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2-3 情報収集

改めて街に入るナージャだったが……

 良い子も眠る深い夜の時間にもかかわらず、街は相変わらずじりじりと照り出す昼の明るさを保ったまま、しかし賑わいはなく静寂としている。

 そんな中ナージャは、今度はオルトとリュナを連れて町中を歩きながら、先ほど外から何らかの集団が街へと入っていくことを聞いた。当然、その中に脱獄者の匂いが写った一般人の事も話した。


「へぇ、つまりこの街に脱獄者の誰かがいることは確実、と言う訳ね」

「ああそうだ。さらに言うならこの町の住民に強く親しまれている可能性も高い。だから……」

「オルト、無駄話はいいわ。さっさと財布のありかを嗅ぎ分けなさい」

「……ああ、わかった」


 オルトが何か深刻そうに話すつもりであったが、ナージャに急かされてしまい、すぐに無くした財布の捜索に戻った。

 鼻を動かし、右や左に、ときどきナージャに鼻を向けては匂いを頼りに町中を歩いて行った。


「でも、なんでさっきまで外は暗いのに、ここは明るいの?」

「それがこの街の特色だからだろ。けど、さすがに時刻は夜だからこんなに明るいままの街でももう就寝時に入ってるかもしれねえな」

「ずっと昼のままというのも考え物ね」


 と、三者三様未だ明るい町中の感想を言いつつ、町中を歩き続ける。

 すると、オルトの鼻はある地点で止まった。


「ここだ。この建物の中に無くした財布がある」

「ここ?」


 オルトが立ち止った先の前には、なにやら見慣れない建物がある。

 木造造りで横に長く、どこか近寄りがたい雰囲気が放たれている。


「なによここ。こんな所に入った覚えなんかないわ」

「誰かが拾ってここに入ったかもしれねえぞ」

「まったく……人のお金で飲み食いするなんていい度胸ね」


 そう言うとナージャは真っ先に建物の入り口の扉を開けて中に入り、続いてオルト、リュナも中に入った。

 その次の瞬間、


「ひっ!?」

「おおぅ……」

「うるさい」


 建物に入った途端、迫力のある大きな店主の声と、騒がしく賑やかな声が、ナージャ達の耳を埋め尽くす。


「すごい……!」

「まったく、騒がしくて好きになれないわね。ここ」


 目に入るのは、外からの光を完全に遮断した状態で明かりをつけて夜の雰囲気を出し、その中を生き生きとした店員たちに、勢いよく酒を飲み、料理を食らう客人がにぎわっていた。

 ここ、大衆酒場に入った途端ナージャは雰囲気に圧倒されかけ、あまりここに長くは痛くないと思ったが、その直後隣でオルトがどこか具合が悪そうに見えた。


「オルト、どうしたのよ」

「い、いや……この酒場、酒とか油とか、そんな強烈なにおいが混在としているから…………辛い」

「後にしなさい。それより財布は何処にあるのよ」

「……お前には気配りというものがないのか」


 具合が悪くても大したことが無いとわかれば容赦なくこき使うナージャに、オルトは内心、涙しそうになった。


「オルトロスさん、大丈夫? 無理しないでね」

「リュナ……」


 そして、些細な事でもよく心配してくれるリュナに今度は違う意味で涙しそうになった。

 と、オルトの具合云々は置いといて、


「財布の場所は…………あっちだ」


 オルト曰く、強烈なにおいが混在する中、集中してにおいを嗅ぎ分け、少しずつ足を動かしていく。

 若干ふらついている気もするが、懸命に鼻を動かし続け、そしてたどり着いたのはある数人の男たちによるグループが座ってる大きなテーブルだ。


「あれ? あの男って……」


 ナージャはやや遠目で、そのグループの内、酔っているのか一番にお喋りしている男を見た。

 どこかで見たような気がするのだが……


「あいつ、昼間私とぶつかった男じゃない」

「え?」

「どういうつもりかしら……」


 ナージャは、匂いでダウンしかけているオルトの横を通り、やや早歩きでずかずかと男たちの方へと近づいて行く。

 男たちはそれに気づかず、昼間にぶつかった男が大声で高らかに話す。


「いやー俺ってばこれほど運がいいとは思わなかったぜ! たまたま俺が目をつけてスッた財布がよお、まさかここまでの大金とは驚いたし! まったく何も持ってなさそうで、それなのに独り言ばっかりするような意味不明な女だと気味悪がったが……」

