1-11 対峙
ナージャとオルト、美獣の元へと向かう
自前の嗅覚を頼りに、美獣の元へと進み続けるオルトの後ろをついて行くナージャは、階段を上がり、通路を進み続け、途中の獣人もどきを倒し、そして目の鼻の先らしいほどの近くまでたどり着いた。
通路、昇り階段、通路、昇り階段、通路、広場、通路、階段、階段、階段、階段…………
最終的に、延々と続く螺旋階段を昇らされる羽目になったが、それでも頂点近くまで昇り切ったナージャ達の先に、ある一つの大扉が立ちはだかっていた。
「……はぁ……はぁ……はぁ……オルト、この先に……美獣がいるのは……はぁ……間違いないの?」
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……まちがいねえ。……ぜぇ……この先に、あの男が……ゲホッ……いる!」
「そう…………それにしても……」
ナージャもオルトも、数えるのも馬鹿らしいくらいに階段を昇り続けていたため、息を切らしてはなんとか必死に体裁を保とうとしている。
獣人の少女を抱えながら階段を昇り続けたオルトはもちろん、そのオルトを失ってから走り続け、通信後に大して休まずに獣軍団と戦い、二百以上ものの人獣もどき&魔獣もどきを殺し、その後脅した鶏人もどきの案内のために工場まで走り続け、そしてオルトと合流してからは一歩も止まらずに、階段を昇り続けてはここまで上がってきたナージャの体力も、さすがに限界に近かった。
というより、常人なら体を壊すレベルのハイペースである。
なにはともあれ、階段を上がり切り、後は扉のみを控えたナージャは、ふと下の方を見下ろしてみる。
螺旋階段の下は、ほぼ底が見えないほどに深く、いったいどれほど自分たちが上へと登り続けたのかわかる。
というより、これほど長い螺旋階段ならば、目の前の扉がいったいどこへ続くのかナージャには大体予想ができた。
「これ……どう見ても屋上に続くわよね……」
「いや……ぜぇ……階段の感想、ぜぇ……それだけか…………?」
なんとも歯切りのわるい言葉に、さすがのナージャも少しだけ休憩することにした。
時間にしては十分もないだろう、それだけ休憩したナージャはオルトに切り出す。
「オルト、ここから先は私一人で行くわ。あんたはあんたの好きなようにしなさい」
「ああ、わかった。俺はリュナの家族と、他にとらわれている奴を助けに行く」
「好きなようにって言ったけど、間違っても捕まるんじゃないわよ、犬」
「……当たり前だ、ガサツ女」
とにかく、念願の目的だった脱獄者と対峙することができるようになった以上、ここから先はナージャの役目。
オルトは、具合の悪い獣人の少女を抱えているため、先に退散して階段を降りることになった。
遠ざかっていくオルトの気配と足音……
「またこの階段を降りるのか……」
……そして、辛そうな発言をオルトはするが、ナージャは聞かなかったことにした。
「……さて、ここからは美獣との対決だけど、ん?」
突撃する直前、彼女のポケットにある携帯電話が、音を鳴らさずに震えだした。
さすがに敵地の真ん中であるため、マナーモードにはしているようだ。そのおかげで敵に気付かれる様子はない。
しかし奇跡的なタイミングでかかってきた電話に対し、どこか出ばなをくじかれた感じがして、ナージャはだるそうに電話に出た。
「……もしもし」
『ナージャか。しばらくかかってこないのだが、美獣のやつは見つかったか?』
「所長……」
かかってきたのは当然、上司のラクシャーサ所長であった。
最後に電話をかけてからしばらくかかっていなかったため、向こうからかけてきたようだ。
「美獣の事ならもうすでにオルトのおかげですぐ先にいるそうですし、これから戦いに行くところですが?」
