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1-12 悪食の魔獣

いよいよ美獣に戦いを挑むナージャにオルトは……

 屋上で戦闘が始まったころ、オルトは背中にリュナを抱えつつも、工場内を必死に走り回りつつ、ある大きな鉄の扉を見つけだした。

 リュナが連れていかれた部屋と同じ扉ではあったが、ネームプレートには違う名前が彫られていた。


『飼育室』と、書かれている。


「……! あの部屋か……!」


 名前を見て、オルトにはそれがなんの部屋なのか大体想像ができた。

 少し前に、通路横のガラス越しに見たあの光景を思い出す。


「そうだ……あの部屋に捕まっている人たちだって助け出さなくちゃならねえ。もしかしたらそこにリュナの家族も……!」


 しかし、オルトがその扉に近づくと、ある事に気が付く。

 鉄の扉にも、もちろん鍵がかかっており、開けることなどできないのだ。

 これでは、中に入ることなどできない。


「くそっ! 鍵はどこだ……! できれば誰かが持っていたなんてことは勘弁しろ……!」


 オルトはそう言って、再びどこかへ走り出そうとするが、その前に背中に乗せたリュナの安全も確認する。


「リュナ。おい、大丈夫か!」

「はぁ……はぁ……大丈、夫だよ…………」

「…………!」


 だが、帰ってきたのは途切れ途切れの返事だ。

 リュナの症状も相変わらず優れない。それどころか、息はさらに激しくなり体温も上昇している。

 しかし、いくら嘆いたところで事態が好転するわけではないのだ。


「『飼育室』とやらの鍵もそうだが……こいつの状態だってまだ安心できねえ。ちくしょう! 一刻の猶予も許せねえんだ。急がないと……」


 そう考えていた時から、もうすでにオルトの体は通路を疾走していた。

 オルトの、リュナをこんな状態にさせた責任感と、先ほど見た不快なあの部屋に対する正義感が、彼をより疾走に先立たせていた。

 何とかしなければならない……

 それが、いつものオルトよりもさらに早く、考えるよりも先に身体が動いていた。


 だが、それは同時に焦りとも言う。

 その感情が、この時に限ってオルトの感覚を鈍らせていた。


 そのせいで、彼は全く気が付いていない。

 何者かが自分の背後を、それも同じ速さで音を立てずに付けている事に……



          ◇



 工場の屋上で、美獣はまたも信じられない光景を目にしている。

 初めに森の中で戦った時や、湖の近くで戦った時とは、さらに違う戦い方をしているからだ。

 自分が吸収した情報とはまた違う彼女の戦い方に、獣軍団はまたしても圧倒されていた。


「はあ……いい加減雑魚ばっかりけしかけてくれるのはやめてくれる?」

「…………」


 地獄の再処刑人、ナージャの後ろに築かれるのは、無気力化された獣軍団の山。

 だが、注目するところはそこじゃない。

 ナージャが手にしているはずの、不思議な黒色をした金棒が手元に無く、変わりに全く違う武器が彼女の両手に装着されていたのだ。


「なに? 金棒だけが武器だと、誰が言ったの?」

「…………」


 今の彼女の両手には、不思議な黒色を放つ鉄のような籠手が着けられている。

 その籠手の甲や指先の部分に、金棒とまったく同じ棘が付けられている。

 そして、その籠手を装着した彼女の両手は、それぞれ周囲から攻める獣軍団の攻撃を、巧妙に捌きつつも受け止め、後はそのまま殴り続けて獣軍団を倒したのだ。

 籠手による防御もそうだが、彼女自身の力により押し返している。


 ちなみにナージャは、わざわざ戦闘中に話すことも、自らの手の内を話すこともしない為、戦った獣軍団にとってはいったいどういう事なのか分からない。


 ナージャの『魂抑えの金棒』は主に二つの能力を持つ。


 一つ目は、金棒に付いた棘の作用により魂の活動を抑え、相手を傷つけることなく無気力化させること。

 二つ目は、金棒から全く別の武器に変換することである。


「俺の腕輪もそうだが、お前の金棒も侮れないな。いや、今は籠手か……」

「…………」


 ナージャは今さっき戦った獣軍団に対し、金棒ではなく籠手に変形させ、ただひたすらに獣軍団を殴り続けるのみで圧倒したのだ。

