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GAME -AYA-  作者: 転寝猫
6/9

12月23日

夢を見た。

その人は一振りの刀を握り締めていて。

刀には血糊がこびりついていて。

着物は返り血で真っ赤に染まっていて。

手も顔も、浴びた血のせいで真っ赤になっていて。

よく見るとその人は…声も出さずに泣いていた。

頬を流れる涙が返り血と混ざり、ぽたりぽたりと地面に落ちる。

その人はまるで…血の涙を流しているみたいだった。


目が覚めると、びっしょり汗をかいていた。

そういえば…昨夜は何も食べてない。

時計は8時を回ったばかり。

友達との約束は10時なので、出かけるにはまだ早いんだけど…

この所寝てばかりいたので、すっかり目が冴えてしまっていた。

静かに階段を降りると、ママがソファでうたた寝をしていて。

「ママ…風邪引くよ?」

軽く揺すってみるが…起きる気配はない。

仕方が無いので、寝室から布団を持ってきて、掛けてあげると…

ママは気持ちよさそうに、布団の中に潜り込んでしまった。

思わず…顔がほころんでしまう。

「もう…寒かったんじゃない、ママってば」

体調は…昨日までよりだいぶましだった。

でも………やっぱり熱っぽいし、頭が重い。

どうしちゃったんだろう…と思いながら、シャワーを浴びて着替える。

冷蔵庫のオレンジジュースが、からっぽの体に浸透するような気がして…ちょっとだけ、元気が出てきた。

ふう、とため息をついて…

すずの部屋を、静かに開く。

寝てるかな…とは思ってたけど。

すずは布団じゃなくて…パソコンを起動したまま、机に突っ伏して寝ていた。

パソコンはスリープ状態になっていたので、下手にいじるのはやめておく。

パジャマ姿のすずに、風邪ひくよ?と声をかけてみるが…起きる気配はない。

ベッドから毛布を持ってきて掛けてあげると、すずは…気持ちよさそうに微笑んだ。

もう…二人揃って、世話が焼けるんだから。

私がいなくなっちゃったらどうするつもりなんだろう。

いくら今より良い暮らしが出来るようになったって、体壊しちゃ意味ないじゃない。

心配だなぁ。

………あれ?

なんだっけ?

まあ………いっか。

ふと、人の視線を感じて振り返ると。

すずのベッドの上に…昨日の写メに写っていた、浅黒い肌の男の人が座っていた。

私が見ると…焦った様子で、ふい…と視線を逸らす。

この人…私が見えてないって思ってるのかな?

