0-2 奇怪な狂人
現世へと降りた彼女。そこで待っていたのは……
ヒハ、やはり来たか。
それじゃあ警告も兼ねて、行きましょうか。
◇
地獄の果てから門をくぐり、目を開けるとそこは……
「……なんで火山?」
「さあな」
熱く燃える火山の付近であった。
「暑い……」
「……まあ、火山の周辺だもんな」
「なんで義体のくせに汗をかくのよ……」
それはもちろん現世の人間に怪しまれないよう基本性能は向上しつつ、かといって人間離れにならないようセイフティのかけられた絶妙なバランスのとれた義体である。
つまり、睡眠も食事も可能なこの義体は汗をかくことぐらい訳がないのだった。
と、そんな説明はさておき……
ナージャは額から落ちる汗を拭いつつ、空気を肌で感じるところに違和感があった。
「そう言えばこうして現世の空気を吸うのは……どれくらい振りだろう……」
昔を思い出すようにナージャはぽつりと呟く。
しかし、約百年は地獄で生きてきた彼女にとって、もはや久しぶりという感覚はすでに風化した感覚であった。
それでも、すこし感傷に浸る彼女だったが……
「……さてと、それじゃあこれの中身でも確認しますか」
すぐに元の彼女へと戻った。
ナージャは上司から渡されたトランクケースを地面に置くと、留め金を外し、口を開けた。
その中身はというと……
「……なにこれ?」
「見たこともないものだな」
入っていたのは謎の小さなケースやなぜか入っている謎の服。
その他なんだかいろんなものがごちゃごちゃと入っており、正直形容しがたいような状態だった。
どれもこれも見たことのないものばかりである。
「……ちっ! あの上司、整理整頓ぐらいしなさいよ」
と、ナージャはここにいない上司に悪態をついていると……
ピリリリリリリリリリリリリリリリリリ!
「!」
「なんだ!?」
突然、そのごちゃごちゃした鞄の中から乾いた電子音が響いた。
いったいなんなのよ、とナージャは音を頼りに探ってみる……
ケース、衣装、旅グッズをどかしていき、そして見つけたものは……
「これは……」
「なんだ?」
ナージャが手にしたのは深い赤色をした謎の手のひらサイズの鉄の物体であった。
この世界の人間にはわからないのだが、しかしナージャはこれがなんだか見たことがあった。たしか現世の数ある世界の内の一つ。小型でありながら遠くの人間と話ができるツール……
「携帯電話……」
「え?」
ナージャはそう呟くと、どうやら折りたたみ式のものを開き、それについているボタンを押して、耳にあてた。
その手慣れた動きにオルトは驚きつつ、ナージャは機器の向こうから聞こえてくる声に耳を傾けた。
そこから聞こえてくる声は、ほんのついさっき聞いたばかりの声。
『よう、ナージャ。どうだ? 久しぶりの現世は』
「所長……なんで現世の道具がこの鞄の中に入っているのですか?」
先ほど悪態をついた相手からの声にナージャは顔をしかめる。
せっかく顔も見ずに済んだものをと思うが口に出さない。
『いや、この『ケイタイデンワ』と呼ばれるものは結構魅力的だ。あ、機能美じゃなくて形状美という意味でだ。だから地獄と声をつなげる道具を携帯電話の形にしたというわけだ』
「つまり……携帯電話の形をした地獄の道具というわけですね」
『まあ、そういうことだ』
……意味わかんない、と呆れる彼女。
ちなみに本来の形は水晶型や動物を媒介とする方法である。
「おいおい、ナージャ。お前いったい誰と話しているんだ?」
オルトはどうやら幽かに電話の声が聞こえるらしく、いったい誰なのかをナージャに訊いた。
「ああ? 所長よ。ラクシャーサ所長」
「ええ? 何で地獄にいるあいつと話ができるんだ?」
「そういう機器なのよ、これ」
いや、そもそもそれはいったいなんなんだ、とオルトは言うがその質問は後で答えるとして今は電話の声に集中する。
向こうから聞こえる上司の声は真剣な様子だ。
『先ほどの説明の続きをする。よく聞けよ』
「あ、はい」
ナージャは、携帯電話を肩と頭ではさみ、会話しながら作業できるような状態となった。
以外と使い慣れた様子にオルトは驚く。
「……おい、それってもしや使ったことがあるのか?」
「現世史で学んだ事よ」
現世のことなら何でも学ぶ副所長であった。
たとえそれが携帯電話の使い方でもだ。
『まずはその中に小さなケースらしきものがあるだろ?』
ラクシャーサの声にナージャは再び鞄の中身を見る。
確かにそこには手のひらより少し大きい程度のプラスチックのようなケースがある。
「はい、確かにありますね」
『ではそれを手に取り、ふたを開けろ』
そう言われ、ナージャはケースを手に取り、開けた。
その中はというと……
「ん?」
「なんだこりゃ?」
中はなにやら黒々としたような何かがあり、まるで底なし沼みたいなような感じがした。
入っている、とは形容しがたい。
つまり、底の見えない穴のようなものである。
『そいつは、脱獄者が持ち去っていった地獄の技術の入れるための箱だ』
「いや……どう見てもただのドロドロとした何かにしか見えませんが……?」
『ああ、それは無尽蔵にケース入れることができるものだ』
「無尽蔵?」
『そう、正直全部回収すれば相当かさばるからな』
