2-11 月華の守護者
バレリアと決別してまで前に進むナージャ達だが……
月華街を象徴する月光を放つ石は、陽光街とは違い『塔』ではなく『城』に納められている。
なぜなら塔は天まで高く届くことを象徴し、城は堅牢なる守護を象徴する。
そのため月華街の守護者は陽光街とは違い堅牢な鎧騎士となっている。
城の中の石を護るように最高守護位が一人、そこから下を幹部、更に下が兵士という構造になっている。
つまり、陽光街のように最も強い三人とそれに連なる守護者たちではなく、頭が一つにピラミッドのように幹部、兵士となっているのだ。
そんな中、月華街の入り口から『天月石』を納める王城を遠目で睨みつつ街中を歩いていた。
一人は白いワイシャツと膝まである黒いパンツと身長を超す巨大な金棒を持つ、明らかにアンバランスで戦闘向きではない格好の女性。
一匹は人間大の大きさの黒くて獰猛そうな地獄出身の犬。
そして最後に、質素だが頭と体を厳重に隠した獣人族の少女。
たった三人、旅行者と思われてもおかしくない二人と一匹。
しかし、少し先にするつもりのある出来事に、憂鬱な足取りで歩く。
こうしている間にも、敵は街の入り口から王城までの間、どこかに隠れるように配置している。
もう少ししたら自分たちは戦わなくてはならないのだ。
「…………はぁ」
地獄の人、ナージャは疲れるようにため息をした。
事態は好転したはずだ。それなのにこうも面倒な出来事が起きている。
そんなナージャの言いたいことがなんなのか、その横でオルトは、言いたいことがわかるのか、先を読んで言う。
「ナージャ。やるしかないだろ。むしろこれはチャンスなんだろうが」
「……そうね。まったく、何の意味があるのよ」
なぜならナージャ達はこれから、月華街の守護者を潜り抜けて王城まで行かないとならない。
それが果てしなく、下手をすればただの戦闘よりも疲れることだ。
オルトの上に跨ったリュナが心配そうに見つめる。
「ナ、ナージャさん…………大丈夫?」
「問題ないわ。そっちこそ無理に参加することはないわ。下がりなさい」
「ううん。わ、わたしもできることがあったら、」
「…………そ、じゃあ勝手にしなさい。やるしかないわね」
もはや今のナージャには強制する余裕などない。半ばやけくそ気味だ。
それでもやるしかない。ナージャは一呼吸を入れて精神を落ち着かせた。
「とにかく、この街の特徴をよく見ておかないとね」
改めてナージャは街中を歩きつつ周囲を見渡して、頭の中に街の構造を刻むのだった。
◇
時間をさかのぼる事一時間ほど前。
バレリアと決別したナージャは、オルトたちと合流しても言葉など何もなかった。
リュナは心配そうに見つめてくるが、かけてくる言葉が見つからない。
オルトも、いったい何があったのか大体は察し、せめて問題ないままことを進めてほしいと願った。
そうして無言のままただ進んで行き、月華の王城にたどり着いた。
大仰で堅牢な門に二人ほど門番がおり、そのそばになにか待ち構えているような男が立っている。
男の首からなにかが書かれたプレートがぶら下がっている。
プレートに書かれている文字は……
「“受付”ね」
「受付があるのか」
ナージャ達は王城と扉の前に佇む門番とは別の、なにか受付らしき事務員に話しかける。
「ここの守護者に会いたい。会えるの?」
「え? ツキカゲさんのご用でしょうか? でしたらチェックを通れば、すぐにでも可能ですが……」
「頼むわ」
多少訝しんではいるものの、受付は門番に確認をした後に、大仰な門の横にある小さな扉を開けて中に入った。
武器を持っていないかボディチェックをされたが、地獄の技術を入れるケースの中身を見て不思議そうに首を傾げたり、リュナの正体を知って驚愕とかしたが……
「なに?」
軽く牽制するように威圧すると、これ以上追及はされなくなった。
