2-2 手掛かり
ナージャが買い物に行く一方でオルトは……
自分の知らないところでナージャが割とピンチであることも知らず、オルトとリュナは街の外でなにやら珍しい光景を目撃している所だった。
「オルトロスさん。あれ……」
「戦帰りか?」
陽光街の外、ナージャの現在地よりやや空に陰りが差してきたころ。
なにやらぞろぞろと何らかの集団が列を成し、疲れ果てた様子で陽光街へと向かっていく。
オルトたちは陰でそれらを静かに見ている。
なんとなくだが、あまり自分たちが目立つようなことは控えたい。
しかしそれでもあの一行がなんなのか少し気になる所だ。
オルトは後ろのリュナに目配せした後、静かにするように指示をし、そして遠くの集団の様子を伺う。
十分距離があるため、こちらが気づかれるのはないはずなのだが……
「……しょう…………また…………月華の……によ」
「……様…………なぜ…………だろうか」
「しかたがない…………様は…………でなければ…………だ」
「(ちくしょう。何言ってるのかさっぱりわかんねえ…………!)」
さすがに遠すぎて、小声での会話は聞き取ることが出来ない。
つまり全く意味のないことだ。
じっとしているリュナも、心配そうにオルトの顔を覗く。
「(オルトロスさん。あの……)」
「!?」
その時、オルトはあることに気が付いた。
「……匂う」
「え?」
「脱獄者の匂いがする……!」
「オルトロスさん…………?」
オルトが一行を強く睨みつつも、自分の鼻から嗅ぎ取った匂いから一つの確信を得る。
「(だが、この距離からしてこの程度の匂いの強さはまず脱獄者じゃねえ。どちらかと言うとこれは脱獄者と長年付き添った人間に移った匂い……)」
だが、まだそれだけじゃわからない。
あの集団のなかの誰がその匂いなのかがわからないのだ。
近づいてみればまだわかるかもしれないが……
「(これ以上はリスクが高いか……。しかし、こんな匂いがするってことはその脱獄者はまさか…………)」
と、オルトが思慮していた所なのだが…………
「(オルトロスさん。あの……)」
「(さっきからなんだリュナ。あと、この状況であまり話しかけてくるな)」
「(ち、ちがうよ。さっきからオルトロスさん、向こうの声が聞こえないようだけど、私なら聞こえるよ)」
「え?」
思わず素で声を出しかけたが、慌てて体を縮こませて集団の方に目を向ける。
幸い気づかれてはいない様子だ。
「(お前……あんなぼそぼそ会話聞こえるのか?)」
「(う、うん。私、昔から耳がいいからあの程度の距離なら聞き分けることはできるよ)」
「(マジか……)」
それならば早く言ってほしかった。
けど、そこで怒るのは理不尽だろう。
「(じゃあお前、今あれらが何言ってるのかわかるのか? だったら教えてくれ)」
「(いいけど、気になるの?)」
「(オレやナージャが追っている奴らについて、なにかわかるかもしれない)」
「(奴ら……)」
リュナはまだオルトやナージャがいったい何を追い、なんのために動いているのかわからない。
リュナは家族を取り戻すことが目的であり、その目的のためにナージャに付いて行っているだけに過ぎない。故に深くは知らない。
だが、いくら自分を助けた恩があるからとはいえ、時々オルトやナージャの垣間見せる不可解な部分が、リュナにとって、とてつもなく恐ろしく見える。
いろいろと思う事もあるが、考えるのは後だ。
「(でも、いっぱい人がいる、から……どれから言えばいいのかわからない」
「(あぁ……そうか。だったら、断片的でもいいからいろいろと言ってくれ。その中から必要なものは俺が拾う)」
「(わ、わかった)」
いろいろと戸惑いつつも、リュナは現在進行で聞き続けている集団の声をオルトに伝えた。
◇
『あ~あ。疲れちゃったよぅ。ホント、月華街の奴らは強『……はり向こうの頭領は何度戦えど隙が無さすぎ『……ユリ。お前は文句ばっかり言ってるくせに、一つも荷物を持っ『……近、腕を上げたのではありませんこと? わたくし、また先を越さ『……もうこの怪我は癒してもらうしかないね、確か今晩はボクの番だったはずだから『……正直、月光石はそんなに必要か? 確かに夜がないなんて、つまんないと思っちゃうけど『……これでも結構修行しているのよ。アンタにはそうそう負けないわ『……メージは結構与えた。しばらくこちらに攻めてくることはない『それ以前にあの方がいる。あの方ある限り我々に敗北はない『…………『…………『……………………。
◇
「…………」
しばらくリュナの翻訳を聴いていたオルトは、思う事はシンプルにただ一つ、
(さっぱりわかんねえ…………!)