「へぇ……あんたが盗んだのね。私としたことがうっかりしてたわ」

「え?」


 すると、饒舌に話続けていた男が不意に後ろから話しかけられた声に口を止めてしまった。

 普通ならかなり酔いが回った状態で、たいした声量でもない声に喋りを止めてしまう訳でもないのだが、今の声は男を静かに黙らせた。

 それは、昼間に自分が聞き覚えのある声であったからだし、さらにはその声がえらく低く、冷たく、それでいて無機質な感じがしたからだ。


「…………」

「財布、かえしなさい」


 今のナージャの眼光はとても鋭く、そして目に見えない何かが放たれているように見える。

 もはやそれは見覚えのある男に限らず、他の男たちの酔いを醒ますには十分なくらい恐怖を抱かせるほどであった。

 ナージャは鬼さえも怯むかせるほどの眼光で睨み、そして何も感じさせないような、だからこそ恐ろしい声でもう一度言う。


「出せ」


 ナージャの冷徹な瞳が男を捕らえる。

 男は直感で感じた。このままではまずい、このままだと自分は財布を取り返されるうえで何かをされると。

 せっかくここまで飲み食いしておいて今さら財布を返すわけにはいかない。


「……い、言いがかりはやめろ! 何の根拠があってそんなことを言うんだ!」


 男は恐怖心を誤魔化し、かつ財布を奪われまいと椅子から勢いよく立ちあがって大声を出して張り合ってきた。

 後ろの男が恐怖の目を向けられている中、自分だけは震えるわけにはいかない。

 男の叫びに店内は火が消えたかのように静まり、男とナージャの方に視線を集中させる。


「へぇ、人の物を盗んでおいて居直る気? だったらどうされようとかまわないわよね?」

「あぁ? なん……?」


 男が全てを言い切る前にナージャは即行動に移る。

 たった二歩足を動かして男の背後に回り、一番怪しんでいる男のズボンのポケットへと手を伸ばした。


「ナージャ!?」


 周りの反応が遅れている中、ナージャの早業を見切っているオルトはその行為を諌めようとするも、間に合わない。

 いよいよナージャの手が男のズボンのポケットに入ろうとした途端……


「まぁまぁ待ちなって。こんなところで殺伐としたことはやっちゃぁだめよ」

「!?」


 ナージャの手首が何者かに掴まれた。

 反射的に彼女は振り向く。


「…………誰?」

「ん?」


 ナージャが振り向いた先に、酒で酔っ払っていて赤い顔をした金髪の女がふらふらした足取りでこっちに来る。


「…………!?」


 一瞬遅れて男は後ろに回り込まれたことに驚き、二人から逃げようとした。

 すると、


「ま、待って!」

「ワン!」


 男が逃げ去ろうとした先に、リュナとオルトがたちはだかり、男を逃がさないようにしている。

 オルトは言葉を話して怪しまれないようにと今さら気づき、もう遅いと思いつつも犬語を真似たような吠え方をする。


 男が逃げないことを確認したナージャは、またなにか面倒なのが来たと内心思いながら、手首を掴む女にゆっくりと話しかける。


「……あんた、何のつもり?」

「はっは、まったくどちらさんもいけないこってね」


 しかし女性は鈍いのか肝が据わっているのか、物怖じせずへらへらと笑いながら手首から指を離す。

 ナージャが胡散臭そうに女性を見るが、女性の方も笑い顔から一転して険しい表情となる。


「何のつもりって? それはこっちの台詞。君がこいつに対して怒りを抱くのは分かるけど、場所ぐらい選びなさいって。ほら、皆怖がっているよ」

「…………」


 確かに、周りの人間は誰もかれも怯えた表情でこちらを見たり、または無視をしてだんまりしている。

 どちらにしろ楽しく飲む雰囲気じゃなくなっている。


「そして君も」

「え、あ?」


 もっとも、注意は男の方にも向けられた。

 その表情はナージャの時より険しい。


「君のした行為も悪辣だ。もしもこの人がそのせいで飢え死になったらどうするの? あの人が治める街でそんな悲劇を起こす気なのかい?」

「う、う…………」


 酔った女に凄まれ、完全に戦意も見栄も無くした男は、よろよろと揺れて床へとへたり込んだ。