だったら…声掛けちゃ可哀想かもしれないけど………

「あなた………」

私が声を掛けると…彼は目を丸くした。

警戒心を解こうと思って…にっこり微笑んでみる。

「サラマンドラって言うんでしょ?」

彼はしばらく、黙って私を見つめた後…小さく頷いた。

私はカーペットに正座をして、静かに彼に問いかける。

「あなたは…すずの味方なの?」

彼は…こくりと大きく頷く。

「睦月さんは…シルフィードは………あなた達の…敵なのね?」

彼の瞳には一瞬、迷いの色が見えたが…

少し間があった後、サラマンドラは…こくりと大きく頷いた。

思わず、ため息を漏らしてしまった私を…彼は心配そうに見つめる。

「あの………大丈夫か?」

「ええ………ありがとう。優しいのね、サラマンドラ」

彼は顔を真っ赤にして、ぶんぶんと大きく首を振る。

「すずにも…優しくしてあげてね」

「………え?」

「どうかすずのこと…守ってあげてください。それに出来たら…仁くんのことも」

そういえば………

「あの…もう一人いた女の子は…誰なの?」

「………ウンディーネの…こと…か?」

ウンディーネ…か。

そうね…シルフィードも確か前に『それは多分水の精霊だ』って…言ってたもの。

「あの子ね…私の大事な友達にそっくりなの」

もう………天国に行っちゃったけどね。

それは言わないで…私はありがとう、と彼に告げて立ち上がる。

「…おい」

「なぁに?」

「すず………起こさなくていいのか?」

「うん…寝かしといてあげて」

また帰って来てから………すずとはちゃんと話そうと思う。

私の気持ち…ちゃんと伝えなくちゃ。


バス停までの道のりで、睦月さんに電話をかけた。

残念ながら留守電だったので…メッセージを残す。

「睦月さん…文です。おはようございます。

 昨日おっしゃいましたよね?『後の判断は君に任せる』って…

 私昨夜、一生懸命考えたんですけど………」

すうっと息を吸い込む。

早く言い終えないと、テープが終わってしまう。

でも………なかなか踏ん切りがつかなくて。

テープはそこで切れてしまった。

その留守電メモは消去して、もう一度同じところまで言って。

今度は………ちゃんと言えた。

「私…すずを信じます。私はすずの姉ですから…あの子の味方です。だから…睦月さん、あなたとはもう、メールも電話も出来ません…ごめんなさい」

ぐっと胸が詰まって…最後の数秒で、思いがけないことを口走ってしまった。

「出来たら…私一度、睦月さんに会ってみたかったです」

吹き込んだメッセージを聴いて…さんざん悩んで…結局そのまま残した。

冬空を見上げ、すうっと大きく深呼吸をすると…

冷たい新鮮な空気が肺いっぱいに送り込まれ、何だかすっきりしたような気がした。

自分に言い聞かせるように…小さく呟く。

「よく出来ました…これでいいのよ、文」


友達と会うまでの時間、街のコーヒーショップでココアを飲みながらぼんやりしていた。

ゲームって…目的は何なんだろう?

赤の他人が集まって、傷つけ合って………何の理由もなく、そんなこと出来るかしら。

何か…賞品みたいなものがあるのかな。

それがお金なのか、物なのか………よくわかんないけど。

ゲームっていうからには、きっと…ゴールっていうか、最終目的地っていうか…

すずが良く言う、そう………クリア条件がある筈だ。

それは一体、何なんだろう?

ゲームのプレイヤーって…

すずと、仁くんと…睦月さん。

他にも…いるのかな?

その時。

ふっと脳裏に蘇ってきたのは…

『炎の精霊サラマンドラ、水の精霊ウンディーネ、土の精霊ノーム、風の精霊シルフィード…』

あの土橋という大学教授の…歌うようなフレーズだった。

『四精霊』って…言ってたな。

ということは………もう一人ずつ、精霊とプレイヤーがいるはずだ。

その人は…一体どこにいるんだろう。

私が見なかっただけで、すず達と戦ってるのか、それとも………

「どこかに…隠れてるとか」

店内に吹き込んできた風に身震いして…はっと…思い出した。

あの………黒いコートの裾。

「…あの人だ、きっと」

声はよく聞き取れなかったけど、運転してたし…多分大人の男の人だ。

じゃあ、あの人と睦月さんは………

「ねえねえ、あの坂んとこの行列何!?」

隣のテーブルの…OL風のお姉さん達の話が耳に飛び込んできて…思考は一時中断。

「あれじゃん?ラジオの公開録音…よくやってんじゃん、有名人来たりしてさぁ」

「あーそっかぁ…でもさぁ凄くなかった!?この時間にあんだけ人が集まってることってあんまなくない?何かアイドルとかかなぁ…」

カップに残ったココアをぐっと一気に飲み干して…

熱くて喉がヒリヒリするのを堪え、立ち上がってお店を出る。

『先行って場所取っとくね!』

のりとまゆにそうメールして、私は早足で歩き出した。


正直…人ごみはあまり得意ではない。

しかも…実はコーヒーショップあたりから、だんだん頭も痛くなってきたのだ。

ギャル系の女の子達のお化粧の匂いが…つらい。

「…ねえ、見える?」

まゆが眉間に皺を寄せて尋ねるので…首を振る。

ラジオブースは、黒山の人だかりの…遥か向こう側。

ぴょんぴょん飛んだとしても、いまいち見えそうな気がしない。

のりはこの人ごみに、すっかりやる気をなくしてしまい…どこか近くのお店で、時間を潰しているらしい。

「侮ったね…KEIくん人気を」

「………うん」

やがて。

キャーーー!!!という黄色い悲鳴が聞こえてきて…

どうやら、KEIくんが登場したらしい。

一生懸命背伸びをしてみるが…全然見えない。

しかも悲しいことに…前の方の女の子達の悲鳴にかき消されて、彼の声すら聞こえない。

はあ、とため息をつく。

これだったら…あったかい部屋で、ラジオ聴いてた方がよかったかも。

周囲の熱気と、ポケットに入れてきたカイロの熱と、自分の上がってきた体温で…

ぼーっとのぼせてしまった頭に響いたのは…誰かが私を呼ぶ声。

『文さん…聞こえますか?』

誰だろう?

