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1-7 迷い子

オルトと分断されてしまったナージャは……

 ほぼ同時刻、森の中に似つかわしくない工場のような建物の中……


 窓から入る日の光が照らし、しかしそこ以外が薄暗い部屋で、工場の主……美獣は胡坐をかいて頬杖を付き、しかし目を細めて、視線を窓に集中させてじっとしていた。

 恐らくは何かを待ち続けている様子である。

 すると……


「……来たか」


 美獣はにやりと笑みを浮かべ、待ち構えたかのように立ち上がった。

 その後、立ち上がった美獣に少し遅れるように、窓から青白い球体のような“何か”が、部屋の中に入ってきた。

 青白い球体は燃える炎のような曖昧な形でふわふわと沢山浮かび上がっていた。

 普通の人間ならこの光景に吃驚するが、美獣はとくに何も動じることなく、青白い球体に対し、


「よう、よく帰ってきた。俺の分身よ」


 歓迎するように美獣は青白い球体に囲まれていると、その中で両腕を大きく横に広げた。

 まるでこの青白い球体を迎え入れるようである。


「俺の元に帰るがいい」


 そう美獣が言うと、彼の右手首にある不思議な青色を放つ腕輪が爛々と輝きだした。

 すると青白い球体は一つ動き、美獣の体の中に入り込んだ。


「…………!」


 その時、美獣の意識の中に別の意識が流れ込んだ。

 頭の中に入り込む意識と、それに伴う強烈な頭痛を堪え、美獣の体に青い球体が完全に入り込んだ。

 そして、一つ目の青白い球体が美獣の中に完全に入り込むと、それに続くように次々と青白い球体が怒涛のごとく、美獣の体の中に押し寄せるように入り込んでくる。


「…………!!」


 次々と襲いかかる別の意識と頭痛に、美獣は気丈に意識を保ち続けた。

 そして、やがて青白い球体が全て美獣の体の中に入りきると……


「…………かっ!! ……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……すぅ…………!」


 美獣は目を大きく見開き、 額から、顔から、全身から大量の汗を流し……激しく息を切らせながら静かに深呼吸をした。

 それと同時に彼の右手首にある青い腕輪も、やがて輝きが失せていった。

 次第に呼吸もだんだん落ち着いてくると……


「…………なるほど。これが例の地獄の使いか…………そうか、そうか…………」


 美獣は頭の中に流れ込んできた情報を吟味し、その中で気になる情報を見つけだした。

 それは、先ほど別のところである人物と戦った獣人もどきが、これまでに見聞きした情報の全ての内であった。

 いったいどういう仕組みなのか、美獣は、獣人もどきから青白い球体を引きだし、さらにそれを自らの中に吸収したのである。

 その上、獣人もどきの記憶の中から目当ての情報を見つけだすことができた。


「……へぇ、面白れえ機能じゃねえかあの金棒……」


 その気になる情報を引き出した美獣の口元が楽しそうに歪む。

 獣人もどきは敵を倒すことができなかったが、情報を手に入れただけでも良しとしよう。

 その時、


「美獣様! 美獣様!!」

「ん? なんだ」


 突如部屋の中にあわただしそうな声がひびきだした。

 美獣が視線を部屋の入り口に向けると、そこには美獣の部下なのであろう、また新しい獣人もどきが現れると、たどたどしく報告をしだした。


「報告します! 美獣様の敵の捕獲に向かった合成魔獣キマイラの事ですが、一人と一匹ほど捕獲を成功させたようです」

「なに? 妙だな。記憶じゃああの女はそう捕まる様子じゃなさそうだが……」

「? なんのことかわかりませんが、弱そうな魔獣一匹と犬人族のガキを捕まえたそうです」

「ほぅ……珍しいな……。まだ実在していたのか…………」


 興味のある内容なのだろう、美獣は視線を部下の方に向ける。


「種族狩りの生き残りか……だが、まだガキならば繁殖用にするべきか……」

「性別は女。ガキと言いましたが、もうすでに身体は繁殖が可能なほど成長しています」

「よしわかった。ならガキの方は繁殖室に連れて行け。最近犬人族の数が減ってきたからな」

「はい! あと……魔獣の方は……」

「魔獣は大していらないから屠殺室に連れて行け」

