2-14 陽光の剣士
タンピーアがここに来たのは……
少し時を遡る。ナージャ達が月華の騎士たちと交戦中の時、ナージャ達の知らないところで全くの想定外の事態が起きた。
月華街の王城の手前で待ち伏せていたはずの守護騎士サクは、現在持ち場を離れて月華街の入り口の所へと向かっていた。大道を通ればいいのだが、ナージャ達と鉢合わせになる上に急がなければならない為、思いのほか少々時間をかけている。
街の外に向かう理由は、間が悪いことに陽光街の住民が月華街に来たとのことだ。
街中限定で遠くの兵士と話をすることができるツキカゲは、騎士たちがナージャたちの方へ当たっている最中に、唐突に来た兵士の知らせを受けたのだ。
陽光街の連中が来たのなら、すぐにでも他の騎士を総動員して迎撃に当たるのだが、一つ奇妙な所があった。
相手は集団で攻めてきてはおらず、たった一人で月華街に来たのだ。
それは、攻めてきた様子だとは思えず、しかし罠の可能性も考えたツキカゲの判断から、まずはナージャ達を待ち構えていた騎士の一人であるサクから、様子の確認に向かった。
そして、
「…………随分と無謀と呼ぶべきか、不明と呼ぶか、奇妙な来訪者じゃないか」
街の入り口から外、ぎりぎり月華の当たらないところに、彼女はいた。
一人は、左腰に鞘へ納められたレイピアを下げる、金の髪に酔っぱらい特有の赤い顔の女性。
武器は抜いていない。余裕でもあるのか自然体なまま動かずにいる。
十数もの兵士に取り囲まれた女性は特に戦う姿勢も見せずに、どうやら騎士の誰かが来るのを待っているようだ。
酔っ払った女性は金色の髪をなびかせ、呂律の回らない言葉で話しかける。
「んーそういゃあいたな君……ここに来るのも随分久しぶりってかぁ…………」
「用件は何だ?」
サクはまだ武器を抜かずに静かに敵を見据える。
この相手はなかなか戦いには出ない。しかし実力は折り紙つきだと記憶している。
だからこそ、なおのことこの異常な状況に警戒心が最大まで上がる。
「……っく! あー…………何と言うか、あたしはこの街に用があって来たんじゃねえんだ」
「なに?」
「ちょっと、どいてくれ…………」
すると、突然女性の左腰に下げられたレイピアが、ほのかな光を反射しながら引き抜かれる。
「!?」
迸る剣閃、不可視に近い斬撃。
それを目視できたものは、たった一人を除いていなかった。
「……ぁ…………!」
右に、左に、前にいる兵士全てが、何も理解できないまま静止する。
サクは咄嗟に、背中に下げた白銀の大剣を片手一本で引き抜き、視覚では捉えきれないほどの速さの斬撃の嵐を全て受け止める。
たわむレイピアと、剣劇音を発する大剣。
そして、全ての攻撃が静止した途端……無傷のサクは先ほどよりも眼光を強く、彼女を睨み付ける。
「それは攻撃の意志があると認めていいであるか?」
「あ、いけねぇ…………ついやっちまったぁ…………」
まるで戒めていたことを無意識に破ってしまったように、うっかりと女性は慌ててしまう。
彼女の放った剣劇は全て……
「お前たち、早く退くのである!」
「え……あ、あぁあぁぁ!?」
直後、周囲から赤い飛沫が散る。
女性を取り囲んでいた兵士一人ひとりが、鎧の関節部から血をまき散らし、誰一人なく痛みと共に悲鳴がまきちらされる。
威力は低いため致命傷にはならない。しかし、かえってそれが苦痛を継続し、兵士全ての戦意全てが削がれた。
「こ、この女ぁ…………」
それでもまだ戦おうとする者がいる。
目的はどうであれ、攻撃の意思はあった。ならばこの者は後々街に被害を及ぼす悪鬼の類に違いはない。
それに自分は街を守る一兵士。ただ一人の侵入者を相手に撤退など許されることはない。
その勇敢さを打ち砕く猛威が襲い掛かることに、サクは気がついた。
「! いかん、退け!」
「…………!?」
しかし、言葉が届かず手遅れとなる。
立ち上がる兵士をひとり残らず、無慈悲にも遠くから来た光の線が身体を貫いた。
痛みと、苦痛。
立ち上がった兵士たちは無残にも、戦意も気もすべて失い、地面へと倒れ伏せてしまう。
「ぁ……あぁ…………!」
生き残った部下は恐れおののくしかない。
部下が全員避難した後、サクは大剣を構えてふらふらする女性と対峙する。