『文さん………』

「………シルフィード?」

「えっ?何???」

まゆが聞き返してきて…慌てて何でもないの、と首を振る。

なんだろう………今の。

でも…何でもいいや。

今のが幻聴だったとしても、シルフィード本人の声だったとしても…

もう私には………関係ないもの。


何だかよくわからないままに公開収録は終わり。

ごちゃごちゃと人ごみに揉まれていたら…いつの間にか、まゆとはぐれてしまっていた。

「…どうしよう」

携帯を取り出そうにも…人が多すぎて、ポケットに手を突っ込むことが出来ない。

一生懸命体を捻ってみるけど…駄目。

『鈍くさいなぁ…』

そう言って笑う…彼の笑顔が浮かんだ。

あの人…いっつもそんな風に言うんだもの。

私個人としては、そんなに鈍くさいつもりはないし…

『あなたが何でも出来すぎるのよ』

そう言ってむくれる私の顔を見て…彼はまた、楽しそうに笑うのだ。

ごめんごめん…と悪びれる様子もなく、手を合わせてみせながら。

「………あれ?」

なんだったっけ?

えっと……………そうだ。

携帯電話。

やっとスシ詰め状態を脱出して、コートのポケットから携帯を取り出すと…

メールが一件来ていた。

…まゆだ、きっと。

そう思って、開くと………

メールは短く…タイトルだけ。

『みっけ!』


突然、伸びてきた手に腕を捕まれ…

私は路地に引きずり込まれた。

抵抗する間も…なく。

びっくりして見ると………

それは背の高い…男の人。

ニット帽を目深に被り、大きな黒いサングラスをしている。

顔が小さくて…サングラスで半分隠れちゃうくらい。

それに肌が白くて………一瞬、外人さんかと思った。

「あ………あなたっ」

しーっと、彼は楽しそうに笑って、人差し指を唇の前に立てて見せる。

しーっ、じゃ………ないでしょ?

「なっ………あなた…一体っ」

「俺、分かる?」

「そんなの…分かるわけ………」

サングラスをずらして見せてくれた、彼の顔………

嘘………

分かっちゃった。

驚きのあまり声も出せず、こくり…と頷くと。

私の手をぎゅっ…と握って。

「ついて来て………転ばないように、気をつけてね」

KEIくんは………にっこり笑った。


どこをどう走ったのか…

私は全く思い出せない。

こんな道あったんだ…と感心してしまうような細い路地を、KEIくんはすいすい駆け抜けて行く。私の手を………しっかり握りしめたまま。

好きな人と一緒にいると、胸がドキドキするとか、目の前がバラ色に見えるとか…

いろんな話をいろんな人から、伝え聞いてはいたけれど…

私は………ただただ、呆然としていた。

とにかく、『転ばないように』という…彼の指示だけは守らなければ、と思って…

その言葉を頭の中で何度も唱えながら…もつれそうになる足で、ただただ必死に走った。

バタンと車のドアが閉まり、助手席のシートに沈み込んだ時に、初めて…

何だかまずいことになった………と…思った。

その車は、地下にある暗い駐車場の一番奥にとまっており、私と彼以外に人の姿はない。

………なにこれ。

私………どうしちゃったんだろう?

どうしよう………

頭痛いし………

まゆとのりも、きっと私のこと探してるだろうし………

だいたい………

「…シートベルト」

「………えっ???」

「シートベルトして。車出すから」

KEIくんは何でもないみたいにそう言って、私の前に身を乗り出した。

「えっ!?と…ちょっと…あのっ」

慌てふためく私を不思議そうに見て…彼は助手席のシートベルトを引っ張る。

金具のはまるカチンという音がして………

わずか20センチくらいの距離で…彼はにっこり、私に微笑みかけた。

「やっと二人きりになれたね」

「……………!?」

くらっと…目眩がする。

私………最近妄想癖があるのかもしれない。

変な白昼夢は見るし、変な独り言も言うみたいだし…

ついに………こんなリアルな夢まで見るようになっちゃって。

やっぱり…もう一回病院行こう。

と………思ったのだが。

不意に携帯が鳴り、通話ボタンを押すと…

『文ー!今どこにいんの!?』

まゆのでっかい声が…頭痛のひどい頭に響く。

はっとして…横を見てみるけど。

そこには首を傾げて、優しいまなざしで私を見つめる…KEIくんの姿。

………夢じゃないの?

