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2-12 月華の騎士 前

 夜も深くなり、月光が一段と街全体を照らし出す風景。その中で住民たちは否応なしに住宅に籠もるようになる。

 これから、来訪者と守護者ツキカゲの部下である騎士たちが、対襲撃用防衛訓練、通称『鬼ごっこ』を開始するからだ。


 月華の王城前でツキカゲは静かに街の様子を静観している。

 自身の目視と、念を入れて月光による感知をした結果、今建物の外には来訪者たちと部下しかいないようになっていた。

 いつでも準備は万端だ。


「ハーフィー、クレイセン、サク、カインズ、サティ……」


 今回の鬼ごっこに参戦する五人の守護騎士たち。

 すでに街中に配置は完了されており、あとは来訪者がここに来るか、それとも部下が勝利の報告に来るかを待つだけだ。

 相手は二人と一匹、こちらは五人。

 一見して不公平そうな勝負だが、向こうが未知数の上にパウルを倒すなどと豪語している以上これくらいのハンデを乗り越えなくてはならない。


「あの者どもが勝つか、私の部下が勝つか、見物だな」


 ツキカゲは王城の扉の前を座り、月光の感知で様子を見つつ堂々と待ち構える。

 数十分後、ここに来るのは……



          ◇



 月華街の構造は漠然に言うと、王城を中心に扇状に街が広がっていると考えればいい。

 つまり街の入り口から王城へは一本道で進むことも可能だが、その場合は大抵守護が厳重で、左右から挟まれてしまう事の多い大穴となる。

 鬼ごっこはいかに相手を出しぬいて密かに進むかを手段とする。

 ちなみに向こうは月光を用いた感知はしないつもりだ。


 ナージャの場合、わずかな人数でどう進むかだが……


「それじゃあ私は先に行くわ」

「おう、また後で会おう」

「が、がんばってね……」


 一旦離れて行動することにしたナージャは一番に進む。

 性格からして月華街の中央通りを進むのかと思われたが違う。


(さて、前情報だと敵は全員で五人。何人ほど出るか……)


 そう頭の中で思いつつ、何とナージャはどこにでもある一般住宅の壁に手や足をかけると、屋根の上へと登りだした。

 道を進むのではなく、屋根の上と言う正規とは全く違うルートを選んだのだ。


 ナージャはこう考える。

 自分は三人の中で一番に戦闘に長けており、おそらく敵幹部に遭遇して一番生存率が高いのも自分だろう。

 しかし、大道を通れば敵にはあっさりと遭遇するだろうし、かといって細道や裏道だって敵にとってはすでに予想済みだろう。

 ならば、表からでも裏からでも見える上の道……

 つまり屋根の上を通れば必然的に敵に遭遇するだろう。


「オルトたちが捕まらないといいが……」


 また、この鬼ごっこには自分だけでなくオルトやリュナだっている。あまりあてにしてはいないが保険としてそちらを少しでも有利にするために、自分は手っ取り早く、かつ目立つように屋根から屋根へと跳ぶ。