やはり一度に多くの声を翻訳させるのは無理があったか、変にごちゃごちゃしててなにがなんだかさっぱりわからない。
だが、かろうじて理解したことがある。
(多分あいつらは陽光街の連中。そして月華街? よくわからんがどこかと争っているらしい。そんでもって、結局誰が疑わし匂いの奴らなのかしらんが、陽光街の住民ならば肝心の黒も……)
「リュナ、もういいぞ。大体訊きたいことは聴いた」
「え、今のでなにかわかったの?」
「まあな。これ以上は見つかる。隠れるぞ」
「うん……」
とりあえず、脱獄者が街にいることがはっきりわかったため、おとなしくすることにした。
集団を追って街に入るのもいいが、まだ肝心のお使いが帰ってこないためにまだ街には入れない。
「ナージャさん、まだだろうか……」
「あいつ、まともな服を選ぶような感覚はあるのだろうか……」
余計な心配をしつつ、きちんと待つことにする。
その遠くで、向こうの集団はぞろぞろと街へと入っていく。
◇
「……まいったわね」
「え?」
自分のパートナーに美的感覚の心配をされているとはつゆ知らず、ナージャが服屋を出る頃には手元に多めの紙袋があった。
正直、旅をするには多すぎる数だ。
「こんなに買うつもりはないと言った筈なのに……」
「別にあなただけではありません。ついでに私も買いたい服がありましたから」
「ついで、ね……」
目的のリュナ用の衣服は買う事が出来た。それなのにナージャの態度は優れない。
やはり、最終的に自分から頼んだとは言え、他人のお金で物を買わせたのはどうにも気分がすぐれない。
もともとの性格もあり、思わずナージャは訊いてしまった。
「不可解ね。なんでサイフ落としただけでどうしてここまでするのよ」
「え?」
……訊いた直後でもナージャは後悔しない。
疑り深いのは元々だが、さすがに立場上それは失礼なものなのだがナージャにとって他人からの好意や厚意など心底どうでもいい。
それよりもわざわざそんな人助けのようなことがどうにも不可解なのだ。
だからこそ容赦なくナージャは続いて言う。
「それも、食べ物でも寝る所でもない、たかだか衣服を買うだけの為に立て替えに出るなんて変よ」
もっとも、結局頼みごとをした本人が訊いていいことではないが、どうしても気になる。
好奇心ではなく、変な引っ掛かりを取り除くためのように。
しかし、あんまりな内容の質問にも関わらず少女は怒ることなく答えてくれる。
「いえ、その、あなたの服が……えっと……なにかとてつもなさそうな感じがしますから……」
「そんなに?」
ナージャには自覚がないが、やはり返り血で全身が染まった服は見てるだけでおどろおどろしく、変な風に認識されるのではないのだろうか。
たぶん、少女はそこを心配してナージャに服を買ってあげたのではないのだろうか。
もっとも……
「それに、なにも無償であなたを助けたわけではありませんよ」
「なに?」
ここで少女は火傷のある顔を、悪戯をするように微笑み出し、ナージャの手元にある紙袋をほとんど取ってから切り出す。
「服を買った代わりに、今から私はあなたにお願いごとをしますから」
「へぇ……」
そう訊いてナージャはむしろ安堵した。
いや、安堵と言うよりしっくりきたと言う方がいいだろう。やはりこうでなくてはならない。
非常に面倒な性格である。
「でも今は言いません。内容が長いでしょうし、大事なことだからここでは言えません。ですから……」
そう言い、少女はポケットから紙切れとペンを取り出し、そこに何かを書いた後、ちぎってそれをナージャに手渡した。
書いてあったのは何かの店の名前と、その住所らしきものだ。
「今度時間があればここにいらしてください。ここでその要件を言いますので」
「……わかったわ。いろいろと面倒なことを訊いたけど、必ず来るわ」
「ふふ、ありがとうございます」
しかし、初対面である自分にいきなり頼みたいこととはいったい何なのだろうか。
本当に不可解だが、今更無視するにはいかない。