 なにせ、集団相手に大振りの金棒では不利である。

 籠手に限らず、魂抑えの力は棘の部分に宿る。

 故に大振りなど必要ない。攻撃力よりも棘の命中率が重要なため、軽く当てるだけで魂は抑えられる。


 ナージャは獣軍団に対し、回避と軽い攻撃の二つのみで全てを捌き切った。

 途中、魔獣もどきの魔力を使った攻撃もあったが、そこは他の獣人もどきを盾にするなりなんなりで乗り切った。

 その結果が現状……一方的な勝利である。


「……“sphinxスフィンクス”も圧倒するなど、想像以上だ」


 しかし、美獣にとって想像以上の結果なのは、無気力化された獣軍団の山の事ではない。

 美獣は視線を横に向ける。その先には、下半身がライオンの胴体、上半身が人間、背中に鳥の翼といった奇妙ないでたちの獣人もどきが、魂を無気力化された状態で倒れていた。

 言うまでもなく、そいつも混成魔獣人ハイブリッドであり、美獣の信頼する幹部の一人である。

 とはいっても、簡単にナージャに倒されてしまったのだが……


『ああ、圧倒的エロさだ。お前やるな』

「……そんなこと言ってる場合ですか」


 ちなみに上半身の人間は女性だった。

 緊迫した状況なのに、イヤホン越しに聞こえる上司の興奮しかけた声に、ナージャは呆れた。


「…………」


 美獣は、もはや怒ることもなく冷静そうに、静かに立ち上がりナージャの元へと歩いて来る

 どうやら、リーダー自らが赴くようだ。


『ナージャ、もうそろそろいいだろう。これ以上は本命に備えろ』

「……そうです、ね!!」


 と、上司に指示に同意するや否や、ナージャはすぐに棘付き籠手の拳を握り、美獣の額に向けて殴り掛かった

 手の甲と指の間にある黒く鋭い棘が、正確に美獣の眉間に吸い寄せられる。


 しかし……


「ふん!」

「!」


 籠手の棘が美獣の眉間にたどり着く前に、上に突き出した美獣の右人差し指が、棘に触れずにナージャの籠手を止めた。

 全力で殴り掛かったはずの拳が、たった一本の指に止められる。


『ナージャの拳を……指一本で…………!』

「お前……人間にしてはずいぶんやるじゃねえか。まさかここまでとは驚いたぜ」


 人差し指で拳を止めたまま、白々しくも美獣は、獲物を前にした肉食獣のごとく、獰猛な笑みでナージャを見る。

 吊り上った目と、引き裂けそうな口が、なおの事ナージャを精神的に圧倒する。

 しかし、ナージャにはそんなこと通用しない。


「……そう? でも、くだらない余興はここまでよ。いつまで高みの見物をしているつもりなの?」

「そうだなぁ……どうやらお前は、この俺が直々に叩き潰さなきゃあ、気が済まねえようだ……」


 言うやすぐに美獣から距離を取る。

 正当な攻撃は美獣には通用しない。力技で止められてしまう。


「だったら正当にはやらないだけよ」

『! ナージャ、それは……!』


 ナージャは左側の籠手を外し、左腕を露出させた。

 直後、左腕は黒く染まり怪しく輝く刺青が入る。


「その腕……前に見たな」

『ナージャ。言っておくが死神の力は通用はするが再生はするぞ』

「構いません、少しでも手札は切るべきです」


 その時のナージャの表情は、いつもよりもやや険しい。

 イヤホンからも所長の慎重そうな声がする。


『ナージャ。恐らく相手はパワータイプだ。頼むぞ』

「所長、役立たずすぎます」


 無駄話も交えるが、ここからは真剣勝負だ。

 お互い相手は常識外の存在。

 故にナージャは、一定の距離を保ったまま構えに入る。


 片腕に籠手、片腕に死神の腕のナージャ。

 それに対し、美獣は何の構えも取らない。無防備に立ったままだ。


「行くわよ」

「来い」


 ナージャは宣言と共に、美獣の元へ突っ走った。

 あまりにも一直線で、愚かしいほどに真っ直ぐな攻め方だ。


「おいおい、ここにきて無闇に突撃するのはどうかと思うぜ?」

「…………!」


 だが、先ほどと同じく殴りかかる訳ではない。

 ナージャは、ほんのわずか起動をずらし、美獣の左側にすれ違うように走り出す。

 その途中、ナージャの黒い左腕が後ろへと突き出している。


「なに?」