 ただ、敵に不意や裏を突かれたりすることはあまり快く思わず、こそこそするよりは普通に目的地に進んだ方がいいと考えているだけ。

 何がどうであれ、あからさまで道ではない道を通る以上、向こうは黙っていられるわけではない。


「…………!」


 跳躍する途中、ナージャは視界の端に、何か一瞬煌めくものが見えた。

 と思いきやそれが高速でナージャの顔に向けて飛来してくる。


「!」


 ナージャは反射的に頭を横に傾げて飛来するものを避けた。

 それと同時に、自身の頬を掠めたものが何かを、瞬間的に見て理解した。

 着地と同時に素早く後ろを見ると……


「…………手裏剣!」


 ナージャの目線の先、月の光を当てて反射するそれは、主に投擲に用いられる刃の武器だ。

 それも、ナージャが知識として知る手裏剣と比べると特殊な形をしている。


 二つ、三日月のように弧を描いた形状の刃がクルクルと、勢いを落とすどころかさらに加速させてナージャの所へと飛んで行く。

 しかし、ナージャはそれを回避しようとはせず……


「小賢しい」


 自ら腕を差し出し、飛来する手裏剣を掴みとった。

 やや手の平が切れたがこれくらいどうという事はなく、すぐにその手裏剣を観察し、投げられた方向に目を向けて敵を探そうとするが……


「ん~捕まっちゃったね~。やるね~」

「!」


 声が投げられた方とは反対の方向から聞こえた。

 ナージャはポケットから金棒を取出し、振り向きざまに構える。


「まずは一人目ってとこね」


 ナージャの進行上には、鎧の下に着る、鎖を綴じつけた鎖帷子の姿をした、中年男性の姿が見えた。

 さっそく敵が登場したかと身構えるナージャだったが、


「?」


 しかし、登場の仕方が奇妙だった。

 男は手のひらサイズでしかない三日月型の手裏剣の上に乗っており、なおかつ手裏剣が空中でクルクルと回り続けている。男の体重を難なく支えており、全く落ちる様子がない。

 それだけじゃない。同じ形の手裏剣が大量に、まるで蝶のように意思を持って沢山男の周りを滞空しながら回転している。 

 男は間延びした声で、のんきに自己紹介を始める。


「はじめまして~。俺は月華街の守護騎士、クレイセンだよ~」


 クレイセンと名乗った男は、自身の周囲に浮かぶ三日月形の手裏剣の一つを無造作に掴みとると、その煌めく刃の部分を見せて、自慢げに紹介する。


「そしてこの子たちは俺の分身、眉月まゆづき。俺の命令一つで好きに動いてくれる、従順な武器なの~」


 まるで子どもを褒めるように誇らしげに喋るクレイセン。

 ひとりでに動くのは謎のままだが、とりあえず敵は手裏剣使いだということが分かった。

 ならばどう戦っていくのかと頭の中で素早く戦略を組み立てようとするが……


「だからさぁ……俺の許可なしにだいーじな眉ちゃんを盗んじゃダメダメさッ」

「!」


 すると、異変が突如起きた。

 ナージャの手に握られた三日月型手裏剣が、ひとりでに勝手に動き出した。

 異変に気づき、すぐに手裏剣を捨てようとしたが、一足遅く手裏剣はナージャの手のひらを切り裂いて飛び出す。


 手のひらからあふれ出る血液に顔を若干しかめ、すぐにクレイセンから距離を取った。

 二つほど戻ってきた手裏剣もまじえ、クレイセンはにやにやと笑みを浮かべながら手裏剣を動かす。


「というわけで~、ツキカゲさんからは容赦するなと言われてるから、本気で行くよ~!」


 クレイセンの合図と共に、投擲とは別の方法で周囲の三日月手裏剣が高速回転し、ナージャの周囲を囲う。

 右から左にグルグルとナージャの周囲を回り、左右前後全てを取り囲むことで手裏剣が回ることで一種の檻となり、ナージャの行動を封じる。


「…………」


 ナージャは周囲を冷静に見渡しつつ、状況整理に入る。

 今のところ現れた騎士は、クレイセン一人。まずは様子見といったところだろう。

 ならば早いうちに自分自身を脅威と思わせて、敵を多く引きずり出す。


 つまり、手を抜くつもりはない。


「バラバラになれよ~」


 十や二十どころではない百を超える刃が、足を、腕を、首を、ナージャの全身を切り裂かんばかりに迫る。


「…………この程度」


 しかし、そうなる前にナージャは動いていた。

