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革命運命  作者: 安田勇
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第三章 もどらない時代  「3」

  

   三


「最初に丸沼まるぬま書店に行こうと思うんだ。

昔、オレがよく行ってた本屋なんだけど、あれから

どうなってるのか、知りたくてね」 


 海猫亭から歩くこと二十分あまり。月矢は無傷と商店街にやってきた。

 一般の店の開店時刻である午前十時を過ぎていたが開いている店は数えるほどしかなかった。シャッターが、閉じていたり、ショーウインドーに空き店舗のはり紙がついている店がやたらと多い。


 茶色いレンガ模様の三階立てのビルが丸沼書店だった。運が悪いことに入口はシャッターで閉じられている。『九月十七日をもちまして、閉店させていだだきます』とはり紙が、事情を説明していた。


「ああ、くそ……このまえ来た時は開いてたのに」

 舌打ちをして月矢がくやしがると、無傷がたずねてきた。


「九月十七日に閉店ってことは、去年でおわっていたんだね。ここは、どういうお店だったの?」

「古本屋だった。よく友達と来て、マンガを立ち読みしたよ。西暦時代の復刻版のマンガが好きだったんだけどな」

「昔、この国ではマンガとかアニメとかゲームが、はやっていたんだよね?」


「そう、そう! そうなんだよ! 君はそういうやつで、何か知ってるのはある?」

 無傷の反応に、月矢は思わず身を乗り出した。自分の興味のある話題になると、ついつい力が入ってしまう。


 無傷は申しわけなさそうに、首をふった。

「ううん……わたし、社会で習った事だけしか知らないんだ。ごめん」


「そ……そうかぁ~。チャンスがあれば見とくといいよ。当時の作品には、女の子も楽しめるものもあるから」 

 月矢は重いため息をついた。自分が得意分野の話ができると一瞬うれしくなったが、無理だったため、力がぬけた気がした。


「だけど、どうしてこの店は終わっちゃったの? 昨日みたいにたくさん人がいれば、お客さんも来そうなものだけど?」


「昨日の人は西暦祭が目当ての観光客がほとんどさ。この街の人間は、もっと少ないんだ。オレが住んでいた時代はたくさん人がいたけど、だんだん少なくなってきたよ。もう先は長くないだろうね」 


 そこまで言って、月矢は車道に目を向けた。

 車は一分間に二、三台しか走っていなかった。自分たち以外の人間といえば、向かいの通りに二人の老人が立ち話をしているのが見えるぐらいだ。


 街全体に活気が感じられない。そう遠くない未来に、波津街が破滅をする日がやってくる気がした。

 次の話題を思いつくと、月矢は無傷の顔を見て言った。

 

「けっこう歩いてるけど、疲れない? 少し休もうか?」

「まだ、わたしはだいじょうぶ。神崎くんは疲れた?」

「オレも何ともない。じゃあ……」


 月矢は無傷と視線が合った。彼女の右の頬にある刀傷に目が止まる。右目のそばから、口もとへときざまれた、大きな二つの傷あとに。

 突然、胸の奥から、どす黒い感情がわき上がってきた。昨日、清煙街を出発する前。

 夢想鉄道のバスの中で、初めてこの少女の傷を見たときの気持ちが。


 ――なんでオレは、この人にやさしくしてるんだ?

この人にやさしくすると、何か得になるのか? いいことがあるのか? 


