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GAME -AYA-  作者: 転寝猫
9/9

Epilogue

私の机の引き出しの…一番奥には。

あの日の新聞記事の切り抜きが、今でも大事にしまってある。

『都市部の中心で起きた、不発弾の爆発事故』と。

『大学教授、拳銃で自殺』の………二つの記事。

精霊達の戦いの名残は、戦時中に投下された不発弾が今になって爆発した…という事故に変換されたらしい。

それ以来、都市の安全を考える研究者達は、今も残る不発弾とその危険性についてテレビや新聞でしきりに議論するようになった。

そして。

土橋先生は翌朝、研究室に来た学生によって発見されたのだそうだ。

右手には、未だに入手経路の分かっていない、ピストルを握り締め。

山のような古文書に埋もれ、膨大な資料に埋まるようにして。

家族も無く、友人も少なかった彼のお葬式は…とても寂しいものだった。

彼が命を賭けてきた研究テーマである…『精霊の書』。

それは………

私の本棚の一番上の一番右に、今でも大事にしまってある。

そうそう。

高校と一緒に卒業した眼鏡も、切り抜きと一緒に引き出しの中だ。


「お姉ちゃーん、ごはんっ」

寝ぼけまなこのすずが、台所に立つ私に声をかける。

高校生になっても朝ギリギリに起きてくるのは相変わらず。

「…はいはい」

そんな私達のやりとりを、楽しそうに眺めていたママ。

「春ねぇ…」

コーヒーを啜りながら窓の外に目をやり、嬉しそうに目を細めた。

「暖かくなって、陽射しも明るくなって…外の植物も活き活きしてると思わない?」

「………そうかなぁ」

寝起きの悪いすずが、つまらなそうにつぶやく。

「ご機嫌斜めねぇ、すず」

「…だって、遊べない日曜なんて、あったってしょーがないもん」

…大変だなぁ。

すずは今日、学校で模試を受けなくてはならないのだ。

むすっとした顔のすずに、お気に入りの赤いギンガムチェックのお弁当箱を渡す。

と………

「何これ!?お姉ちゃんお弁当作ってくれたの!?」

すずは無邪気に、目を輝かせて喜んでくれた。

が…そこですかさず、澄まし顔のママが言う。

「すずってば…いくらお姉ちゃんでも、学校お休みなのにわざわざ『すずに』作る訳ないでしょー?」

「へ?」

「…ちょっと、ママ!?」

きょとんとした目で私とお弁当箱を交互に見つめ。

不愉快そうに眉間に皺を寄せる…すず。

「そっか…そういうことね」

「すず!でも…すずは日曜も学校で、大変だなって思って…それは本当よ?」

大学生になって、高校生の頃よりも自由な時間が増えた。

だから、こんなに気持ちのいい日曜に学校に出かけるすずを、少しでも元気づけてあげたかったのだ。

…ママの言うのも、一理あるけど。

「文、今日はサークルあるでしょ?学校まで、睦月さんが送ってくれるんですって!」

「ふーん…あいつもマメだねぇ」

「違う!違うの…ただ…ちょうど用事があるから、ついでに乗せてってくれるって…」

慌てる私をいたずらっぽい目で見て、ママは嬉しそうに目を細める。

「ねぇ文、今度睦月さん、うちに連れてきなさいよぉ!せっかくかわいい娘に彼氏が出来たっていうのに、写真一枚見せて貰えないなんて…ママ、寂しいなぁ」

………どきっ。

「えっ…と………それは…然るべきときに、ちゃんと紹介するから………ね?」

背中に嫌な汗を掻きながら、必死でママに弁明するのは最近の日課だ。

そりゃ…好きな人をママに紹介したい気持ちは、すっごくあるけど。

『文のママに会わせて』

なんて…彼も言うのだけど。

でも………

ママ、びっくりするだろうし。

反対なんかされちゃった日には…どうしていいか分からないし。

その時。

壁掛け時計に向けられた、すずの視線が固まる。

「やばい!!!行かなきゃ!!!」

「すず、ちょっと朝ごはんは!?」

ママの問い掛けに、ごめーん、と間延びした声で答え。

すずは慌てて玄関に走っていく。

小ぶりの可愛らしいお弁当箱を…大事そうに抱えながら。


「そっかぁ…文も板挟みになって大変だねぇ」

ハンドルを握り、視線は前に向けたままで。

睦月はいつものように、楽しそうにくすくす笑う。

「………誰のせいだと思ってるのよ」

「嫌なの?文…」

「………嫌じゃないけど」

まったく…意地悪ばっかり言うんだから。

シートベルトをぎゅっと握って、私は窓の外に目を向けた。

と………

突如携帯が鳴り、慌てて通話ボタンを押す。

『先輩!お久しぶりです』

聞こえてきたのは…仁くんの声。