「はい!」


 美獣の指示を聞き終えた後、部下の獣人もどきは部屋を出ていた。

 部下が部屋を出た後、美獣は部屋の中央に座る。


「さてと……」


 美獣は両手を合わせて目を瞑り、なにか集中をし始めた。

 その時、右手首に嵌めた不思議な青色の腕輪が光り出した。



          ◇



 一方その頃、一斉に同じ方向へ飛んで行った獣人もどきの魂を追い、森の中をただひたすら突き進むナージャ。

 しかし魂の方が速く飛んで行くために、案内は早く見失ってしまった。

 その上森の中というのは障害物が多くある上に、地面も常に平らではなく丘や崖もあるため真っ直ぐ進んだままというのは不可能だ。

 と言う訳で、現在ナージャは……


「……どこよ、ここ」


 早い話、道に迷ってしまっていた。

 現在ナージャはただひたすらに森の中を突き進んだ結果、なぜか広い湖へと出てしまった。

 もはや、ここからどうやって美獣の元にまで行けばいいのか、分からない。


「ちっ。完全に見失ってしまったわね」


 ナージャは周りを見渡すが、あるのは森林と湖と、さらに向こうにある崖と滝壺しかない。

 湖の中央には小さな島と大樹があるが、特に何もなさそうだ。

 ここから引き返そうにも方向など分からない。自分が今、森のどこら辺にいるのかわからないために彼女は完全に迷ってしまったのだ。


「まずいわね。ここからどうやって進めばいいの……」


 その時、どっと疲れが押し寄せたのか、ナージャは湖の近くで座り込んでしまった。

 疲れたこともそうだが、頭を冷静にして状況を再確認するためである。


「……少し、落ち着く必要があるわね……それにしても」


 ふと、ナージャは自分の状態に気づく。

 先ほどから無我夢中で青白い球体を追いかけて走り続けたために、全身から汗を掻いた状態である。

 その上、もうすでに時刻が昼あたりとなっているため、日差しもあり、喉は完全に渇いていた。


「…………本当に、便利なのか不便なのか分からない義体ね」


 ナージャはそう言って立ち上がり、湖のそばへと近づくと、再びそこで座りだし、湖の水を手ですくいだした。


「…………特に問題はなさそうね」


 水の状態を目だけで確認した彼女はそのまま手に掬った水を口の中に運び出した。

 体中の水分を消費し、渇いた彼女の喉に湖の水が流し込まれる。


「…………」


 とりあえずナージャはこれまでに起こった出来事を整理し、考えることにした。


 まず先日の夜、自分たちは相棒を連れてこの森に入った。

 しばらく歩き続けると、途中いろいろあったが獣人の少女と遭遇した。

 直後に、美獣の使いであるゴリラもどきが現れ、襲われるも返り討つことに成功した。

 いろいろと気になることがあるが疲労の問題や、すでに日にちを跨いでいたため、話は後にして場所を移動し、ついでに生け捕ったゴリラもどきを連れて洞窟で待機した。 

 その後、ほんの少しの休憩の後、オルトとリュナが目を覚ましたので、そこで美獣の話を聞いた。

 直後オルトが、洞窟の入り口に敵らしきものがいると言い、ナージャは出口へと向かった。

 そして、そこで獣人もどきたちを倒し、尋問しようとしたが大した情報も得られない上に、役立たずのオルトと獣少女のリュナが美獣の部下に連れ去られた。

 そして、再び獣人もどきを尋問しようにも、おそらくは魂を抜かれてしまい、再起不能となった。


「……まいったわね」


 ナージャは、今自分がすべきことを二つ考えた。

 一つは、自分の方から手掛かりを探し、美獣の元へと行くか。

 もう一つは、再び美獣の手下に見つかり、同じく金棒で倒し、尋問して情報を吐かせるか、である。

 だが、前者の方にも問題はあるが後者の方にも問題がある。


「あの、獣人もどき……たしか私の居場所が分かったのは、あの魔獣もどきの臭いをたどったそうだけど……」


 つまり、周りには何もないナージャ自身の元に、再び獣人もどきが現れる可能性は低い。

 ならば自分から探すしかないだろうが、こんなだだっ広い森の中をひたすら歩くわけにはいかない。

 ならば……


「仕方がないわね。こんな早々にあれを使うことになるとは」


 ナージャはパンツのポケットから携帯電話を取り出すと、タッチパネルに指を当てて、ある所へと繋げた。

