第二章 不美少女的世界 「3」
三
「今から俺たちはこのバスに乗って、街から街をめぐる冒険旅行をはじめる。カネはかからないから安心してくれ。バス代、宿代、毎日の食いもん代、全部がタダ。
でも、かわりに夢想鉄道のトラベラーは命令された仕事をせにゃならない。その前に夢想鉄道ってのがなんなのか、説明するぞぉ~!」
堕星はバスの先頭に堂々と立っていた。全員に聞こえるほどの大声で、元気良くしゃべり出す。
無傷はしっかり前を向いて話を聞いており、堤は運転に集中している。
月矢は窓に頬杖をつきながら、流れる景色を見ていた。無傷と出会ったショックで、頭の中がぼうっとしていた。人の話を聞く気分にはなれない。
バスは静煙街の外を走っていた。天気はあいかわらずのくもり空。道は古びたアスファルトで、白っぽく変色している。雨に打たれてえぐられた穴がいくつも開いていて、タイヤが穴にはまるとバスが大きくゆれた。
「夢想鉄道ってヘンな名前だろう? これにはちゃんと由来があるんだ。どっかの昔話に夢想街っていう幻の街が出てきて、そこはどんな人間の願いもかなうという、最高の夢の街なんだそうだ。
で、このバスに乗ってたら、そういう街にたどりつけたらいいねえ……っていう願いをこめて夢想鉄道と名づけたらしいぜ。メルヘンチックな願望だけどな」
堕星の説明はまったく月矢の耳に入ってこない。目は外を追っていた。
一戸建ての家、アパート、マンション、商店、工場。過去の建物が道の両側にならんでいる。すべてが、五十年以上前の西暦時代に作られたものだ。長い月日で痛んで、灰色や、黒や、汚れた色ばかりが目立つ。
無人の廃墟は地平線の果てまで、ずっとつづいていた。
「夢想鉄道の目的を簡単に言えば、街と街とのつながりを強めることにある。今から五十年以上前の西暦時代。俺っちの暮らしている土地は国という大きなまとまりだった。その国の名前を聞いたことねえか?」
「『ひぼん』とか『にちもと』のことでしょう?」
「大当たり。しっかりお勉強してんじゃないの」
堕星の問いかけに、無傷がりちぎに答えた。彼女は長ったらしい説明に聞き入っていた。
近代の歴史のことは月矢も少しは知っている。『日本』と書いて、『ひぼん』とか『にちもと』と読むのだ。『にほん』や『にっぽん』という読み方は、まちがいであると教授から教えられた。
「今では国がなくなって、あれ地や廃墟の中にポツリポツリと街があるだけになっちまってる。これまではそれで良かったんだが、最近は神童産業がスポンサーになって、バラバラになってる街の交流を、さかんにしようとする動きが起こり出した。
そういう役目をする連中が、俺たち夢想鉄道ってわけね――ちょいと、タバコ吸わせてくれ」
堕星は胸のポケットから、タバコを出してくわえる。
月矢はそのパッケージを見た。二振りの刀を十字に組み合わせたイラスト。教授が愛用しているのと同じ銘柄――セツナだった。
堕星はタバコの先に、ライターで火をつけるためカチカチ音を鳴らした。
「車内は禁煙です」
運転席の堤がその音を鋭く聞きつけて、マイクで警告を出してきた。わざとらしい大声で堕星は反抗する。
「一本だけしか吸いませんよお~!」
「お客さまのご迷惑になります!」
「煙は外に出しまぁ~す!……悪いけど、ここ開けてくんない?」
堕星は無傷のそばにやってきて、窓ガラスをコツコツたたいた。無傷は言われるまま、窓の両はじにあるつまみを閉じてガラスを引き上げる。堕星は窓から頭を突き出し、プワーッとタバコの白い煙を外に吐き出す。
突然、まぶしい光がバス全体にさしこんだ。何もかもが真っ白にかがやいて見えた。
月矢は目を細めた。暗い景色になれていた目には、刺激が強すぎる。目がなれてきた後、光の正体は太陽だと分かった。
「おお、晴れてきやがったな! ありがたいねぇ~!」
「窓から頭を出さないで下さい! 危険です!」
堤は堕星の行動に、いちいち文句をつけていた。見た目どおり、頭がかたくて口うるさい女だと月矢は感じた。
