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2-18 貪愛の仙花

 第三太陽館、パウル不在とはいえ月華の騎士に立ち入られたことがないため安全かと思われたこの場所にも、現在一人と一匹の敵がこの屋敷内を駆けまわっている。

 地獄犬オルトと獣人の少女リュナは、ナージャとは別行動でパウルの『魂移しの指輪』による、魂の移動先の花を破壊するべく、屋敷内を回っている。

 屋敷に来る途中も、騎士たちが破壊し切れなかった花を見つけては破壊し、取りこぼしがないよう匂いで探り回っていった。


 また、屋敷に入るには対して困ることはなかった。混乱に紛れて、という形でもあるが窓から入り込むこともオルトにとってできないことではない。

 オルトの嗅覚とリュナの聴覚により、屋敷内の気配を探りつつ、リュナを背中に乗せてオルトは走る。


 あらかじめここに来たから道順はすべて覚えているため、どこに行けば魂移しの印が付いた花があるかはわかる。人の気配を感じとり、遭遇しないよう屋敷内を順調に進み続けるオルトとリュナ。

 しかし、やはりどうしても避けては通れない


「オルトロスさん……この曲がり角の先から声が聞こえる」

「そう簡単には……行かないよな」


 これもパウルの想定内か、それともパウルの仲間が自ら備えているのかもしれない。

 オルトの嗅覚が、リュナの聴覚が、目の前の曲がり角の先にある人の気配を感じ取る。

 匂いは脱獄者の匂いがかすかに移った人間の匂い。


「数は二人……対して脅威ではないが、避けては通れねえな」


 パウルの寵愛者だ。

 曲がり角の通路の先、あそこにはパウルが印をつけた花のある、天窓付きの大きな部屋だ。そこを寵愛者二人が間接的に

 そこにある印付きの花を破壊しなければならないとなると、やはり戦わなければならない。


「リュナ、ここを動くな。俺が行ってくる」

「わかった」

「よし、さて……」


 匂いで確認する。相手は二人、そして距離はかなり空けられており、速度による奇襲は恐らく不可能。相手は自分たちに気づくことは必然だろう。

 少々分が悪い上、相手はパウルを護るために動いているんだ。根から悪人でなく、オルトとしてはこれ以上に戦いにくいことはない。

 しかし、こちらだってどうしても退けない理由がある。

 相棒が今その張本人と戦っているんだ。自分も役目を果たさなければいけない。


「よし……行くぞ。リュナ、下がってろ」

「うん」


 リュナにどいてくれるように言うと曲がり角から距離を取り、そして四肢の筋肉を爆発させるように一気に前方へと跳躍しだした。

 角を曲がりだす瞬間、オルトは四本足を突きあたりの壁に着地し、走行から反射するように一気に曲がり角の先へと駆けて行く。

 視界の先、二人の寵愛者がオルトの姿に気がついた。


「あ、ダリアちゃん。あれが前に言っていた屋敷の侵入者だよぉ」

「そうか。つまりアタイ達の敵ってことで間違いないな」


 それどころかもうすでに正体は割れている。

 小柄なのんびりとした少女は身の丈ほどの大剣を構え、赤髪の筋肉質の少女も両手にひとつずつ大振りのナイフを構えた。


 戦闘は避けられない。

 そう判断したオルトは口元を緩め、相手をかみ砕く勢いで敵の懐へと突進していった。

 地獄犬と寵愛者。互いに相棒と愛する者のため、



          ◇



 陽光街最奥、太陽石を収める巨塔の最上階では、脱獄者パウルと再処刑人ナージャは衝突していた。

 一面に広がる草花と、はるか上を大きく照らす太陽石が長閑な空間を作り上げてる。

 しかし、その中で対峙する者同士の殺伐とした感情が入りまじる。


「く……こいつ…………っ!」


 蔦に戻し、光を帯びたパウルの指先が中空を舞う。

 ナージャから見れば速い。その上鋭い。

 いくら強化された動体視力でも、かろうじて形や影を捉えられるくらいであり、軌道を捉えようとしている頃にはもうすでに自分に攻撃が届いている。