「貴様…………」
「ええと……悪ぃ悪ぃ、今日はちょっと……ひっ! ……癖がよくないんだ。だからさぁ君たちの所に来た……いぃ異邦者の所につれていってぁくれないか?」
「……断る」
即答。サクはそれを断固拒否した。
彼女の言いたいことはつまり、今現在鬼ごっこをやっているあのナージャとかいう女性に会うから案内しろというつもりなのだ。
しかし、いくらあの女がきな臭くまだ信用できないとはいえ、仮にもパウルを倒す情報を提示したものだ。それを敵側に会わせるわけにはいかない。
それ以前に、どのような件であれ月華街に陽光街の住人を通すわけにはいかない。
部下も攻撃されたのだ。なおのこと退けはしない。
「あぁ……そう言うこったろうとは、あー…………思ったわ」
要求を却下されてしまい頭をガシガシと掻く女性は、手に持ったレイピアをおぼつかないまま構える。
「けどなぁ……酒飲みで、魔術の才能がなくて、こんな酒を飲むしかないようなあたしでもさぁ……忠誠心っつーもんはあるからさぁ…………」
と、サクが女性の方に集中しているとき、もうすでにサクは女性の手中にはまってしまった。
「ディジー。刺して」
「? ……うごっ!?」
暗転。
サクの体が、膝から先に崩れ落ちる。
いったい何が起きたのか、最初に気がついたのは脇腹から来た痛みの反応だった。
「…………!」
気を取られていた。前方にいる女性にばかり意識を向けていた柵は、街側である背後から敵に襲われるなど、全く予想していなかった。
いや、仮にこの騎士が全方位に対して神経を研ぎ澄ますことになろうと、
なぜなら今背後にいる何者かは、仲間以外の誰にも気付かれないままサクの背後まで近づいてきたのだ。
その事実に気づいた時はすでに遅く、鎧通しと呼ばれる分厚く鋭利な短剣が、サクの鎧の継ぎ目のある脇腹に浅く差し込まれた。
傷自体は浅く致命傷にはならないが、これ以上サクが戦う事はもうなかった。
「……おいたん、ごめんね」
まだ幼い、静かで穢れを知らないような声は、サクの耳にもう届くことはなくなった。
なぜなら、あらかじめ短剣に込められた魔術が発動し、サクは深い眠りへと落ちたからだ。
音を立ててサクの体が静寂に放り出された。
「……おやすみなさい」
サクを突き刺した人物は、まだ十二ほどしかない小さな少女だった。
長い黒髪を垂らし、顔の半分以上を隠してぼうっと倒れたサクの体を見続ける。
「…………」
「おぅおぅ、一突きですか。さすがは……くっ! 便利な魔術を使うよぉ…………」
「はやく、いこう……」
俯く少女は一足早く、目的の人物に会いに行かなくてはいけない。
それは焦燥ではないかとみられる女性は、心配して声をかける。
「ちなみに、怪我はもういいのかぁ? 魔術で治したとはいえ、まだ万全じゃないでしょ?」
「……パウルお兄ちゃん、まもりたいからがんばる」
「おぉわかった。じゃあ……乗れ」
女性は、ディジーと呼ばれた少女の前に背を向けて屈むと、ディジーはその背中に体を預けた。
そして女性は立ち上がり、ふらつく足元からはっきりと足を地に付ける。
「タンピアお姉ちゃん。お願い」
「わかった。……スズナの方も、ちゃんとついてこいよ」
タンピーア。この女性は普段からあまり月華街と交戦することはない。
しかし、今こうして危険を冒して動くには理由がある。
仲間が危機に立ち向かう姿を見て動かずにはいられない。愛する者と信頼される者がいるあの居心地の良い空間を壊されるわけにはいかない。
故に、パウルの寵愛者たちは、自らの判断で月華街へと赴いて行った。
◇
そして現在、月華街大通りで、ナージャとオルトは現在タンピーア一人と対峙している。
先ほど襲いかかってきた光線から少なくともももう一人はいるようだし、もしかしたらまだほかにも敵はいるかもしれない。
しかし、この酔っぱらいの女性相手に余所見をしてはならない、と相手をそう評価し、ナージャ達は静観しつつ様子を見守る。
「…………あー、まずは何から言えばいいのかねぇ……………」
少し時間を置くとタンピーアはゆっくりと口を開き、足を軽く曲げて組みながら、額を軽く掻きつつ言った。
初めに会った時とは別で酔っぱらってはいないものの、その独特の立ち振る舞いと調子の軽そうなところは素の様子でも大して変わらない。