 とはいっても繋げた先は所長ではない。繋げたのは……



          ◇



 場所は変わって再び、森の中にある工場のような建物内でのこと。

 先ほど、モグラの魔獣もどきに連れ去られたオルトとリュナは、鉄格子が嵌められた暗くて狭い部屋に押し込まれた。

 その部屋はとても薄暗く、唯一の光は少々高いところにある、同じく鉄格子の嵌められた窓から差し込む光しかない。

 その中で、鎖付き手枷を嵌められたリュナと、鎖付き首輪を嵌められたオルトは、部屋の奥にある、地面から天井へ縦に伸びるパイプに繋がれて、身動きが取れなくなっていた。


「…………くそぅ! このっ! このぉ!!」

「だめ、やめて!」


 だが、そんな状況でも、まったく諦める様子のない者が一匹……

 地獄犬、オルトはリュナの手枷に着いた鎖を、歯で噛みちぎろうとしていた。


「オルトさん! こんなことしたらオルトさんの歯が壊れちゃうよ!」

「構わねぇ! 俺を何だと思っていやがる! 地獄の番犬候補って呼ばれてるんだよ! あと、オルトは略称だから呼ぶな! 正式にはオルトロスだ!!」


 オルトは、自分の事を地獄の住人だと言ってしまっているが、状況が状況なのか、リュナの耳には入っていない。

 ただひたすら鎖に噛みついているオルトを、枷の嵌められた両手で止めようとした。


「……オルトさん!」

「違う!」

「オ、オルトロスさん……!」


 どれだけ彼女が止めようとしても、オルトは噛みつく力を緩めない。

 やがて、オルトの強靭で頑強な牙は、なんの変哲もないリュナの手枷の鎖を食いちぎった。


「!? ちぎれた……!?」

「おおう、どうよ! 俺が本気を出せばこんなもんだぜ!!」

「オルトロスさん、すごい……!」


 横でリュナが感心をし、オルトが誇らしげな表情をしていると、突如……


『もしもし。オルト? 聞こえるのなら返事しなさい』

「うわぁ!?」

「きゃ!?」


 突然、どこかから聞こえてきた声に、一匹と一人は驚いて跳ね上がった。


「な、なんだ今のは! 誰だ!!」

「ど、どうしたのオルトロスさん! な、なにかまずい事でもあったの!?」

「え? おい、今さっき声が聴こえただろ!」

「? いえ、声なんて全然聞こえないけど……」

「?」


 しかしリュナが驚いたのは、突如聞こえてきた謎の声に対してではなく、それに対して驚いたオルトに驚いたのだ。

 どうやらリュナには今さっきの謎の声が聴こえてはいないようだ。


「じゃ、じゃあさっきのはいったい……」


 それに、突然であったため声には驚いたが、しかしあの声にはどこか聞き覚えのある声であった。

 いったいどうして今そんな声が聞こえたのか疑問だが、そんなオルトにもう一度同じ声が聞こえだした。


『返事しなさい。よほどの事じゃない限り、不可能じゃないでしょう?』

「! その声はナージャか!」

「え、え?」


 オルトは確信した。このふてぶてしく聞こえる声は、先ほど別れたばかりのパートナーの声であることを。

 どうやら声はどこかから聞こえてくると言う訳ではなく、頭の中に直接語りかけるといった感じである。

 それに、隣にいるリュナには聞こえてこないと言う訳なので、


「ナージャ! おい、ナージャなんだよなその声!」

『よかったわ、ちゃんと通じるみたいね。あと、口で話すと余所に聞こえるから思念で通話しなさい』

「通話しなさいって……なんなんだこの声は!」


 ナージャの声に安心する反面、いったいこの頭の中の声はどういうことのあのだろうかナージャに問いかけた。

 自分には覚えのない機能をナージャはさらっと答える。


『これは、所長があんたの義体に付け加えた機能よ』

「(はぁ? 機能だと?)」


 一応、周りには気を付けて、言われた通り思考で会話をするオルト。

 リュナから見ればいきなりオルトが黙りだしたようにも見えるので、よくわからないのだろう。


『そうよ。もしも私とあんたが離れ離れになってしまった場合でも話ができるように、私の義体とオルトの義体に共通の回路を築くためのツールが埋め込んでいるのよ。もっとも私の携帯電話からもあんたの体に話しかけることは可能だから、今私は離れていてもあんたに話しかけられるという事よ』

