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革命運命  作者: 安田勇
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第二章 不美少女的世界  「6」

 

  六


 月矢たちの宿になる海猫亭うみねこていは、二階建ての和風旅館だった。

 古びた木造建築で、再生暦のはじめに建てられたような、長い歴史を感じさせた。


 部屋数も二十をこえていて、まずまずの広さがある。一人に一つ部屋が与えられたのは、他人に干渉されたくない月矢にとって幸運といえた。

 夕食後、月矢はヒマつぶしのために、この街の名物である西暦祭せいれきさいに出かけるつもりだった。

「あれ? 神崎くん、一人でお祭りに行くの?」 


 海猫亭の玄関で靴をはいていた時、声をかけられた。ぺたぺたとスリッパの音が聞こえる。廊下の奥から浴衣姿の堤が玄関にやってきた。

 彼女は髪がぬれているためか、頭にタオルをまきつけている。今はメガネをかけておらず素顔だ。いつもの黒ブチのメガネは手の中にある。


 一目で湯あがりだと分かった。一般の男ならば、浴衣の女は色っぽいとか、メガネを外した堤さんもかわいいなどと思うのかもしれない。だが、月矢の場合は年上の女には何もそそられない。


 はぁーっと息を吐きかけて、堤は持っている布でレンズをこすった。くもりがとれると、メガネをかけて月矢の顔を見た。この年上の女にはどうしても友好的になれないため、月矢はトゲのある返事した。


「オレは、堤さんと祭には行かないよ」 

「私も神崎君とデートはいやよ。儚ちゃんといっしょに、女の子どうしで行くから」

「何が『女の子』だよ。堤さんぐらいの歳になれば『女の子』とは言わないだろ。『おばさん』っていうには、まだ若いだろうけどさ」


「ぬ、ぬ、ぬぅ~」

 月矢は皮肉をこめて笑った。彼女は目のあいだに深いシワを入れて、拳をにぎりながらブルブルふるえている。怒りをこらえているらしい。


「九時までには、帰ってくること」

「わかっていますよ、堤先生」


 月矢は海猫亭を出た。午後六時をすぎた今は、太陽もしずんで真っ暗になっている。

 目的は波津街の繁華街。宿から歩いても、三分もかからない近場だ。

 大通りには、ちょうちんという古代の照明器具がつるされていた。明かりには西暦祭と書かれていて、何百もの光の列を作っている。 


 今晩の波津街は、街中の人間が外に出てきたように混雑していた。

 イベントの時には、どこへ行っても目につくおなじみの連中。ちいさな子供の手を引いた家族連れと、ベタついている若いカップルが多い。

 何か興味を引くものはないか、月矢は目をくばりながら歩いた。道ぞいに何軒もの出店がならんでいた。


『魚逮捕屋』は水槽の中に無数の金魚をはなして、それを紙で作られたあみですくい取る遊びだった。しゃがみこんだ子供たちが、一つ百円で買ったあみをにぎりしめて、水槽の中の魚とにらみ合っている。


 となりには『雲菓子屋』がある。雲菓子は白いふわふわしたかたまりを、わりばしに差した甘い食べ物だ。

 他にも鬼やてんぐなど、奇妙なお面をならべて売っている『変身仮面屋』。ならんだ商品をおもちゃのライフルで撃てば、もらう事ができる『射撃遊戯屋』もある。


「この音は何だ?」

 月矢は足を止めた。どこからか古ぼけたメロディーが聞こえてくる。ザラザラと砂をこするような雑音の中。音楽が流れていた。


 そばの屋台には『運命調律屋』と店名が出ている。今まで聞いたことがない商売だった。月矢は足もとで、金色のラッパのついた四角い箱を発見した。


 大きさは十四インチ型のテレビとおなじぐらい。箱は木製。箱の上でまん中に穴の開いた黒いリングが、ぐるぐる回っている。


 横には何かをまき上げるハンドルがあり、金のラッパはあさがおのような形だ。

ラッパの穴に耳を寄せたところ、ここからピアノの音が出ているのが分かった。

 曲の名は知らないが、西暦時代のクラシック音楽らしい。


「なんだか、高性能のオルゴールみたいだ」

「それは蓄音機ちくおんきという音楽を作る機械だよ。流れているのは、バッハが作曲した『主よ、人の望みの喜びよ』という曲だ」


 気取った若い男の声。誰かが月矢のまちがいを正した。そばには、仮面をつけた男が立っている。  

 右半分が黒で左半分が白。中国思想に出てくる陰陽をあらわす太極図たいきょくずみたいなデザインの仮面だった。

両目の部分に細い切れ目が二つ入っているだけで、素顔はまったく分からない。


 声だけで判断すれば、堕星より少し若い二十五歳ぐらいの男だろうか。男は月矢よりも、八センチは身長が上だった。

 頭には灰色の高山帽たかやまぼうをのせていた。灰色の背広を着て、灰色のネクタイをしめている。髪は女のように長くのばしていて、背中までかかっていた。


「このレコードに音楽が録音されていて、回転することで音が流れる仕組みだ。西暦時代にトーマスエジソンという発明家が、最初に作ったものさ。僕は当時のものが好きで色々と集めている」