外から来たものを応接する部屋へと通される。
ナージャ達は、リュナとオルトの姿を確認した後に、飛び手の取っ手に手を開けた。
扉の向こうの部屋は、幻想的な世界が広がって見えた。
月明かりを模した、青白く控えめな光が室内を照らしており、円形の平たいテーブルと二つの大きな
イス。
案内に導かれるままに、片方の大きなイスに座る。
「それでは、ほんの少しだけお待ちください」
そう言って、案内は部屋を出て行った。
静寂な室内に二人と一匹は取り残される。
「…………」
守護者が来るまでナージャは特に何も言わず、頭の中で今までの状況とこの先の状況をイメージし、反芻する。
割と重要なことなので、念入りに思考しているようだ。
話しかけてはいけない雰囲気だと察したようで、リュナは室内の物珍しい調度品などを見て回ることにした。
すると、室内の壁が大きく目に入る。
「オルトロスさん。これ、見て」
「ん? おお…………」
ナージャは特に呼ばれていないので、興味なく思考し続ける。
オルトロスが見たのは、室内の壁一面書かれた大きな絵であり、まるで古い遺跡にある壁画のように書かれている。
部屋自体老朽を防ぐためにいろいろと施されているが、壁画だけはあまり手をつけられていない。
向こうが来る時間を待つ間、オルトとリュナは興味深そうに壁画を見つめた。
「おうおう、随分と大仰な絵だな……」
よく周りを見渡すと、室内は円形状になっており、絵は一つの物語のように右から左へと流れるように描かれている。
壁画に文字は書かれていないが、見たままの事を率直に思うと以下のようになった。
―――――角と翼の生えた一つの大きな影が、大地のようなものに真っ黒な息を吹きかけている。
―――――息を吹きかけられて暗くなった大地に城と塔が建てられており、そこから二種類の光が大地を照らし出す。
―――――そして城と騎士王、塔と法王を中心に人が集まり、それぞれ対立する者同士が争い合う。
リュナとオルトはこの構造に漠然と見覚えがあった。
「オルトロスさん。これって、月華街と陽光街の事だよね?」
「ああ、結構古いな。この街とあの街ってそんなに長く対立し続けてたのか……」
以外にも歴史の長い街の様子が書かれた壁画を見て、オルトは感心した所だったが……
「ん?」
オルトが、絵の最後の部分が気になった。
月華街に存在する壁画だからなのか、月華街が陽光街に勝利し石を奪った場合の時が書かれている。
―――――月華の王城から陽光と月光を放ち、月華街の住人が両手を上げて賛歌を謳う。
―――――その際、陽光街の住人が頭に輪を着けて背中に翼の生えた状態で、光を放つ城の元へと昇天する。
おそらく陽光街にも最後の部分を除いて同じような壁画があるかもしれない。
しかし、少なくともこの絵に描かれていることは、ある一つの起こりえる事実を示していた。
(……ナージャ)
騒音にもならないだろうが、オルトは余計なことは言わずに心の中にしまう。
おそらくナージャが今やろうとしていることは……パウルを倒すという事は……
その時、室内の扉が静かに開かれた。
「!」
「来たわね……」
「これはまた、珍しい客人じゃな」
扉が開かれると何者かが室内に入る。
オルトはリュナにナージャの隣に座るように促し、オルトはリュナとは反対のナージャの横に座り込んだ。
現れたのは、中肉中背でややぼけたような顔つきの初老の男性だ。
ナージャは表情はそのままで少し警戒し、ゆっくりと言葉を出す。
「あんたがこの街の守護者?」
「そう。私はツキカゲと申す者ぞ」
確認に対して申し出た守護者ツキカゲはそのままナージャたちの真正面にどかりと座り込んだ。
動きが粗雑に見え、挑発ではなく疑問として言う。
「意外ね。こうも簡単に守護者って出てくる者?」
「ハッハッ、無防備と言いたいのかね。心配はいらないさ」