『なに? もうそこまで来たのか……』
「そうです。最終的には強引な方法を使いましたけど、なんとか戦いにまで持ち込めそうです。では……」
と、何も話すことなくすぐに通話を切ろうとすると、電話の向こうから慌てた上司の声が聞こえだした。
『おいちょっと待て。折角こっちから電話かけてきたのに、一言二言かけてすぐに電話を切ることはないだろ』
「…………」
上司の若干慌てた声を聞くと、通話を切る気がなくなってしまった。
……こっちとしては早く脱獄者の元へ向かって、早く魂を封印したいと言うのに、もはや必要ないはずのナビゲーター役である所長が、まだ何か話すことがあるのだろうか必死に食らいつく。
「所長、これ以上は特に言われることはないと思いますし、それに今早くこの扉潜り抜けたいですから、切っていいですか?」
『何を言う。いつまで経ってもお前から電話がかかってこないから、気持ちがそわそわして、こっちからかけてきたというのに、その言いぐさはなんだ!』
「情けないこと言わないでください」
どこか情けなさが感じられる台詞に、ナージャはため息をついて呆れた。
しかし、本当にここから先は何が起きるか分からない殺し合いだ。まだ地獄の技術の確認はしていないが、悠長に電話させてくれるかどうかが疑問でもある。
『まあそう言うな。俺やこの携帯電話を使えば、戦闘中のお前に的確なアドバイスを出すことぐらいは可能だ』
「は? それはつまり、私に携帯電話を耳に当てながら戦えと言ってるのですか?」
『そうじゃない。しかしこれから先は、その携帯電話の真価が試される所だ』
「?」
何か思わせぶりな物言いに眉をひそめるナージャ。
所長は、どこか自慢げに誇らしそうに、自分が作り出した通信機器のある機能を説明する。
『ナージャ。お前、『イヤホン』を持っているか? ワイヤレスの、携帯電話に繋ぐやつだ』
「イヤホンですか? 持ってますけど?」
と言ってナージャはパンツのポケットから、ワイヤレスの小型イヤホンを出した。
登録した電話をコードを使わずにつなげるため、絡まる心配はない優れものだ。
現在、登録している携帯電話とつながっているため、スイッチを入れれば底から携帯電話の音が聞こえる。
『よし、それならイヤホンのスイッチを入れてそれを耳につけろ』
「こうですか?」
イヤホンのスイッチを入れたナージャは、それを右耳に付けた。
無駄に高音質の上司の声がクリアに響いてくる。
『よし、着けたな。次は携帯電話に『感覚共有アプリ』というものがある。それを起動しろ』
「……なんですか、それは……?」
いきなりよくわからない名前に怪訝な顔になるも、言われた通りにタッチパネル式の画面に表示された、『感覚共有アプリ』の所を指で押す。
すると……
「…………!?」
ナージャの体内に、なにかが共有した感じがした。
そして……
『……なるほど、これがお前が見ている光景であり、状況か』
「……所長、これはいったいどういう事ですか?」
アプリケーションを起動する直前とは違い、気持ちが悪いと言うのか、それとも奇妙とでもいうのか、とにかく不思議な感覚に陥ったナージャは、どういうことなのか説明を要求する。
それに対し、上司はナージャの手に持つ携帯電話について、ある機能を説明する。
『お前の携帯にある『感覚共有アプリ』ってのは、お前が見たことや聞いた事がこっちの携帯電話に、動画と音声として表示される。つまり、今お前が見ている扉が見え、今お前が聞いている足音などが音声として出ていると言う訳だ。お前の見聞からこっちに送られるまでの間は0.001秒いかにも満たない、速い処理速度を誇る』
「なるほど。リアルタイムで、それもタイムラグなしで中継していると言う訳ですか……」