「(おいちょっと待て! そんな機能全く聞いてないぞ! 俺自身の体なのに!?)」

『当然よ。あくまで試作の段階だし、実際この会話機能は致命的欠陥があるんだから』

「(はぁ? 欠陥?)」


 仮とはいえ、自分自身の体に備わる機能に欠陥があると聞き、オルトの体に不安が走る。

 ナージャが言う、この義体の機能の不安とは……


『思念で会話するわけだから、余計な思考もダダ漏れるわよ』

「(ええ!? マジか!?)」

『ちなみに私は携帯電話からだからその恐れはない』

「(おいちょっと待て! その欠陥俺にだけなのか!?)」

『強いて言うなら、携帯電話を使用しているわけだから、その時は所長に通じないのよ』

「(それ大したことじゃねえだろうが!!)」

『それじゃああんたに訊きたいことがあるんだけど……』

「おい待て! その前になんで俺に内緒でこの機能付け足したのか説明しろって!!」

「ひっ! オルトロスさん!?」

「あっ……」


 カッとなってつい口の方で怒鳴り込んでしまったため、リュナは吃驚して怯えるようにオルトを見つめた。

 さすがにこれは弁明しないと、とオルトはあわただしくなって説明のようなことをする。


「すまねえ、リュナ。今、俺はナージャにこう……不思議な力で話しかけているんだ」

「え? ナ、ナージャさんに? 不思議な力?」

「ああその……そう、今遠くにいるナージャに話しかけているんだ! 別におかしくなったとかじゃねえぞ! そう言うパワーも持っているんだ俺!」

「は、はあ……」


 リュナは目を細めて怪訝そうな表情になり、わけのわからないようなものを見るような目でオルトを見ている。

 内心、若干傷つきながらオルトは再びナージャと通話を再開した。


「(……おいナージャ、何とかならないのかこの機能。それともう一度言うがなんでその機能の事俺は知らないんだ)」

『そんなの簡単よ。あんたが断るからでしょ』

「(確かにそうだ! 簡単だけど、だからこっそりってひどくねえか!?)」

『うるさい。今の状況はその機能に感謝でもしなさい』


 ナージャはバッサリと切り捨てるように言うが、オルトの表情は優れない。

 確かに状況は状況に、こうして話し合えるのは嬉しいことだが、そうは言われてもこの一方的に通話を繋げられ、その上思考内容のみで話し合うのだ。不満はぬぐえない。

 恐らく今の考えもナージャに伝わっているだろうが、


『安心しなさい。あんたが隣にいるときはは掛けないようにするから』

「(当たり前だろ!)」


 という、恐らくはフォローなのだろうか、微妙だがその言葉にオルトは少なからず安心はしていなかった。

 気を取り直してナージャは続ける。


『オルト、今あんたはいったいどこにいるの?』

「(へ? いや、いったいどこにいるって言われても……俺とリュナは今、どっかの建物の中に監禁されている。それも外から見えねえからどこら辺にあるのかわかんねえ)」


 突然のナージャの質問に、オルトはしばしば答えに迷うが、今自分におかれている状況と合わせて答えた。