「へえ……」
つまりこのケースは取り返した地獄の技術専用の無限に入る箱のようだ。
その上持ち運びも可となると相当便利な代物だ。
『あと、そのケースの中に二つ地獄の技術が入っている。取り出してみろ』
「いや……このドロドロとしたものの中に手を入れろと……?」
上司の指示にやや顔をしかめるナージャ。
正直かなり気が引けるのだが大事なことなので仕方がなく開いたケースの中に右手を入れた。
初めは恐る恐るであったが……
「あれ? 意外と抵抗感がない…………ん?」
「どうした?」
「なにか、固いものが……」
と、ナージャは何かを掴んだのかそのまま腕を引っ張ってみると……
「これは……!」
『それが対脱獄者用の武器だ』
腕と一緒に右手に持った何かがケースの口の大きさを無視して出てきた。
それは……
「……所長。私一応女の子ですよ」
『大丈夫だ』
それは、不思議な黒色を放つ鋼鉄の野球バットに大量の棘を付けたもの。
早い話が、鬼が持っているイメージが強い武器、金棒だった。
しかもかなりの大型であり、彼女の身の丈とほぼ変わらない大きさだ。
『これはただの金棒じゃない』
「はい? ただの金棒じゃない?」
『そう。これはやつら脱獄者に奇跡的に奪われなかった数少ない地獄の技術、『魂抑えの金棒』と呼ばれるものだ』
「「魂抑えの金棒?」」
初めて聞くその名前にナージャもオルトも同じ言葉を重ねた。
説明は続く。
『十王様が作り出した地獄の技術の一つ。敵を傷つけることなく、なおかつ動きを抑えるための武器だ。これで叩かれた者は魂の活動を抑えられ、鎮められてしまう』
「魂の活動を抑える?」
「抑えられるとどうなるのだ?」
『魂を抑えられると一時的に気力を失い、無気力となってしまう』
「無気力……」
それってもしかして……、ナージャはあることに気が付いた。
無気力という事はつまり……
「それが魂封じの剣・二式を成功させるために……」
『話が早いな。それが奴らを弱らせるための手段だ』
「そうですか……金棒がですか……」
『どうした? 獄卒の資格を持っているのなら普通の金棒でも使ったことはあるだろ?』
「そりゃあありますけど……」
ナージャはあまりいい気分ではない。
確かに金棒なら何度も使ったことはあるが別にそれは得意というわけではないのだ。
これならばまだ素手の方がましだと思っていたのだが……
『本当なら現世の武器でも脱獄者に傷を与えることは可能だ。だが、奴らは不老不死であるためすぐに傷は癒えてしまう』
「しかしこの金棒なら傷は癒えない、と?」
『そう言う事だ。魂抑えの力は強力だ。数撃当てれば並みの者はすぐに参る』
「並の者ねえ…………」
やはりこの金棒でしか攻撃手段はないかと彼女は仕方がなさそうに金棒を見つめる。
電話向こうの上司は彼女の様子を察したのか、
『まあそう残念がるな。あとその金棒にはもう一つ機能がある』
「え? もう一つ?」
『役に立つ機能だからよく聞け』
と、説明が続こうとしたその瞬間。
隣で話を聴いていた相棒が急に立ち上がった。
そして、彼女に向かって急ぐように名前を呼ぶ。
「ナージャ!」
「……どうしたのオルト」
相棒の突然の行動に少しだけ驚くナージャ。
冷静に、何をしているのと訊くと……
「周りを見ろ! 囲まれている」
「え?」
オルトにそう言われ、辺りを見た。
先ほどまでは何もなかったところだった。
しかし今は周りの地面の中から人間を腐らせたようなものが現れていた。
この様子に溜息を吐く彼女。
「全く……面倒な」
『あぁ? ナージャ。どうした? 何かあったか?』
「五月蠅いです」
ナージャは鬱陶しいのか電話を耳から話した。
向こうから声がガンガンと響いてくるが構わない。
一方オルトは周りに現れる腐った人間を見て彼女に訊く。
「ナージャ。こいつら……」
「ええ。グールね」
あっさりと答える彼女。
こいつらの正体を彼女は知っていた。
それはグールと呼ばれ、ある術者に使役されて動く、生きる屍であった。
ある術者に動かされているという事は……
「ヒハハハハ! お早う御座いまぁす」
「「!?」」
すると突然、どこかからか甲高い声が聞こえてきた。
それは男の子とも女の子ともとれる甲高い声であった。
ナージャは声が聞こえてきた方へ視線を向ける。
「そして……お休みなさぁぁぁぁぁい……?」
「……あそこか」
彼女は声の主を見つけた。
目線の先、声の主は少し離れた所の岩場の上に立っている。
ナージャは手に持っている携帯電話を再び耳にあてた。
「……所長。大変です。いきなり面倒な……いえ、首謀者が現れました」
『は? 首謀者ってまさか……!』
現れたのは……とても奇妙な容姿の子供だった。
桃色の長髪に白く長い帽子。
中性的な顔に黒い目隠しのせいで性別はよくわからない。
さらにはコート、シャツ、ズボン、スカート、タイツなど様々な服を何重にも着ており、その所々がくりぬかれたり切り取られたりで下の服が丸見えである。
それでいてどこか妖しい雰囲気に先ほどの言動。
確実に意味不明としか言いようがなかった。
「まったく……いきなり会えるとはね」
声はとにかくその特徴的な顔は手配書で見覚えがあった。