 ナージャは今度は手を出さずに、最初と同じく鋭い視線で言う。


「……もう一度言うわ、大人しく財布を返しなさい。さもないと無理矢理外へ連れ出すわよ」

「ひっ、……わ、わかった…………許してくれ…………!」


 男は素直に財布をポケットから出し、ナージャに渡した。

 それが自分の財布だと確認し、念のために中を開けて確認した後、ようやくナージャは大人しく去るようになった。

 だがその前にナージャは、酔った女に向かって先ほどの暴挙の事を謝罪した。


「悪かったわね」

「わかればいいってもんよ」


 それに対して女はあっさりと許してくれた。

 少々拍子抜けになるが、あっさり済んだことで女性はまた笑い顔に戻った。


「いやぁ君って観光でここにきたの? だったら災難ね、財布を盗まれちゃって。あぁけど、この街は本当は治安はいいんだ。たまたま悪い人に引っかかっただけだから……」

「別にいいわ、結局財布も戻った。ほら、オルト。そしてあんたも行くわよ」

「お、おう……」

「うん……」


 財布をポケットに、ナージャは連れの犬と女の子を置いて行くようにすたすたと店の外へと向かって行った。

 彼女が去ったことで、少しずつ店の雰囲気が賑わいだした。


「それにしても…………」


 だが、すっかり酔いも冷めた女は、出て行ったばかりで少し動いている扉を見てぽつりと呟く。


「……外の犬は喋るもんだねえ」


 そう言うと女は元のテーブルに座り直し、店主にまた新しい酒の注文をした。



          ◇



「び、びっくりしたね…………」

「まったくだ。お前はもうちょっと自制って言葉を覚えろ」

「それは分かったけどあんたも人前で大声を出さない」

「それはお前が余計なことをするからだろ! このガサツ女!」

「……やるの?」

「やるか?」

「ナ、ナージャさん……オルトロスさん……落ち着いて…………」


 無事財布を取り戻すことはできたものの、オルトとナージャの間にピリピリとした空気が流れ、リュナは怯えつつも宥めている。


 とはいえ本気でケンカをするわけにもいかないので、ナージャ達は改めて脱獄者の情報の収集にあたるとした。


「……つーかお前、あの酒場で聞き込みぐらいすれば良かったんじゃなねえのか?」

「あんな雰囲気の中、一秒でも長く居続けるのはごめんよ」

「……ああそうかい。だったらどうしようか…………」


 しかし、町中は明るかろうが時刻はまだ夜であり、何処の建物もカーテンと窓がしっかりと閉まっており、光が差し込む隙がない。

 つまり今はあまり情報収集ができる時ではない。


「オルト。匂いは?」

「この大道を進んだところにいるはずだ。だが、まだ何も知らないで突撃するのもまずい」

「そうね」


 かと言って、オルトの鼻を頼りにたどって脱獄者にすぐに挑むのも得策ではない。

 向こうで何が待ち構えているのかわからないし、そもそも誰がいるのかもわからないし、闇雲に進むべきではない。

 となると……


「えっと……つまり今はじっとしている方がいいの?」

「そうかもな。おそらくここの脱獄者はまだなにも起こしていないおとなしい状態かもしれない。だったら今は夜が明けるまで……ってのもおかしい表現だが、宿を見つけておとなしくしないか」

「そうね……」


 ナージャはここで、この街の事について、そしてこの街に入るであろう脱獄者の事について少し考えた。


 ここにいる脱獄者が、今はどういう事をしているかはわからないが、美獣のようにあまり目立った動きはしていないことはわかる。だが、問題はこの街に住んでいるか、それともただ潜んでいるだけなのか、そこが気がかりである。

 もしもただ潜んでいるだけならば誰にも知られることなく始末すればいい。だが、この街に住んでおり、なおかつ他の住人と強い結びつきがあるのならば……


 そう考えたところでナージャはふと、財布をスッた男とは別の、いきなり話しかけてはいきなり案内すると言って、そしていきなり服の選択と立て替えをしてくれたあの少女のことを思い出した。