ツキカゲは心配ないように陽気に笑う。なにか自信のある笑い方だ。
「私の行く先どこにでも彼らはいてくれるから安心ぞ」
「彼ら?」
何のことかわからないリュナは頭を傾げるしかないが、ナージャとオルトはなんのことか察した。
ナージャは気を済ませ、オルトは鼻をきかせる。
反応は……ある。
どこにいると訊かれれば具体的には答えられないが、生命のある生き物特有の気配というか呼吸というか、そういうものが感じられた。
「(ナージャ)」
「(ええ、はっきりとはわからないけど…………いる)」
お互い小声で確認すると、改めて警戒心をもって向き合う。
ナージャもオルトもはっきりとわからないほどの隠密だ。ならば下手な手は撃たない方がいいだろう。
「で、よそから来た嬢ちゃんがこの老いぼれになんの用かな?」
いろいろと含みのある向こうに対して、下手に隠し立てやもったいぶった言い回しは不要だ。
「単刀直入に言うわ」
ナージャの要望はただ一つ。
はっきりと示すために一拍入れて告げる。
「パウルを倒すために、あんたたちの兵隊を貸して」
「…………」
ナージャの直球の要望に、ツキカゲは何も言わずに黙っている。
しかし、それは長く続くことはなく静かにその言葉を復唱する。
「……パウルを倒す、と言ったな」
「そうよ」
「大した自信だ。こちらの若いものが聞けば激昂する話だ」
「…………」
周囲の空気が震える感覚がした。
ツキカゲ自身に変化はない。しかし、この部屋に潜む何者かたちからただならぬ怒りの震動を感じる。
約二十年も戦い続けた宿敵とも言っていい相手を、よそから来たどこのだれかも知らない者に、疑いなく倒すために協力しろと来た。
確かに高ぶらずにはいられないことだし、同様だってするだろう。
その上……
「あんたらなんか知らないし、あんたらに倒せるほどパウルは甘い相手じゃないわ」
「(おい!?)」
オルトが悲鳴じみた声をあげるが、ナージャは知った事じゃないように無視をする。
別に挑発でもバカにしているわけでもなく、事情を知るナージャがそのまま意見を率直に言っているに過ぎない。
しかし、そんなことを知らずにあたりの緊張が一気に張り裂けるような感じがし、それらが一気に破裂しようとする。
「「!」」
オルトとナージャが身構え、今にも襲い掛かる脅威を迎え撃とうとする。
しかし、そうなる前に先にツキカゲが動く。
「落ち着けハーフィ! ……彼女から悪意は感じられん。気持ちはわかるが静かにしろ」
「…………」
ツキカゲが自分の目の前の床……いや、正確には室内を照らす明かりによって生じた自分の影に向かって話しかける。
なにを意味する行動か、ナージャにはだいたい察した。
直後にピリピリと張り詰めた空気がだんだんとやわらいだような気がした。
見えない何かの怒りが少しだけ静まったようだ。
「確かにそちらさんからはただの人間にはない何かを感じる。月光が惹かれることも反発することもない」
ツキカゲの目が細められ、興味深そうにナージャを見る。
「こちら側がパウルを倒せない根拠は、いったいなんなのかね」
「パウルは殺しても殺せないからよ」
ツキカゲの問いにハッキリとナージャは返す。
なお冷静にツキカゲはナージャの言葉の意味を待つ。
「実際のパウルの強さも厄介な所だけど、瞬間的に移動することや傷ついてもすぐに修復する身体が、何よりも厄介な所でしょ」
「…………その通りだ。しかし君ならばパウルを倒せる、その根拠はいったいなにかね?」
パウルがなぜか死なないことはツキカゲでも知っている。
しかし、ならば自分たちとナージャの違いを知らないツキカゲは、いったいなんの確信をもって断言をするか気になる。
ならば向こうが言葉を出しつくすまで、ツキカゲは待つ。
するとナージャは、地獄の事は話さずにあることを確認する。