上司にとってはすごい事だろうが、ナージャにとってはあまりいい気分の物ではない。
まるで自分のプライベートが覗き見されている気分だからだ。オルトの気持ちもほんのわずかだけわかる。
しかし、それを察した所長は、ちゃんとフォローに入る。
『安心しろ。『感覚共有アプリ』はお前からしか起動できないし、終了だってもちろんできる。あ、ちなみに携帯はもうしまってもいい。ただし通話は切るな』
「あ、はい」
所長に言われ、通話は切らずに携帯電話をポケットにしまう。
あとは、イヤホンから上司の声を聞き、感覚共有から自分の声で直接言葉を上司に伝える。
『シスカー・ベルベーニュの時に失敗した、戦闘時における通話の方法を俺なりに考えたものだ。この機能でお前の戦闘を見る。その上で何かあったらこちらから指示をする』
「なるほど……わかりました」
確かに、シスカーと戦った時は、ナージャは上司の話を聞かずに電話を離したのだ。
しかし、ワイヤレスイヤホンと『感覚共有アプリ』の二つを使えば、戦闘時でもリアルタイムで通話が可能だ。
しかし、それ故に所長はナージャの周りのある事に気が付く。
『……ちなみにオルトロスの奴はどうした。あいつの姿が見えないが……』
「あいつなら、戦闘には役に立ちそうにないので勝手に工場内をうろつくようです」
『……そうか』
こんな状況でもバッサリと言う彼女に所長はなにも言及せずに続ける。
きっと、彼女やオルトにはなにか考えがあるだろうと、そう思い込むにした。
「それじゃあ、行きますよ。所長」
『ああ…………』
途中からわずらわしい通信が入ったが、準備は整った。
ナージャは目の前にそびえたつ大仰な扉に手をかけて、押した。
錆びた音が響き、屋上へと続く扉が開かれる。
その先に……脱獄者が待っている。
◇
「来たか……」
魔獣の森、工場。その屋上にて、ナージャが探し続けていた男が待っていた。
筋骨隆々の体に、獰猛な顔つき。
好戦的な所を隠さない鋭い目。
右手首には……不思議な青色を放つ腕輪が着けられている。
そして、左手に掴んでいるのは……
「ふっ。敵を裏切らせてまでここに来るとは、つくづく悪運の強い女だ」
……左手には、ナージャが先ほど脅してここまで連れてこさせた鶏人もどきの生首が掴まれている。
それも、体から千切り取られた形をしており、その上右半分が齧られたように損失していた。
「あんたが……美獣ね」
「よう、お前が地獄の使徒か…………」
……地獄の脱獄者にて大量食人鬼である美獣は、鶏人もどきの残り半分の生首に噛り付き、かみ砕いた。
あたりに鶏人もどきの血がばらまかれる。
その様子を不快そうに見るナージャに対し、美獣は笑い声を上げてつつも、殺意を宿らせた視線で、ナージャを睨み付けていた。
「……よくも俺の楽園をめちゃくちゃにしてくれたな。おかげでいくつか作り直さなくならなきゃいけねえじゃねえか」
「私に言わないでよ。全部あの犬がやったことよ」
「おいおい、飼い犬の不始末は飼い主の責任だろうが」
「あんなの飼った覚えがないわよ」
「そうか……だが、どの道お前も喰らってやる」
どうであろうと美獣はナージャを殺す気だ。現に今にも突撃しそうな構えを取っている。
もとよりこちらも準備万端で来たため、余計なやり取りはいらない。
ナージャは、先手を仕掛けようとパンツのポケットからケースを取り出そうとした。
しかし、その時……
『ナージャ。ついでにここの工場の事について訊け。追加資料で書く』
「(……ちょっと所長。そんなこと言ってる場合ですか)」
こんな時に、所長から無茶な振りを渡され、ナージャは手を止めて呆れた。
正直、敵と長くお喋りするつもりはないし、どうであろうと戦う事に変わりはない。
しかし……
『頼む』
「…………」