 最後に向こうも頼みごとをすると言っては、自分がいるであろう所のメモを渡され、そして行ってしまった。

 それを思い出し、ナージャは一応大事にしまってあったメモを出し、そこに書いてある字を見通す。


「?」

「ナージャさん?」

「へぇ、ご丁寧に目印まで書いているじゃない。あの短時間でよく書けたものね」


 オルトもリュナもいったい何なのか気になるのだが、そんなことにいちいち答えるつもりはない。


「ダメだったら待てばいいし、一応行くとするわ」

「行くって、いったいどこにだ?」

「知らないわよ」

「知らないのか!?」


 念のため、ナージャは渡されたメモをもとにあの少女がいるであろうところへと向かって行った。

 なお、


「そう言えばこれも結局いらないし、あげるしかないわね」

「……お前、ホントはそれ、いったい誰が買ったんだ?」


 ナージャの左手に未だに持っている、ジャージとバニースーツと修道服入りの紙袋が、なんの使いどころもなく静かにぶら下がったままだった。


「気を取り直して、例の所へ行くわよ」

「おう」

「うん……」


 いろいろと腑に落ちないオルトだったが、気を取り直して改めてメモの所へと足を進めた。



          ◇



 そして数十分後、ナージャはメモに書いてあることを頼りに、ある一つの目的地へとたどり着いた。

 そこは、昼間に寄った服屋以上に異質な所だ。


「ここね。今も開いているのかわからないが……」

「不思議な所だね」

「な、なんだここは……?」


 見えてきたのは、この街の中で一際目立つ何かのお店だ。

 明るい色を基調とした可憐な色遣いと、それでいて中に入るには少々躊躇われるような雰囲気が放たれている。

 どうやら時刻が夜の今でも営業中であり、やいやいと賑やかな声が店内から響いてくる。


「おいおい待てよ。まさかここに入るというのか? 嫌な予感しかしないが……」

「今更そんなこと言ってもしょうがないでしょう。ほら、行くわよ」

「う、うん……」


 どうも自分以外は気が進まなさそうではあるが、目的の為には躊躇ってなどいられない。

 躊躇のない足取りで進み、そして……


「「「いらっしゃいませー!! お客様!!」」」

「「「…………」」」


 店内に足を進めた途端、あまりの声量に一瞬だけ圧倒された。

 その上、誰も彼もがまったく見たことのない異様な格好をしており、魅了とは別の意味で二人と一匹は目を奪われていた。


「「「…………」」」


 誰も声を発しようとはしない。ほんの少ししか人間を知らないリュナでも衝撃的であることは違いないだろう。

 客としての二人と一匹の反応に対して、給仕らしき少女たちが明るく声を出して、テキパキと案内を進める。


「変装喫茶『サンライト』へようこそお客様! 二名様でいらっしゃいますか? あ、当店ではペットの持ち込みは禁止されているのですが」

「……違うわ。私はここに客として来たわけではないわ」


 かろうじて異様な雰囲気に飲み込まれず意識を戻したナージャは、探しなどはせず直線的に要件を言う。


「バレリアって少女、ここにいないかしら。その子に用があるんだけど」

「え、バレリアさんでしょうか? 少々お待ちください」


 給仕の一人が一瞬何のことかと思うような表情になったが、すぐに元の表情に戻るとにこやかな顔をして奥の方へと消えていった。

 それを待っている中、場所もわきまえず隣からオルトが小声で喋ってくる。


「(おいナージャ、誰だその娘は。俺はまったく聞かんぞ)」

「この子の服の選んで代金を立て替えた子よ」

「(立て替え!?)」

「うるさい。それとここはあんたがいたらいけないそうよ。さっさと出て行きなさい」

「(ひでぇ!)」


 周りの客から変に注目される中、ナージャは何も動じず、オルトはそとへ出て行かされ、リュナは目線を下に向けて隠れながらも待ち続けた。

 そして……


「あ、ナージャさん。来てくれたのですね」

「服の借りを返しに来たわ」


 しばらくして、店内の奥からエプロンドレスの姿をしたバレリアが、ナージャを見つけるなり笑顔になって寄って来た。

 火傷の跡がある顔を堂々とさらしておるが、客もバレリア自身も全く不快な思いもなく続いている。


「でも、こんなにたくさんはいらないわ。返す」


 再会して開口一番に恩知らずとも取れるようなことを言い、ナージャはジャージとバニースーツと修道服が入った紙袋を炉差し出した。

 しかし、バレリアは受け取る様子ではない。今はあくまで仕事中だからだ。


「あ、待ってください。今は就業中ですので…………店長!」


 バレリアは店の中で店長と呼ばれた男に何かを頼んでいるようだが……


(なによあれ……)