 ナージャと美獣がお互い左側にすれ違う瞬間。

 ナージャの後ろに突き出した左の手の平から、黒く幅広い刃が突如生えてきた。

 それも、まるで草を刈り取るように、刃は美獣の首めがけて迫る。


「!?」


 ここで、美獣の顔から余裕の表情が消えた。だが、もうすでに遅い。

 ナージャの左掌から生やした黒い刃が、美獣の首を刈り取った。


「…………!?」

「余裕ぶっているからこうなるのよ」


 走った勢いからか、美獣の首は空中へと飛び、体は仁王立ちしたまま取り残された。

 美獣の首のない胴体が、無防備にさらされる。


『ナージャ。再生が始まる前に奴の体を叩け』

「当然です」


 通り過ぎた後、直ぐに切り返し、首のない無防備な胴体へと突撃していく。


「頭がないなら、体は動かせないでしょう」

「いいや、そうとも言わねえ」

「!」


 しかし、ナージャが美獣の体にたどり着く直前、美獣の背中がボコボコと蠢き、顔のようなものが現れだした。


『なに……!』

「顔が……!」


 予想外に出現した顔は、自分の背中に向かって近づいてくるナージャを見据える。


「残念だが俺にとって体など、ひとつしか無いようでいくらでもあるものだ」


 そう言って、美獣の上半身が百八十度曲がり、体の前身がこちらに向かった。

 腹部からも顔のようなものが蠢き、歪な口を動かして言う。


「この俺に死角はない! 首が無かろうが同じ事よ!」


 美獣の体は、自らナージャに対し距離を詰め、両腕でナージャの籠手をつけた腕をガードした。

 さらに、ガードした籠手を掴まされてしまい、ナージャは身動きがとれなくなる。


「くっ……!」

『しまった……!』


 所長が焦る中、美獣の胴体の天辺から、先ほど刈り取られた首が生えてきた。

 脱獄者特有の再生能力である。

 美獣は再生した顔で、口元が裂けるくらい引き伸ばして笑い出す。


「お前も、俺の糧として喰らってやる!!」


 そして、本当に美獣の口が裂けて、牙が沢山つけられた大きな口内をさらした。

 掴まれた籠手着きの右手を引っ張られ、ナージャの頭をかみ砕くつもりで迫ってくる。


 しかし、ナージャもすぐに対処を取る。

 咄嗟に片足を振り上げ、迫る美獣の顎を蹴り上げる。


「ごぶっ!」


 突如顎を蹴られ、腕は放されなかったが、体をのけぞらせてよろけていた。

 さらにナージャは、よろける美獣の目に黒い左腕の指を二本、美獣の目を突き、そのまま後頭部へ貫いた。


「…………!」


 悲鳴すら上げぬ美獣に、ナージャはすぐに貫いた左腕を引いて、再度攻撃にかかる。

 しかし、両目をつぶされた美獣の腹部から、また新たな獣の顔が生え、ナージャの脇腹に噛みついた。


「がは…………っ!」

『ナージャ!?』


 所長の悲鳴と同時に、腹部と口元から真っ赤な血が溢れ出てくる。

 今、腹部に噛みつく顎に力が入ってくる。このままでは腹部を噛み千切られてしまう。


「こいつ…………!」


 現在の状況はかなり不利だ。


 ナージャは魂抑えの籠手を着けた右手を掴まれ、更に腹部は半分美獣にギリギリと噛みつかれている。

 対し美獣は、頭の上半分をナージャの左手に貫かれているが、どの道不老不死から再生してしまうだろう。

 しかし、まだ掴まれた右手は解放されない。


『ナージャ、形状変化をしろ!』

「所長……?」

『籠手の形で捕まれているなら、籠手の形を変えて無理やり拘束を解け!!』

「……わかりました!」


 ギリギリとさらに腹部に噛みつく顎に力が入る。

 ミシミシと悲鳴が


「形状変化『魂抑たまおさえの金棒・壱の型』!」

「!」


 敵の手に捕まれた籠手が、黒く光り輝き、形状を変えた。

 太く重い、黒の鉄棒に大量の棘がつけられた金棒型の武器に戻った。

 しかもそれはナージャの左腕に現れる。


「!?」

『行け、ナージャ!』


 そして、自分が腹部を噛みつかれているにも関わらず金棒を大きくに振り上げて、美獣の頭めがけて振り下ろす。

 両目が完全に再生した時と同時に、美獣の頭に金棒が当たり、棘が深く突き刺さる。

 鈍い音を立てて叩かれた勢いに、腹部に噛みついた顎が離れた。


「もう一回…………!」