「バレリア」
「?」
「私の名前です。例の場所で会いましょう。えっと……」
「…………」
ものすごく期待するかのような強いまなざしで見つめられる。
暗に名前を言っているようだ。無視しようかと思ったのだが……
「んんん? んん?」
「…………」
逃がさないかのように回り込んでは顔を覗きこみ続ける。
言わなければずっとこのままなのだろう、これ以上無駄に時間を浪費できないと考えたナージャは……
「……ナージャ」
「……ナージャ、さん。ふふっ!」
ぼそりと、半ば折れるように名前を名乗った。
火傷の少女改め、バレリアはそれを聞いて、嬉々とした様子で向こうの方へと上品に足を揃えて走っていった。
「…………」
町中に残されたナージャは、たった一つになった衣服入りの紙袋を握り、ぽつりただ一言。
「……変な子」
それだけを言って、バレリアが去った方とは反対向きに、オルトたちが待っている街の外の方へと向かって行った。
◇
町中は相変わらず太陽が出ているが、街の外ではすでに日は沈みかけているこの時間、しばらくしてナージャは街の外にいるオルトとリュナのもとへ合流した。
そして、再会してからナージャは包み隠さずに、財布を無くしたことを言う。
「オルト、財布落とした。今夜は外で寝るわ」
「はぁ!?」
案の定驚愕した。今にも世にも珍しい犬の驚き顔がはっきりとオルトの顔に表れている。
地獄からほんの少し渡された世渡りの資金がなくなったのだから驚くのも無理はない。
ちなみに、森の中で自生するリュナにはお金といった事の重要さがよくわかっていない様子だ。
「サイフ落としたって……どこでだ!?」
「わからないわよ。わかってたらとうに拾っているわ」
「いやいやいや…………! そこはがんばって探せ!」
無くしたけどまあいいかと言うように平然とするナージャとは違い、オルトは一大事とでも言うように慌てて、ナージャをまくし立てる。
しかし、ナージャは相変わらず全く動揺しない。
「オルト。そんな事よりもあんたの注文通り服を買って来たわ。これ」
「いや待て、そんなことで片づけるな。いくら俺やお前が義体であっても…………」
そこから先はリュナがそばにいるので言うことはできない。
ナージャもオルトも、本来は何も飲まずとも、何も食わずとも、機能を維持し続けることができる。
しかし、自分たちの正体は現世の住人にとっては知られていいことではないから、普段は必要のない食事と睡眠をとっている上に、地獄の事も当然秘匿としている。
ちなみに、嗜好的な意味で食べることも寝ることも、それ以外に船などの公共の乗り物の移動代が必要な事から財布を持たされている。
最悪、一文無しでも脱獄者を探し出すことは可能ではあるが、連れもいるために今後の事の為にも財布は必要なのである。
「……ったく、犬のくせに贅沢を言わない」
それでもナージャにとってそんなことは大したことではない。
だが、これ以上同じことをグダグダと繰り返して進行を遅らせることも面倒だ。
そう思っていたナージャは、ふと頭の中にある方法を思い出す。
「だいたい、私の左腕見つけたあんたなら、匂いで財布の場所もわかるんじゃないの?」
「…………え?」
言われて初めてオルトはそのことに気が付いた。
あまりにも身近に匂いのもとがいる為気が付かないが、常に金銭管理をしていたナージャの財布ならば同じ匂いもあるかもしれない
「……そうか、盲点だった。だったら早く探しに…………!」
「待ちなさい。その前にあんたが頼んだものがあるでしょうが」
「おお、そうか。リュナ、これを着て街に入るぞ」
「着る物なんて窮屈な……」
「いいから着ろ」
「う、うん……」
早速回収に入る前に、ナージャは手元にある紙袋をリュナに差し出した。
紙袋には服屋のロゴ、中にはナージャではないが買ってきた服がある。ちなみにナージャの分の服はまだ着替えてはないがすでに抜き取っており、あるのはリュナ用のみである。
だが……