 さすがに金棒は破壊されないため防御することはできるが、その隙間をくぐり抜けていくつもの残光の一閃が体に刺さる。

 幸いどれも軽傷であり、致命傷となる攻撃は全て防いでいる。しかしこちらの攻撃はパウルに届く様子はない

 しかしこいつの戦い方はわかる。

 先ほど、状況を分析した所長が解説し、助言を与えていた。


『ナージャ! こいつは自分を中心に結界を張るように指を動かしている!』


 視界と触覚を共有する所長は、相手の攻撃の仕組みを解説している。


 パウルは人間ではなく、仙花という花に霊体が入り込んでできた花精だ。

 ゆえに外見や姿は人間にこだわらない。植物としての姿のままであることも可能なのだ。

 ましてやパウルの元となった仙花はただの花ではない。異常な生命力を誇り、周囲の環境に合わせて独自に進化する花だ。

 だからこそ、花精のなかでも一際異端なパウルは、その能力をフルに活用している。


 パウルの十の指は黄緑色に変色して長々と伸ばし、植物のツルの状態に戻っている。

 しなやかさと強靭さを兼ねそろえた鞭のごときツルは、さらに上空でギラギラと放つ太陽石の疑似日光を吸収し、光と熱を帯びて虚空を切り裂くように舞っている。


『本来鞭は傷つけることはあっても殺傷能力自体は低い。しかしこいつは殺傷能力はかなり高い。仙花本来の能力もあるが、奴の指が光っていることも関係あるだろう』


 光の熱で焼き切る原理により先ほど月華街の騎士の鎧をいとも簡単に切り裂いた。ゆえに、鞭を掴んで動きを止めることも考えたが、下手をしたら指や手のひらごと切り落とされてしまう。


『射程はおそらく最大五メートル。奴はそのギリギリの距離を保ったまま攻め続ける!』


 ナージャは守りながら退く。パウルはそれを追随する。

 先ほどからこれの繰り返し。再生能力を有するにしても微弱すぎるために、ナージャの方が徐々に削られていく。


「……めんどくさい戦い方をするわね……!」


 パウルの周囲に空気を切りつける音と鞭を地面に叩きつける音が一定の間隔で響く。

 実像が霞むほど速く金属さえ容赦なく切り裂く十の鞭は、一見してでたらめに振り回しているように見えるが、一つ一つがパウルを中心にそれぞれの方向へと舞うため、攻防一体の鞭の結界となっている。

 ナージャを襲う鞭の数は半分にも満たない。しかし場合によっては数を増やす恐れもあるため、特攻なんて愚策はまったくの意味をなさない。

 しかもナージャに合わせて距離を一定に保つのは、相手の間合いには入らず、なおかつ距離をあけて別の攻撃をしないか防ぐためだ。いざ向こうが突撃するならば、そのさいは十の指すべてを使ってバラバラに切り裂くのみだ。

 攻めるも退くもそう簡単にはいかない、絶妙な距離。


『ラチがあかない。ナージャ、ここは形状変化で……』

「いえ、所長。ひとつ賭けに出ようと思います」

『は? 賭けって…………おい!』


 ナージャは後ろへひとつ跳躍すると、武器であり防御の要であった金棒をなぜか地面へ深々と突き刺した。


「? いったいどういうつもりで……」


 パウルはナージャの行動を疑問に思いつつ、鞭の射程外となったナージャを追撃するべく、ナージャと同じく少し跳ぶように接近してきた。

 それに合わせてナージャは急接近をはかるつもりか、パウルの元へと躊躇なく飛び出していった。


「!?」

『おい! 正気か!?』


 唐突な、自殺行為とも呼べる急接近に動揺を隠せない。

 しかもパウルはナージャを鞭の射程内に入れるべくほんの少し跳んだばかりで、後ろへ跳ぶ態勢が整っていない。

 そのため。やむを得ずパウルは十指の鞭をすべて放ち、ナージャの迎撃に移った。


 やはり速い。飛び回る羽虫よりも速く、それ以上に明確な危険性をもった攻撃は防ぐことで精一杯だった。

 しかし、焦りからつい全ての指を攻撃に転じてしまい、致命的なミスをしてしまう。


(さすがに一度に十本は多すぎる。おかげで一つ一つが単調になっているわ)