確か地獄の脱獄者の首謀者であり、地獄で最も手に負えなかった、そいつの名は……
「シスカー……ベルベーニュ……」
「ヒハ。はじめまして~!」
名前を呼ばれたシスカーは大仰に腕を広げ、大きく喜びだした。
その後、唐突に自己紹介をしてきた。
「姓はベルベーニュ。名はシスカー! 身長、体重、体格、性別、年齢はひ・み・つ! 好きな子は内緒で嫌うは鬼ども! そして現在は脱獄者をやってま~す!」
甲高い声に続くおちゃらけた口調での自己紹介。
そのあまりにもふざけた言動に……
「こいつ……」
ナージャは早くも苛立ち始めた。
沸点が低い。
気が付いたのかパートナーと上司が抑えにかかる。
『ナージャ! 落ち着け! そうやって相手から冷静さを失わせるのが奴のやり方だ!』
「そうだ! 俺だってイラつく気持ちはあるが今は落ち着くんだ!」
「……そうね」
上司と相棒の制止により、突撃しようとしたところをかろうじて抑えた。
苛つく彼女を前にシスカーは続ける。
相も変わらず、ふざけた様子で、だ。
「ヒハハハハ! やっぱりというか、なんというか、追手が来てしまうとはね~」
「……よくわかったわね。私がここへ来ていること」
「ヒハ! それはそーさ!!」
ナージャは、苛立ちつつも当然の疑問を投げかけると
「なんせ私たち脱獄者に協力してくれた鬼さんが、事前に予測して教えてくれたからね」
「協力した鬼……」
『ヤクシャ…………!』
電話の向こうから上司の歯ぎしりの音が聞こえる。
彼女は耳で上司の様子を感じずつシスカーに訊いた。
「その鬼、今あんたの近くにはいないの?」
「ヒハ! 残念ながら協力者君はもちろんの事、脱獄仲間も皆散り散りに行っちゃってねえ……」
シスカーはご丁寧に訊いていないところも含めて教えてくれた。
が、やれやれとシスカーは手を広げ明らかに頭を横に振った様子に彼女は再度苛立ち、そして続ける。
「……ねえ、なんであんたたちは脱獄なんてバカなことをするのよ」
「バカなこと……ねぇ。ヒュフフフフフフフフフフ……!」
バカなこと、という言葉にシスカーは不気味に笑い出した。
本当にこいつはなんなのか、奴からは気味の悪いものを感じる。
「…………なによ」
「そういう君こそ、わざわざこんなことのために骨を折ってくれるなんて……」
笑いつつ顔を手に当てて、明らかな上からものをいう目線で……
「ご苦労さん…………フフッ!」
……明らかに他人ごとな感じで言い放った。
その言動に彼女の苛立ちはどんどん上昇し続ける。
「……まあいいわ。それで、こいつらはいったい何? あんたって死霊術でも使えたの?」
だがそれでも耐え、周りにいる死体の群れについて訊いた。
シスカーは一瞬だけ頭を傾げると……
「ヒハ! まさか~。これは彼女のおかげなのよ」
「彼女?」
いったい誰なのだろうかと思うと、シスカーはまたも大げさに腕を広げ、またしても甲高い声で……
「折角だから! そんなあなたにサービスをしちゃいま~す!」
「サービス…………?」
大げさに言いだした。
一体どういうつもりだ……?
訝しげな彼女を前にシスカーは大げさに手を振って応える。
「それじゃあ紹介しま~す! おーい! 出てきていいよ!」
「「……? …………!?」」
シスカーの呼びかけに、岩場の後ろから一人のローブ姿の何者かが出てきた。
シスカーはそのローブの者の肩に手をかけて紹介する。
「ヒハ! この子の名前はサラカエラ。サラもしくはカエラちゃんって呼んでね!」
「…………」
そいつは全身黒のローブで覆われ、その上目元を隠すように仮面をつけており、ほとんどどんな奴かはわからない。
ただ、身長が低いこととほんのわずかに見える顔つき、あとは名前からしてかろうじて少女だということが分かった。
そして、これは直感的なことなのだが……
「まさかそいつが……死霊使い……!」
「ヒハ、そうだよ。私達七人の咎人を現世から呼び出し、器となる肉体を用意してくれた張本人!」
『え……? まさかそこに共犯者がいるのか?』
無口な少女に代わって答えるシスカー。
電話の向こうでラクシャーサが驚いたように言うが、そんな言葉は彼女の耳に入らなかったのだった。
なぜなら、彼女は突然現れた死霊使いやサービスと言いだし、ローブの少女を紹介しだした奴に疑問を抱かざるを得なかった。
「わざわざ教えてくれるなんてね、どういう風の吹き回し?」
「ヒハ、な~に! だってこんな広い世界で九人も探さなくちゃならないんでしょ? こんなことをしなくちゃならないあなたが哀れで哀れで……!」
「……そう……」
シスカーの挑発に彼女はもう怒らない。
怒りが一周して逆に静かになったのだろう。
『おい! 何がどうなっている! 説明を……』
「黙っててください」
冷静に携帯電話を仕舞うほどである。
まだ大事なことを聞いていないのだが……
「まあ、何はともあれここに来た理由は一つ、あなたに言いたいことがあるんでねぇ……」
「なに? 長いのは無しよ」
「ヒハハハハ! 了解~」
と言うとシスカーは右手の人差し指をナージャの方へ向け、そして一言。
軽々しく、まったく頼み込むような必死さも感じさせずに言った。
「ぶっちゃけて言うけどさ、帰ってくれない?」