切り出す言葉にすこし戸惑いつつ、オルトの姿を見た瞬間まずはあの時の事を切り出した。
「おぉ、そういえば君とは三度目だな。あの時、屋敷ではよくも窓ガラスを割ってくれたな」
「え……俺!?」
いきなり話を振られたことにオルトは驚き、どう返そうかと思ったが、目の前の女性の匂いをかぎ取った時、すぐにその意味を判別した。
「そ、そうか。この匂いどこかで覚えがあるかと思ったらあの時の……!」
「そう言う事だ。二度目は君の後ろ姿しか見えていなかったから、すぐに気づかないのも無理はないって事よ」
「…………」
その時の当事者じゃないナージャにはいったい何のことかは知らないが、おそらく自分が指示をした屋敷の潜入の事だろうと思った。
それよりも、まさか敵に姿を見られただけに足らず、捕まりそうになったという事実に呆れてしまう。
「オルト。自慢の鼻と足が速いくせに見つかってどうするのよ」
「いや、ナージャ。言い訳させてくれ。実際この女も結構速い。俺が本気を出さなきゃ追いつかれそうになったところだ」
「……へぇ、それは驚きね」
しかし、自分の相棒が素直に相手をそう評価することが、少しだけ意外に思える。
この犬からしても相手は厄介な類に入るのだと。
「さて、本題に入るけど……今さらだが、君はパウルを殺そうとしたって話、本当?」
「本当よ。その為にここに来たのよ」
当然訊かれるであろう問いに、当然の返しをする。
大体わかっていたことだ。パウルを殺す奴がいる時点ですでに驚いているため今さら相手が誰だろうと構わない。
タンピーアは特に激情に駆られることも、悲嘆することもなく、真剣な目でナージャ達を見据える。
「ふむ……君は欲が理由で戦っているわけじゃあ……なさそうだねぇ…………」
まるで相手を値踏みするようだ。
これから自分は戦うつもりだが、それでも戦い自体は不毛なためにどうにかできないかと考えるのだが……
「どうしようとも揺るぎはなさそうだ。……まぁどんな理由であれ、あたしはパウルに死んでほしくない。けど君たぁ戦いたくない。大人しく退いてくれないかねぇかねえ」
無駄と分かりつつそれでも退いてくれないかと勧告をする。
ただ、どう言われようその答えは最初からわかりきっている。
「無理よ」
「そぅか」
予想通りのためか、タンピーアの返事もあっさりしたものだ。
だからだろうか、迷いがいっさい見られないまま、次の一手を攻撃へと転換した。
「!」
白銀の剣閃が、反射的に構えた黒の金棒に一筋の傷をつける。
剣身は届いていない。寸前のところで金棒を動かして防御したのだ。
「……今のを受けるか。やっぱやるねぇ…………」
「…………」
「あぁ……やっぱりこの調子じゃねぇといかんな……」
「?」
ここでタンピーアはなぜか一度剣を鞘に納刀すると、左手をズボンのポケットに入れる。
新しい武器か。ナージャは警戒してじっくりと相手の動きを見つめ続けた。
しかし、出てきたのは意外な物だ。
「…………酒?」
出てきたのは、やや茶色が勝ったガラスのボトルに黒いキャップが特徴的な小さな酒のボトルだ。指の隙間から見えるラベルの文字にも、酒の名前が書かれている。
まさかとは思うが、タンピーアはそれを片手で持ってもう片方の手でキャップを開けてきた。
確実にこの状況で飲むつもりだ。
不可解な相手の行動に怪訝な表情が浮かぶ。
「戦いの最中に飲酒なんて、なめているの?」
「いいや、あたしはこっちの方がなんというか……戦いやすくてねぇ」
「?」
意味の分からないことを言い、タンピーアは口の空いたボトルを自らの唇へと近づける。
何のためらいもなくボトルの中の酒が次々飲み込まれていく。
時間にして十秒ほどしかかからなかっただろう。完全にボトルの酒を飲み干した。
「えぇと…………あたしはねえ……なんというか真っ直ぐ過ぎに戦ってちゃうまく戦えない癖があるんだ。だからこうしてわざと自分をこうよくわからん感じにすると、結構うまくいく……ひっく! ……ああ、不思議に思わないでくれぇ。体質みたいなもんだ」
そう言いつつ空になったボトルをポケットにしまうと、もう一度左腰のレイピアを抜刀する。