『今、あんたの隣にあの子もいるの?』

「(ああそうだ。俺もリュナも同じ部屋にとらわれている)」

『そう……で、建物の中って言ったけど、それって魔獣の森の中にあるの?』

「(ああ、恐らくそれは間違いねえと思う……)」


 オルトはリュナとあのモグラもどきに連れ去られた時の事を思い出した。

 連れ去られて、今の部屋に至るまでの経緯である。


「(あんのモグラ野郎に連れていかれて、地面から建物の入り口近くにまで連れていかれて、その後はなんか変な継ぎはぎみたいな獣人に無理やり連れていかれて、抵抗しようにも意外と向こうの数が多いから、リュナを巻き込みかねないし、あまり抵抗できない状態だったが……)」

『あんたのくせに良い判断しているじゃない』

「(そうか?)」

『そうよ。下手なことをして死んだら。蹴り入れているところよ』

「(……そうか)」


 なんだか、えも知れぬ複雑な心情に顔を顰めるが、お構いなしにナージャは続けた。


『それで? その建物の特徴は? 周りに何か目につくものはない?』

「(そうだな……あの時はあまり周りに目を配る余裕はなかったが……)」


 オルトは、再び自分とリュナがここへ連れてこられた時の事を思い出し、話す。


「(なんつーか、建物の中に建物があるような感じの建物だな)」

『は? なに言ってるの?』

「(いやよお、なんつーか石でできた神秘的そうな建物を通っていったらさあ、その内部に不釣り合いな鉄の建物があった。今俺たちはその鉄の建物の中に監禁されている)」

『……つまり、建物の中に違う建物があるから、外に何があるかとか当てがないわけ?』

「(……そういうことだ)」

『……そう』


 明らかに呆れ声を出すナージャだったが、すぐに考えを切り替えた。


『……でもいいわ。まずはその石造りの建物を探し出せばいいんでしょ?』

「(いや、そもそもその建物の外側が石造りかどうかわからんが……)」

『どの道、こんな森の中に建物があること自体、珍しいことかもしれないわ。見つかれば後は探すだけよ』

「(……そうか)」


 あまりよう手掛かりを知ることができず、自らの不甲斐なさに歯を軋らせるオルト。

 もっと何かないか。もっと場所を特定させる何かがないのか。

 オルトはせめて、窓から何か見えないのかと、まずは自分の首輪の鎖も噛み千切ろうとするが……


 その時、雑居房の扉が乱暴に開かれた。


「おい、お前!」

「!」


 この時、オルトはナージャとの通話を強制的に遮断され、驚くリュナと共に入口の方へと目を向けた。

 オルトとリュナを閉じ込めた雑居房の扉が開き、獣人もどきが二人、中に入ってきた。

 しかも、どちらも軽く武装しており、危険な雰囲気を醸し出している。


「!?」

「おい、そこの犬人族のガキに魔獣。貴様らを別室に連れて行く!」

「なに!」


 ここにきて突然、獣人もどきからどこかへ連れて行かれることにオルトは内心焦る。

 まだオルトの首輪につけられた鎖が噛み千切られてないのだ。


(やばい……なんだかわからねえが、こいつはやばすぎるだろ!!)