 今度こそは美獣の頭に当てたナージャは、続けざまにもう一発と、金棒を振り上げようとした瞬間……


「……この、やろう!!」

「!」


 だが、もう一撃振りかぶろうとする前に、美獣は掴んだナージャの右手を離し、さらにナージャか大きく離れた。

 ナージャは追撃をしようにも、腹部の怪我からすぐに行動に移れず、立ち止まった。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……!」


 ナージャも美獣もお互い荒い息を吐いて、睨み続ける。


 ナージャは腹部を鋭い牙で深く噛みつかれ、さらには一瞬だが掴まれた右手が握りつぶされかけた。

 美獣の方は、もうすでに怪我は再生している。先ほどナージャに噛みついた顎も腹部にしまい元の状態に戻っている。

 ここまで来て、ダメージはゼロ。しかし魂抑えの金棒の攻撃は確かに当たった。

 しかし……


「こいつ……!」

『倒れない、だと?』


 ……金棒で頭を一回殴られたのだが、どうにも美獣は倒れようとはしない。

 それどころかしっかりと二本足で立ちあがって、気丈にも睨み続けている。


「っ……一撃じゃ、無気力化しないのね…………さすがは、脱獄者かしら…………」

「この女……!」


 とはいえ、痛み分けにしては不釣り合いすぎる。

 魂抑えの力は強力であるがゆえに、たった一撃当てた美獣は、倒れないとはいえ若干ふらついている。

 なお、肉体的怪我はもうすでにない。


『ナージャ。言っておくがその義体には自己再生はあるにはあるが微弱だ。欠損してしまったら回復に時間がかかる』

「わかっています……所長……!」


 現在ナージャの方がダメージは大きい。

 目線が揺れ、足元が安定せず、立つことを維持し続けるのも大変だ。

 お互い手負いの状態であり、しかしどちらに転んでもおかしくない危険な状況にナージャは……


「…………ふふっ」

『? ナージャ?』

「これが……生きるか死ぬかの瀬戸際なのね…………」


 幽かに……笑い声が聞こえたような気がした。

 次の瞬間、ナージャは美獣の顔を真っ直ぐ見据え、そして宣言する。


「美獣…………」

「なんだ…………」

「地獄へ送ってやるわ……!」

「…………!?」


 それは、普段の彼女があまり見せることのない、笑顔と呼ばれるものだった。

 しかし、そこに含まれるのは快楽から生じるのか、獰猛と分類するのか、とにかく危険としか言いようのない、笑みだ。

 今にも本気で美獣を食い殺そうとするような危険さだ。

 笑みは一瞬、すぐにナージャは険しい顔となり、よろよろと美獣に向けて武器を構える。


 一方、美獣の内心からは、ある感情がほんの一瞬心の中に現れた。

 恐怖だ。

 理由があるならば、先ほどのナージャの笑みにあると答えるだろう。

 しかし、それだけでは説明しきれない。あの笑みからは言葉にできない何かが、美獣の中に恐怖を一瞬でも現れ出したのだ。


 そう自覚したと同時に理性では反対の事を思い浮かべた。


 圧倒されてはならない。

 恐怖を見せてはならない。

 それ以前に、恐怖を感じたなどと認めてはならない。


 そう思った美獣は負けじと、その笑顔に答えるつもりで大声を上げて叫びだす。


「やって、見やがれぇ―――――――――――――――!!」


 美獣は、そう叫びだすと……奴の衣服が内側からはじけ出した。


「!?」


 そして、美獣の体全体の筋肉がボコボコと以上に膨れ上がり、だんだんと大きくなっていく。

 その上、ある部分は体毛が生え、ある部分は爪が伸びるなど、異様な変身を遂げていく……


『ナージャ、お前……』

「所長、本気を出すのはここからです。余計な話は後で聴きますから」

『…………』


 所長の心配も、どうでもいいように突き放す。

 とにかく、目の前で美獣が、再び不愉快な光景を見せつけているので、ナージャは嫌そうに顔を顰めながら皮肉を込める。


「なに…………また子分でも作るつもり? こんな時も人任せなのね」

「いいや違う……お前にはこの最適化されたこの身体で……ぐぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」


