第二章 不美少女的世界 「2」
二
月矢が駅前にたどりついたのは、八時二十五分。どうにか、出発には間に合った。
静煙街・駅前広場には十代後半の少年少女たちが集まっていた。
学校の制服でやってきた者や、私服でやってきた者などさまざまだ。誰もが大きな荷物をかかえて、行ったり来たりしている。数は軽く三百人はこえているだろう。
遠足か修学旅行のようなさわがしさといえた。
月矢をふくめて、この場にいる全員が夢想鉄道のトラベラーだった。
駅前のロータリーには、すでに観光バスが何台もならんで出発を待っていた。車体には夢想鉄道の大きなステッカーがはってあるため、目的のバスにまちがいないと月矢は気づいた。
「え~と、オレが乗るバスは……?」
人をかきわけて進みながら、あたりをきょろきょろと見回す。数えてみれば、バスは十台以上停車している。
自分が乗るのは、このうちの一台なのだが――。
「オイッス! おまえさん、うちの旅行者だろ?」
横からなれなれしい男の声がした。日焼けした顔に、不精ヒゲをはやした男が立っている。
年齢は二十八、九歳。少なくとも三十歳よりは下だろう。体型はスマートだったが、身長は月矢よりも八センチは高い。
ヒゲづらの男は、制帽をななめにかぶって、左胸に夢想鉄道のロゴが入った紺色のブレザーを着ていた。ワイシャツのボタンは外して、ネクタイをゆるめている。
上着のそでもまくりあげていて、だらしのない着こなしだった。男は月矢を見ながら、人なつっこそうに目を細めてニヤニヤ笑った。
「あんたの会員番号って、何番だい?」
「〇七二番だよ」
「じゃあ、俺とおんなじ組じゃん! ちょっと、カード見せてみな」
ヒゲづらの男は、きたえられた毛むくじゃらの右腕を月矢に出した。右腕には、長い金属製の腕輪をはめている。
手首からひじまで、細長いヘビがまきついたような代物だった。
アクセサリーのように見えるし、腕を守るプロテクターにも見える奇妙な輪だ。
月矢は夢想鉄道の会員証を取り出した。男は手にしたクリップボードをのぞいて、月矢のカードの内容と見くらべている。
「番号は〇七二番。名前は神崎月矢ちゃん。歳は十八。男……まちがいねえ。よし、乗んなよ」
男は満足気に笑って、月矢の肩をたたいた。
「俺は堕星っていうんだ。夢想鉄道のガイドをやってる。よろしくな!」
「ああ」
月矢はなげやりに答える。初対面の相手といきなり親しくなることに強い反発があった。人間というのは、時間をかけてゆっくりと仲良くなってゆくべきだという信念を持っていた。
バスの自動扉は開いていた。月矢はステップを上がって、車内に乗りこむ。堕星という名のだらしのない男も後からつづく。
運転席には若い女がすわっていた。見た目の年齢は二十六歳ほど。黒ブチのメガネをかけて、真面目ぶった大人の顔つきをしている。茶色にそめたロングヘアは、背中で一本にたばねていた。
月矢より五センチは背が高く、ピンと背筋をのばした姿勢で席にすわっている。彼女も夢想鉄道の制服を着ていたが、服には一つもしわがない。
ワイシャツのボタンをすべてとめて、ネクタイもかたくしめている。堕星とは正反対のように、きちんと制服を身に着けていた。
若い女は月矢を見て、緊張したように笑って口を開いた。
「私は堤亜季。この〇七二番の運転手なの。よろしくね」
「よろしく頼む」
月矢は愛想のかけらもない返事をした。自己紹介をする気は起こらない。
前から三番目。左側の席に座った。かかえていた荷物を足もとに置いて、窓際にひじをついて、外の景色を見つめた。今の自分は誰とも関わりたくはないという、気持ちをあらわしたポーズで。
それでも運転席の若い女――堤亜季はふり返って、月矢にたずねてきた。
「ねえ? どうして、あなたは夢想鉄道に参加しようと思ったの?」
堤は興味ありげな目でこちらに注目している。
――くそっ。なれなれしい女だ。若い女ならともかく、あんたみたいな『おばちゃん』と仲良くなっても、オレはうれしくないんだよ。
月矢はげんなりとした気分になった。何か言い返して、相手をだまらせたいと考えていると堤は質問をつづけてきた。
「やっぱり、旅行が好きなの? ふだんも、いろんな街へ出かけたりしてる?」