 今ここで噛み千切りを行うにしろ確実に邪魔される。


「あ……あ…………!」


 怯えるリュナの表情にお構いなく、二人の内の一人、虎人もどきが近づき、そしてリュナの髪を掴みあげ、無理矢理立たせた。


「ほら……立て!」

「いやぁ!!」

「リュナ!」

「痛い……やめて!!」


 嫌がるリュナは、手かせを嵌められた両腕を振り回して必死の抵抗をする。

 すると、手枷に繋がっていた鎖の部分が、虎人もどきの頭に直撃した。


「ぎゃあ!?」

「? おい、どうした!」


 ぶん回した鎖が頭に直撃した虎人もどきの少し後ろで、狐人もどきが驚いて近寄ってきた。

 その時、視線がリュナの方へと向き、気づく。


「貴様、何時の間に鎖を……」

「あっ……!」


 その時、狐人もどきたちはリュナの手枷に繋げられた鎖が千切れていたことに気が付いた。

 そのことが、さらにオルトの焦りを一気に加速させる。


(まずい……! このっ!!)

「! おい、そこの魔獣。いったいなにをしている」


 一刻も早く自由に動けるようにするため、オルトは首輪につけられた鎖に噛みついた。

 当然、狐人もどきはオルトに制止の声をかける。


「妙な真似はするな。さもなくば……!」

「い、いや!!」

「おい、待て!!」


 狐人もどきが、突然不可解な行動をし始めたオルトに気を取られている隙に、リュナは恐怖のあまりに、まだ痛がる虎人もどきの横を突きぬけて、雑居房の入口へと走り出した。


「待てと言っている!」


 狐人もどきが、もうオルトに目を向けずにリュナを追いかけようとするが、切り出しが今一つ遅い以上、リュナには追いつけない。

 犬の獣人でもあるリュナは、素早い動きで追いかけてくる狐人もどきを振り切って入り口から雑居房の外側へと出ていく。

 しかし、


「そこまでだ! おとなしくしろ!」

「あうっ!!」


 しかし、外で待機していたもう一人の牛の獣人もどきに、リュナは捕まってしまった。

 しかも捕まえた牛人もどきはかなりの大柄であり、リュナの髪と胴を掴んでは中空へと持ち上げる。


「いや! 離して! 離してぇ!!」

「うるさい! おとなしくしろと言っただろ!!」

「ぎゃあ!!」


 牛人もどきはリュナの顔をひっぱたき、無理やりどこかへ連れて行こうとしていた。

 顔全体をおおう、とても大きな手で叩かれたのか、リュナは心の底から痛むような悲鳴を上げた。


(やめろ……! そいつに手を出すな……!!)


 オルトは、まだかまだかと思いながら必死に首輪の鎖を噛み続ける。

 その時、


『あんたがなんとかしなさい』

「(!? ナージャ! まだ通信が切れてなかったのか!!)」

『今、切羽詰ったような状況だろうけど、残念ながら今の私じゃすぐに向こうへはいけないから、なんとかしてほしいならあんたが何とかしなさい』

「(おぉい!! なにを悠長に言っているんだ、お前は!)」

『場所分からないから仕方がないじゃない』


 それもそうであるが、いくらなんでもこれは理不尽すぎる状況だ。

 しかしナージャのいう事も正しい。正しいが故にオルトは、急ぐ気持ちも兼ねて、さらに鎖を強く歯噛みする。

 だが、とうとうそれも間に合わず、リュナの抵抗が薄れてしまっていることに気が付いた。


「いや……いや……!」

「やっとおとなしくなったか。手間を掛けさせる」

「! まずい!」


 いったいどれほど叩かれたのか、全身の至る所に傷をつけられたリュナは、もはやなすがままに、獣人もどきたちに連れていかれた。


(ちくしょう! 早くこの鎖千切れろぉ!!)