 黒化したナージャの両腕。青白い刺青が光るその両腕が、迫る手裏剣を掴み、握り潰す。


「え!」


 潰された手裏剣は破片から光となって消えてしまう。それに対して黒化した手に傷はない。

 そして一つを破壊すれば次へと間を入れずに、前に横に後ろに掴んでは握り潰しを繰り返していく。

 攻撃を許すつもりなどない。強化された反応速度によって次々と攻撃に来る手裏剣を握りつぶしていく。


「こいつ、俺の眉月を……けど、まだまだ!!」


 クレイセンの周囲の月光が一点に収縮して、新しい手裏剣が出来上がる。この武器は金属ではなく魔術的な要素で作られた武器の様だ。

 つまり向こうの武器が尽きる様子はない。ならば、


 ナージャは、屋根から跳躍し、クレイセンの所へと向かって飛んで行く。

 迎撃の暇さえ与えずに、ナージャは一発クレイセンの顔面を殴り、手裏剣の上から屋根の上へと叩き落される。


「ぐあぁ!?」


 住宅の屋根上に身体をぶつけて、体の中の空気を吐き出してしまう。

 打撃と衝突の激痛に顔をゆがめるクレイセンに向かって、ナージャはさらに追撃に向かう。


 クレイセンは、とっさに月光から数十もの手裏剣を迎撃に向かわせる。

 しかし、ナージャは、致命傷のみの手裏剣だけを握りつぶすことで、進行を遅らせることなく徐々にクレイセンとの距離を詰めていく。

 そして、いよいよナージャの攻撃の手がクレイセンに届こうとした瞬間……


「ハーフィ~! 来てくれ~!」

「!」


 来たか。

 クレイセンからの狙い通り来た言葉に、ナージャは何処から敵が来るのか、クレイセン以外にも左右に視線を動かし、不意打ちに対して警戒心を高める。


 予想外の方向から敵の魔の手が迫ることに、ナージャは気づくのが遅れる。

 突如、ナージャの足首が何者かに捕まれる。


「!」


 掴まれた感覚にぎょっとしてナージャは足元を見る。

 すると、屋根に叩き落されたクレイセンの体の影から、白銀の籠手が装着された右腕が伸び、ナージャの足首を掴んでいるのだ。


「なに、こいつ……!」


 ナージャはクレイセンへの攻撃をやめ、パンツのポケットからケースを取出し、中から金棒を取り出す。

 しかし、こちらが攻撃に出る前に、影の中から一人の男が声を出す。


「やあ…………さっきはよくもバカにしてくれたな…………」

「!」


 この声は、心の底から恨みそのものを表しているかのようだ。


 ハーフィーと言えばツキカゲと交渉をしていた時に潜んでいた守護者であったが、どうやらナージャの『パウルは倒せない』が発言が相当許せないようだ。


「こいつ…………!


 ナージャが足を振り払って逃れようとするが、掴んだ手は全くナージャの足を離そうとはしない。


「……歩けなくしてくれるよ」


 そして影の中からハーフィーの陰鬱な声と共に、大きめの鎌を持つもう一つの手が伸び、掴まれたナージャの足を刈り取りにかかる。

 ナージャは額にしわを寄せる。このままでは戦いに一気に不利になる。ナージャは影から伸びる手を振り払う事はやめた。

 かと言って諦めるわけではない。


「形状変化。『魂抑えの金棒・参の型』!」

「!」


 ナージャは逃げようとはせずに新たな行動に出る。

 それは、先ほど出した金棒を別の形状へと変形させることだ。

 金棒が光を帯びて形状を変えていく。


「あっ…………!?」


 ナージャの武器は、金棒から足用の防具……具足となった。

 足先から膝までを覆う黒色の具足は、当然防御だけではなく攻撃として用いられる。

 脛に三本、足の甲に一本、足裏に八本の三か所にある魂抑えの棘が、ナージャの動きを止めるために掴んでいたハーフィの手に突き刺さる。


「……………………」


 足を切るための鎌を弾かれ、更には棘にも刺さり軽く無気力化してしまうハーフィ。

 その隙にナージャは沈静化したハーフィの籠手のついた腕を掴み、影の中から無理やり引っ張り出した。

 陰に潜む伏兵の姿が、無防備に露わになる。


「ハーフィ!!」


 ナージャに引かれて出てきたのは、白銀の籠手と具足で防護はしているが、それ以外が真っ黒な布に包まれた姿だ。声からしてかろうじて男だとわかるが、この容姿はどちらかと言えば騎士よりも暗殺者の風貌だ。おそらくこいつは影の中に潜んで移動し、足元や背後から迫って攻撃をするタイプだ。