「めずらしいな。あんた、何の商売をやってるんだ? 芸人かい?」

「僕は運命調律師(うんめいちょうりつし)というんだ。ここにある道具を使って、人の運命を調べてあげるのが仕事だよ」

 仮面の男は謎めいた自己紹介をして、椅子に腰を下ろした。


 男の前には、細長い机が置かれていた。上にはトランプとサイコロと水晶球がならんでいる。見るからに、あやしいムードがただよっていた。


 まじめな口ぶりで、運命調律師という男はたずねてきた。

「君は運命とか宿命というものが、この世界にあると思うかい?」


「非科学的だな。オレは、そんなモノは信じない」

 月矢は鼻を鳴らして、首を横にふった。そんなことを話のネタにするのは、バカらしいというように。


「まあ、そう言わず……トランプではトリックがあるとうたがうだろう。だから、これをふってもらえないか? 君が何を出すのか、当ててみせよう」


 男は白い手袋を両手にはめていた。指のあいだには、六面体のサイコロを二つはさんでいる。

「金はいくらだい? タダじゃないんだろ?」


「無料だよ。大した芸ではないからね」

 男と向き合うように置かれていた椅子に、月矢は腰を下ろした。この運命調律師という男に、少し付き合ってもいい気がした。


 男は指にはさんでいたサイコロを、月矢の手の中に落とした。ちらりと夜空を見上げてから言う。

「君は……二と四を出すだろう」


「へえ、本当かい?」

 月矢は相手の予想を、まったく信じていなかった。何気なく、サイコロをふる。机の上を何度か転がって、それは止まった。サイコロの目は――片方が二。片方が四。男の言った通りの結果。


「もう一度、どうぞ。次は……一と六かな」


 何かおかしいと思いながら、月矢はふたたびサイコロを転がす。

 出た数字は――一と六。またしても、男のいう通りの出目。月矢は信じられない気持ちで、サイコロを見つめた。

 サイコロを指で裏返して、しかけを確かめようとしたが、素人の目ではみやぶることができない。

 仮面の男は軽く笑いながら語った。


「僕には超能力があってね、先のことが分かるんだ。人生もこのサイコロみたいに、運で決定される部分があると思わないか? 人の力ではどうにもならない何かが、あると思わないか?」


「そうだな。人の生まれだけは、本人の努力ではどうにもならないって思うよ。もっと金持ちに生まれたかったとか、もっと美男子になりたかったとか、どうしようもない事はある」


「その通り。でも、それがはじめから決定されていたらどうだろう? 君が出したサイコロの数字は、最初から決められていた事かもしれない。一度目は二と四を出し、二度目は一と六を出すと、決まっていたらどうかな?」


「ははっ。まさか、ね……」 

 月矢は笑い飛ばした。

相手の話がバカらしいギャグに聞こえた。いや、ギャグであると思いこみたかった。仮面の男はアナログの腕時計を見ながらしゃべった。


「かりに、再生暦四十九年。四月十一日。午後七時二分。今、君が波津街のこの場所で運命調律師という変な男と、出会うことが決められていたらどうだろう?

 何もかも最初から決まっていて、変えることのできない運命だとしたら?」


 ――気をつけろ。こいつはオレを、何かワナにかけようとしている。


 男の話をそこまで聞いた時、胸の中で危険信号が鳴った。もう、笑い話にして聞き流すことはできなかった。にやけていた顔を引きしめて、月矢は強く言い返した。相手のペースにまきこまれないように。


「そんなこと、ありえないね。もし、そうだとしたら何もかも無意味じゃないか? そんなバカらしく世界ができているわけがない」

「その通り。決定された未来ほど、つまらないモノはない」


 仮面の上からでも分かった。この運命調律師という男が、笑っているのが。自分のとまどいを見ぬいて楽しんでいるのが。


「ただ、覚えておくといい。何かは最初から決まっていて、途中で変えることができないものがある。君が言ったように、美男子や金持ちに生まれたいといっても無理があるのと同じように、ね」


「はぁ、そんなモンですか……おもしろい見世物をどうも。いいヒマつぶしになったよ」

 どうでもいいという口調で礼を言った。だが、本当は冷静さを失っていた。


 仮面の男から言われた言葉に、心理的に追いつめられている。あと、一分でもこの場にとどまっていたら、洗脳されるような恐怖さえあった。


 月矢は立ち上がり、男から背を向けて早足で去った。すぐに、そうしなければいけない気がした。

 ――あいつ、何かがおかしい。何か、分からないけど危険だ……。


 祭を楽しむ気持ちは失せていた。まっすぐ旅館に帰るつもりだった。

 背後では、月矢の危機感などおかまいなしに、人々のさわぎ声が流れつづけていた。

 祭は夜明けまでつづくことだろう。






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