 ナージャは先ほどの攻防からなにも感じ取らなかったわけではない。

 これまでの攻防から鞭が迫り来る角度とタイミングのパターンを文字通り肌で感じ取ったナージャは、両腕を黒く染めて接近し続ける。

 そして、光の鞭がナージャの体に届く直前、不意に地面へと叩き落とされた。


「っ!? 僕の指を叩き落した……!」


 ただ攻撃を防ぐのではなく、襲い掛かる光の鞭を角度に沿って受け流し、弾き落としたのだ。

 いくら早かろうと、攻撃が予測できれば対処できないことはない。


 さらに、ナージャはパウルの十の指の内、二本の光の鞭をナージャは掴み取った。

 黒化した腕であるがゆえにかろうじて斬り落とされないまま、握りしめて離さない。


「このっ、たった二本で防いだつもりか!」


 パウルは再度鞭を振り回し、追い打ちをかけてくる。たった二本ではパウルの攻撃は収まらない。むしろガードする腕を防がれては全くの逆効果のはずだ。

 しかし、ナージャはガードするつもりもこのまま突撃するつもりもない。

 ナージャは前方へとつんのめる勢いを殺し、後方へと勢いをつけて跳躍した。

 それも、両手にパウルの指を握ったままだ。当然のように二本の指の鞭は引っ張られてしまい、パウルは指を引かれてよろけてしまう。


「!?」


 ナージャは指を掴んだまま背後へと跳んで行く。

 その先にあるのはナージャが地面に深く突き刺した金棒だ。当然彼女は図ったように地面に突き刺した金棒に足が乗りかかり、跳躍の勢いを金棒に押し付けて衝撃を殺した上で再びパウルの元へと跳躍した。

 ついでに柄の輪の部分に爪先をひっかけ、脚を上げるようにして金棒を地面から引き抜いて回収する。

 

 今のパウルは指をナージャに引き寄せられたことで完全に体勢を崩している。この機を逃さないようにナージャの手の平から黒色の刃が飛び出し、憚るものを刈り取る大鎌のごとくパウルの命を奪いに襲いかかる。