 結局不意は突かれたが、ナージャの機転により危うく脚を奪われることがなくて済んだ。


 ナージャは念を入れて、腕を高く限界まで上げてハーフィの無防備となった胴体を表し、その腹部に魂抑えの具足が装着された蹴りを浴びせる。


「かはっ…………!」


 具足の棘に刺さったハーフィはそのまま数メートルほど飛んでいき、ある住宅の屋根の煙突に突き刺さった。

 クレイセンはぎょっとして煙突に刺さったハーフィをしばらく見つめるが、しばらく時間が経っても動く気配がない。

 クレイセンは戦慄してナージャから距離を取り、月光から新たな三日月型手裏剣を作り出す。


「まず一人」

「……ハーフィを一撃で倒すなんて、とんだ馬鹿力じゃない……!」


 本当は魂の無気力化によるものだが、そんなことを知らないクレイセンにとっては、ナージャが本当に脅威であることを改めて思い知らされた。


「次はあんたよ」

「…………っ!!」


 黒化された両腕と、魂抑えの具足を着けた両足で、改めて敵と対峙するナージャ。

 クレイセンの周囲にある無数の三日月型手裏剣が、クルクルとひとりでに回る。

 さらにクレイセンの手には等身大の、もはや手裏剣じゃない巨大な三日月刀が、怪しい光を放つ。


 ナージャは、敵の攻撃を待つよりも、反撃狙いでクレイセンの懐へと跳んだ。



          ◇



 一方、オルトの方は中央の大通りの方を、人間の走行よりも速く駆けている。

 裏道を駆けるという手もあったが、狭い道に騎士と戦うことになると、狭さが災いして自前の速度が生かされないかと思われるからだ。ましてや敵の方が多いため二対一ならなおさらだ。

 そのために、うかつに裏道を選べない以上こちらも目立つ大道の方を走っていると……


「なぜよりにもよってこのカインズの相手が犬公なんだってんだ」

「!」


 不意に声が聞こえた。

 右からだ。


「ちぃ! 来たか!」


 オルトは反射的に左方向へと跳び、いったん声がした方から距離をとる。

 それと同時にオルトは声がした方へと視線を向けて敵の姿を確認するが……

 しかし、誰もいない。


「!? どこに……!」


 すると、背後からの蹴りがオルトの胴体に命中した。


「かはっ……!」

「おい、どっち向いてんだ犬公が」


 今度は、道の右側に視線を向けたはずのオルトの背後から声が聞こえた。

 背面を蹴られたオルトはそのまま近くの壁へと飛んでいく。

 しかし、オルトは四本の足で壁に着地すると、今度は距離をとらずに振り向くと同時に声がした方へ飛びかかり、そこにいるなにかに口を開けて牙を突き立てた。

 攻撃されてからの直後に反撃をするオルトだったが、なぜか妙に噛みごたえがおかしい。


「……なに(はひ)!?」


 オルトが噛みついて牙を突き立てたのは人の形をした全身暗黒の影のようなものだった。

 人影は、首筋にあたるところに突き立てられたオルトの牙に苦痛を示すことはなく、そのまま食らいつくオルトを殴りつけようとする。


(まずい……!)


 オルトは人影の体を蹴って跳躍し、攻撃を回避した。

 しかし、まだ敵の正体がなんなのかわからないため、うかつに突撃したり一カ所に留めるつもりはない。


 ひとまずオルトは周囲の住宅の壁を蹴り、他の住宅の壁へと跳ぶ。

 跳んだ先の住宅の壁に着地すると、さらに壁を蹴ってまた別の住宅の壁へと跳ぶ。 壁から壁へと、自身の速度を生かし、攻撃される隙など与えずとにかく跳び続ける。


「本体はどこだ……!」


 四本の足を活かして跳び続けるオルトはどこかに本体はいないか辺りを見渡し続ける。

 右に、左に、縦横無尽に駆け回りながら視線を動かしていると……

 ……見つけた。

 月光と建物によって生じた大きな影の中に、人の動く姿が見えた。

 オルトは見逃さない。


「そこかっ!」


 オルトは駆ける。物陰にいるのが本体ならばあのよくわからない人影ごと倒すことができるはず……!


 しかし、オルトの思惑は意外なところから-阻害される。

 オルトと物陰の人物との間に何者かが割り込み、飛来するオルトを打撃で弾いた。


「ぐあっ!?」


 弾かれたオルトは咄嗟に地面の上で受け身を取り態勢を整える。

 攻撃が失敗したことに、強く歯噛みする。


(なんだと、俺の速さについてきて……!)