「……オレは大金持ちになりたい。ついでに、たくさんの女を自分のものにしたい。だから、ここにきた」
さりげない口調で月矢は答えた。相手をおどす、かすかな悪意をこめながら。
「たっ、たっ、たっ……たくさんの、おんなぁ~?」
堤はすっとんきょうな声を上げた。黒ブチのメガネが、ななめにずり落ちている。
月矢の口からもっとまともな答えが出るのを、彼女は期待していたのだろう。
おどろいている堤を見て、月矢は笑いがこみあげてきた。ますます調子に乗って、しゃべりつづけた。
「ああ、たくさんの女だ。オレは一人や二人の女じゃがまんできない。男なら誰だって、ハーレムを作りたいって思ってるもんだろ? いけないか?」
「おおっ! あんた気が合うねぇ~! 実は俺もまったく同じことを、思ってるんだよぉ~! こういうことはオンナにゃあ、分かんねえよなぁ~!」
堕星が二人のあいだに割って入ってきた。月矢の話に身を乗り出している。
「そ、そ、そういう考えの人もいるかもね……」
堤はぼそぼそとした声で言いながら、ずれたメガネをなおしていた。本能のおもむくままに生きているような二人の男に、いや気がさしたらしい。
堕星の目がかがやきを増していた。月矢の体に指を向けながら、たずねてくる。
「あれ? もしかして、あんた、体を改造してんの? 神童産業と関わりがあるのかい?」
「オレは戦いで勝つために、この体にパーツをうめこんだ。他の男と女の取り合いになったり、誰かと金の取り合いになったとき、じゃまなやつらをブッ殺してやるんだ」
「ほおぉ~。攻撃型人生ってやつですか? おもしろいねえ。その調子でどんどんやんなよ」
堕星という男はどんな話が出てきても、楽しそうに聞いていた。月矢のような男に、なれているという態度で。
一方、運転席の堤は怪物でも見るような目を、月矢にむけている。
望みどおりだった。最悪の第一印象を、この見知らぬ若い女に与えることができた。
おそらく、これ以上、自分とは深く関わろうとは思うまい。
堕星は、前から二番目の左の席に腰を下ろした。月矢の顔と堤の顔を一度に見わたして、別の話題を口にした。
「おまえさん以外に、あともう一人トラベラーが来るんだ。うちの組は全員合わせて四人しかいない。他の組より少ないけど、仲良くやろうや」
「少し遅くない? そろそろ、来ても良さそうだけど?」
堤が腕時計を見ながらつぶやいた。
月矢もつられて、同じように時計を見る。時計の針は八時三十二分を過ぎようとしていた。
堕星は何か秘密をかくしているような顔で、月矢に語りかけてきた。
「もう一人来るお方は、おまえさんのパートナーになるんだぜ。なあ? どんなヤツだと思う?」
「知るわけないだろ」
興味がない意志をこめて月矢は返事をした。堕星はおどろかせるように、急に大声を出して言った。
「じゃあ、教えてやろう! 君のパートナーは、十七歳の女の子ちゃんだぞ! 良かったなぁ!」
「ほ、ほ、本当か?……」
女の子という言葉が出たとたん、月矢の心臓が高鳴った。
新鮮な血が頭の中にながれこみ、だらけていた脳が高速で動き出す。
堕星の顔を穴が開きそうなほど見返した。堤のような年上の女には少しも興味がなかったが、同年代の女の子となれば話は別だ。
「でもよ、わかるのはその子が十七歳の女ってことだけなんだ。それ以外、何も報告がねえ。どんな子だろうなぁ? 堤ちゃんは美人だと思うか?」
「自分より十歳ぐらい年がはなれた女の子を、そんなふうに見るんですか?」
堤があきれたようにため息をついて、堕星をにらみつける。OLがセクハラおやじを嫌うような差別的な目つきになっていた。
「はっははっ! ちがうよ、堤ちゃん。これはクジを引くようなもんで、何が出るのかが楽しみなんだ。かわいい子でも、神崎ちゃんにゆずるよ。
だいたいさぁ、こういうのは最初からかわいい子だと決まってるんだ。賭けてもいいぜ! もう一人の女の子はスゲエ美人だ! さあ、どんなイイ女が来るのか、楽しみになってきたぞぉ~!」
堕星は悪びれる様子もなく笑いとばした。学校のクラスがえで興奮する小学生のような、はしゃぎっぷり。この男は一人でノリまくっている。
その時だった。えんりょがちな女の子の声が、バスの外から聞こえた。
「このバスって、〇七二番ですか?」
「おっ!……来たぜ、来たぜ」
