第三章 もどらない時代 「4」
四
「何だってぇ! あの無傷ちゃんが神童だってぇぇ?」
「し、神童って、二百人の中に一人しかいないんでしょ! ほ、本当にあの子が神童なのぉ~!」
路地裏に堕星と堤のさけびが同時にひびいた。堕星は心底おどろいた気持ちで、堤と顔を見合わせた。
二人は戦いの後、六人の女ギャングに尋問をした。月矢と無傷の尾行をしていた理由をたずねたところ、女たちの口から出てきたのは神童という、予想もできない言葉だった。
地面には拳銃が転がっている。数分前、女リーダーが持っていたベレッタ九二F。銃からはき出された薬莢も、一つ落ちている。
女ギャングの一人が、あおむけにたおれていた。
茶色の顔は青ざめて、大つぶの汗が浮かんでいた。
腹からは大量の血が流れていた。堤が女の傷口にハンカチを当てて止血をしていたが、押さえている手も血に染まって赤い。すでに一リットル近い多量の血が、地面へ広がりつつある。
この傷の深さでは、止血をしても気休めにしかならないだろう。
「あ、あたしらは頼まれたんだぁぁ! カネをやるから、あの神童の女をラチってこいって、言われたんだよぉ~! ひ、人に言われたから、やってたんだよぉ~!」
ギャングの一人が、必死で言いわけをする。自分たちの悪事を、他の人間に押しつけるために。
しかし、この女たちは六人とも同じ顔と服装であり、声までもそっくりなため、個人の区別がつかない。一人ずつ番号札でもつけてほしいと堕星は思った。
「神童って全員が神童産業の関係者じゃないんですか? 夢想鉄道に来るフリーの神童なんているんですか?」
せっぱつまった堤の問いに堕星は首を横にふった。
「わかんねえ。あの子に関する情報は、十七歳女子ってだけだった。他には何も出てこなかったろ?」
「まず、今は彼女が先ですね。救急車が来るまでに、間に合えばいいんですけど」
「う、ウソぉぉ~! な、な、なんでこんな事になってんのぉ! や、やべえ! アタシ、人を撃っちゃったぁぁ~!」
派手な金色の頭をふり乱して、女リーダーが泣き出した。彼女は銃を撃った後、電源の切れたテレビのように静かだったが、今は大音量でわめき出している。自分が引き起こした現実を、ようやく認めたらしい。
堕星は友人に対するような、なぐさめの言葉をかけた。
「ああ、そうだろうなぁ。あんたがバーンって撃った弾を、俺はヒョイっとよけた。そしたら、後ろにいたお仲間にドッカーンと当たっちまうなんてねえ……」
「わ、悪いのはアタシじゃねえっ! わざとじゃねえよぉ~! ほ、本当だよ~!」
女リーダーは極度に興奮しながら、堕星の肩にしがみついてゆさぶった。敵に助けを求めるほど、心理的に追いつめられているのだろう。
「わかるよ、その気持ち。ついカッとなって、やっちまったんだよなぁ? ホッとして人を殺すヤツなんていねえもん。だけどさあ、やばいから自首しなよ。
まだ、あんた二十二か三だろ? ブタ箱に五、六年入っても、人生やりなおしきくじゃねえか。俺もいっしょに警察行って説明してやるから、そうしよう、な?」
いかにも同情的なそぶりで、堕星は女の肩をたたいた。
「はい~。そうしますぅ~。はいぃ~」
女リーダーは蚊の鳴くような細い声を出して、鼻をグスグス鳴らしながら、むせび泣いている。泣きながら、堕星の言葉にうなずいている。
信念もなく、度胸もなく、くだらないプライドだけは人一倍持っている、小物のチンピラの姿だった。
堕星が取調室の刑事のような説教モードに入っていると、堤が指でつついてきた。
「大変な事になってきましたけど、これからどうしま
す?」
「この後始末は俺がやるよ。堤ちゃんはそのあいだ、神崎ちゃんと無傷ちゃんを探してくんない? 俺のカンだと……今、二人は海にいると思うな」
「ええっ~! ど、どうして、見てもいない相手の居場所が分かるんですかぁ~!」
信じられないという目つきになり、堤は大声を出した。
堕星はあごをかきながら、そっぽを向いて壁をにらんだ。自分をあざけるような、卑屈な声を出して語った。
「ま……俺にゃあ、超能力があるからね。別に神童ってわけじゃねえけどよ」
堕星は堤のとなりにしゃがみこんで、ギャングの腹へ手をのばした。
血で真っ赤になったハンカチを手で押さえて、今までずっと止血をしていた堤と、役目を交代する。
「じゃあ、そちらは任せます! 最後に、宿で合流するってことで!」
堤は立ち上がり、そう言い残すと走り出した。その直後、表通りから救急車のサイレンが聞こえた。先ほど、近所の公衆電話から通報しておいたのだ。
あいかわらず、リーダーは泣きじゃくっている。負傷した一人をのぞいて、戦意を失った四人の女ギャングたちは、情けない顔を見合わせた。
救急車の後には、パトカーが来るのは百パーセント確実だった。これから行なわれる取り調べを予想して、連中はおびえているのかもしれない。
「やっぱり、神童さんのお出ましか。くせえ感じになってきたぜ」
残された堕星は沈んだ気持ちになって、苦笑いをした。
神童と神童産業。この世を支配しているエリートたち。連中のことを思い出すたびに、楽しくない気持ちにさせられる。他人に触れられたくない過去を、ほりかえされる予感が堕星はしていた。