「…………!」
それだけ、
たったそれだけの言葉であった。
シスカーがここに来た理由はナージャに地獄へ帰れと追い出すためなのであったのか。
突然周りに動く死体をはべらせ、大仰な登場をして言う事はたったそれだけなのである。
しかし、それ故に断ろうとすれば言うまでもなく奴は強硬策に出る。
ここにきて突然現れた脱獄者の首謀者と共犯者の死霊使い。
情報が足りないうえ、いきなりであるためこちら側が不利であることは明らかである。
しかし、
不利な状況であるにもかかわらず、ナージャは少しも迷うことなく、
「断る」
「ヒハ、そうか」
きっぱりと言い放った。
その表情は……何があっても変わることがないことを語っていた。
どうせ帰ったところで上司からいろいろと言われるし面倒なことになりそうし、何より地獄監はいやだ云々と、
シスカーもシスカーで大して驚かず、予想内の答えであると思ったのかただ静かに、隣に立っているサラカエラに命令する。
「じゃあ仕方がない。サラ、頼む」
「…………(コクッ)」
シスカーの頼みに彼女は頷いた。
そして彼女は左手をナージャの方へ差し出すとナージャを囲んでいた死体共が再び動き始めた。
「なに?」
「ナージャ!」
「…………」
その様子に気合を入れるオルトと静かに武器を構えるナージャ。
その様子を見てシスカーは大げさな口調で憂うように呟くと、突然元気な口調で軽く叫ぶ。
「地獄へ帰らないなら仕方がない。強制的に帰らせてもらう・ぜ!」
その瞬間。
死体共が一斉に彼女へ襲いかかってきた。
彼女は接近してくる死体を前に、オルトにひとつ命令した。
「オルト、あんたは下がって」
「なに!? なぜだ!」
「あんたが死んだら誰が脱獄者探さなきゃなんないのよ」
「ふざけるな! 俺は!」
「いいからさがってな……」
喋っている途中、彼女は金棒を構え……
「……さい!」
「おぉい!」
オルトに思いっきり振った。
反射的に何とか躱したオルトは抗議の声を上げる。
「手前ぇ! なにしやがんだ! いくらなんでも……」
すると、
「グエァァァァァァ!」
「!?」
オルトの後ろ側、ほんの目と鼻の先に死体が一匹接近していた、
それをナージャの金棒が見事返り討ちにしたのだった。
金棒で吹き飛ばされた死体はほんの少しだけ悶え、やがて動かなくなった。
死んだのではない。無気力にされて動かなくなったのである。
「どうするの?」
「お、おぅ……」
気づかないうちの接近とその不意を突く攻撃にオルトは二重の意味で驚いた。
不覚にも後ろを取られた身となってしまったので……
「お、大人しくしておきます……」
「うん、よろしい」
オルトは素直に戦いに一歩退くのであった。
さてと、とナージャは一度金棒を地面へ突き刺し、肩を大きく回すと、再び金棒を掴んで、
「地獄に行きたい奴からかかってきなさい」
と、死体共に挑発をした。
すると死体共は……
「「「グエリャァ―――――――――――――――――ッ!!」」」
一気に突進してきたのだった。
徐々に徐々に彼女を囲んでいく。
「さてオルト。あんたは自分自身を大事にしなさい」
「お、おお……お前は?」
「なに、簡単よ」
ナージャは周りを見渡し、そのまま静かな表情で……
「迎え撃たせてもらう」
金棒を握りしめ、迎撃を仕掛けるのだった。
◇
そして数十分後。
ナージャがグールの大群と戦っている最中、近くの岩場の上にて……
「…………」
サラカエラは何かを言いたそうな目でシスカーを見た。
するとその視線に気が付いたシスカーは答える。
「ああ、彼女? そうねえ……」
と、死体の前に圧倒するナージャを見て、
「はっきり言ってたいしたことないわね」
あっさりと、そう言い放ったのだった。
「まあ一言で言えば……敵じゃない」
「…………」
「だからまあ、負けの心配はしなさんな」
「…………(コクリ)」
そう言うとシスカーはその岩場から飛び立ち、ナージャの元へと跳んだ。
奇しくもちょうどナージャが死体をすべて片付けた時であった。
「ヒハ! ご苦労さん!」
「!」
シスカーは彼女の前に降りるとまず白々しそうな言葉をかけた。
いよいよか、とナージャは先ほどよりも強い敵意の眼を向けた。
「ヒハハハハ、おいおいずいぶんと圧倒しちゃうんだねー。こりゃあ私の出番かな」
「そうね。次はあんたよ」
ナージャは金棒の先端をシスカーに向けて言うが……
「へぇ……次は私が………………」
「…………? …………!?」
その瞬間。
彼女は唐突に左へと跳んだ。
いきなりの行動に相棒は驚く。
「!? ナージャ!?」
「ほう、避けたか」
ナージャは左へ跳んだあとすぐ自分の右頬に触れた。
すると……
「…………!?」
ぬるり、と
頬の所から暖かい液体が下の方へと垂れていった。
それは……血だった。
「いつの、間に…………!?」
「ヒハ、ついさっき」
相手が何をしたのかわからない。
特に大きな動作をしたようにも見えない。
ただ、何かが来ると予感がした彼女は反射的に左へ跳んだのだ。
その結果、右頬を何かが掠ったのだった。
「何を……!」
「ヒハ? どうしたの?」
彼女の目線の先、シスカーはどこか危険な笑みを浮かべ、当たり前みたいな口調で……