 どれだけ力を籠めようとも、まだ鎖は千切れない。

 いくらなんでもおかしい。リュナの時とは比べて明らかに鎖が違いすぎると確信する。


「やめ……て…………!」

「おい。お前はそこの魔獣を見張っていろ。こいつを連れて言ったら戻ってくるからそれまでに魔獣を逃がすな」

「……わかった」


 ようやく痛みが薄れたのか、虎人もどきは元の通りに復帰をすると、狐人もどきの命令のままに、鎖を歯噛み続けるオルトに近づいてきた。

 鎖を噛み千切ろうとするオルトを止めるようだ。

 状況は絶望的だ。


(ちくしょう……!)


 これではあまりにも不甲斐なさすぎる。

 ナージャに任されたのに攫われ、捕らわれた所から抜け出そうとしても、間が悪く敵が現れ、挙句に先にリュナがどこかへと連れていかれた。

 本当に、あまりの自分の不甲斐なさにオルトは悔しくなった。


「おい、その口から離せ!」


 虎人もどきはオルトの体に蹴りを入れる。


「…………!」


 虎人もどきよりも小柄な体に、無骨な足が食い込んでいく。

 痛みに声を上げようよするが、必死に鎖に食らいつく。

 だが、それをなおさら虎人もどきは許さない。


「離せって言ってるだろ!!」

「…………っ!!」


 再びオルトの体に蹴りが入り込む。

 今度は先ほどよりも強いため、危うく鎖から離れるところだった。

 しかし、悪あがきのように鎖に食らい続ける様子を虎人もどきは許さない。


「離せって言ってるだろうが! このっ! このっ!! このっ!!!」

「…………っ!!」


 それでもなお、鎖を離さない。

 離せばそれで終わってしまうと思うからか、オルトは意地になっても鎖を離さない。

 離すわけにはいかない。ここで離したら、本当の意味で終わってしまう。

 そう思い、決して鎖を離さないと喰らい続けるオルトに……


『……ねえ、オルト。訊いていい』


 ……なにも変わらないような声でナージャの声が入る。

 いや、ほんの少しだけ鬱屈していそうな声だった。


「(あぁ…………なんだ…………?)」

『あんたはいったい何なの?』

(…………?)


 ここにきて、なぜそんな質問が来るのか分からないオルトだが、ナージャはなにも思うことなく話を続ける。

 本当に、なにも思わせないような抑揚のない声で……


『本当に地獄の番犬候補と言われた犬なの? だとしたら、今のあんたは情けないとしか言いようがないわね』


 こんな時に聞こえてきた声は、侮蔑の声ではない。

 ただ何かをめんどくさがるような呆れ声で彼女は言った。

 だが、余計な事すら考える余裕のないオルトは、ただ皮肉を返すだけだ。


(うるせぇ……この状況が見えてないってのに、よくそんなことが言えるな…………)


 けど、そんな言葉は大して彼女には届かない。

 だが、先ほどとは違い、何かを面倒がるような声で彼女は言う。


『……あんたって本当に面倒ね。こんなことで悔やむなんて、本当に自信があるのかないのか……バカじゃないの?』

(…………!)