「ずいぶんと沢山買ってきたのですね……」
バレリアは紙袋ひとつにも相当多く買ったようで、沢山の服が詰められている。
横でオルトが疑問を抱いてしまう前にリュナはさっさと紙袋から一つ目の衣服を取り出した。
ちなみにナージャにはオシャレとか、かわいいと言った美的感覚には無頓着でありそのため実は自分用以外の衣服はバレリアに任せっきりである。
そのせいか一着目は……
「……なに、これ?」
リュナが両手で持って大きく広げるのは、上下ともに黒色の運動着だ。
特殊な編み方により軽くて伸縮性のある厚地の生地でできており、下は長ズボン、上は長袖となっている。
さらに、その服にはボタンがなく、ファスナーと呼ばれる互いに噛み合う金属などの小片を二本のテープで取り付け、開閉できるようにしたものがつけられている。
衣服を全く知らないリュナにはわからないが、オルトにとってはそれが変わったものに見えた。
「ナージャ。なんだこの服は?」
説明を求めてくるオルトに、ナージャは現世史の知識と、店員からの説明を交えて教える。
「それはジャージっていう、どこかの国の運動着よ。物を運ぶ時の包みにもできるし、寝間着にも使えるし、いろいろと使い勝手がよさそうよ」
「いや……でもおまえ運動着って、街中なんだから変に目立つんじゃないのか?」
「大丈夫よ。異国だがどこだか知らないけど、この世界に訪れたさすらいの用心棒から、『このジャージはすごい!』って絶賛されたらしいわ」
「知るかそんな事! 第一これじゃあ頭まで隠すことが出来ないだろうが」
リュナの頭部の上には、獣人特有の耳があり、その上人型の耳の方も若干尖っている。
ジャージだけでは隠せれない。
「リュナ、これは駄目な気がする。他に何かないのか」
「他? えっと……」
リュナはジャージを紙袋に仕舞い、別の衣服を取り出した。
二着目。
「!?」
「なんだこれ!?」
二着目はさすがのリュナでも変なものだということが分かった。
オルトも、目を大きく見開いていて開いた口が塞がらない。
「ナージャさん。なんでウサギの耳のような飾りがあるの?」
「さすがにこれはダメだろ…………」
「…………そうね」
ナージャも取り出して見て、すぐさまダメだと思ってしまうが、一応説明はする。
オルトがまじまじと見つめているのは、きめの細かい網タイツと良質な布でできたハイレグと、兎耳をかたどったカチューシャだ。
なお、後ろのお尻の部分には尻尾をかたどったものが付いている。
全く覚えのないこの衣装を、自前の知識で言う。
「これはバニースーツと言って、賭け事を主体とする国でできた衣装よ。なんでも、これを着た女性が客にいろいろとサービスをするらしいわ」
「……お前、こんなもんリュナに着せたら目立つどころじゃすまねえだろ」
「そうね。まったく何を考えているの…………」
「え?」
この衣装を見て、ナージャは代金の立て替えと、衣装を選んだあの少女への見識を疑わざるを得なかった。
まったくおとなしそうな顔していったいなにを考えているのだろうか。
というよりいつの間に買ったのだろうか。お会計の時にまったく見当たらなかったのだが……
「この衣装はなしだ。次を出してくれ」
「え? う、うん……」
リュナはバニースーツを紙袋の中にしまい、また別の衣服を取り出した。
三着目。
「……わあ、きれいですね」
「いや確かにきれいだけれども……」
三着目は、全身をすっぽりと覆う、上下が一つの黒い服と、頭を覆う黒のフード。
そして、ところどころに十字架が施されており、ふちには金の刺繍がつけられている。
つまり修道服だった。
「おまえ……一体どんな店に行きやがったんだ?」
「さあ」
「さあって……」
「でも、これなら頭だって覆うし、全身を隠せるからこの子が獣人なのはばれないでしょ?」
「いや、そうだけどさあ……」
それでもまだ歯切れが悪く、決断しかねないといった様子だ。
だがこれまでよりは一番なのましだろうか、初めてオルトはこの服に使用かと決まろうか迷っている。