 苦しみかそれとも鼓舞か、叫び声とともに美獣の体はどんどん大きくなっていく。

 この光景に、ナージャはもはや黙っているしかない。

 イヤホンから所長の声は聞こえない。明らかに動揺した様子がとれる。

 そして…… 


「叩キ潰サセテ、モラオウ!」

『!?』

「…………へぇ」


 美獣は……巨大化した。

 その体を工場よりも高く、全身に体毛を生やし、背中から蝙蝠のような羽が付き、爪を凶悪に長く伸ばし、頭には天に向かって角が突き出ている。

 まるで、現世の人間が思い描く悪魔の姿の様だ。

 それも、今自分が立っている建物よりも大きい。


「これは……想像以上ね」

『ナージャ。ここで戦ったらオルトとかを巻き込んでしまう。急いでここから離れろ! というかどうやって戦う!?』

「離れろ、ね……」


 所長の支離滅裂な会話に、同じ駆動するべきかと悩んでいると、ある方法を思いついた。


「これは…………そうね!」

『ナージャ?』

「だとしたら適任は……」


 そう言いつつ周りを見渡していると、先ほど無気力化させたライオンの胴体に人間の上半身と背中に鳥の翼を生やした奇形魔獣が、都合よく無気力から立ち直ろうとしていた。


「いた!」


 それを見つけたナージャは、奇形魔獣のもとに駆け寄り、そして出会い頭に、ライオンの胴体の背中に跨った。

 前振りもなくいきなりの行動に奇形魔獣も所長も間の抜けた声を出す。


『え?』

「ファ?」


 そして、出会い頭にナージャは理不尽極まる命令をする。


「ちょっと、あんたに命令するわ。あいつの元まで飛びなさい」

「ファアアア!!??」


 そう言いつつ、奇形魔獣の首元に、金棒の棘がギリギリ刺さらないくらい突きつけた。

 すぐにナージャの意図を理解した所長は一つ命令をする。


『ちょっと待てナージャ。戦いに巻き込んでこの工場が破壊されたら困る。反対方向へ飛べ』

「そうですか。訂正、あいつから逃げるように飛びなさい」

「ファア!!」


 命令が変わったようだが、どちらにしろ奇形魔獣にとっては嫌すぎる内容だ。

 自分の主を裏切って、敵に協力しろと言っているのだ。

 混成魔獣人ハイブリッドであり、幹部でもある奇形魔獣は、その命令を聴く気がないのか、背中に勝手に跨ったナージャを振り落とそうと暴れ出した。


「ファア!! ファア!!」


 嫌だとでも言いたそうに、大声を出し続ける奇形魔獣。

 すると……


「いいから飛べと言ってるだろうが。殺すわよ?」

「ファア!?」


 ナージャは、この森で初めてリュナに会った時と同じく、ドスの利いた低い声で脅すように、しかもわざわざ相手の頭を掴んで自分と目線を合わせ、鋭い眼光を聞かせて相手を睨んでいる。

 止めに、先ほど獣人もどきや魔獣もどきを殺しまくった、死神の黒い腕を見せつける始末。


『ナージャ……』


 さすがに、やることがえげつなさすぎて所長は呆れ声をだした。

 だが、そんなこと彼女は構いはしない。勝つか負けるかの瀬戸際だからだ。


「ファ……ファアアアアアアア!!」

「そうよ、それでいいのよ」


 最終的にナージャの、眼光&声&黒い腕の三コンボに負けた奇形魔獣は、大人しく背中にナージャを乗せて空をへと羽ばたき、飛んだ。

 そして、ナージャの指示通りに美獣から逃げるように飛んで行った。


「追いかけてきなさい、美獣」

「待テ、地獄ノ使者!!」


 案の定、美獣はナージャを追いかけて工場から離れるように飛んでくる。

 痛む腹部を押さえつつ、ナージャはどう戦うべきかと頭の中で戦術を考えていた。

美獣、本性を表す……!

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