「先制攻撃をしたから反撃しなさいよ」
「…………!」
その時、彼女はいったい何を感じたのか。
恐怖か、畏怖か、彼女は金棒を手に敵の元へと猛攻を仕掛けてきた。
「来い」
「行く…………!」
気を引き締めると彼女は突進から思いっきり金棒を突いた。
突いた金棒の先端は相手の頭を刺し貫こうとするが……
「ヒハ!」
しかしそれをしゃがんで躱された。
構わず彼女はそれを思いっきり振り下ろした。
「ヒハハ!」
だがそれを急速な横跳びにより躱された。
諦めず彼女は身体ごと横へ跳び、遠心力からそれを薙いだ。
「ヒハハハ!」
けれどそれを……
「なに!?」
着地した瞬間にもかかわらずすぐさま上へと跳躍し、躱されてしまった。
めげずに彼女は空中の敵へと金棒を振りまくる!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
なのにそれを……
「なぜ……当たらない……!」
「ヒハ! ありきたりすぎる」
躱し、弾き、流し、受け止め、すべての攻撃を無効化にしてしまうのだった。
そして空中から地面へ着地すると……
「ヒハ!」
いったん彼女から離れ、距離を取った。
彼女は先ほどの猛攻により疲労するが、構わずに両手で金棒を持ち構えた。
だが内心彼女は先ほどの攻撃が一つも当らないことに動揺する。
「なぜ……!」
先ほどの攻撃。
タイミングも速度も踏み込みも申し分なく、普通なら確実に当たる攻撃であった。
だが、なぜ一つもそれが当たらないのか。
それは……
「ヒハ! 簡単な事さ!」
目の前の敵……シスカーは普通ではないからであった。
「ありきたりな動き、ありきたりな呼吸、ありきたりな戦術、ありきたりな武器、ありきたりな振り……そんなやり方じゃ読まれちゃうよ」
「なに…………!」
「さっきの動きも今までのあなたの戦い方を見てあなたの動き全般を把握したんだから」
そうは言われても変わらない。
そもそもいつの間に彼女の動きを見ていたのか。
それはつい先ほどの事、そう……
「先ほどのグールの戦いの事?」
「そう……さ!」
つまりシスカーは先ほど死体共と戦ったナージャを見てあれだけの攻防でナージャの動きを完全掌握したのだ。
ハッキリ言って普通ではない。
「それだけで……私の動きを全て知ったって言うの……!?」
「ああそうさ。私に積まれた経験値は半端ないの・さ!」
ヒハハハハ! とシスカーは笑うがナージャは内心動揺しつつも抑え、不屈な表情で言った。
「あまり……甘く見ない事ね」
「はい?」
彼女の問いかけに疑問するシスカー。
するとナージャは金棒を下に構え、突撃した。
先ほどと大して変わらない攻撃にシスカーは嗤う。
「ヒハ! またありきたりな……」
目の前の敵がそう言うが、ナージャは構わずに接近すると、金棒を下から振り上げた。
シスカーは体をゆらりと揺らし、躱そうとしたが……
「え?」
シスカーは驚きの声を上げた。
ナージャが金棒を振り上げようとした瞬間、金棒を両手から離してしまったのだ。
「これで………………!」
そして、金棒を離し、自由となった両手の内、右手で相手の首を掴み、締め上げた。
首を絞められたシスカーは呼吸がうまくできずうめき声をあげる。
「ぐ、ぐえぇ!?」
「残念だったね。私は別に素手でも戦える方なのよ」
するとナージャは相手を掴んでいない左手を拳の形に握った。
それを思いっきり引き、腹部の方へと構えると……
「そんなのらりくらりな躱し方、捕まえればどうっていう事はない!」
ナージャは引いた拳を前へ思いっきり突き出した。
力を込めた左拳が相手の腹部に攻める。
寸前……
「甘~い」
「え?」
突然なにかが断ち切れる音とともに、彼女の左腕になにか違和感が起きた。
それは……
「な……に……?」
「ナージャ!!」
横でオルトが叫ぶ中、ナージャは違和感がある左腕を見た。
すると……
「……………!」
彼女の左腕。
肘のところからその先が……
「いつの間に……!」
なくなっていた。
突然の出来事に呆然とする彼女の前で……
「ヒハハ! 言っただろ。ありきたりだなって」
シスカーは彼女の腕から抜け、その後高らかに笑っていたのだった。
彼女はこのことに疑問を感じざるを得ず、相手に訊いた。
「何を、した……!」
「ヒハ、内緒だ」
「私に何をした!」
彼女は怒鳴りながら周りを見る。
すると……
「…………!?」
彼女のすぐ後ろ。
そこにはついさっき切り落とされたばかりの彼女の左腕が生々しく置いてあった。
それも、服の袖ごと綺麗にバッサリと切られている。
そして、
「!? なによ、それ…………!?」
再びシスカーを見た彼女は明らかに動揺した。
奴の右手の指先に……
「その爪のようなものはなによ!」
「…………ヒハ!」
彼女の視線の先、シスカーの右手の爪先。
その部分から、赤い色をしたオーラのようなものが刃物のような形で指先から伸びている。
だがその赤い“何か”とは固形とも流体とも思えないような曖昧な状態であった。
「何を驚いている。この爪はお前と同じ地獄の技術を使っているんだぜ」
「なんだと……!」
「見せてやるわ。んべー」