「まあ、修道女ならうかつに手も出せないし、今までよりはまし…………かな?」
しかし、やはりだめだと言うように頭を横に振ってすぐに否定する。
「けどこんなの重そうだし動きにくい服装だぜ。もうちょっと軽い方がいいんじゃないのか?」
「犬のくせにネチネチうるさい」
「はぁ!? 犬のくせにってどういう意味だ! 俺は一般論を述べているだけだろうが!」
だが、まだ紙袋の中には他の服もある故、決めるのは後からでもいい。
「一応決めるのは最期まで見てからだ。リュナ、ひとまずしまえ」
「あ、うん」
リュナは修道服を紙袋に仕舞い、最後の四着目を取り出した。
四着目は……
「これは……」
「一気に地味になったわね」
「地味っつうかシンプルすぎないか?」
四着目は、たった一枚の布で上下一つを賄う質素な服だった。
色はくすんだ薄緑色であり、長い袖と足首まで届く長い裾と左右の端と端を紐で結んで前を閉じるような形状となっている。
これもあまり外で着るような服ではない。どちらかと言うと就寝時などに着るような服なのだが……
「待って、まだ何か入っているわ」
「なに?」
「これは……頭巾?」
ついでに紙袋から取り出したのは、服と同じく端と端を結んで頭に着けるやや大きめの頭巾だ。
それも紐を結ぶ長さ次第で頭を完全に覆うような形状をしており、服と一緒に身につければ、完全に就寝時に入るみたいだ。
「ナージャ。これって……」
「この形状の服はいろいろと用途があるわ。就寝用、または病人用、または……」
「もういい。結局街中用じゃねえってことだろ。お前のその服の選び方はどうなっているんだ」
「……そうね」
本当は選んだのはナージャではないのだが、あの少女の事を説明したらまた話が長くなるので、すぐに認めて早く進めることにする。
さっきからぐだぐだやっているせいでもう完全に日が沈んだことだし……
「けど、さっきからあんたはいろいろと偉そうなことを言ってるけど、着るのはこの子よ。そんなにいやなら着ないで行く方がいいじゃない」
「いや、お前が変な服しか買わないからだろうが……」
そういうと、ナージャは目をリュナの方に向けて、次に紙袋へと軽く流した。
暗に選べと言っているようであり、リュナもその意図を掴んで少々考え……
「じ、じゃあ……」
リュナは紙袋の中に手を入れて、自分が着たい服を選んで取り出した。
迷うことなく、すぐに選ばれたのは……
「これで、お願い」
「え、これ?」
リュナが選んだのは、四着目の簡易的な衣服(頭巾付き)だった。
これまでの四つの中では一番質素でまともかもしれないのだが、それでも選び難い服には変わりない。
「え、お前そんなんでいいの?」
「うん。これ、簡単で着やすいし、窮屈な感じがしないし、動きやすいからこれがいい」
「そりゃあ……頭巾もあるから頭の耳も隠せるけど……」
リュナの手に持った簡易服を着ているところを想像すると……
しっかりした服を着た鋭い目の女の後ろをついて歩く、犬の自分と簡易すぎる服を着たリュナ。
どうにも嫌な想像しか浮かばない。
「……そんなもん着たら、なんか貧しい感じがするし変な誤解を受けそうな気が……」
「それでいいんでしょ。だったら決定。さっさと着て街に入るわよ」
ナージャはあらかじめ抜き取った、新しいシンプルな白いワイシャツと、同じく新しい膝までの黒いパンツを取り出した。本当はシャツだけでも十分だが、下の方も色が黒のせいで気づきにくいが十分汚れていた。
「おいちょっと待て! なんでリュナは変な服ばっかりなのにお前だけそのまんまなんだ!?」
「そんなの、こっちの方は自分が選んだんだからそのままに決まってるでしょ」
「お前それって…………! じゃあリュナの衣服誰が選んだんだ!?」
「さっさと着替えるわよ」
「うん」
「おいちょっと待てって!?」
いろいろと突っ込みたいところのあるオルトだったが一切無視し、ナージャとリュナは街に入る準備をするのだった。
再び街へ……