1-6 分離
洞窟の外で待ち構える敵に、ナージャは……
オルトから、自分たちがいる洞窟の入り口近くでたくさんの魔獣もどきが待ち伏せをしていると聞いたナージャは、オルトをリュナのそばに置かせ、自分は洞窟の入り口近くへと向かった。
そして、
「ようよう。待っていたぜ、人間!」
「おいおい、本当に出てきやがったぜ!」
ナージャを待っていたのは先ほどのリュナの話に出た魔獣もどきのようである。
みんな、人型をベースに様々な獣を無理やり継ぎ合わせたかのような容姿。
しかしどちらかというと魔獣と言うより獣人と言った方が近い。もちろん継ぎはぎ感はあるので獣人もどきだ。
それらが数多くナージャを取り囲むように待ち伏せていた。
「……思った以上に多いわね。さっきのゴリラもどきの回収かしら?」
といいつナージャはあたりを見渡すが、肝心のゴリラもどきの姿が見当たらない。
もうすでに運び出されたのか、あるいは……
「いいや、違うぜ。あの役立たずは今さっきオレタチが処理をした」
「!」
「見たいか? ならば見ろ!!」
そう切り出してきた豚に近い獣人もどきが一度後ろを振り向くと、そこにある何かを掴み、そして振り返った後に掴んだ何かを前に差し出した。
それは……
「…………」
「あぁ? 声も出ないか? 無理もない。オレタチが皆食い散らかしたからな!!」
「……共食いか」
それは、先ほどナージャが倒したゴリラの魔獣もどきのなれの果てだった。
体中至る所が食い散らかされ、残骸のごとくボロボロのグチャグチャとなっている。
ナージャは折角の手掛かりのはずのゴリラもどきが、おそらく仲間であるはずの魔獣もどきに食われたことを特になんとも思わず質問をした。
「……あんたたちがここにいるのは、こいつがいわば囮で私たちがこの洞窟にいることを知らせるためだったって事?」
「おいおい、なんの反応もなしか。もっとこう……怖がったり怒ったりしないのか?」
「興味ないわ。むしろ情報源がたくさん来てくれて好機だと思っているわ。あと、質問には答えなさい」
「……その通りだ。こいつはいわば囮。お前の実力を図るためのかませなのさ! 役立たずとはいえこいつを倒すとはなかなかなもんだ。しかしオレタチはこいつの臭いを記録しているため、後はお前が連れ去ったこいつの臭いをたどればいいだけさ!!」
「……なるほどね」
つまり自分はそのかませとやらに力を出して、諮られたわけだ。
もっとも、自分のやったことと言えば投げ飛ばして叩き落しただけだが……
しかし、
「……その言い回しだと私がなんなのかわかっている口ぶりね。まだこの森に入って半日しか経っていないのに」
「当然だ! 貴様の事はあらかじめ美獣様が知っておられるからな!」
「美獣……」
いったいどのタイミングで自分たちの情報が知られたのか彼女には分からないが、しかし向こうからわざわざ来てくれると言うなら好都合だ。
だがまだ行動は起こさない。ナージャは軽く挑発の意味も含め、獣人もどきにどういうつもりなのかを訊く。
「で、その美獣の使いかなんかはいったい私にどうするというの?」
「決まっている。今、美獣様は腹が減っているのだ」
「……はあ?」
とここでなぜか腹が減っていると言われて間の抜けた声を出すナージャ。
だが、そう言うと次に獣人もどきたちは次々と戦闘の構えを取っていく。
「だから貴様のような食事の妨げをするものを放ってはおけない! 貴様と、あとそこの奥にいる獣人は食料として捕獲させてもらう!」
「……食事、ねえ」
ということはこの獣人たちの言うとおり美獣はこの世界に蘇生されてもなお同じことを繰り返していると言う訳だ。