念を押すように懇願する所長から、おそらくこのことは重要そうだろうという事は分かった。
ならば、ナージャは仕方がなく、美獣にここの工場について訊くことにした。
「それで、こんな辺鄙な所に工場なんか創り上げて……あんたはいったい何がしたいわけ?」
「……なんだ、気になるのか」
不審げに、しかし直後に嫌な笑みを浮かべる美獣は、片腕を天に向けて突き上げ、己の野心を吐露する。
「……決まっている。俺のための楽園を作り上げることだ」
「楽園? 変な事言うわね」
美獣の話す内容に、ナージャが訝しげに低く言う。
そう聞かれ、ナージャは先ほど移動中にオルトが話し出した、数々の特殊な部屋の事を思い出した。
狐人もどきの言葉と、ガラス越しに見たあの光景の事、そしてリュナが連れていかれた部屋。
つまり……
「……それってさっきオルトが言っていた、人間や獣人を飼って管理し、無理やり繁殖させて増やして、それで最後に食べるって事?」
特に怒る様子などならず、ナージャはただ相手からの言葉を待ち続ける。
話が乗ってきた美獣は、得意げに自らの野望をさらけ出す。
「そうさ。素体を作らせ、育て上げ、そして喰えるように処理をする。わざわざ危険を冒さなくても好きなように食い物が出来上がる夢のシステム。もっとも、素体を維持するにも手間と材料がかかるが、なに、手間に至っては、好きなように手足が作れるし、材料だって好きに調達できる」
「(…………?)」
ナージャはここで一つ腑に落ちないことが出てきた。
(……そう言えば、この建物もそうだけど、生き物を飼うにはそれなりの餌が必要よ。そうでなければ生き物は衰弱してしまうし、どこかが滞ってしまう)」
もしもこの森で生きるのならば、食料は恐らく獣肉の類しか思い浮かばない。
しかし、直接見たわけではないが、オルト曰く大量の人間と獣人が飼われていたため、それらを維持いするにはものすごい数の餌が必要だ。
その上、共食いさせるような真似をしても、その先ろくな結果にならない可能性だってある。
『つまり……美獣はどこか、この森以外で都合のいい調達先があるのか……?』
所長も同じことを考えていたのか、ある一つの推測を言う。
しかし、考えただけでは真実にはたどり着けない。
すると、突如美獣の表情から侮蔑の色が濃く浮かび、ナージャを見つめ上げてきた。
「で? お前もまさか、命がどうちゃらこうちゃらと、うるせえ文句を垂れるのか?」
「は? それはないわ。私には関わりのない人を、どうと言う資格なんてないし」
しかし、相変わらず他人には冷たい彼女に、美獣は意外と思いつつも、ニヤニヤと笑みを浮かべて得意げに話し出す。
「そうかそうか。しかし、この森を調べに来た生贄は、うるせえことを言っていたな」
「生贄?」
「なにも知らないくせに、この森を調査しに来たとかいう、哀れな生贄だ」
そう言われて思い出したのは、確かこの森の周辺の村に起きた異変を調べるために、この森を調べに来た調査隊の事だ。
だとするならその調査員もおそらく工場か美獣の糧に……
「命の価値? はっ、そんなの喰らう者と喰われる者に分けられた世界じゃ無意味だ」
「へぇ……」
「強い者が弱い物を喰らって何が悪い! 人間だって自分より弱い生き物を喰らって生きているじゃねえか! なのに咎を受けられてはいない。なぜか? それは許されているに決まっているからだ! 同族を傷つけることは禁止されても、それに満たない下等生物なら喰らっても許されるのが、自然の掟だ!」
「弱肉強食……」
『…………』
確かに、動物の命を喰らう事が罪ならば、地獄はとうに満員になっている。
しかし、そうだとはしても美獣の言っていることはあまりにも極端だ。
電話越しの所長は、無言ではあるが、ほんのわずか怒りがにじんでいる。
それを赦してはいけないと、暗に言っているようだ。