その動き事は精彩かつ速い動きではあるが、いかんせん足元が若干ふらつき、だらしなく半身が下がっている。
「…………うぅうう…………あぁ、やっぱこうじゃねぇとな」
まさか酔っ払った状態のまま戦うとは思わなかったが、これでも向こうが本気なら戦うしかない。
しかし、いざ動き出そうとする前にもう一つタンピーアが言葉をかぶせて言ってくる。
「ああそうそう。それと一つ分かったことがある」
「なによ」
焦りは禁物だ。静かに様子を見続けていると、なぜかちらちらと自分……よりも後方に視線を向けている。
まさか……
「やっぱあたし一人じゃ君らには勝てないわ。だから……」
そう言いながらタンピーアは剣を持ってない方の手を上にあげて指を鳴らした。
もうすでにそれがなんなのか察した瞬間、相棒の名前を叫びながら横方向へと跳躍する。
「! オルト!!」
「!?」
オルトもついさっき同じことを見ていたために、すぐになにが起こるか判断しナージャに続いて跳ぶ。
直後に先ほどまで自分がいた所に真白い光線が一瞬のうちに通り過ぎた。
光の速度で襲う狙撃は、かろうじてでしか回避できない。
「なにをしてでも、君らに勝つわ」
「…………!」
だからこそ着地の隙を突き、タンピーアの剣先が襲いかかる。
とっさに金棒で防御するナージャだが、流麗かつ神速の剣捌きが変化し、乱雑かつ奇抜に描かれた剣先が金棒に絡みつくように滑り、左肩の負傷を許してしまった。
「ぐっ…………このっ!」
反撃に移ろうとするナージャだが、その隙を遠くの何者かは許さない。
再度、道の向こうから光線の狙撃が、牽制と攻撃の双方の意味で
「!? また……! オルト、いったん退くわ」
「え、なぜだ!」
「さすがにこのままじゃ分が悪い!」
周囲の建物の状況を見渡す。
今ナージャ達がいるのは開けた大道だ。光線を撃ってきた何者かがもし視認でこちらの様子を窺っているのならば、今ここでまともにタンピーアと取り合うつもりはない。
「オルト! この女は私が何とかするから、あんたは鬱陶しい邪魔者を倒しに行って!」
「わかった! あの光線使いを何とかすればいいと…………」
そう言いオルトは急いで匂いを頼りに光線の元まで走りに行こうとした瞬間……
「……だめ」
「!?」
オルトの目前に唐突に少女が現れる。
長い黒髪で顔を半分隠したまだ幼い少女は、手に握ったナイフをオルトの頭めがけて振り下ろす。
「がっ!」
顔めがけて振り回されるナイフを牙で噛んで受け取り、強制的に足を止められるオルト。
ナイフを噛み千切ろうにも、少女は咄嗟にオルトの顎を横から蹴り上げられ、目元がちかちかと点滅し、動きが止まってしまう。
「オルト!」
「が…………ぎっ……!」
唐突とオルトの目の前に現れた少女。
それは、隠れていた所から現れたわけでも幻覚で目の前まで気づかれずに近づいたわけでもない。
それはつまり……
(光の速さで俺の目の前まで飛んで……!)
「オルトッ! くっ!!」
「余所見は……現金だぁ!」
タンピーアの酔いに任せた絡みつく猛襲が、徐々にナージャの体を削りにかかる。
それも関節を主体に右ひざと左肩、さらには左目玉を突かれてしまい、満足に動けない。
その上、不定期に襲いかかる光線の狙撃がナージャ達の集中力を確実に削いでいく。
「君は……っく!! ……なぜそうまでしてパウルを倒しに行くのか今さら聞かないが、こっちだってパウルを死なせたくねぇんだ…………」
ほんのわずかに剣の威力が重くなる。
情の強さに合わせてタンピーアの剣を握る手に力が籠もる。
「ダリアが、ユリが、ローズマリアが、アカシャが、リュウゼーランが、チュリチュップが…………今援護しているスズナも、そこの犬と戦っているディジーも、当然あたしも、そして街の皆も、パウルが死ぬことを誰も望んでいない!」
「っ……!」
反撃に移ろうとしても、遠くからの光線が攻撃を阻害し、さらにタンピーアからの攻撃を許してしまう。
流れを読ませないタンピーアの剣で攻められ、スズナによる遠くからの狙撃で動きを封殺される。
「どんな因縁があるかはしらねぇがー…………諦めてくれねぇなら倒すまでだ」
「!」
狙撃されまいと遮蔽物に隠れようにも、そうはさせないとタンピーアがうまく立ち回り、動きの制限をされる。