するとシスカーは口を大きく開けて思いっきり舌を出した。
すると、
「!?」
するとそこには不思議な赤色を放つ小さな宝玉が出てきた。
使用中なのか宝玉は爛々と強く輝きだしている。
これはどう見ても奴の言うとおり、地獄の技術であることが彼女はわかった。
「『魂削りの宝玉』。持ち去った技術の中でも強力な代物だぜ」
「魂削りの宝玉…………!?」
すると彼女は放っていた携帯電話に耳を当てて上司にどういう代物なのか訊く。
「所長! シスカー・ベルベーニュの奴、地獄の技術『魂削りの宝玉』とやらを持っているそうですが……」
『魂削りの宝玉だと!?』
電話の向こうから所長の信じられない声が聴こえた。
どういうことなのか彼女は追及する。
「所長、なんなのですかそれは!」
『魂削りの宝玉……地獄の技術の中でも最も危険とされている道具だ』
シスカーは再び宝玉を飲み込みながらニヤニヤした様子で彼女を見ている。
彼女は痛む左腕に歯を食いしばりつつ電話から続く声を聴く。
『その効果は所有者の魂の削る代わりに絶大な力を発揮するとされている』
「所有者の魂を削る?」
『そうだ。もし使用しているのなら赤い何かが奴の身体から出ているだろう?』
そう言われて彼女は思い出す。
確かに先ほど奴の爪から赤い何かが出ていた。
『それが、削られた魂から造りだした力だ。あれに破壊できないものはないとされている』
「破壊されないものはない……!?」
どう見てもただの赤い爪であるのに破壊できないものはない、ときた。
所長の言う通りなら確かに恐ろしい代物であろう。
『だが、さっきも言ったようにそれは最も危険な道具だ。使用すら躊躇われる』
「……なぜですか?」
『魂を完全に削られると、完全消滅となってしまい、転生すらできなくなってしまうからだ』
「!?」
完全消滅。
それを聴いた彼女から血の気が引いた。
なにせ転生すらできないとなると、それは死ぬどころではない、文字通り消えるという事だ。
それにどれほどの魂を削っていてどれほどの力を出すのかわからないがリスクが高いのだということはわかった。
「消滅だなんて……」
『だが対価としての力は危険だ。だからその金棒について……』
「なにを考えているのよ……!」
『あ、おい! 待て!』
上司の制止を聴かずに彼女はまた携帯を放し、シスカーの方に向いた。
若干彼女は怒り気味である。
「ヒハ! 会話は終わり? じゃあ続けようさ」
「…………!」
この目の前の敵はいったいどういうつもりで戦っているのかわからない。
もしかしてわかっていないで適当に使っているのか?
訳が分からない、と彼女は思うが痛みによりうまく思考ができない。
「ナージャ!」
オルトがパートナーの危機に、シスカーの元まで行こうとしたが……
「来るな!」
「!」
その前にナージャが静止の声をかけた。
慌てて立ち止まるもオルトは異を唱える。
「来るなって……今そんなことを言ってる場合か!」
「あんたが来たところで……こいつをどうにかできるっていうの?」
「しかし……」
「余計に怪我するだけよ! 来ないでちょうだい!」
とにかく彼女はオルトに対し拒否するだけだ。
だが……
「そんな命令……聴けるわけがねえだろうがぁ!!」
「あ…………待て!!」
オルトはナージャの制止を聞かずにシスカーに向かって突撃しだした。
今の状況でそれはあまりにも無謀すぎる。
「この番犬候補の俺に、退くことなんざありえるかよぉ!!」
「待てって言ってるでしょうが!!」
「…………ふぅ~」
シスカーは突撃してくるオルトを見て楽しそうに口笛を吹く。
「喰らいやがれ! この俺必殺の一撃をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
オルトは空中を横に錐揉みしながらシスカーの元へと突撃しだした。
物理法則を無視するような驚異の速度で距離を詰めていく。
「ふふふ、なかなか勇敢じゃないか」
シスカーはおかしいように含み笑いをする。
なにが面白いのかまったく分からない。
「が、蛮勇だけじゃあ減点か」
と、そうこうしていくうちに地獄犬と脱獄者が交差する。
その一瞬。
「ぐぁ…………!?」
「…………!」
すれ違いざまにシスカーが赤い爪によりオルトの四足が斬りおとされてしまった。
空中の突進から突如勢いを無くし、オルトの身体は地面へと落とされてしまった。
「ナージャ…………」
「バカ犬が……!」
ナージャが歯を軋らせて怒りを滲ませた声を出した。
ほんの一瞬、オルトの元へ駆け寄ろうとしたが、すぐに押し殺しシスカーの方へと向いた。
「ヒハハ! なにそれ? 案じているの? 憂いているの?」
「……鬱陶しいだけよ。私の話を聴かないで勝手に動いて……」
「ヒハハハハ。そう……でもまあ……」
シスカーが喋る中、唐突に奴はナージャの元へ突撃しだした。
それも両手の指先から赤い爪を出している。
どうやら決着をつけるようだ。
「!? この……!」
「ダメだ! よせ!!」
ナージャは片手のみで金棒を掴み、構えだした。
どうやら迎え撃つつもりでいる彼女の様子にオルトは悲鳴じみた制止を掛けるが彼女は聴かない。
そしてナージャは目の前まで近づいてきたシスカーに対し、金棒を思いっきり横へ薙いだ。