「パウルの指についている指輪、覚えがある?」
「指輪?」
ナージャは記憶を掘り起こしながら喋る。
所長の話とナージャの記憶力を総合すると、確かにあった。
パウルの右手に不思議な黄色を放つ指輪があった。
「パウルを倒す方法は二つ。一つはパウルと戦っているときにその指輪をどうにかすること。もう一つは……」
ナージャは、どういう手順でパウルを倒すかツキカゲに説明する。
オルトから聞いた情報と、自身が見た現象。
総合的にまとめてできた一つの推測と確信。
町全体を巻き込んだ地獄の技術の作用。
パウル一人のために相手にしなければならない多さ。
全ての説明を聞き終えた後、ツキカゲは興味深そうにうなづく。
「……ほぉ、陽光街の魔術にはあり得ない方法だな。本当にそんなことが可能か?」
「可能よ。私は陽光街に来る前のパウルを知っている。あいつなら可能な事よ」
「…………」
ツキカゲは思いだす。
かつて二十年前、陽光街のかつての守護者がある事故で逝ってしまったため、陽光街は劣勢を強いられ太陽石が奪われるのも時間の問題とされた。
その時、まだ世界の広さも知らないような若者が陽光街の守護者となった。
その街で生まれたものでしかその街の魔術が使えないと言うのに、よそ者が守護者となるのは珍しい話だ。
しかしどう見ても二十代の人間にできることではない。なんの問題なく石が手に入ると思った。
少なくとも、当時幹部だったツキカゲはそう確信していた。
そう油断した。それが間違いだった。
その若者は異様に強かった。
その若者は強いだけではなく異様だった。
人間ではない異様さも含めた若者は、絶望的だった陽光街に光をもたらした。
逆に勝利を確信した月華街に陰りをもたらしたのだ。
それから二十年。ツキカゲは歳から直接戦う事の出来ない街の守護者となったが、それでもいい加減にパウルとは決着をつけねばならないと思っている。
ナージャの言ってきたことは無碍にするには惜しい話だと思った。
「おいおっさん。一ついいか?」
すると、ここで先ほどから沈黙を貫き通していたオルトから、以外にも切り出してきた。
本当なら沈黙するべきだろうが、相手も相手なので、遠慮なく喋りだす。
「オルト?」
「ナージャ。これはあくまで俺の個人的な意見だ。口を出すな」
あらかじめ断りを入れた後に、ツキカゲと向き合うオルト。
犬が喋ったと言うのになにも動じないツキカゲ。似たような経験済みなのか、はたまた年の功とも言える事か。
「なあ、おっさん。どうして月華街と陽光街はそうまでして戦う。いったいなぜ命を懸けてまで戦う理由があるんだ」
「なに?」
素朴な疑問。
月華街と陽光街が争う事になった根本的な要因。
よそ者で無関係のオルトは別にそれを否定的にとらえているわけではないし、他者の主義にどうこう口出しするつもりはない。
しかし、それでも純粋な疑問として、なぜ町全体をかけてまで戦おうとするのか。
「いや、こいつはパウルを倒すこととは関係ない、俺自身の興味の話だ。お前がいったいなにを目的にあの街へ攻め込んでいる。それを話してはくれないか」
「……構わんよ」
……ざわざわ、とどこかに潜む気配が騒ぎ出している。
主に疑問の色が強い。よそ者にここまで深く事情を話すことが、周囲の謎の気配にとって、不可解な事となるだろう。
「これこれ落ち着けお前たち。大して隠し通すことでもあるまいよ」
念のためにツキカゲは自分の影を叩き、周囲を見回して注意する。
よそ者に言うべきか悩まれる内容だが、オルト自身真剣に聴くつもりがあるようだ。
おそらく壁にある絵を見たから、だろうか。
特に断る理由はない。話しては良いかとツキカゲは判断した。
「月華街と陽光街。この二つの街が諍いを起こしたのはもうかれこれ四百年も長く続いている」
「四百年? 随分なげえな」