なまじ狙撃をする寵愛者は距離を取っており、今すぐ潰しに向かう事はできない。
「月華街に来てまで戦うあたしたちに何ができる」
今オルトは少女と対峙している。それどころか地獄の規定で必要以上の攻撃は禁止だ。
美獣の時とは違い、人間のまだ幼い少女にオルトは本気を出し切れていない。
「……ひっく! 君はぁ……命を懸けてでもパウルを守るために戦うあたし達を、君はそれでもねじ伏せるのか?」
剣を構え、優雅とは程遠くも意志の強い立ち姿を見て、不思議と律儀に答える気になった。
それだけ意思をぶつけるつもりならば、どんな形であれ自分も示さなければなかろう。
「……パウルは、本当にあんたたちに愛されているのね。命を懸けてでも守るなんてこと……私にはわからないわ」
人でなしを自覚するナージャにとって、自分には程遠い感情であり自分には理解できない感情だ。
だが、それでも決して下に見ることじゃないと感じた。知らないことであっても、その意志の強さは称賛に値するだろう。
その上で、彼女は無慈悲に答える。
「だけどそんな事実なんて、あんた達じゃない私には全部知ったことじゃない」
「あー…………どうしても本音は明かさないか。……本気でやれ!」
ナージャから大きく距離を取り、合図を出した直後に再び狙撃の光線がナージャに襲いかかってきた。
牽制の時とは比べ物にならない数十もの光線が、本気でナージャを殺しにかかる。
避けようのない
「だったらいいわ。形状変化。『魂抑えの金棒・四の型』!」
「!」
しかし、回避など初めから毛頭にない。
ナージャの金棒が、光を放ち変化する。
形を変え、質量を変えたそのなにかは、阻むものを全て焼いて貫く光線を、破壊の一つもなく全てを拒んだ。
「…………!?」
金棒から変形したのは、大きな盾だ。
人ひとりの体を大きく阻むほどの巨大な黒色の盾が、正面の部分から無数の棘を生やしている。
棘を生やした大きな盾は、遠くからの光の狙撃を全て弾き、防いだ。
かすかに動揺するタンピーアを取り繕うことなく続ける。
「命道術・磔刑場!」
「!」
しかし、もうナージャは手心を加えるのをやめた。生命を司る死神の力が、脱獄者の寵愛者に牙を向ける。
ナージャの足元の地面が突如、水が湧き上がるかのごとくジワリと地面を黒く濁す。
「なにが……出るんだ…………!」
ナージャを中心に足元から広がるどす黒い地面の中から赤がかった黒色の鎖が、意思を持つ生き物のごとく左右にうねりながら表出していく。
気味が悪く、得体のしれないその姿はあたかも、仲間が使っていたあの術に酷似し、しかしそれ以上の気味の悪さに違和感を覚えた。
「この技は……アカシャの…………あぐっ!?」
這い出た鎖が真っ先にタンピーアへ這い寄り、蛇のごとくタンピーアのみに絡みついてくる。
慌てて剣を振り回し、手で鎖を掴んで引き離そうにも、人間の力では抗えないほどの拘束力で縛り付けられる。
「鎖が……ひとりでに…………!」
どれだけあがいてもがこうと、抵抗するための腕ごと、虚しくタンピーアの全身は異形の鎖に巻きつけられた。
「タンピアお姉ちゃん!」
なぜか鎖に狙われなかったディジーは、縛られるタンピーアを見て悲鳴を上げる。
身体の所々に軽く傷をつけられたオルトは、
「ナージャ! その術は……!!」
「わかっている。必要以上にはしないから黙ってて」
それでも一線を超えないよう己を戒めつつ、目前の敵をゆっくりと見下ろす。
タンピーアを見つめる瞳に嘲りは無くも、冷たく無慈悲に姿を映す。
「……そう、あんたはパウルを守るために罪を犯したようね…………」
「この……鎖は…………!」
巻き付き、絡みつく鎖が地面や壁に埋もれ、文字通りタンピーアを磔にする。
身動きなどできない。物理法則を超えた怪奇現状にも値しない現象。
ナージャの形容しがたい威圧感にディジーは動けない。光線の狙撃は何度も襲撃にかかるが、大盾に阻まれて通じない。
地獄の技術と命道術を晒す代わりに、ナージャは寵愛者三人を圧倒した。
「……まったく、こんな奴らに地獄の技術はあんまり見てほしくないけど……」
思想も意志も慈悲も容赦も必要ない。
ただ黙々と、邪魔者は排除するのみ。
「もういいわ。パウルのとこまで帰れないようにするから」
手加減無用