「このぉ!!」
「ヒハ!!」
そして、それぞれがすれ違った瞬間。
「…………」
「…………」
シスカーの方は……無傷のまま平然と立っている。
だが、ナージャの方はその瞬間地面へ倒れ伏せた。
今度は両脚に違和感が、
「!?」
彼女は自分の脚を見て……愕然とした。
両脚が、膝から足先までが綺麗に斬りおとされたのだ。
地面を這いつくばるナージャにシスカーが近づいてくる。
「ヒハハ! 詰み、だね」
「こいつ…………!」
脚がなければもう立てない。
片腕が無きゃもう振れない。
勝負はもう、あっさりと決まっていた。
「ヒハハハハ! サラ! もう大丈夫だからでてきておいで!」
「…………」
もう彼女は戦えないのがわかったのか、サラカエラがもう一度現れた。
シスカーはサラカエラにナージャの処遇について問いかける。
「ねーねー! この女どうする! 予定通りあれしちゃう?」
「…………(コクリ)」
「ヒハ! じゃあ頼むわね」
「…………(スッ)」
シスカーのお願いにサラカエラは前に出て、何かを唱えだすと……
「なに……!?」
突然、ナージャの周りに光る玉が現れ、強く光り出した。
その出来事にナージャもオルトも驚きに目を大きく開ける。
「「!?」」
突如現れた光る玉はナージャに纏わりだし、彼女の動きを止めた。
それはつまり……
「封印……だと!?」
「いったい……どういうつもりよ……!」
ここにきてなぜ封印となるかナージャには解らなかった。
ナージャはシスカーにどういうつもりなのか問い詰める。
「あ、あんたは……どういうつもりよ……!」
……なぜこうなったかわからない。
しかし、止めを刺さず、封印されるという事実に彼女は憤る。
シスカーは彼女に構わず、あることを言い出した。
「ヒハ! なに、ちょっとした誘いなんだがね!」
「なに? 誘い……ですって?」
意味が解らない。
急にあらわれたり帰ってくれないと言ったり、帰らないと言えば暴力沙汰。
挙句の果てに止めを刺さず封印するという。
うまく状況が理解できないナージャを前にシスカーは彼女の前でしゃがみ、言いだした。
「ヒハハ、君ってこうも簡単に私に負けてしまったけどさあ、正直続ける気があるの?」
「なに?」
突然話を切り替えたシスカーに彼女は怪訝な様子になる。
目の前の敵は続ける。
「この封印術、あることがきっかけで解けるかもしれないけどさあ、それでもなお私達脱獄者を追うつもりかい?」
「……なんですって?」
「もうこんなことをしたくないならしなければいいのに……」
「………………」
シスカーは哀れむように憂うように、ナージャに向かって吐き捨てた。
辛いならやらなければいい、と甘言を吐く。
シスカーは人差し指で彼女の首についている飾りを指すと……
「君……地獄に無理やり働かされているでしょ? 私たちを追う事だって強制的だったのでしょ? 逆らえないよう念入りに首輪までつけられて……理不尽だとは思わないの?」
「それは……」
否定できない。
地獄に落とされたことも、働かされることも、脅されてやらされていることも、みんな理不尽だ。
本当は普通の人間として生まれ変わりたかった。ただそれだけを願っているはずなのに……
すると、彼女の心情を察したのか、シスカーはあることを言う。
それは…………
「ヒハ、大丈夫!
…………私やサラの力を使えばその首輪なんて外すことができるんだぜ!」
「!?」
その言葉に彼女は驚いた。
内容が内容だけに、目を大きく見開いていた。
彼女の様子にシスカーはニタニタと笑う。
「ヒハ、揺らいだね」
「…………」
「いいんだよ。そうだって言っても。もし私たちをすべて捕まえたとしても、どうせすぐに地獄へ戻され、働かされる。そんなことになってしまうより私達と自由にならない?」
「ナージャ! 騙されるな! こいつは……!」
「うるさい」
「…………!」
オルトの言葉を聞かず、彼女は先ほどの言葉を反復する。
地獄に落ちてから彼女が常に求めていたもの。
「自由……私が、自由……」
「そう! 自由になりたいんでしょ? 地獄のために働きたくないんでしょ? 封印に関してはすぐに解くし、怪我だって治すからさあ…………共に行こう」
「自由……」
甘言。
シスカーは追手を撒くのではなく、追手を抱き込もうとメリットのある条件を出し、引き込もうとしたのだ。
このまま封印し、また来れば返り討ちにすればいいが、引き入れることができるのならやればいい、と。
その結果彼女は……
「そうね…………」
「ナージャ!?」
「…………ヒハ!」
ナージャの一言にシスカーは笑みを浮かべた。
彼女が出した答えは……
「お断りよ」
「え?」
「ナージャ!?」
「…………!」
拒否、であった。
出した答えに誰もが驚くなか平然と彼女は続けた。
「確かに、自由は欲しい。地獄になんかこれ以上居たくないしね」
「じゃあ、なんで断る?」
「簡単よ」
ナージャはどこかを思い出すように自分が前から願っていたことを語る。
「私が欲しい自由は転生して普通の人間になること。そして……」
次にナージャは敵意を籠めた目で相手を見た。
その鋭さは今にも相手を殺しそうな鋭さだ。