予想はしていたが、改めて美獣のすることを再確認されたナージャは、いつものようにケースを取り出し、中から魂抑えを金棒を取り出した。
こちらも戦う気満々である。
「さすがにこんなにたくさんはいらないわ。一人だけ残っていれば十分……」
「なにをごちゃごちゃ言っている!!」
「なにもしないならこっちから行くぞぉ!!」
獰猛な獣人もどきを前にナージャは冷静に金棒を構える。
◇
「……思ったほど大したことなかったわね」
「……なんだ、これは…………」
「動かねぇ……というか、動きたくねぇ…………!」
数分後、獣人もどきは全滅してしまい、ナージャの金棒の作用により全員無気力化してしまった。
ナージャは周りに伏兵がいないことを確認すると、ここら一帯で野たれた獣人もどきの中でも、喋ることができそうなさきほどの豚の獣人もどきに近寄って……
「ぁ…………ぐぁ!?」
「それじゃあこれからあんたに質問するから答えなさい」
逃がさないよう、胴体の中心を踏みつけ上から威圧するように尋問をする。
ナージャはもともとこの獣人もどきたちを倒すつもりなどない。ほぼすべてを無気力化させたのちに、喋ることができる奴を残し、無理やり情報を吐かせようとする気なのだ。
苦しそうに獣人もどきがもがくがそんなこと知ったことではない。
「あんたの言う美獣ってのはこいつの事で間違いないよね」
「…………!!」
ナージャはポケットから折りたたんだ手配書を取出し、その中から美獣の所を取出し、獣人もどきに見せる。
念のための確認だが、獣人もどきはだんまりして答えない。
ナージャは獣人もどきに押し付けた足を振り上げて、もう一度思いっきり獣人もどきに振り下ろす。
「がはっ!?」
「質問に答えなさい。こいつで、間違いないんだよね」
「……その、通りだ…………!」
ナージャは容赦などしない。
現世の生き物かどうかは疑わしいが、美獣の部下だと言うのならば手加減をする必要など何処にもない。
「それじゃあ次の質問。前からここに住んでいる獣人いわく、あんたたちのような継ぎはぎは異邦だそうだけど、美獣以外のあんたたちの集団の構成の何?」
正直、わざわざこんな尋問なんかしなくてもオルトの鼻を頼りに美獣の元まで行くことは可能だ。
しかし奴がなにか地獄の技術を持っているかもしれないし、こいつらのような手下がわんさかいるかもしれない。
無駄な手間を省き、的確に素早く美獣を討ち取るにはやはり情報が必要なのだろう。
しかし……
「…………」
またしても獣人もどきは答えない。
ナージャはため息をつくと、今度はその獣人もどきの顔の上半分に何のためらいもなく脚を振り下ろした。
主に目玉を重点的に靴底が攻める。
「ぐがぁ……あああああああああああああああっ!?」
「……いちいち何度も言わせないでよ。言っておくけどあんたの代わりなんてそこらじゅうにいるのよ。答えなければその場で殺して別の奴に移ってもいいのよ」
……本当なら現世の者に一定以上の危害を加えてはならないが、相手が相手なだけにグレーである。
そのためナージャはどんな行動だろうと厭わない。
「……教えるもんか。教えた所でどうせオレタチに待っているのは破滅しかないんだ!! 美獣様に食料にされるくらいなら…………!」
するとナージャは相手が話し終える前に、今度は脚ではなく魂抑えの金棒を獣人もどきの身体に叩き込んだ。
「…………!」
先ほどの脚とは違い、金棒の効力により徐々に獣人もどきは無気力に近づいていく。
とはいえ手加減をしたため正確には無気力の一つ手前となった。
「これでどう? 自分から死んでやるなんて馬鹿な事、考えなくなったでしょ?」