 店長らしき男が一番、変な格好をしていた。簡単に言えばあからさまな女装である。

 この喫茶は大丈夫だろうか。


「時間が出来ました。休憩室へ話に行きましょう」

「……わかったわ。でも、この子も一緒でいいかしら」


 ナージャは横で顔を伏せているリュナを指した。

 獣人のこの子を一人において行くわけにもいかないし、オルトに任せるのも何となく不安だ。

 第一オルトはもう店内にいない。


「あ、ナージャさんのお連れさんですか? 私はバレリア、あなたは?」

「…………」


 バレリアは自分の名前を名乗りリュナの顔を見ようとしたが、顔を逸らされてしまい見えなくなった。

 リュナは恥ずかしそうに顔を伏せている。


「……残念です。少々気になったのですが……」

「挨拶は後にして早く行くわよ。そっちも時間が限られているんでしょ」

「はい」


 ナージャのきつい物言いにも笑顔で答え、バレリアはナージャとリュナを休憩室へと案内するのだった。



          ◇



 陽光街の最奥、町中で最も重要な場所に、巨大で光り輝く塔がある。

 街を守護し、暮れることのない陽光を放つ塔には、その陽光を調整する三人の守護者たちが存在する。

 三人の守護者とその関係者にのみ住むことを許された館が塔の傍にあり、街の人々はその館を『太陽館』と呼んでいる。


 その三つのうちの一つ、第三太陽館の寝室でのこと。


 一軒家の寝室とは比べ物にならないくらいはるかに広く、窓から差し掛かる光をカーテンによって完全に遮断された擬似的な夜の暗さを保つ部屋の中で、いくつもの寝息が静寂の中はっきりと聞こえている。


「………………」

「……だよ、だから…………」

「くー、くー、くー…………」

「…………さま…………」


 大きな部屋の中央を占める大きくキングとすら呼べない広いベッドの中で、数十人もの若い少女や女性が、一部がごちゃごちゃと雑魚寝のように、一部がすらっと均等に並ぶように横になって寝息を立てて眠っている。


「おやすみなさい。僕の大切な皆」


 そして、部屋の中で唯一眠ることなく、その大きなベットの傍を一人の若者が立っており、慈しむように眠っている人たちを見つめていた。

 その青年は、銀色の短髪と綺麗に整った中性的な顔が特徴であり、慈愛に満ちた目で眠る女性を見つめている。


「そろそろユリたちに何か食事を作らないと…………」


 目を覚ましたばかりで意識がまだ完全に覚めてはいないが、この先に自らがすべきことのために張りきろうとしたところを……


「お目覚めでしょうか、王子様?」

「…………!」


 たった数秒間の内、部屋の中にもう一人意識の覚醒した人物が青年の後ろに立っている。

 静かではあるものの、その独特のキーの高い声は男の子の声とも女の子の声とも取れるような声であった。

 突如現れたにも関わらず、青年は驚いてはいたが静かな表情のまま、厳しめな声で後ろの人物を糾弾する。


「……いつもいつも言うけど、勝手に館に入り込まないでくれ。それも、この神聖な場所は、君が踏み込んでいいところじゃない」

「あらあら、いつもの事でもなんでも、目的の君がここにいるからここに来たんじゃないか」

「…………」


 しかし、謎の人物はそんな糾弾の声を何とも思わず、自分のペースのまま挨拶をした。

 ただし気を使っているのか、一応音量は低めだが、


「というわけで、お~ひさ~しぶ~りね~♪ ヒハ」

「……シスカー」


 夏服、冬服、男物、女物、飾りなどを無茶苦茶に組み合わせた服装と、朱色の髪を後ろに一本まとめたシスカー・ベルベーニュが、目隠しされたにこやかな顔で青年を見つめるのだった。

脱獄者同士の対面

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