 それでも、パウルはそれを許しはしなかった。


「っ!?」

「だから……無謀だって言ってるんだよ」


 体勢が崩れた今、正確に光の鞭を振れる体勢ではないはずだったが、パウルの変形した部位によりナージャの体から血を流す形で動きを止められた。

 ナージャを止めたのは指ではない。別の部位が形を変えて迎撃したのだ。


「髪の、毛……!」

『しまった……奴の体が変わるのは指だけじゃないのか…………!』


 パウルの髪の毛。

 不浄を許さない銀色の清爽とした髪は、突如として突起した凶器のように不自然な形で伸びると、ナージャの肩や腹部などに突き刺したのだ。

 その上、ナージャの体から何かが抜けていく。

 力、ではない。傷口からなにか吸い出されると同時に、パウルの髪は突き刺した個所から浸食されていくように赤く染まっていく。


『!? ナージャ、早く退け! それは根だ! 血を全て抜き取られるぞ!』

「わかって……います!!」


 しかし、所長が根と呼んだパウルの髪はナージャの中で楔のように形を変えてしまい、簡単に抜けられないことを痛みの中で体内の感覚からわかる。

 考える時間はない。

 ナージャは手の平から突き出した黒色の刃を振るい、パウルの髪の毛を裁断した。あれほど体を突き刺した鋭利な髪の毛が、呆気なく崩れていく。

 それと同時に、パウル本体にもなりふり構わず切りかかる。


「全く怯む様子もなく襲うなんて……君は本当に恐ろしいよ」

「!」


 その直後に間後ろから声が聞こえ目前にいたはずのパウルの姿はどこにもいなかった。あるのは茎の折れた大きな花のみ。

 それは可視できるはずのない突如とした消失。


『奴の姿が消えた……これは…………!』


 それが何かを理解するよりも早く、ナージャは振り向きざまに黒色の刃を振るも、振り向いた先にパウルの姿はどこにもなく、手ごたえも全く感じられなかった。

 姿が見られない。不意に消えたこともそうだが、どこか近くにいるかもしれないと思い、不意を打たれないかざわめいてしまう。


『ナージャ! 下だ!!』

「!」


 だが、それとは別に見ていた所長の唐突な指示に従い、ナージャは黒色の刃を下方向へあたり容赦なく周囲に薙ぎ払う。

 今度は手ごたえがあった。感触のあった方へ目を向けると、少し離れた所でパウルが胸部から血を流して苦しげに呻いている姿だった。


「今の……よくわかったね。その反応の速さには驚きだよ……」

「そう言えば、地獄の技術があったわね……」


 ナージャの視線はパウルの指にはめられた黄色の指輪に注がれる。

 魂を別の器へと移す地獄の技術。パウルに限り受け入れる肉体は人間に限られない。


「これは思った以上に厄介そうね」

『足元の花全て、仙花なのか……!』


 正体を知った途端面倒くさそうに所長がイラついていく。

 あまりにも堂々として気がつかなかった。ナージャやパウルの足元に数々の花が咲き乱れているこれらは全て仙花であった。

 その上注視すれば全て印付きであり、パウルの魂を移す先となっている。それはつまりいくらでも替えの効く体を量産していることなのだ。


 そうしている間にも、また魂を移し替えたことで傷のないパウルが整然とした振る舞いで現れる


「そうだよ。これほどの数になるのに結構時間をかけたけど、君が相手なら十分すぎるくらいだよ」

『一対一で戦う割には、用意周到じゃねえか』


 そのためにここまでおびき寄せられた。一対一で戦う以上、自分だけでも有利なこの場所を選んだ。

 罠も寵愛者も必要ない。自分にとってこれほど有利でなおかつ強力なフィールドはないのだ。

 だからこそ、不可解な部分があることを所長から感じられた。


『しかし……解せない。栽培したとしてもだ』

「なにがですか?」

『仙花は五番界にしかない花のはずだ。街中のもそうだが、なぜその花がこの世界にあるのだ』

「…………」


 所長の疑問はもっともなことだと思った。

 確かに、パウルを倒す上では対して必要ない情報ではあるが、脱獄者全体の事を考えれば疑問に思わないことはない。

 冷静にパウルをどう攻めていくかを頭の片隅に追いやりつつ、疑問を率直にパウルにぶつけた。


「パウル、ひとつ訊きたいけど」

「……なんだい?」

「これらの花……いったい誰が持ってきたの」

「彼が、いや彼女か? とにかく持ってきたんだ」

「……誰よ」

「シスカー=ベルベーニュだ」

「…………」


 半ば予想していたことだ。散々あまり驚く事ではない。タンピアの話から奴の名前が出てきた時点である程度想像できたことだ。

 しかし、そんなことを知らない所長は少し動揺している。その上、別の不可解にに思うところも、


『バカな! あいつが次元を跨いで異世界へ渡ったと言うのか! ただの一個人に!』

「あいつは異世界へ渡れる力を持ってるって言うの?」

「そうだよ。だからあの人は僕の体となる花をここへ大量に持ってきた」


 断定するパウルからは嘘偽りだと思えない。しかし真実だとしても、魔術の類が扱わない生前の世界から落ちた魂が、どのような過程で異世界へ渡る力を手にしているのか。

 いろいろと疑問に思うが、どちらにしても奴が危険人物であることに違いはない。

 その上……


「意外ね。あいつが脱獄仲間のあんたに手を貸してるってことに」

「本当にそう思うよ。どういう基準なのか僕を気に入ってるからね。困ったものだよ。だけどね!」


 その瞬間、またしてもパウルの姿が唐突に消えた。

 敵はこちらと長々と喋る気はない。またどこかの花へ転移したのだ。


「こうして僕は戦える! 僕自身を守る機会を与えてくれたあいつに……感謝しているんだ!」

『ナージャ! 右後ろ、お前から見て四時の方向辺り……じゃない!』


 指示を飛ばしていた所長が咄嗟に訂正に入る。