「……ならば、生き物として人間よりも優れたこの俺が、弱い生き物である人間を喰らっても、咎を受けるいわれはない」
「そう……つまり、人間が動物を食べてもおかしくはないと言うように、人間より優れたあんたが、自分より下の生き物である人間を喰らっても、別にかまわないと?」
「そうだろ? 自然とはこういう事だ。悔しいなら俺よりも上の存在になるべきだ」
弱い者は強い者に食われる。
とてもシンプルで、どうしようもなく不条理な考え。
だが、許されなかろうがなんだろうが、美獣は自分自身の強さと自信故に貫いているのだ。
「なるほど、それがあなたの見解ね。良くわかったわ」
「ほう……して、お前はそんな俺をどう見る」
特に期待することはなく、ただの興味としてナージャに見解を求めた。
その結果……
「……虫唾が走るわ」
「なに?」
「不快だと言ってるのよ」
ナージャは、侮蔑するような視線を美獣にむけ、容赦のない言葉の数々を吐いていく。
「やっぱり所詮は犯罪者ね。もっともらしいことを言って、自分は悪くないと言う態度。……生前のあんたは知らないけど、どうやら死んで当然のクズだったようね」
「……ふっ、そうか。地獄の使徒は俺をそんなふうに見るのか」
やはり想像通りであったナージャの答えに、美獣は笑い、改めて殺意をナージャに放つ。
「それに、強い生き物が弱い生き物に食われるのが当然なら……」
これ以上話をするつもりはない、とナージャはパンツのポケットから改めてケースを取出し、そこから金棒を取り出す。
戦闘態勢に入るようだ。
「たとえ、あんたがどんな理由で殺されても、それはあんたが弱いから文句はないでしょ?」
「ああ……当然だ」
『ナージャ……』
所長が心配そうに言うが、そんなこと構いはしない。
どんな主義であれ、敵である以上は……
「倒すのみよ」
「上等。だったらお前も、この俺の糧にしてやる」
すると、美獣は右腕を前に差し出し、ナージャに向けた。
美獣の右腕に着けられた不思議な青い腕輪が光り出す。
『! あれは……!』
「所長?」
「貴様も、あの犬人族のメスガキも、あの地獄犬も、全部全部俺が喰ってやる!」
そう言うと、美獣の腹部が異常なほどボコボコと膨れ上がる。
「トゥ―――――――――――ルラララララララララララララララララ!!」
「!?」
風船のようにゆっくりとした様子ではなく、湯が沸騰するときに沸き立つ泡のように、ボコボコと美獣の腹が膨れ上がる。
まるで中で何かがうごめくように、生きているかのようにうごめきだす腹部。
それを、気持ち悪いと感じるナージャの耳に、所長の切羽詰った声が入る。
『まずいな……あれは『魂分けの腕輪』。また厄介な物を……!』
「魂分けの腕輪?」
ナージャは、腹を膨らませながら、背をのけぞらせて叫び声を挙げる美獣の右手首を見た。
確かに、そこにある不思議な青い腕輪は、爛々と強く輝きだしている。
「―――――――――――――――――――――――!!」
『『魂分けの腕輪』とは、自らの魂を分割し、それを別の器に入れることができる道具。死んだ器にすることも可能だが、すでに生きている器に植え付けることも可能な物だ。『魂削りの宝玉』ほどではないが、使い勝手の悪い危険な道具だ』
やが美獣の腹部は、美獣自身の二倍、五倍、十倍と、異様な大きさに膨れ上がる。
今にも破裂する寸前だ。
『生きている器に魂を植え付けられると、植え付けた魂は器本来の魂を侵食し、時間をかけて徐々に植え付けた魂と同化されていく。そして完全に同化された魂は、腕輪の主の思いのまま、離れていても吸魂をすることも可能。そして……』
「う……わああああああああああああああああああああああ!!!!」
「!?」