にあわないウインクを月矢に向かってしながら、堕星は外に向かってさけんだ。
「ああ、これは〇七二番だ! 乗ってくれよ、お嬢ちゃん!」
タン、タン、タン――とリズムの良い足音。階段をかけ上がる音が聞こえた。最初に頭が見えた。つやのある黒髪だ。
女の子が姿をあらわした。何気ない感覚で、月矢は彼女の顔を見た。
――こんな、気持ち悪いやつな……のか。
〇・三秒後には、彼女から目をそらしていた。
おどろいたのは月矢だけではない。堕星と堤も、言葉をなくしている。三人とも金しばりにあったように、身動きが取れずにいる。
車の中で聞こえるのはバスのエンジン音だけだ。彼女の力で、この場の時間が止められている感覚さえあった。
女の子はドロのついた革靴をはいていた。白のハイソックスには、原因不明の赤いしみが点々とついている。
手には荷物らしいスポーツバッグを下げていたが、まだらの茶色で染まっている。
どこの学校の制服か分からない黒地で冬服のセーラー服を着ていた。首もとには真っ赤なリボンがついていたが、ななめにゆがんでいた。茶色のドロはスカートのすそまで、へばりついている。
彼女の髪は、肩よりは短いまっすぐなショートカットだった。ただ、後ろの髪の一部が、寝起きの後のようにクセがついて、はね上がっている。
とてつもなく、汚い女子学生。戦争から逃げ出してきた、難民のようにしか見えない少女。
なによりも重大な問題が、彼女の顔にあった。
右の頬には、大きな傷がついていた。みにくく、生々しい刀傷がうき上がっている。
右目近くから口もとにかけて、獣の爪でえぐられたような三日月の傷が二本。ふたつの傷がならんできざまれているのだ。
すぅ~っと深呼吸をした後。堕星は落ち着いた声で、刀傷の女の子に話しかけた。
「……名前を教えてくれないか、お嬢ちゃん?」
「無傷儚です」
「へえ、ニックネームは『むきずはかな』って言うのか? じゃあ、本名は何ていうんだい?」
「そういう物は捨てました」
さも当たり前のように女の子は言い返した。礼儀正しいが、はっきりとした口調。
それ以上の追求をはね返すようなひびきがある。
――あんな、すさまじい刀傷をつけときながら『むきず』だって? どういう神経をしてるんだ? この人は?……。
月矢はおどろきで口を開けたまま、女の子を見ていた。堤も同じ表情をしている。
堕星だけがニヤニヤ笑いながら余裕だった。よほど、図太い神経をしている男なのだろう。
席から立ち上がって堕星は少女の前に立った。
「ほう、名前を捨てちまったのかい。とにかく、カードを見せてくれないか?」
「はい」
少女はポケットから夢想鉄道の会員証を取り出した。チラリと視線を走らせて確認すると、堕星は深くうなずく。
「よし! まちがいなく、君は俺たちのメンバーだな。いいぜ!」
無傷儚という少女は、席についている月矢に視線を向けてきた。そばにいる堕星をふり返ってたずねた。
「この人が、わたしのパートナーなんですか?」
「おお、そうなんだ。俺たちの組は小人数でね、全員合わせて四人しかいねえのよ」
無傷儚は月矢に近づいてきた。握手を求めて、右手をさし出してくる。
「よろしく」
「か、か、神崎月矢だ」
月矢は見知らぬ少女に自分の名を伝えた。声がふるえている。緊張と不安が、胸の中で半分ずつ入りまじっている。
彼女のあいさつに答えて、月矢も自分の右手をさしだす。
刀傷の女の子は、月矢の手をにぎりしめてきた。五本の指が彼女の手の平に、そっとつつみこまれる。少女は無表情だった。笑っているわけでもなく、怒っているわけでもない。
大きな二つの黒い瞳で見つめられた。月矢の目と無傷の目がまっすぐにからみ合う。
人の内面まで見通すような深い視線だと感じた。
――ああ、これから、こんな女とつきあわなきゃならないのか。オレは……。
胸の中で本音がもれる。月矢は目をそらした。それ以上、相手の傷を見つづけることに耐えられなかった。離れようとする月矢の指の動きを感じたのか、無傷儚はにぎっていた手を外した。
前から四番目。月矢と反対の右の席に彼女はすわった。
「よお~し! 役者は全員そろった! 出発するぞぉ~!」
堕星のかけ声とともに、運転手の堤がアクセルをふみこんだ。バスは動き出した。