 ひどく現実的な自分の声が聞こえた。月矢は強く頭を横にふって、現実の声を打ち消そうとした。今はこの刀傷を持つ少女と、つきあってもいい気分だった。


「次へ行こう。そこは、良く知ってる場所なんだ」 

 丸沼書店のあった商店街からはなれて、月矢と無傷はさらに南へと下った。十五分近く歩きつづけて、きゅうくつな住宅街にやってきた。


「ここが、神崎くんが前に住んでいた所?」

「そう。花緑町っていう所なんだ。生まれてから十三年間。ずっと、オレはここで暮らしていた」 


 何も目を引く所がない景色だと月矢は感じた。

 地面は、すきまなくうめられた新しいアスファルト。一列にならんだ住宅は、どれもが二階建てで鉄筋コンクリート製。

 すべての住宅はおなじように新しく、おなじように

美しく、おなじようにつまらない。

 他の家とちがうことが、罪でもあるかのように、全部の家がそっくりだ。


 月矢はコンクリート製の街を見つめながら、他人ごとのように無傷に語った。

「昔の花緑町は公園みたいにたくさんの自然があって、花と草と木でいっぱいだった。

 近所に住んでいる子供はみんな友達で、家族ぐるみでつきあっていたよ」


「じゃあ、この街のこと、好きだった?」 

 無傷は素直な声でたずねてきた。目をかがやかせて、月矢の顔をのぞきこんでくる。


 月矢は無傷から目をそらした。

 彼女に見つめられると、自分の中身をすべてのぞかれそうな気がする。

 わざとらしいほどの無表情を作って、感情がマヒしたような声で話し出した。

「昔はこの街が大好きだった。子供のころのオレには、世界が虹色にかがやいて見えた。何もか無限に広がっているような気がした。

 そこではどんな人間だって、幸せになれる可能性があるように思えた。毎日が新しくて、楽しくて、うれしかった」


「そういうの、わかるな」

 無傷はうんうんと、うなずきながら横で話を聞いていた。

 おおげさに感動したり、感激はしない。その自然な反応が、かえって話をしたいという気持ちを強めた。


「でも、オレはここから出て静煙街に行かなければならなかった。おやじの仕事が波津街ではなくなったから、家族で引っ越さなければならなかった。

 こことはちがって、静煙街はロボットみたいな街だった。鉄とガラスとコンクリート。アスファルトとプラスチック製品。それ以外は何もない。


 静煙街に行ってからも、この波津街を狂いそうなほどあこがれたよ。何とかして、波津街に帰りたい。この街にもどることができるなら死んでもいい。何千回も何万回も思いつづけたね、そのころは」


 休みもせずにしゃべりつづけていた口を、月矢は押さえた。かたく両目を閉じる。

 額に手を当てて、考えをまとめようとする。

 ――なんでオレは、何も知らない人にこんな話をしてるんだ?

 ――教授にだってこの話はしたことがないっていうのに。オレは一体、どうしちまったんだろう?……。


 無傷と出会ってからの自分は何かがおかしい。自分

が自分ではない気がした。額に当てた手の平で、

強く頭をにぎりしめる。暴走している脳みそに、外からブレーキをかけるために。


「どうしたの、神崎くん? 頭が痛い?」

「……だいじょうぶだ。なんでもない」 

 心配そうに見つめてくる無傷に、月矢は手をふって答えた。


「すぐ近くに、むかし住んでいた場所があるんだ。つまんないけど、見てく?」

「へえ、見てみたいな~」


 同行者は素直に賛成してくれた。花緑町の表通りから住宅街のわき道に入った。

 車一台がやっと通れるほどの広さしかない道を奥へ進む。

 何軒もの家の前をぬけて、 前と左右が住宅で行き止まりになった袋小路にやって来た。

 月矢が過去の記憶を思い出してぼんやりしていると、無傷が沈黙をやぶって質問をした。


「どれが、神崎くんの家なの?」

「今は壊されてないんだ。そこの――」

 月矢は目の前にある、巨大な灰色をした建物に指をむけた。


 屋根の形はノコギリ型。煙突からは、暗い煙がでて空を汚している。静煙街では、おなじみの物体があった。


「――バカでかい工場のあるところに、昔はあったんだ。築三十年は過ぎたような、木造のボロっちい家だった。友達には見せられないぐらい、ビンボったらしい家だったけど、オレは好きだった。


 何年か過ぎて一度だけこの場所に来たことがある。

もう、今みたいに花も草も木も全部ひっこぬかれていた。オレの住んでいた家は消えていた。友達もみんな、どこか別の街に移っていた」


 無傷は何も言わず、月矢の家があった場所をながめていた。

「ここは、静煙街とおなじように人間に汚された世界になっていたよ。せめて、この街から出る前。写真を撮っておけば良かったと思ったことがある。

 でも、ムダだよな。そんなことをしたって、あの時代が帰ってくるわけじゃない。思い出しても、むなしくなるだけかもしれない」


「ここで、そういうことがあったんだね」

 長い沈黙の後。無傷は短いあいづちを返しただけだった。同情の言葉も、なぐさめの言葉もかけてはこない。

 だが、沈黙の中に共感があるような気が、月矢はした。

「む、む、む、無傷!」 

 初めて呼ぶ相手の名前。何だかてれくさくて、月矢は顔を赤くして言った。ねこじゃらしで全身をくすぐられているような、奇妙な感覚だった。


「なあに? 神崎くん?」

 初めて自分の名を呼ばれることがうれしかったのか、おおげさなほどの笑顔を作って無傷は返事をした。


「君の場合はどうだった? 前にいた学校の事とか……昔の話だよ」

 無傷の笑顔が急に止まって――消えた。別人のようなきびしい表情に入れかわり、彼女は早口で答えた。


「わたしの場合は、あんまり学校は楽しくなかった。苦しい訓練と勉強ばっかりだった。思い出したくない」

「そうか」


 月矢はそれ以上の深い質問をする気はなかった。変わりはてた故郷を、もう一度だけ見回した。

「もう、これ以上ここにいても意味がないな。すぐ近くに海があるけど行かない? この街の中で、いちばんいい景色なんだ」


 こくりと無傷はうなずいた。


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