 感知しそこねたわけでも、失敗したわけでもない。

 気がついたかと思えば消失、感知したと思えば不明。

 反応と消失を延々と繰り返し、所長が指示を出すに出せない状態にいる。

 ナージャの方もさっきから視界の中に転々とパウルが現れたり消えたりしている。


『右……左……くそっ! やつめ、転移を転々と繰り返している!』

「なるほど。考えたわね」


 パウルは指輪の力を連続して使い、そこらじゅうにある仙花に入っては抜けてを繰り返している。

 器となる花は一つも動かしていない。魂そのものの連続瞬間移動に、二人は翻弄される。


『ちっ、またか……ナージャ! 奴の場所を感じ取るからよく俺の声を……』

「所長、少し邪魔ですからこれを外しますよ」

『は? おいナージャ! なぜ……』


 唐突に、ナージャは携帯電話とつながったイヤホンを耳から外した。

 所長の指示が不必要になったのではない。

 少し手段を変えるだけだ。


「まったく面倒ね。いちいち消えたり現れたり……」


 不意に姿が消えるようじゃ、もはや視覚など頼りにならない。

 ならば視覚など必要ないと、そのために余計な感覚となる両目を閉じた。

 光を拒む代わりに別の感覚を鋭く働かせる。


「…………」


 肌に触れる空気の流れやざわつく足元の草花。

 見えないことは戸惑いを表す。

 しかし見ないことはその分だけそれ以外を頼りにすることだ。

 だからこそ感じ取れるところもある。


「なるほど、大体分かった」


 ナージャが感知したのは、足音と風切り音の二つ。

 背後から聞こえる二つの音は、パウルの居場所と行動を示しているため、迅速に動く。

 目を開けずともわかる。今パウルは光を帯びた指の蔦で襲いかかっていると。


「速い……!」


 数は五本。それぞれどの方向から来るのかも大体わかる。攻撃の手数が多いならば、その分だけ一つひとつの範囲は狭い。

 故に自分とパウルの立ち位置、そして視覚以外の感覚かそれを教え、残りの情報を視覚が補う。

 目を開いた先には、予想通りの軌道の攻撃。

 もうすでに振るった腕に付いた黒刃は、パウルの指を的確に切り裂いた。

 いくら鋼鉄さえも焼き切る光の鞭も、漆黒に滑られた刃に太刀打ちできない。


「く、そ……!」


 焦りを覚えたパウルが再び目の前から消失する。

 それでももう同じ手は通用しない。既に慣れたようにナージャは再び目を閉じる。

 通常、不慣れな状態に身を置かれてしまえば何もできずに戸惑うか、冷静になるも順応するのに時間をかける。

 しかし、伊達に二十年も地獄でゆっくりしてたわけではない。彼女の戦う技術はすべてあの地獄から鍛え上げた能力と技術に、すべて執念を注ぎ込んできたからだ。


 今度はパウルが動くよりも先にナージャが動いた。

 既に両手から展開した黒刃が的確にパウルの姿を捉えて、今すぐにも刈り取らんばかりの勢いで迫る。


「速い……だけどまだ甘いよ!」


 すでに指の鞭が見切られている以上、同じ手を使うつもりはない。

 そう思い、パウルは右手をナージャの方へ掲げる。

 まるで止まれと手振りで表しているようだが、その無防備な姿に構わず突撃を続ける。

 しかし、それが誤った判断であることに彼女は気づかない。


 パウルの手の平から半透明の黄色い飴状の物質が手の平から溢れだし、鋭利な刃物となって手の平の上で伸びる。

 まるで蜜のような物質が、空気に触れることでパキパキと音を立てながら乾燥し、ひとつの立派な凶器と化していく。


「蜜……?」


 パウルの手の平から出した蜜の刃物は、さらに指の鞭と同じように光を帯びていく。

 おそらくそれも切れ味を増した危険な物であるに違いはない。故に今さら近接での戦いなどむしろ好都合としか思えない。


 しかし、予想よりはるかに違った動きで来た。

 散弾銃のごとく、蜜刀はパウルの手から発射してナージャの方へと迫ってくるからだ。

 反応が少しだけ遅れた。


「っ!?」


 視界を埋め尽くすほどの、硬い光の刃物。

 一つひとつがただの刃物とは思えない殺傷力で、ナージャの体を貫通していく。

 かろうじて頭部は護るように防いではいるが、無情にも胴体、腕部、脚部と風穴が開けられる。

 飛来する蜜刀に押されて動きを止めてしまい、パウルに付け入られる隙となる。


「まだ終わらないよ!」


 一度蜜刀を出し終えると、今度はパウルの髪の毛が急速に伸び、足元の地面に突き刺した。

 そこから地中の水分を吸い取るように、パウルの髪がどんどん水気を帯びていく。

 いや、現に近くに会った池の水が干上がっていく様子が見える。


「…………!」


 攻撃の予感からすぐ動こうにも、足に深く開いた穴が十分に歩行さえも許さない。

 さらにナージャから少し距離を開けた所で、パウルは蜜刀を出したのとは別の手をナージャに向け、その手の平の先から細い管のようなものが突き出して飛び出た。

 いや、管などと生易しい物ではない。まるで銃口を表しているような管に、いったい何が起こるのか理解したナージャはすぐに行動へ移す。

 使うのは金棒。それを眼前の方へと掲げ、


「形状変化! 『魂抑えの金棒・四の型』」


 金棒が光を帯びて形状を変えていく。

 それと同時に、パウルの方からもどんどん髪の毛が水気を帯びていき、水滴を滴らせるほどに溢れていくと、パウルの全体がなにか膨れ上がるような錯覚にも見えてきた。


「これで止めだよ」


 そして、手の平の管から激しいとは表せないほどどの量の水が、まるで罪人を貫く槍のように伸びてきた。

 水鉄砲などと生易しい物ではない。パウルの髪の根が吸収した、体一つに納めるにはあまりにも大量な地中全ての水が、ほんの数センチの厚さに圧縮して鋭い刃物へと変貌している。