最後に一際大きい叫び声を挙げた美獣に呼応するように、膨れ上がった腹部が破裂し、中から大量の獣人もどきと魔獣もどきが飛び出てきた。
まるで卵から生物が生まれるように、生み出された獣人もどきや魔獣もどきが、体中に粘液を纏わせながらペタペタと音を立てて立ち上がる。
「…………!?」
『従順に従わせることも可能だ』
「なによそれ……」
ということは、今生み出された獣軍団は、皆魂を分けられた美獣の子分……いや、文字通り手足ということになるのだろう。
生まれたばかりだと言うのに、全員統率された動きで並び、ナージャに視線を集中させている。
しかし、耳から聞こえてくる上司の声は、なぜか戸惑いだった。
『……それにしてもおかしい。獣人をこんな形で生み出すなど、喰融族にはこんなことができるわけがない。『魂分けの腕輪』でもこんな芸当はできないはずだが……?』
「それは、あのサラカエラって死霊使いに用意された器の力?」
『!』
ナージャは、上司に対しても、美獣に対しても言えるような返しをすると、美獣は気味の悪い笑みを浮かべて自慢げに話し出した。
破裂した腹部は、不老不死の特性故、自己修復されていく。
「…………その通りだ。あの小娘は元にいた世界と同じ、喰らった生き物を、それも制限なく融合することができる器を用意してくれた。だが、それだけじゃねえ。吸収して強くなった肉体を、自ら分割して切り離す機能まで、加えてくれたんだ!」
『バカな……!? ただの人間に、そんな芸当などできるわけがない。そもそも別世界の亜人の体の機能など、どうやって再現したと言うのだ!』
「…………」
獣人もどきや魔獣もどきはまだ動かない。
美獣自身の持つ力に、しばらく陶酔しているのだろう。
「……ただ者じゃないわね。あの小娘」
「ああそうだ。だがこの『魂分けの腕輪』の効果も相まって、好きに手下が出来上がるわけさ」
「……だったら、あの村の事件もあんたの仕業?」
「なに?」
ついでにナージャは、この森を探し出すきっかけとなったある事件のことを訊きだした。
この森周辺の村の住人が、一斉に消えてなくなるという事だ。
「十五年前、突如失踪したこの森周辺の村の住人たちよ」
「ああ……それか。唯一この工場に人間の素体を入れられる場だったな」
「という事は……」
美獣のいう事が本当なら、この工場内に失踪した村人たちがいるのだろう。
もっとも、十五年前の出来事だから今も現存しているかどうか……
「あれも苦労したぜ。ただ無理矢理襲って攫うだけじゃあ絶対足がつくから、わざわざ分けた魂を植え付け、時間をかけて俺色に染め上げたんだぜ」
「なるほど。それで村を襲った痕跡がないのに、村人がいなくなったと言うわけね」
つまり、美獣は何らかの方法であの村の住人に取り入り、その間に『魂分けの腕輪』で分けた魂を埋め込んだ。
そして、時間をかけて自分に従順な状態を作り上げ、自らこの森に誘い込むよう仕向けたという事だ。
「そして今……お前も同じように糧にされる!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
美獣の大声と獣軍団の叫び声が同調する。
それと同時に、獣軍団が一斉にナージャに向かって襲い掛かる。
「ちっ。面倒ね……こうなったら」
『ナージャ、やるのか?』
「当然です」
四方から獣たちが迫る中、なぜかナージャは一歩も動かずに立ったまま、金棒を両手で真横に構えながら、意識を集中させた。
片方の手が棘に刺さりかけようと、構わない。
まったく迎え撃つ姿勢ではないのに、ナージャは金棒を構えた状態であることを言いだす。
「形状変化。『魂抑えの金棒・弐の型』!」
その瞬間、
ナージャの、不思議な黒色を放つ金棒が輝きだし、その形を別の元へと変わり始めた。
脱獄者との戦いが始まる