してもらえて、うれしいです」
吉沢が差し出した手を、月矢は笑顔でにぎりしめた。偽りの言葉。偽りの感謝。心の底では、吉沢の好意など、どうでもよく感じている。
すべては、旅に出るために必要だからこそ、彼らに協力しているだけだ。
「では、着がえて戦闘実験室に行ってくれ」
実験動物を見るような視線を月矢に向けて、吉沢は部屋から出て行った。
月矢はCTスキャナー室にもどり、検査用の着物を脱ぎ捨てた。
かごの中から自分の服を引っぱり出して、最初に赤いTシャツを着る。
次に深緑のカラージーンズを両足に通して、靴にはきかえる。最後にジーンズと同じ緑のジャンパーを、Tシャツの上にはおった。
ジャンパーの左胸には、刀をかまえた妖精のシルエットが真紅でプリントされていた。中心には、その妖精の名前である鬼妖精という文字が入っている。
背中にも、同じ妖精のイラストと文字が、五倍以上の大きさでかかれていた。
月矢が考えたオリジナル・キャラクターであり、絵も文字も自分でぬいつけたものだ。
着替えがすむとガンベルトを腰にまきつけた。ベルトには四十八発の弾丸がおさまったループと、銃を持ち歩くためのホルスターがかかっている。
かごの底から、支配化して緑色になった銃を取り出す。名前は、コルト・ライトニング。
二十二口径のリボルバー。
銃身は非常に長く十インチバレルもあった。
西暦時代の資料によれば、大昔のアメリカでガンマンが使っていた旧式の銃だという。
「全員皆殺しにしてやる」
ライトニングをホルスターに差しこんで、月矢は笑いながらCT室から出た。戦闘を楽しめる喜びと興奮で世界がバラ色にかがやいて見えた。