 その刃物がナージャへと届く間一髪で目の前の金棒は前面すべてに棘のついた大盾となり、迫る水の槍を間一髪で防いだ。

 身体全体に広がる衝撃と、大盾の端から散っていく水の量に、どれだけ激しい攻撃であるかが窺える。

 さらに、全身に開いた穴から血液が流れ出てしまい、十分な力も入らなくなっていく。


「……なかなか、厳しいわね……」


 血に濡れた全身を前面から伝わる衝撃が広がり、さらに傷口を開いていく。

 このままでは押し切られる。大盾は弾かれ、全身は水の槍でズタズタに引き裂かれる。


 一つ手はある。

 この圧倒的に不利な状況から敵の不意を突いて逆転を得る

 それがハイリスクだろうと、躊躇する暇はない。

 ナージャはほんの少し迷うが、決断すると即行動に出た。


「形状変化『魂抑えの金棒・伍の型』!」

「え…………?」


 この瞬間、ナージャは大盾から熱の武器へと形状を変えていく。

 それはつまり、迫る水の槍への防御を捨てるという事だ。


「!? 君は何を……!?」


 当然、盾から形状を変えていると、それで防いだはずの水の槍が迫り……


「…………っ!!」


 ……ナージャの腹部に水の槍が貫通した。


「……大した、威力だわ……!」


 体が上下に引き裂かれる錯覚。

 胴体を消失し切らんばかりの勢い。

 下手をすれば胴体が完全にちぎれんばかりの大穴が開き、背骨ごと貫通した身体はたとえ上下繋がりつつあろうと、下半分を不随とする。故に、彼女の意思に関係なく体は地面に倒れ伏せる。

 それでもナージャが屈することなく伸ばした手にあるのは……不思議な黒色を放つ大筒。

 その先端がパウルの方へと向けられる。


「ま、さか……!」


 ナージャの無謀すぎる行動に目を奪われて反応が遅れたパウルに、筒から発射された大量の棘が襲いかからんばかりに飛来していく。


「くそっ!!」


 即座に手の平を突き出して、水の槍で弾こうとするが、この瞬間パウルは決定的に判断を誤った。

 水の槍では弾き切れない、圧倒的な数の暴力がパウルを覆い被さる。


「…………!」


 通常の武器とは違う地獄の技術には、魂を転移して避けるべきだった。

 しかし、もうすでに遅い。全身を魂抑えの刺が刺さる。


「命道術・磔刑場たっけいじょう!」


 まだ魂が抑えられたからといって隙を許すわけにはいかない。

 ナージャが伏せた地面から黒色の鎖が飛びだし、一時的に魂を抑えられたパウルの体を拘束にかかる。


「…………!?」


 さらにナージャは意図をもってパウルの体を拘束する鎖を掴み、強引にパウルの身体ごと引き上げた。

 抵抗するまもなくパウルの体は宙に浮かび、ナージャの丁度真上へと動き、落下していく。

 それと同時に、大筒のない手を地面の上に置くと、力を籠めて押し出した。

 足が動かなくても腕力だけで無理矢理ナージャの体を上へと浮かべるために、


 ナージャは容赦なく獲物を狩らんばかりに、腕の力のみでパウルの方へと跳んだ。


 さらに腕からは血とは呼べない黒い液体と共に飛び出た大きく黒い刃が飛び出す。

 刃に刻まれた赤い文字が、命を求めているように怪しく輝きだす。

 そして……


「……ぁ…………!」


 非情にも、パウルの体は刈り取られた。

 正確には『魂移しの指輪』が嵌められた左腕ごと胴体は薙ぎ払われ、

 体は上下に別れ、腕の方は完全に切り落とされてあらぬ方へと飛ばされてしまった。


「……がぁ!?」


 あっけなく体を切り離されたパウルの体は、無情にも地面に打ち付けられた。

 もうすでに魂を転移することはできない。戦おうにも魂を抑えられては十分に動けない。


「これで…………終わりよ」


 ナージャの方も腹部の傷に足が動けない。

 しかし、もうすでに止めを刺す算段が付いたナージャは、身体がかろうじてつながったままかを確認しつつ、パウルの方へと近づいていった。

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