「…………はい」
「それじゃあ質問をするからちゃんと答えなさい。わかった?」
「…………はい」
どうやらナージャは相手の興奮を抑えるためだけに金棒を使ったわけではなさそうだ。
ナージャは、試しに相手を無気力にさせることで余計な考えを起こさずただ従順に質問に答えるのではないのかと読んで金棒で叩いたのだ。
無気力に近づけば何もかもどうでもよくなりそうになり、質問に答えやすくなると踏んだのだろう。
とはいえ、難しい質問は答えにくそうなのでナージャはなるべく簡素な感じに問いかける。
「あんた達は何者? 美獣のいったい何なの?」
「……オレタチは……美獣様から生み出された存在……であり、美獣様の手足でもある…………」
「生み出された?」
ナージャは質問の答えに疑問した。
作り出されたならまだわかる。こんな継ぎはぎの身体ゆえになにか悪質な合成でもさえたのだろう。
しかし生み出されたと聞かれるとなにか深い意味でもあるのではないかと思われる。
(まさか人造獣人とかじゃないでしょうね……)
いいや、それはない。とナージャは否定する。
そもそもこんな何にもなさそうな森の中に訓練場も設備もなさそうだから、いったいどうしろというのだ。
とはいえ、ナージャの前で倒れている獣人もどきはかなりの数だ。二十年の歳月をかければ不可能ではない……はずだ。
「じゃあ次の質問。あんたらみたいな手足ってのはいったいどれくらいいるの?」
「たく、さんだ……」
さすがに無気力に近いゆえか、答えが曖昧すぎる。
が、もう少しだけ獣人もどきが続きを言い出す。
「美獣様……食べる……たくさん、食べる……食べるごとに、オレタチが……生み出されるようになっていく…………」
「? なによそれ。あいつ男のくせに出産なんかしているって言うの?」
いくら食せば融合する種族とはいえ、生殖まで一人でできると言うのか。
それ以前に奴の肉体は死霊使いが用意した器であるため、いろいろと未知数だ。
と、そうこうしているうちに結構時間が経ったことを自覚した。
(そろそろ戻らないとオルトが心配……するはずはないか)
とにもかくにもナージャは獣人もどきに最後の質問を投げかける。
「最後に訊きたいけど、美獣の奴、なにか変ったものを持っていなかったか?」
「変わった、もの……?」
「妙に輝きを持っている道具よ」
ナージャが言っているのは地獄の技術の事だ。
さすがに直接そう言う訳にはいかないが、自分やシスカーやオルトが持っている物と共通して、不思議な色を放つ道具がないか聞き出した。
すると……
「それは……確か……」
魔獣もどきは答えてくれるようだ。
一番重要な所を聴くためにナージャは集中する。
「美獣様の……」
「…………」
その時、
『きゃあああああああああああああああああああああ!!』
「!?」
突如、洞窟から響いてきた甲高い悲鳴。
ナージャは驚いて洞窟の方に視線を向けた。
「今の声は…………」
『いやあああああああああああああああああああああ!!』
「あの子……!
二度目の悲鳴も同じ声にナージャは確信した。
それは間違いなくリュナの悲鳴だった。
「……にある」
「!? ……聞き逃した……!」
しかも悲鳴に気をとられたせいで肝心の情報を聞き逃してしまった。
あまりにも予想外の出来事に歯ぎしりをする。
もう一度訊きだせばいいのだが……
「……しまった!」
それよりもナージャはどこかから怒りをたぎらせ、先に洞窟に入り、奥の方へと向かって行った。
暗い道の中彼女は走り続ける。
(……どういうこと。洞窟内には誰も入れないように気を配ったのに……!)