『文ってば!聞いてんの!?』

「あっ………ごめん」

『今どこ?あんた放っとくとまた迷子になりそうだから、私達そっち行くから…』

「………ごめん」

すらすら口をついて出た嘘に、我ながら惚れ惚れして…そんな自分に大いに恥じ入る。

「今ね…幼馴染の子に偶然そこで会っちゃって…それがすっごく久しぶりの再会でね…『お茶でもしない?』って話になっちゃって…だから申し訳ないんだけど…お買い物、二人で行ってもらってもいいかな?」

『………男?』

ぎくっ…

「えっ………とぉ………まぁ………」

『ふぅんそう。男なんだ…じゃ、仕方ないわね』

何何!?文に男って何!?と…後ろではしゃぐ、のりの声も聞こえる。

『明日…ちゃーんと報告しなさいよ!!!じゃ、健闘を祈るっ』

「あ…ちょっと」

待って、と言いかけた私の言葉を遮るように…電話は切れてしまった。

どうしよう…『助けて』って…言うべきだったかも。

「友達?」

KEIくんはエンジンを掛けながら…そんな風に私に尋ねる。

「えと………はぁ」

「よかったの?」

「………まぁ」

「…それは良かった」

あの…何度見ても何時間見ても見飽きない極上の笑顔で…KEIくんは私をじっと見つめた。

「友情より俺をとってくれるとは…光栄だね」


趣味はドライブです、とKEIくんは常々言っている。

それだけあって…彼の運転はとても上手だった。

うちのママがあんまり得意じゃないだけに…余計そう思うのかもしれないけど。

道を曲がるときも、信号で止まるときも…ほとんど揺れを感じない。

左ハンドルの車で器用にハンドルをきり、軽快にギアチェンジをするKEIくんの手つきを、私は惚れ惚れしながら眺めていた。

「…珍しい?」

「………えっ!?いや………」

どうしよう………失礼だったかも。

「その…うちのマ…いや、母はオートマ限定なので…それに………運転あんまり得意じゃないんです。『文そっちちゃんと見ててね!』とか『どうしよう縦列出来ないよー』とか…」

すらすらそんなことをしゃべってしまい…KEIくんは前を向いたままくすくす笑っている。

ネタにしてごめんね………ママ。

「あのぉ………これ………どこに向かってるんですか?」

外の景色は一変して、車は高層ビルが立ち並ぶ街を静かに走っていく。

「え?どこって……………俺んち」

………!?

ちょうど車は赤信号で止まり…

私は慌ててシートベルトを外した。

「ちょっと…どうしたの?」

「降ろしてください!!!私帰ります!!!」

「駄ぁ目だって!危ないから!!!」

「大丈夫です!降りられます!!!」

信号が青に変わるまでの間、さんざん押し問答を繰り返した末…

私は結局負け…シートベルトを締めなおし、しょんぼりシートに沈み込んだ。

「別に………」

前を見たまま、気まずそうな顔でKEIくんが呟く。

「変なことしようとか…そういうつもりじゃなくてさ。ただ…うちだったら周り気にせず、ゆっくり話が出来るかなって…そう思っただけなんだけど」

「………すいません。でも………体調もあんまり良くないので…帰りたいです」

こんなに自己主張をする文は…我ながら珍しいと思う。

だって、目の前にいるのは…大好きなKEIくんなのに。

「あのぉ………あなたって………本物ですよね?」

「本物って?」

「その………KEIさん…です…よね?」

「そうだけど」

何気なく答える…KEIくん。

「私のこと………どなたかと…まちがってらっしゃいませんか???」

「いや?だって…不知火文ちゃんでしょ?」

「………そうですけど」

何で私の名前知ってるの?