 またあの人影の様なものかと思ったが割り込んできたかと思ったが違った。先ほどの影とは比べて細い。


「…………新手か」


 現れたのは、要所のみを重点的に防護する軽い鎧姿の女性だ。

 さっき横割りしたのはこいつで間違いないだろう。

 物陰の方から、若い男性の声が飛んで行くる。


「サティ! 来たか?」

「裏道の防御に当たったけど、予想外ばかり。こうも堂々だとかえって清々しい」

「は! 清々しい事よりも、ただ単に間抜けって呼ぶ方が適切だろ」


 そして物陰からオルトの眼前へ、月の光に敵の正体が晒される。

 現れたのは重厚な鎧姿に、兜をつけていない色白で二枚目の顔をした青年だ。この男が恐らくカインズという名前の騎士なのだろう。

 カインズは、自信ありげに自分を指さして言う。


「このカインズ、犬公相手に姿を見せるとは……誇りに思うがいい!」

「……おいおいよりにもよって、俺はこういう俺様系が大嫌いなんだよ…………!」


 自分の事を棚に上げて、嫌悪感を露わに顔を顰めて震えるオルト。

 この相手が守護者の部下である事だと思うとなお寒気がする。

 と、そんな風に嫌気がさしてくるオルトだが、もう一人の守護騎士、サティが動き出す。


「!」


 ゆっくりと一歩一歩足を進めてオルトに近づいてくるサティ。よく目を凝らしてみると、体がほのかに光りはじめている。

 オルトは得体のしれなさに身を固めそうになったが、振り切って先手を打つために近くの壁へと跳躍する。


「オラァ!」


 右、左、右、右、左上、右上、背後、正面……

 牽制と跳躍を繰り返し、相手の目をかく乱させつつ、次々と跳躍を繰り返す。

 しかし、なぜなのかサティは全くオルトに視線を向けようとはせず、じっとしたままだ。


(……こいつ、さっきからなんか微動だにしねえ。なんか薄気味悪ぃ…………!)


 オルトはそれがどうも気味悪く思えてしまうが、攻撃の手をやめるわけにはいかない。

 とにかく跳躍を繰り返すオルトは、いよいよ敵の視界、背後のやや下の部分から跳躍し、片足を狙いにかかる。


(とった……!)