「多少のケガならかまいませんよぉ~! 俺はがんじょうな人間でぇ~す!」
堕星は頭を外に出したまま、タバコの煙を吐きまくっている。何度、注意されようとも、言うことを聞くつもりはないらしい。
月矢も同じように窓を開いて顔を外に出した。
空は晴れわたっていた。金色の太陽の光。目にしみこむような青空。まぶしいほどの白い雲。静煙街からつづいていた灰色の雲はどこにもない。
月矢は重々しくつぶやいた。
「ああ、空って……こういう色だったんだよな」
「静煙街のきたねえネズミ空とは、ここでおわかれだ。あの街から三十キロ以上はなれると、こうして青天井がおがめる。もう、ガスマスクはいらねえよ」
いつのまにか、月矢の後ろにやってきた堕星が声をかけてきた。
「ほらぁ、ダセイさん! 説明のつづきはどうなったんですかぁ!」
車内にひびきわたるマイクの声。運転席の堤から合いの手が入った。せきばらいを一つして堕星は解説をつづけた。
「まあ、夢想鉄道のルールでは俺たちは旅を続ける街から街の中で、仕事をしてゆく事になってるんだ。めんどくせえけど、それなりにがんばりましょうや」
「オレは肉体労働と客商売はゴメンだぜ。それ以外なら、やってもいいけどな」
すぐさま、月矢は反抗的な意見を言った。
堕星は月矢の耳に口を寄せて、ぼそぼそした小さな声で悪だくみを伝えた。
「……だいじょうぶだ。俺がうまいサボり方を教えてやるよ。かったるい時は、いっしょに遊んじゃおうぜぇ~」
「堕星さんっ! ぜんぶ、聞こえてますよっ!」
堤がヒステリックに怒鳴った。この女運転手は地獄耳らしい。
「じゃあ、ぜんぶ、聞かなかったことにしてくださぁ~い」
真剣な堤をからかうように堕星はふざけていた。
「それから夢想鉄道のトラベラーは、君らのような十代後半の少年少女が選ばれることになってる。
これは若者を旅行の中でお勉強させようという、教育的な目的があるんだってさ。よ~し! これで、説明はおわりだ!」
堕星が話を終えると、堤が運転席からふり返った。きつい口ぶりで文句を言う。
「ちょっと、ちょっと! そんないいかげんな説明じゃダメですよ、堕星さん!」
「そんないいかげんな説明でもダメじゃないんですよ! 堤ちゃん!」
堕星は大急ぎで通路の先頭にもどった。
運転席に身を乗り出すと、堤に向かって一気にまくしたてる。今までの苦情に、まとめて反論をするような勢いで。
「こういうのは、学校のテストじゃないんだから本に書いてあることを暗記する必要はねえの! 夢想鉄道っておもしろいねえ~っていう感じが、人に伝わることが大事なんだよ!
ノリだよ、ノリ! ノリさえ分かれば問題ない!そんな事も分からないようじゃダメだな~。堤さんは」
堤は何も言わず、目を点にしている。今までさんざん動いていた口からも、注意の言葉は出てこない。堕星の『ノリ』に圧倒されたのか、反論をせずにいる。
「じゃあ、質問タイムだ! 何か分かんないことがあったら言っていいぞ!」
「わたしは分かりました」
「オレもだいたい分かったよ」
無傷と月矢がそろって答える。堕星はにんまりと笑った。ぐいっと胸をはりながら、堤にいばった態度で言った。
「な? 俺の言った通りだろ? 理屈よりノリの方が大事ってわけよ」
「はぁ~あ……本当にそれでいいのかしらねぇ」
堤はわざとらしくため息をついて、運転に集中しはじめた。堕星の強引さにあきれて、文句を言う意欲をなくしたらしい。
堕星は月矢の前の席に寝転がって、足を通路に投げ出した。制帽を顔にかけて目かくしをしながら、しゃべりつづける。
「俺たちの最初の目的地は波津街。ここから、東に五時間以上先に進んだところにある。途中で便所休みをとるけど、ションベンしたくなったやつはえんりょなく言ってくれ。
……じゃあ、俺は朝早くから起きて眠くてたまんねえから、おねんねするわ。おやすみ~」
フワァッ~とあくびをしながら、堕星は居眠りをはじめた。
夢想鉄道の旅は、まだ始まったばかりだ。