いや…さっきママの話したとき名前自分で言っちゃったからだ。

でも………いや、やっぱり苗字は言ってないもの。

意を決して…KEIくんの顔をじっと見つめる。

「あの…何で私の名前、ご存知なんですか!?」

安全運転でまっすぐ前を見たまま…KEIくんは楽しそうに目を細めた。

「俺…名前だけじゃなくて、色んなこと知ってるよ」

そう言って…私の通う高校の名前を口にする。

それに…私の家族構成も。

気づくと、車は私の家の近所を走っていた。

「あの…うち近くなので、この辺で…」

「いいよ、家の前までつけるから。外は寒いから、風邪ぶり返したら困るでしょ?さっきも散々寒空の下、お待たせしちゃったみたいだし」

何でそんなこと………何から何まで知ってるんだろう。

優しい彼の提案に…私はもう………

ただただ…頷くしか無い。

車はうちの真正面に、音も揺れもなく静かに止まる。

ありがとうございました、と頭を下げ、シートベルトを外そうとするが…

手が震えて…うまく金具が外せない。

………どうしよ。

焦る私を見て…KEIくんは可笑しそうに笑って、外すのを手伝ってくれた。

「もう…鈍くさいなぁ」

どきんと…心臓が高鳴った。

彼はまた…15センチくらいの距離で、真剣なまなざしで私をじっと見つめ…

私の唇に………そっとキスした。

びっくりしすぎて………息が出来無い。

私が転がるように車を出ると、KEIくんは車の窓を開け、文ちゃん…と呼びかける。

「また…会ってくれる?」

「………わっ…わかり…ません………」

「そっか…」

ちょっと寂しそうなその笑顔に…ぎゅっと胸が締め付けられる。

「でも…また会えると思うんだ。文ちゃんが望むと望まないとに関わらず…絶対にね」

「………どうして…そう…言い切れるんです…か?」

「だって………俺と君とは、出逢う運命だったんだから」

眩しい笑顔に目眩を起こしそうになりながら…

その車が走り去るのを、呆然と眺めていた。

指先でそっと…唇に触れてみる。

「………ファーストキス………だったんだけどな」

KEIくん………

『鈍くさいなぁ』と笑ったあの…声。

『文ちゃん』と呼ぶ………あの声は。

はっとした。

………そうだ。

何で私、今まで………気づかなかったんだろう。

あの声は………

「睦月さん………」


リビングの机に突っ伏して、お昼のワイドショーを流しっぱなしにしていた。

熱はまた上がってしまって、38度2分。

さすがにこれだけ続くと気味が悪くて…ちょっと心細くなる。

睦月さんに電話したら…『心配しないで』って、笑ってくれるかな。

睦月さん………そうだ。

KEIくんって…睦月さんって名前だったんだね。

昨夜、聞き覚えのある声だなぁって思ったけど…

当たり前だよね…耳にタコが出来るくらい、繰り返し聴いてた声だもの。

考えてみたら…あのお見舞いのチョコレートだって。

睦月さんは『私の好きなチョコレート』をくれたわけじゃなくて…

何がいいか分からなくて…『自分の好きなチョコレート』をくれたんだ。

「何で私…気づかなかったんだろう」

テレビには、さっきの公開収録の映像が映っている。

ラジオブースでにっこり手を振るKEIくんは…黒のジャケット姿だった。

あのジャケット、すっごく似合ってると思ったのに…私、ちゃんと伝えられなかった。

『また…会ってくれる?』

睦月さん………

目からは、いつの間にか…大粒の涙が零れ落ちていた。

「………出来無いよ…睦月さん」

あなたはすずの敵なんでしょ?

あなたはすずや仁くんを傷つける人なんでしょ?