 相手は動かない。いよいよ攻撃が決まる。そう思われたが……


「…………は?」


 しかし、オルトのからだは、まるで影を通り抜けるように、相手の体を素通りした。

 攻撃が通るはずだった。相手に接触するはずだった。それなのにまるで透き通った幻からすり抜けるように、オルトの体はそのまま空を切ったのだ。

 さらにそれだけじゃない。


「いったいなぜ、俺の攻撃を………………!?」


 敵の体を素通りして着地したオルトの目の前。

 そこにはなぜかサティの姿がいる。通り抜けたばかりで背後にいるはずの敵が目の前にいるのだ。

 オルトは、すぐに回避をしようと方向転換をしようにも、また目を疑う光景が飛んでくる。


「なにっ!」


 今度はどこにいるかと言う問題じゃない。

 サティが、一人から五人に増えていた。

 いよいよ何が何だかわからずに軽く混乱状態に陥る。


「敵の姿が……どういうことだ…………!」

「「「「「私の姿は朧月夜おぼろづきよ。誰にも正体なんて見せはしない」」」」」


 五人のサティが、全員同時に語りかける。

 正面、右、左、左後ろ、右後ろといったようにオルトを囲う形で同じ姿の敵が佇んでいる。

 しかし、一人ひとりの姿がまるで靄にかかったようにぼんやりとかすんでどれも実像の様には見えない。

 焦燥に掻き乱れる頭の中を必死に整理し、周囲を見回して舌打ちをする。


「分身……と言うより目くらましか。くそっ、厄介な……!」

「それだけじゃねえぞ犬公」

「!」


 オルトロスの背後、そこには余裕綽々の笑みを浮かべたカインズの姿が、オルトを追い詰めるようににじり寄ってくる。

 オルトは振り向くと同時に、焦りから即急に距離を取ろうと跳躍するが、背後を誰かに阻まれてしまう。

 背後にはなぜかカインズの姿があった。

 その上、体を拘束されてしまい、身動きが取れない。


「しまっ…………!」

「このカインズの影騎士ナイトオブシャドウには、自分自身の影をこうして人型に具現し、物に干渉できる。その上……」


 オルトは先ほど、カインズがいたはずの場所に目を向けた。

 そこにはカインズではなく、例の人型の影が佇んでいるだけだった。

 オルトはようやく、最初に不意を打たれたことの種がなんなのか、気がついた。


「そういうことか……厄介な能力だな…………!」

「理解したな。そう、影騎士と自分は場所を入れ替えられる! これほど便利な魔術はない、ぜ!!」


 目の前に佇んでいたカインズの影騎士がこちらへと向かって行くる。

 影騎士は、握りしめた右拳をオルトの腹部に突き刺す。

 ごりっと、オルトの中で嫌な音がした。


「がっ…………!?」


 影だと言うのに生身以上に固い拳だ。

 こんな拳で殴られたらいくらオルトでもただでは済まない。再起にかなり時間がかかるだろう。

 あたかも痛めつけるかのような行いに、いつの間にか一人分になったサティが、表情を変えずに声音だけ変えて非難する。


「趣味悪い。だから人気投票で最下位」

「うるさいぞサティ。敵に容赦しないのが信条だ。第一今のは結構本気で殴ったのに、こいつ結構頑丈だぜ」


 影騎士の拳が二発、三発と次々オルトの体に突き刺さる。

 痛みに呻き、体にダメージを蓄積させつつ、オルトはただ


(まだか……まだか…………!)


 オルトは待っている。

 いい加減、そろそろ来ないのかと、敵の一方的な攻撃を受けつつもなお諦めずに待ち続ける。

 どれだけ不利な状況でも屈することはない。


「もういい。私が一思いにやる」


 カインズがもたついているように見え、いよいよサティまでも、短剣を取り出して攻撃に加わろうとした時……


(オルトロスさん! 聞こえますか、オルトロスさん!)

(…………!)


 オルトはここで待ちに待った好機が訪れる。


「(ようやくきやがったか! 待ちくたびれたぜ!)」


 オルトの体内通信。通常は携帯電話を所持する相棒のナージャからでしか来ないのだが今回は違う。

 もうひとり、どこか安全地帯にいるはずの犬獣人の声が届く。

 オルトは敵に悟られないよう、攻撃を受けながら体内通信をし続ける。


「(やっとかリュナ! 今、ナージャの状態はどうなっている!)」


 犬獣人のリュナは今、どこか遠目でナージャの様子を見ている。

 敵に気付かれぬよう、ナージャやオルトとは違い、裏路地から屋根に上って密かにナージャの状況を観察し、ナージャから借りた携帯電話でオルトに繋いでいるのだ。

 そして今、あるタイミングをうかがうためにリュナからの報告を待っている。


(ナージャさん、なんか変な形のよくわからないものを飛ばしているおじさんと戦っていたけど、なんか屋根の下からもう一人の人間が生えて、それをナージャさんが蹴飛ばして、その後さっきのおじさんと……)

「(いやちょっと待て! 変な具体性はいいから人数だけを話せ! 今どうなっている!)」


 リュナは素直に、見たことをそのまま話しているが内容がもうすでに訳分からなくなっているのでとにかく省く。

 リュナは簡素に、とにかくいろいろと言いたいことを押さえて一つの事実だけをオルトに伝える。


(一人! ナージャさんはいま一人と戦っている! そのちょっと前にもう一人の方を倒している!)

(一人か。まだ倒していないなら少々不安だが……いや、構わねえ! そろそろ合図を出すぜ!!)


 準備ができた。ややノルマとは違うが想定の範囲内だ。


「(いい加減、制限付けるにも飽きたしよぉ……!)」


 オルトの闘志がもう一度燃え上がる。

 正直ここまではまだいい。敵の様子を把握するためにナージャとオルトとリュナは別れたのだ。

 そして、リュナ経由で向こうの様子は伝わった以上、オルトの次にやるべきことは見えてきた。


「(反撃の時だ!)」

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