「そうだろ。しかし初めは、光も影もない土地を作り出した、悪魔の暇つぶしの玩具程度でしかなかったんだ」
相反する性質を持つ石を用意し、お互いその石から町と住民を生みだし、足りないものを求めるために光に向かって手を伸ばす。
よそと違って当たり前が存在しないからこそ、戦わなければならない。
「戦う目的? 決まっている。陽光街の日の光を放つ『太陽石』を欲しているからだ。それは向こうとて、同じことだぞ」
「なぜだ。なぜそんなにお前はその石とやらを欲しがっている」
「…………」
昼しかない街、夜しかない街。
奇妙な街ではあるが、そこにどんな不便で不利益なことがあるのかよそ者のオルトにはわからない。
だからこそ、なぜこうまでして完全な街を目指すのだろうか。
「君は、日の光だけのあの街を、月の光しかないこの街を、いったいどう思っている」
「……奇妙、ぐらいだな。あと、こうもずっとほぼ同じ日照りだと時間間隔がわかんなくなる」
「それは外の者の言葉だな。我々にとって時間など、間隔ぐらいでしかない」
「…………」
「この街の守護者になったものは、死ぬまでこの街から出ることはできない。つまり、命が朽ち果てる最後の時まで日の光を拝むことはない」
返す言葉もない。
理解されない苦しさを言ったところでどういったことはない。
偏った光も、守護者のシステムも、街そのものの仕組みも……
「街の守護者となるのは石の因子を持つ、街から生まれた住人のみ。……もっとも、パウルの奴は例外中の例外だが……」
「守護者の事はしょうがないにしろ、そもそも守護者なんて必要がないくらいに、街同士仲良くすることはできねえのか? 日の光が欲しいなら向こうに住むって考えもあるだろ」
日の光が欲しいのになぜわざわざ戦うなどと面倒な手段をとるのだろうか。
昔から続いたからか? それではあまり合理的ではない。
「そうじゃない。守護者に限らず、街の住人は互いの街に長居することはできない」
「え…………?」
まだオルトには知らない事実がある。
それは、決定的に陽光街と月華街が共存できない理由でもあった。
「『天月石』の因子を持つ我々があまり長い時間陽光街に滞在すれば、拒否反応が起こり、長居しすぎれば内包する魔術は暴走する。…………決して相容れない存在なのじゃ」
だからこそ、完全なる街が必要なのだ。
月と太陽、その二つの光を共に放つ完全なる町の存在が。
「わかっただろ? 石を奪わなければ完全な街は出来上がらない。しかしそれを守護者が阻む。さらには向こうの街に滞在する時間に制限がある。…………だから四百年も決着がつかないんだ」
娯楽。
人間同士の諍いを見ることを望んだ悪魔の歪んだ遊戯。
本当にそんな悪魔がいたのか、存在自体はわからないようだが、どうしても戦わない理由など存在しないのだ。
「君たちにとっての当たり前が我々にはない。だから我々はその当たり前が欲しいのだ」
「……そうか」
いろいろあるが至ってシンプルな理由。
太陽の光が欲しい。月とは違う、眩しくて煌めく日の光が欲しいのだ。
当たり前故に理解に苦しいと思われるが、それでもツキカゲ達は止まりはしない。
「先人たちが求め続けた戦いを、今さら終わらせるつもりはない」
「それは、パウルにとっても同じことか?」
「さてな。あいつは、我々を倒すことよりも人を護ることを優先する奴だからな」
敵ながらにして敬意を示すようにツキカゲはほんの少しだけ笑った。
「これで満足か?」
「…………ああ、十分だ」
確固とした理由があるならばもうこれ以上オルトはなにも言わないで置いた。
「ならば、話を戻すとしよう」
さて結局のところ、ナージャの要望は受け入れてくれるのか。
「しかし、その作戦を実施するにも私は君たちを信用し切れない。意志と力があることを示さなければ、部下たちの顔がないだろ。ならばやるべきことは一つだ」