私は…すずの味方だもん。

サラマンドラにも約束したもの。

だから………

ガチャリと玄関の鍵の開く音がして…

慌てて洗面所に走り、顔を洗う。

そして…おかえりなさい、とすずを迎える頃には、すっかり涙も乾いていた。

「………ただいま」

すずは…怯えているみたいに見える。

可哀想に。

私が昨夜あんな風に…怒鳴ったりしたからだ。

すずだって…悪気があってやってたんじゃないんだから。

すずなりに一生懸命考えて…戦っていただけ。

だから………私はもう、睦月さんのことは振り返らない。

「ママね、今日もちょっと遅くなるんですって…だから、夕ご飯一緒に作らない?」

「ママ…今朝ソファーで寝てたけど」

………すずにも見られてたんだ、ママ。

『ごめんなさい!寝坊したから帰りちょっと遅くなっちゃうかも!?』

さっき、うちに帰り着いてしばらくして…そんなメールが着ていたことに気づいた。

ほんと…頑張り屋さんでおっちょこちょいで…ママらしい。

思わず苦笑してしまう。

「それがね…お昼過ぎに目が覚めて、慌てて会社に行ったらしいわよ。朝起きなきゃいけなかったんなら、ちゃんと私達に起きる時間教えててくれればよかったのにね」

これが私の家族だもの。

…たった3人だけの家族。

睦月さんより何より…一番大事な宝物。

さっき睦月さんと街の路地を駆け抜けたスニーカーに、足を突っ込んで…

「お買い物行こ、すずも一緒に来てくれるでしょ?」

困り顔で立ち尽くしているすずに…私は笑顔でそう声をかけた。


今晩のメニューはカレーライス。

すずは『お姉ちゃんの作るカレーの方が、ママの作るカレーより数段美味しい!』と、いっつも褒めてくれるのだ。

だから…今日は仲直りのしるしに、カレーを作ってあげようと思った。

ママとの違いは…そうだな。

カレールゥを何種類かブレンドすることとか、チャツネと加えることとか…そんな所かな。

一番大切なのは玉ねぎの炒め方だと思うけど…

ママはいつも忙しいから、なかなか弱火でじっくり炒める時間がないんだと思う。

それを………今日は、すずに教えてあげようと思った。

振り返ると…傍らにすずの姿はなく。

振り返ってみると、何かぼんやり考え込むみたいに…野菜売場に立ち尽くしていた。

「ごめん…ぼーっとしてて」

私が声を掛けると、はっとした顔で走ってきて、そんな風に…気まずそうにつぶやく。

「疲れてるんじゃない?昨日ちゃんと、お布団で寝てなかったから」

ぎょっとした顔をして…すずはこくりと頷く。

しまった…これはちょっと失敗だったかな。

レジで精算を済ませ、スーパーからの帰り道。

夕焼けが…とても綺麗だった。

「久しぶりだね…こんな風に、二人でおつかい行くの」

「………うん」

『すずも一緒に行く!』

小さい頃…すずはそう言い張って、いつも私のお遣いについてきた。

でも、何かの拍子にすぐ、はぐれてしまい…

お姉ちゃーん!と泣いているすずを、私も半泣きになりながら…探し回ったものだ。

この前みたいに迷子になっちゃうでしょ、と私が諭しても…

『大丈夫だもん!すず、もうお姉ちゃんなんだから!』

自信満々でついて来て………やっぱりその日も迷子になった。

「大きくなったね…すず」

「……………うん」

大事な大事なすず。

何にも代え難い…私の妹。

「私ね…サラマンドラとお話したわ。もしかしたら…もう、聞いてるかもしれないけど」

「えっと………うん」

目を丸くして、無言で頷いていた…サラマンドラという精霊。

見た目は私よりずっと大人みたいだったけど…

あの人どこか………すずに似ている。

「内緒にしてねって言ったんだけどな」

「あの…でも…何話したとかは聞いてないよ?なんていうか…来たよってことだけ」

「そっか………優しいのね、サラマンドラって」

優しそうで…素直そうな………炎の精霊。

彼ならきっと…すずのこと…ちゃんと守ってくれるだろう。

それに…仁くんもいるんだし。

仁くんも、すっごくしっかりしてるもの。それに………

ひかりに良く似た…あの水の精霊。

あれだけそっくりなんだもの。きっと天国のひかりが…二人を守ってくれる。

「私ね…睦月さんにちゃんと話したんだ………『あなたにはもう、これっきり連絡はしません』って」

「………え!?」

「でもそれね…今日のことなの。もう連絡取ってないなんて…嘘ついちゃってごめんね」

すずは…泣きそうな顔で、私の腕をぎゅっと掴む。

それに、もう一つ………私もちゃんと話さなきゃ。

「私ね、今まで言えなかったんだけど…前に一度、シルフィードに会ったことがあるの」

すずは、何も言わず…涙目で私を見つめている。

「最初に熱出して寝込んだ日にね…お見舞いに伺いますっていきなり現れて」

『…チョコレートは、お好きですか?』