 この時、オルトの中に再び何かが煮えるような感覚が襲った。

 それがほんのわずか、鎖に噛みつく力を強くする。

 まだ蹴られ続けながらも、話は続く。


『私は別にあの子がどうなろうと知ったことではない。それはあんたも同じ事じゃないの?』

「(……お前と、一緒にするんじゃねえ…………!)」


 ぐらぐらと、ぐらぐらと、オルトの感情は徐々に湧き上がってくる。

 きっかけは、ナージャの言葉か、それとも自分自身に対してか、オルトの中の悔しさというものが晴れていく。


「(悪いが俺という生き物はな……目の前で辛い目に会おうとしている娘がいて、それを知らん振りするほど腰ぬけじゃねえんだよ…………!)」

『そう……』

「(それにな……)」


 これは照れ隠しか、それとも本音なのか、やや口調を軽めにしてオルトは言う。


「(同じ犬のよしみで……かわいい犬が辛い目に合うと言うならなおさら放っておけねえだろうが!!)」

『……なら好きにしなさい。死なない限りは、助けても見捨ててもどちらでもいいわ』

「(ああ……そうさせてもらうぜ)」


 自信を持って言うオルトに対し、通話の向こうからナージャの呆れ声が聞こえてきた。


 それに対し、オルトの中にある感情はふたたび燃え上がるように昂った。

 それは怒りにも似た感情。ナージャに対してではなく自分に対し、ここで悔やんでいる場合ではない。

 再びオルトの中に、魔獣の森に入る前と同じ感情の昂りが激しくなる。


 直接様子を見ることができないのに、そんなオルトの様子をわかっているのかいないのか、もう一度ナージャは問う。


『……じゃあもう一度言うわ。あんたはいったい何なの?』

「(……バカにするな。決まってるだろ! 俺は…………!)」


 今ならまだ間に合う。

 脱獄者の犠牲にされそうになるあの現世の住人を救えるのは自分しかいない。

 だからこそ、宣言する。


「(……俺は地獄の番犬候補! オルトロスだ!)」

『……そう。だったらその言葉、今は信じるとするわ』

「(上等だ! なめてんじゃねぇぞ!!)」


 その時、オルトの鎖を噛み続ける歯に力が入り、そして……


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「なに!?」


 とうとうオルトは自分自身を拘束する鎖を噛み千切った。

 これによりオルトは自由の身となる。


「バカな!? 対魔獣用の特殊な首輪の鎖が…………千切られた!?」


 虎人もどきは、予想外だったのか、素でオルトの力に驚愕した。


(あぁ……どおりでリュナの時より硬かったわけだ…………)

「よお……散々俺の体を蹴りやがったな……」


 なお、ナージャとの会話中にも散々蹴られていたため、オルトの全身もボコボコにされていた。

 しかし今度はオルトが戦う番だ。

 動揺する虎人もどきだが、すぐに頭を切り替えて、今度はオルトを無理やり拘束にかかる。


「くそ……まだだ!! まだ、この程度の魔獣なら……!!」

「違う。俺は魔獣じゃねえ!! 俺は地獄の番犬候補……」


 オルトは向かってくる虎人もどきに対し、予備動作もなく一気に跳躍をした。

 その先は、虎人もどきの喉元。


「ぐぎゃあああああああああ!!」


 オルトは虎人もどきの喉元に容赦なく噛り付く。

 鎖を引きちぎるほどの力を持つ顎は、虎人もどきの首を圧迫する。


「や……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………………」

「……オルトロスだ!」


 虎人もどきが、首元に噛みつくオルトに向かって手を伸ばすも、届く前にオルトは虎人もどきの首筋を噛み千切った。

 獣人であれ首は急所に変わりないのか、虎人は一瞬にして絶命した。

 しかし、なにも簡単に死んだのは物理的な意味だけではない。


「……すげーな『魂喰たまぐらいの首輪』。出力を最大にしたら、一気に膨れ上がったぞ」


 オルトは『魂喰たまぐらいの首輪』の出力を最大にして、虎人もどきの首筋に食らいついたのだ。

 その結果、まるで吸血鬼が血を吸うように、一瞬にしてみるみる魂がオルトの魂に食い尽くされてしまったのだ。

 先ほど抵抗しようと手を伸ばした時には、もうほとんど魂を吸われており、気力を無くしてしまったのだ。


「その上、どこかから力が溢れてくる……これが魂を喰らうことなのか…………」


 だが、魂を喰らい、増幅した自らの魂に酔っている間も暇もない。


「……待ってろよリュナ。絶対に俺が助け出してやらぁ!!」


 オルトは、倒れた虎人もどきの屍を踏み越えて、雑居房から外へと出て、最後にリュナを見た所の通路を走って行ったのだった。

オルト、走る

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