ナージャは洞窟を出てからも、獣人もどきたちと戦っている最中も、そして倒れた獣人もどきを尋問中も、」洞窟からはなるべく視線を外さずに洞窟の入り口を見続けたのだ。
まさかほんのわずかな隙を狙って入ったのか。いや、そんなことはありえない。
それになによりもリュナのそばにはオルトがいるはずだ。
「……あの犬、なにしているのよ!」
いったいなにがどうなっているのかナージャは急ぎ足で洞窟の奥へと駆けて行った。
そして彼女は驚くべき光景を目にした。
「あ……ナージャさん……!」
「おい、ナージャ!」
「! これは……」
見えてきたのは、特に目立った外傷はないナージャとオルトが……
「なによ、そいつ……!」
モグラと犬を掛け合わせたような魔獣もどきに、巨大な爪が生えた腕で捕らわれていた。
ゴリラもどきに劣らずかなりの大きさであり、腕一本で一人と一匹は余裕で捕まっていた。
「オルト! あんたというものがいながら何簡単に捕まっているのよ!!」
「すまねぇ! 面目ねぇ……!」
「…………!」
オルトは言い訳一つもないし、申し訳がないと言った。
おそらくモグラだから地面の中から不意に現れ、オルトたちに奇襲をしたのだろう。さすがに地面の仲間で鼻は届かないだろうし。
この後モグラもどきが次に起こる行動は大体予想できる。その為ナージャは、
「待ちなさいよ!!」
急いでモグラもどきの元まで駆けて行き、魂抑えの金棒でモグラを無気力にさせようとした。
しかし、
「キュ~~~~~~~!」
「!」
やはりというか、ナージャがたどりつくまでの間もなく、モグラもどきはオルトとリュナを捕らえたまま地面の中へと入り、一人と一匹を連れ去っていった。
追いかけようにしても狭くて暗い穴ではリスクが高すぎる。
『きゃあああああああああああああああああああああ!!』
『ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
「リュナ! オルト!!」
穴の中から響く少女とパートナーの悲鳴にナージャはなす術もなく、拳を横の壁に打ち付けた。
「くっ……!」
これは彼女にとって大きな痛手だ。
彼女にとっては折角の情報源と、目的の探査役を失ったことになる。
これではどうやって美獣のもとまで向かえばいいのだ。
「ならば……!」
ナージャは今度は洞窟の外側で待機している獣人もどきのもとへと向かった。
今のも恐らくは美獣の手下。
ならばあと一つ、美獣のいる情報を吐かせて、先にその場所へと向かいオルトとリュナを助け出すしかない。
ナージャは急ぎ足で洞窟の外側へと出た。
しかし……
「なに…………!?」
そこで彼女は信じられない光景を目にする。
金棒で全員無気力化させた獣人もどきの身体が真っ青に光り出したのだ。
その上……
「あ……ががが……が……!!」
「ぎぃ……やめ、て……く、れ…………!」
「お……ゆる、しを…………!」
誰もがみんな体のどこかを押さえて苦しみだしているのだ。
そして……!
「ぎぃああああああああああああああああああああ!!」
「!?」
苦しみだした獣人もどきたちの一体から青白い球体の“何か”が身体から浮かび上がってきた。
それと同時に先ほどまで苦しんでいたはずの獣人もどきが力を失うかのように倒れだした。
「なに…………!?」
それも一体だけではない。
「ぐあああああああああああああああああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううう!!」
次から次へと獣人もどきの身体から青白い球体の“何か”が浮かび上がり、それと同時に獣人もどきの身体は力を無くしたかのように倒れだした。
ナージャはこの青白い球体が何なのか直感でわかった。
おそらく……
「まさか……魂!?」
その疑問に答える者はいない。
しかし青白い球体はしばらく空中を漂いだすと、その直後一斉に同じ方向へ向かって飛んで行った。
「…………」
ナージャは青白い球体が抜けた後の獣人もどきの身体を調べた。
しかし意識はない。それどころか生き物の鼓動すら感じられない。
「……これは非常に厄介ね……!」
ナージャは今の自分に置かれた状況に歯噛みした。
折角の美獣の居場所を探すはずのパートナーがよりにもよって脱獄者の手下に連れていかれた。
ここから先は自力で美獣の居場所を見つけだすしかない。
「……上等よ美獣。そんな嘗めたことをするつもりなら、必ず見つけだしてやるわ」
しかし思いのほか冷静な彼女はひとまず青白い球体が飛んで行った方向に足を向けて、やや急ぎ足で進んでいった。
ナージャとオルト。分断される。