「なによ」
ここまでの話の流れからして、ナージャはツキカゲか近くにいる近衛兵かどちらかを相手にするのかと思った。
しかし、ツキカゲからの答えは全く予想外だった。
「鬼ごっこだ!!」
「「「…………え?」」」
…………沈黙。
なぜかここ一番に声を出したかと思えば意味の解らないセリフにナージャ達は沈黙した。
心なしか、周囲の不可視な気配の元も、失笑したり言葉を失ったような気がした。
◇
月華街は月に一度、疑似襲撃訓練が行われる。
月華街の石は月に一度、街を守護する力が最大の時と最弱の時がある。
常に安定した守護を誇る陽光街とは違い、月華街は月齢のように守護の力にばらつきがあり、陽光街を圧倒的に上回る時と、貧弱と言われても仕方がないくらい下回る時とある。
最大の時はわざわざ陽光街が攻めてくることもない上に、強固な結界が張られる以上、一度だけ特殊な訓練が行われる。
訓練名『鬼ごっこ』
日々陽光街から攻められてばかりの月華街は、自分たちの力を見るという意味でもその訓練が行われる。
種類は二通り。
騎士たちが鬼となって、守護者である住民たちの防衛線を突破して城へ到達する前半戦。
住民たちが鬼となって、守護騎士は攻めてくる住人たちから城を防衛する後半戦。
ルールは以下の通りにされる。
・鬼は最終地点を守護の城と定め、守護者は制限時間までに鬼を城に到達させないようにする。
・騎士は重装甲の鎧姿を着こみ、武器を所持せずに参加すること。
・鬼であれ守護であれ、騎士は住民に危害を加えずして無力化に取り組む。
・範囲は隅から隅まで街の全体を使う。ただし、建物内に入ることを禁ずる。
・住民が鬼の場合、騎士に触れられれば脱落とされ、騎士が鬼の場合は住民に押さえこめられれば脱落する。
※特別ルール:ナージャ、オルト両名を鬼とし、月華街の騎士五人を守護とする。勝利条件を最終地点王城にたどり着くとする。
これは戦闘技能とは別の、敵の進行からいかに食い止めるか、またはいかに敵に接触せずして進行するかという類の訓練だ。
騎士と住民には身体的ハンデの差があるため、住民側の人数制限はされていない。
なお、住民側が鬼の場合触れられれば脱落となるのは、陽光街の守護者たちは全員防具を装着せず、陽光の術式を増強する法衣を纏っているから、剣などで切り裂けば一撃で深手を負うので、騎士にとって敵に追いつくことは倒すことほぼ同義とされる。
しかし、以上の説明文の半分以上はあまり意味がない。
この日は別に結界が張れるほど月光の力が強くないので、下位の兵士を外周に張らせて警備を強める。
住民たちは巻き込まれない為、全員建物内に避難するよう指示している。
そして、鬼はナージャたちで守護者は騎士たち。
最終地点は通常と同じく王城となっている。
つまり、今回の場合はナージャがいかに守護騎士五人を潜り抜けて行かなければならないのか、
そこが重要となっている。
◇
そして、現代に至る。
街を見回り終えたナージャ達は、街の入り口辺りに戻った。
なぜかこのような状況になってしまったことに愚痴ってしまうが、何度言おうと結果は変わらない。
向こうから、不自然なほどにまばゆい光がナージャ達に向かって差すように輝く。
ナージャが地形を把握している間に敵の騎士たちはすでに配置についた事を示し、つまりは向こうの準備ができたことを示す合図だ。
「さて、それじゃあ行くわよ。オルト」
「足引っ張るんじゃねえぞ」
「あんたもよ」
お互い憎まれ口をたたきながらも、すでに姿勢は走行状態に入る。
月華街の守護騎士による、恒例の特訓を用いてナージャ達が試される。
ナージャもオルトも、開始と同時にまずは真っ直ぐに街の奥に向けて走り出した。
突然ですが、次回の投稿は十月までは不定期となります。
本業が忙しくなるため、どうかしばらくお待ちください。