「仁くん、お久しぶり…でも、どうしたの?」

何だか、彼の声は少し興奮しているみたいだ。

赤信号で止まり、睦月も不思議そうな顔で見ている。

『実は俺…さっき、サラマンドラに会ったんです』

「…サラマンドラに?」

そっか。

彼はまだ、『こっちの世界』にいるのだ。

『何でも、偶然…あっちの世界と繋がって、その…うまく説明出来ないんですけど』

彼は、シルフィードの伝言を預かった…と言っていたらしい。

急に心臓がどきどきしてくる。

「で………シルフィードは何て?」

『えっと………よく分かんないんですけど』

『私は幸せです』

そう伝えれば分かる…サラマンドラはそんな風に彼女に言われたらしい。

思わず…安堵のため息をつく。

………よかった。

ありがとう、とお礼を言うと。

仁くんは明るい声で笑う。

『いいんです、そんな大したことじゃないし。それより…今度二人で見に来てください!野球の試合………夏に向けた大事な練習試合があるんです』

仁くんは、あの『ゲーム』以来…

それまで以上に、一生懸命練習をしているらしい。

一年生でレギュラーなんてすごいし…彼は、私の母校のエースなのだ。

『そもそも、うちの学校はあんまり強くないですけど…でも、頑張りますから!』

ウンディーネのことがあってから…もう一度ピッチャーで頑張ってみようと思ったらしい。

きっと………

ひかりも天国で、すごく喜んでいるだろう。


頑張ってね、と電話を切ると。

いつの間にか、車は路肩に止められており。

少し真面目な顔の睦月は…私の目をじっと見つめていた。

あれから半年ちかく経って、大分平気になってきたけど…

相変わらず…彼の、この表情には慣れない。

ドキドキしながら…仁くんから聞いた話を伝える。

「『お二人も、どうかお幸せに』…か。何か上から目線だなぁ、シルフィードの奴」

不満そうなつぶやきに、思わず噴き出してしまう。

「ねぇ、文………」

「ごめんなさい…つい…笑っちゃって」

「そんな事はいいんだけどさ」

「…じゃあ、なあに?」

再び、真剣な眼差しになって………

彼は優しい声で…言った。

「結婚しよ、文」

……………え?

「え!?あの…今………何て???」

「シルフィードにも言われたことだしさ…」

「いや…でも………」

「嫌?」

「いっ…嫌じゃ…ないけどっ………」

思考回路がショートする。

「だって…あなたは有名人だしね………それに…私まだ学生だし………」

二つ年が上だと、見えている世界も違うのだろうか。

私には…まだまだそんなこと、想像もつかない。

「そうだ!私………まだ未成年でしょ?だから、ママの同意がないと…だし…ね?」

んー…と考え込むみたいな顔で唸る睦月。

「俺のことは関係ないし、学校にはそのまま通えばいいし、文のママにも同意貰えばいいじゃん」

「………そうなんだけど」

「俺…仕事忙しいしさ、文も学校結構忙しそうだし、これからもっともっと会える時間は減ってっちゃうだろ?だから………一緒に暮らせるといいなって、ずっと思ってたんだ」

どきん、と心臓が高鳴る。

そりゃ………私も。

もっともっと一緒にいたい…けど。

「ごめんなさい、私………まだ…よくわかんない」

早く大人になりたい。

睦月と一緒にいると…いつもいつも、そんな風に強く思う。

そうだね、と頷く彼の笑顔は…相変わらず優しい。

「待ってて…くれる?もうちょっとだけ………」

「勿論」

ほっとして、小さくため息をついて。

私はにっこり笑って、頷いた。

すると………

「でも…約束したからね」

「…何?」

「俺…『ちょっと』しか待たないから」

………もう、また…意地悪なこと言って。

「そうだなぁ…じゃあ、あと一年半!」

「一年半…って………それじゃまだ、私大学生じゃない?」

「文が二十歳になったら…結婚しよ」

「………だから…ね」

決まり、と笑って、再びアクセルを踏む睦月を…恨めしい気持ちで見る。

サングラスをかけた、綺麗な横顔。

本当…いつも意地悪で…強引なんだから。

……………好きだけど。

何?と訊かれ、慌てて窓の外に視線を移すと。

大きな公園の緑が、春の光に照らされて、活き活きと輝いていた。

まぶしくて、思わず目を細め。

私はシフトレバーに掛けられた彼の手に…自分の手をそっと載せた。

「…どうしたの?文」

「んーん。何でもない」

こんな風に………

おじいちゃんとおばあちゃんになるまで、一緒にいられると…いいな。

「………春だね、睦月」

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