「あんたたちのことが、はっきり言って嫌いよ」
「なに? 本当?」
「そんなあんたの誘いなんか、受けるわけないでしょう」
単純な理由であった。
嫌いな相手の誘いを受けない。
なんて極端で簡単な事か。
「十分な話し合いもなく襲うような奴、信用なんかできないし、なにより根本的に性格が腹立つわ」
「そう……残念ね」
本音なのだろうか、シスカーは静かに呟いた。
そして……
「…………!?」
「ナージャ!?」
そして足元からナージャの周りを何かが覆いだした。封印が始まったのである。
徐々に徐々にと……
「ヒハハハハ! まあいっか! 君は私と同じだから良い親友になれると思ったのに」
「何が、同じよ……どの口が……それを言う……!」
シスカーの白々しい言葉に腹を立てるナージャ。
しかし、意志とは裏腹に身体が動かない。
「ちなみにこの封印術、解除するにはなっっっっっが―――――――――い時間をかけちまうんだぜぇ!」
「ながい……時間……!?」
「そう! 最低でも十年はかかっちゃうんじゃないかな?」
「なんで……すって……!」
もともと脚がない為、封印はすぐに腰部へと達した。
その様子にオルトは悲鳴を挙げて彼女の名前を呼ぶ。
「ナージャ! おい、ナージャ!」
「ぐ……オルト……私はそう簡単に屈しないわ……」
そして、腰部から腹部へ、封印が達する。
しかし屈する気なく、それどころか笑みを浮かべながら彼女は吐き捨てる。
「ふふふ……それどころか、ますますあんたらのこと、捕まえる気になったわ……!」
「ヒハ……楽しそうだね」
「ええ、気が変わったわ……とことんあなた達とやり合おうじゃないの……!」
「なに?」
「ようやく私は……楽しいって思えるようになったわ……!」
「!?」
地獄へ落とされてから約百年。
彼女は今の今まで退屈であり、たとえ死役所で働いていてもどこにも充実を得られはしないのだった。
なぜなら彼女は終わることなく働かされ続けていると思っているからである。
終わらなく同じことをやり続けていることに、彼女はなにも見出さなくなっていたのである。
いつもいつも部下や上司の相手をして、面倒な仕事の処理をさせられ、働かなければ地獄監に投獄され……もはやうんざりと言った様子だった。
だが、この特命を受け、違う形だが再び現世に足を下ろすことができ、そしていつもの事にはいない人間と戦ったのである。
ナージャは地獄に堕ちて、おそらくは初めてやりがいを感じだしたのである。
だからこそ、彼女は忘れない。
「あんたら……覚えていなさい……」
己に屈辱を与えた者を。
封印は腹部から胸部へ
ナージャは最後の力を振り絞り、かつて部下を怯ませるほどの鋭い視線でシスカーを睨み……
「あんたも……」
次にローブの少女を睨み……
「あんたも……!」
「「「!」」」
胸部から首元へ……
しかし、肩が封印される前に、動きを止めるはずの光る玉に逆らい、右腕を前に出した。
「ヒハ。なんて精神力だ…………」
「……………」
さすがのシスカーも呆れてしまうほどである。
そして、前へ伸ばした右手をこぶしの形にし、
「他の脱獄者も、皆………………!」
親指を立てて、それを下へ向けた。
「十年でも……二十年でも……百年経っても、必ず……!」
精一杯力を込め、蔑如するように……
「地獄へ送ってやるわ……!」
……目の前の敵だけじゃない。脱獄者全員に、そう宣言をした。
その後、封印は指先、首から頭部へと達し……
「ナージャ! おい、ナージャ!!」
『ナージャ!? どうした! ナージャ!!』
心配するオルトの声も、電話越しから聞こえてくるラクシャーサの声もむなしく……
彼女は完全に封印されてしまったのだった。
「ナァ――――――――――ジャァ――――――――――ッ!!!!」
パートナーの封印にオルトは悲痛な叫びをあげた。
オルトの声からラクシャーサも何が起こったのか察した。
『ナージャ! バカな……負けてるだと……』
「うるっさーい!」
バキッ!
そして、携帯電話は踏みつぶされ……
「……………」
「がっ…………!?」
オルトも同じく封印されてしまうのだった。
「ナ…………ジャ……………」
◇
「ヒハ! サラ! こいつらこんな感じで封印されちゃったけど……」
「…………」
「やっぱりと言うかなんというか、こんなことになっちゃうんだね~。けどなんでわざわざきつめの封印なんか…………」
「――――よ」
「え? もしかして……」
「…………(コクン)」
「……マジで?」
「…………(コクッコクッ!)」
「……そうか! よし、わかった!」
「…………」
「とはいっても再び起き上がるまでここに放置するのもなんだから……いっそのこと近くに火山があるから、そこの火口に捨てない?」
「…………(コクン)」
「よし! そうとなったら~かついじゃお~っと」
「…………」
「ランララ、ランララ、ランランラ~」
「…………(くいっくいっ)」
「ん? なに?」
「………………(ブンブン)」
「ヒハ、そう」
「…………」
◇
こうして、現世へ逃がした脱獄者を捕らえるため地獄から追いかけてきた再処刑人は……
脱獄者に敗れ、永い眠りにつくのであった……
ナージャ、敗れる。