あの時の電話のやりとり…今思い出しても、顔から火が出そうになる。

「お見舞いにチョコレート持ってきてくれたの。覚えてるでしょ?私が前買いに行ってさ…すずに『そんな高いチョコ、味もわかんないのに勿体無い!』って怒られたの」

「………睦月に………会ったの?」

動揺しているすずを見て………

そっか、すずも知ってたんだ…と思った。

でも…言えなかったんだろうな。

そんな事話したら私が傷つくって…優しいすずは思ったに違いない。

「ファン失格だよね…私、KEIくんの本名なんて…知らなかったもの」

すずは黙って俯き………か細い声で聞く。

「………いいの?」

「何が?」

「睦月に………もう…会わないって………」

ぎゅっと胸を締め付けられるような気がしたけど………堪えて、にっこり頷く。

「だって…すずは私の妹だもん。私はずっと、すずの味方なんだから…すずを傷つけようとする人と、一緒になんていられないわ」

すずは、小刻みに震えて………泣いていた。

「………好き………だったんじゃないの?あいつのこと………」

………好き?

そんなこと…ちゃんと考えたこと無かったな。

面白いこと聞くなぁ…すず。

すずの柔らかい髪を撫でながら…笑う。

「うーん、そうだなぁ………正直…ちょこっとだけ、好きだったかもしれないな………でも、いいのっ」

だって、私にとってはすずの方がずっとずっと大事だもん。

「どうするの?すず…ゲーム…続けるの?」

すずは凍りついて………

今までで一番小さな声で…ごめんなさい、とつぶやいた。

「今夜も…出かけるの?」

すずは………

泣きながら…小さく頷く。

叱ってるわけじゃ…ないんだけどな。

「行こうっ」

すずの肩をぽん、と叩いて、私は明るい声で言う。

「じゃあ、しっかり夕ごはん食べなきゃね。気をつけてね、すず…」

「ごめんね…心配かけて」

………もう。

「本当だよ…バツとして、今日はカレー作るの手伝ってね。すず一人でも作れるように、ちゃんと作り方を覚えること!」

「…一人でなんて…作れないよぉ」

不安そうに口を尖らせるすず。

小さい頃は『一人で出来るもん!すずはお姉ちゃんなんだから!』って…言ってたくせに。

「そんなことないってば!慣れよ、慣れ」

元気づけながら…また、さっきの考えが脳裏によみがえる。

私がいなくなっちゃったら…どうするつもりなんだろう?

今までずっと、全部私がやってきちゃったからなぁ…

この子はきっと…途方に暮れてしまうだろう。

「私がいなくなっても…ちゃんとお手伝い出来るようにならないと」

「…お姉ちゃん?」

「なあに?」

「『私がいなくなっても』って………何?」

………あれ?

「私…そんなこと言った?」

「え???…えっと………ごめん、気のせいかも」

「もう…変なすず」

私は小さい頃みたいに、すずの手をしっかりと握りしめた。

はぐれないように、離さないように…しっかり。

さっき睦月さんが…そうしてくれたように。


すずは、サラマンドラと一緒に、窓からうちを飛び出していった。

すごいなぁ…空、飛べるんだ。

「気をつけてね…」

手を振る私に、二人はにっこり笑って手を振りかえしてくれた。

ママは姉妹合作カレーを大喜びで平らげて、疲れていたのかすぐ寝てしまった。

暗くて静かな部屋に戻る。

『好きだったんじゃないの?』

「………どう…だったのかなぁ」

わかんないな。

優しい人だなって…思ってたし。

一連の怖い夢のこととか…睦月さんのお陰で、大分気が楽になったのは事実だ。

でも………睦月さん。

一体どういうつもりで、私に近づいたりしたんだろう?

私のこと………利用しようとしたのかな?

ゲームが有利に運ぶように………

「俳優さんだもん…親身になって見せることなんて、そう難しいことじゃないよね」

その時。

はっと…息を呑んだ。

机の上の携帯が…点滅している。

………誰だろう。

いや………多分。

メールを開いてみると…

「睦月さんだ………」

タイトルは『今日はありがとう』

『驚かせて本当にごめんなさい。でも…今日は一緒に過ごせて幸せでした』

気づいたら、私は………ぽろぽろ涙を流していた。

『こんなこと言っても、信じてもらえないかもしれないけど…

俺、文ちゃんが好きです。

さっき運命って言ったけど…

運命なんてなくたって、俺は本当に君のことが』

最後まで読まずにパタンと携帯を閉じ………

私は立ち上がり、コートを羽織って階段を駆け下りた。

ぐいっと袖で涙をぬぐい…走り出す。

熱があってふらふらしてたけど………構わなかった。

…止めなきゃ。

3人を………絶対、止めなきゃ。

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